第21話 二羽と御喋り

 顔に何か細いものが何度も当たる感触と、角を引っ張られる感覚。何が起きてる?


 〈朝よノア様!起きて頂戴!外はすっかり明るいわ!〉〈"死者の実"が食べたいわノア様!取ってきてあるから切って頂戴!〉


 今までに感じたことのない感触と感覚に意識が目覚めると姦しい二羽のカラス達、レイブランとヤタールが私に朝を告げていた。

 彼女達を撫でながら、瞼を開けて身体を起こす。私よりも早く起きて、採取してきたであろう、いつもの果実が目に入る。


 「おはよう。レイブラン。ヤタール。少し待っていて。・・・はい、どうぞ。」


 彼女達が採取してきた果実の中でも私が美味いと感じられるエネルギー量と密度のものを選んで取り寄せ、切り分ける。

 私の評価に満たないものは私が食べてしまおう。


 〈美味しいわ!昨日たくさん食べたのにとっても美味しいわ!!〉〈幸せだわ!これが毎日食べられるだなんて夢みたいだわ!!〉

 「あまり食べすぎると、昨日のように動けなくなってしまうから、食べすぎないようにね。」


 昨日と同じく、一心不乱に果肉を啄ばむ彼女達に昨日みたいにならないように注意を促す。

 まぁ、私は彼女達が動けなくなったとしても、抱きかかえる理由ができるので、一向に構わないのだが。


 〈大丈夫よ!ノア様が切らなければ私たち食べられないもの!〉〈こんなに美味しいんですもの!動けなくなってもいいわ!〉


 彼女達にとって私の食べている果実の味は衝撃的だったのだろう。動けなくなっても構わないらしい。

 君達、私が果実を切らなければ良いというが、君たちが望んだら私は嬉々として切り分けるぞ。初めて一緒に暮らしたいと言ってきてくれたんだ。盛大に甘やかし尽くす自信があるぞ。



 〈お腹が苦しいわノア様!動けないの!〉〈幸せよ!動けないけど幸せよ!〉


 昨日と同じく、好きなだけ果実を食べたことで、二羽とも寝床でひれ伏している。


 そら見た事か。体を動かせないほどに腹が満たされれば苦しいだろうに、彼女達の表情は実に幸せそうだ。多分、この光景は、これからも見ていくことになる気がする。果実はまだたくさん残っているのだから。


 この娘達には今度魚も食べさせてあげようと思う。食べられればの話だが。




 〈ノア様はみんなと仲良くしたいのよね?〉〈ノア様はみんなと触れ合いたいのよね?〉


 少しは時間が経ち、多少は動けるようになったレイブランとヤタールが私に聞いてくる。


 「そうだね。君達のようなふわふわとした羽毛だけでなく、艶々だったり、サラサラだったり、モコモコした毛皮。弾力のある肉球なんかも堪能したいね。」


 私が目覚めてから、私はそういった類のものが好きなのだろう。自覚していないだけで他にもあるかもしれないが。


 〈配下が増えるのはいい事よ!おしゃべりの相手が増えるわ!〉〈でも、ノア様の力に頼り切る様な奴は良くないわ!ノア様の役に立てる奴じゃないと!〉


 レイブランは、自分たち以外にも私に仕えるものがいた方が良いという。ヤタールはつまり、私の威を借るようなものを配下にすべきではないという。


 〈ノア様の配下に相応しいヤツ等がいるわ!〉〈アイツ等ならノア様の配下に相応しいわ!〉


 どうやら、彼女達には私と一緒に暮らしてくれる者達に心当たりがあるようだ。


 「それは嬉しい情報だね。教えてもらって良いかい?」


 二羽が同時に、に私と一緒に暮らしてくれそうな者の説明をしだす。


 〈ウサギよ!足がとっても固いモノに覆われてるの!真面目な男の子よ!〉〈猪よ!ノア様より大きいの!沢山の古傷があるわ!〉〈熊よ!すごく大きくて頭に角が生えてるわ!戦うのが大好きな奴よ!〉〈狼よ!透明になって急にいなくなったり出てきたりするの!アイツきっと怖がりなのよ!〉


 口早に特徴を語っていく。そういえば、レイブランとヤタールは、いつも同時にしゃべり出しているけど、彼女達の言葉が聞き取れなかった事は、今のところないな。

 二羽とも同じようなタイミングで話しているのに私の頭はしっかりと処理できているようだ。空気振動による音声の者ではなく、思念を送られてきているからだろうか?


 それはそうと、彼女達が挙げてくれた者達。ウサギ以外は心当たりがありすぎる。そのうちの二つはかなり怯えさせてしまったのだが。

 猪は"老猪"、熊は"角熊"くん、狼は"蜃気狼"ちゃんのことを言っているのだろう。

 "角熊"くん、戦うことが好きなのか。そんな気配が見えなかったことを考えると、戦いが好きな彼が戦う気をなくすほど私が規格外、ということなのだろうな。

 そしてヤタール、"蜃気狼"ちゃんが怖がりなのは多分あってるけど、そういう言い方、私はどうかと思うぞ。

 "老猪"は、あれからどうしているだろうか。彼は私に対して恐怖を感じていなかったように見える。それどこか、明確にこちらを敬っていた。もし、彼をレイブランとヤタールが勧誘したならば、ここに来てくれるのだろうか。それとも、私が直接誘うべきか。後者だな。


 "老猪"に限った話ではない。私が一緒に暮らしたいと願いを伝えるならば、一緒に暮らさないかと誘うのならば、誰かに代わりに伝えてもらうわけにはいかない。その旨は、二羽に伝えておこう。


 〈分かったわ!ノア様がどうしても配下にしたい奴だけ誘うのね!〉〈ノア様からは私達を誘わなかったものね!ノア様は森のみんなに優しすぎよ!〉


 二羽から彼女達から勧誘をしないようにしてもらった。


 〈ノア様は最初に誘いたい奴がいるのね。〉〈ノア様にとって特別なのね。どんな奴なの?〉


 彼女達も私の気持ちを察してくれたようだ。どんな子なのか気になっているみたいだ。伝えておこう。もしかしたら、二羽も知っているかもしれない。


 「真っ白い体毛に覆われた大きな蜘蛛だよ。腹部に青緑に輝く模様があるんだ。私の初めての友達だね。多分、私以外で初めて果実を食べた動物じゃないかな。初めて会った時に切り分けた果実を一緒に食べたんだ。」


 私が"毛蜘蛛"ちゃんの特徴を伝えるとレイブランもヤタールも何やら動揺したそぶりを見せた。この反応は、彼女のことを知ってはいたけれど、あまりいい関係ではないのかな?


 〈天敵よ!私達の天敵!〉〈糸が切れないの!糸を飛ばして当ててくるの!〉


 敵対関係ということだろうか?彼女達はまだしゃべる。


 〈巣に引っかかった虫を食べようとしたのよ!美味しそうだったのよ?〉〈怒られちゃったわ!糸で縛られてしまったの!〉


 「君達よく無事だったね?」


 そうされて当たり前だろう。美味しそうだからって当人が食べようとしたものを横から掻っ攫ってしまったら怒るのは普通の反応だ。むしろ良く殺されなかったな、と素直に思ったことを伝える。

 "毛蜘蛛"ちゃんなら、やろうと思えば二羽を食べてしまうこともできただろう。


 〈無事じゃなかったわよ!いっぱい怒られたもの!〉〈枝から吊るされたのよ!そのまま叱られたの!〉


 私から見れば、十分無事だよ。ヤタールは私が優しいと言ってくれたが、"毛蜘蛛"ちゃんの方が優しいのではないだろうか?


 〈ノア様はあいつを誘いたいのね。誘いましょうよ。アイツも待ってるわ〉〈アイツもここで暮らすべきだわ。誘うべきよ。絶対アイツ喜ぶわ〉


 二羽は、私に"毛蜘蛛"ちゃんを誘うべきだと言ってきた。彼女も喜ぶから、と。


 本当に喜んでくれるだろうか?

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