第20話 私達の名前

 彼女達が私に同行してくれというので、そろそろ抱きしめている腕を解こうとしたところ。


 〈このままでもいいわよ。むしろこのまま抱いていてほしいわ。〉〈力を使い切っちゃったから動くのが億劫なの。〉


 このまま抱きかかえていて良いらしい。命の危険が無いと分かると、この娘達、結構遠慮が無いな。構わないけれど。


 カラス達を抱えたまま私は広場の近くまで跳躍する。流石に一回の跳躍で到着することは出来そうにないので、先程覚えた空気を爆ぜさせた衝撃波を叩きつけた反動で上昇する要領で、尻尾を使って同じ事をやる。


 尻尾から『爆ぜる』意思を乗せたエネルギーを空気に伝えていき、空気を爆ぜさせる。その衝撃波を目的地とは正反対の方向から尻尾で叩きつけて、その反動によって目的地まで吹き飛ぶように移動する。


 「私のいつもの感覚で移動してしまったけれど、大丈夫だったかい?」


 結構な速度が出ていたはずだ。広場に着地して、両腕に抱き抱えたままのカラス達を心配して見やると、その表情はどこか楽しげだ。


 〈とっても楽しかったわ!もっとやってほしいくらいよ!〉〈私達よりも早かったわ!とっても便利ね!〉


 どこか楽しげ、ではなく本当に楽しんでいたようだ。

 まぁ、気持ちは分かる。私も障害物が全くない場所を普段以上の速さで移動する感覚はなかなかに楽しめたのだ。


 「楽しめたのなら良かったよ。周りを見てごらん。至る所で、甘い匂いのする果実が生っているのが分かるだろう。」


 カラス達の顔が、果実が成っている方に向くように体を動かし、熟した果実が至る所に実っている光景を見せる。


 〈沢山生っているわ!いい匂いよ!〉〈ホントに?この実食べられるの、ホントに?〉


 彼女達の期待に応えるために、尻尾を伸ばして果実を二つ取ってくる。

 "毛蜘蛛"ちゃんにしていたよう真っ二つにした果実を、地に下ろしたカラス達に一つずつ差し出す。


 〈ホントに切れてしまったわ!すごくいい匂いよ!!〉〈食べて良いのよね!ダメって言っても食べるわよ!!〉

 「どうぞ、召し上がれ。」


 待ちきれないとばかりに、弾んだ声で訊ねてくるカラス達に、もう一つの果実を私がそのまま齧りつきながら、優しく答える。

 言葉を発しようと口を開いた瞬間、彼女達は、すさまじい勢いで、果肉をつつき始める。


 "毛蜘蛛"ちゃんの時もそうだったが、一心不乱に果実を食べ続ける様子はとても可愛らしく、愛おしい。


 〈美味しいわ!!とっても美味しい!!〉〈ずっと食べていたくなる味だわ!!もっと欲しいわ!!〉


 止まることなく果肉を貪り、まだ食べ終わっていないにも関わらず、お代わりを要求してくる。食い意地が張っている娘達だ。


 果実を三つ、追加で取ってくる。周囲に果実はいくらでも実っている。好きなだけ食べようじゃないか。





 〈真ん中にあった四角いのは何かしら?とっても大きいわ?〉〈気になるわ。貴女は何か知ってる?〉


 果実を、全部で三つ。一羽で丸々満足いくまで食べ終わると、別の事に興味が向かったようだ。真ん中の四角いのというのは、言うまでも無く私の家の事だろう。


 「あれは、私の住処、私の家だよ。あの中で寝ているんだ。」


 〈面白そうだわ!中を見てみたいわ!〉〈見た事無いものだもの!気になって仕方がないわ!〉


  家の中を見たいと要望があったので、もちろん快諾して案内するために歩き出そうとする、が果実を食べていた時は元気いっぱいだった筈なのだが、彼女達は一向に動こうとしない。何故だ。


 〈待って!抱えて頂戴!動けないの!〉〈お腹がいっぱいよ!歩けないし、飛べないの!〉


 なんとも可愛らしい理由に、小さく噴き出してしまった。

 彼女達を家まで運ぶために、両腕で抱え上げる。ふわふわな羽毛と暖かな体温に腕が包まれて、とても幸せだ。


 尻尾で扉を開けて、中へ案内する。今のところ、寝床以外にこれと言って何かあるわけでは無いが、特に必要としていないからな。必要が出来次第。追加で作っていくことにすれば良い。


 〈なんだか楽しい場所だわ。四角い石は何かしら?〉〈木に囲まれてるのに広く感じるわ。〉


 初めて見る景色が楽しいものなのか、彼女達の声は弾んでいる。私の寝床が気になるようだ。


 「石でできた四角いものが、私の寝床だよ。中に、柔らかいものがあるんだ。それに体を預けて寝ているよ。」

 〈大きいわ。内側は柔らかそうね。〉〈乗ってもいいかしら?下ろしてほしいわ。〉


 寝床の感触が気になるのだろう。木の布の袋の上に載ってみたいと申し出があったので彼女達を私の寝床に下ろす。ついでに私も腰かけよう。

 宿らせたエネルギーが尽きてしまっているな。補填しておこう。


〈柔らかいわ!気持ちいの!〉〈快適だわ!雨に困らないの!〉

「気に入ってくれたかな。頑張って作った甲斐があるよ。」


 寝床の感触が新鮮で気に入ったのか、とてもはしゃいでいる。


 いいものだな。自分の作ったもので、楽しんだり、喜んでもらえるというものは。


 彼女たちを撫でながら、そんな風に思い耽っていると、彼女達は私にとって、とても喜ばしい事を要求してきた。


 〈私達もここに住みたいわ!雨の心配がないもの!〉〈貴女といればとても快適よ!"死者の実"だって、沢山食べられるもの!〉


 理由を述べて、私と一緒にいたいと言ってくれたのだ。とても嬉しい。彼女達を抱きしめて、撫でながら快諾の意思を伝えよう。


 「一緒に住んでくれるというのなら。歓迎するよ。こちらとしても、一緒に暮らしてくれる仲間がいてくれると、とても嬉しい。」

 〈仲間とは少し違うわ。私達は負けたのだもの。〉〈貴女に仕えるわ。"死者の実"を食べた時からそうしようと思ったもの。〉


 素直な気持ちを伝えると、彼女達は少し首をかしげて私に訴えてくる。その内容に少し困惑する。


 仕える、か。それ自体は、良い。彼女達がそれを望んでいる以上、私にとって否やはない。

 だが、仕えるということは、それはつまり彼女達が私のために行動すること。彼女達を介して、私の我儘を森に押し付けてしまうのではないかと、懸念する。


私は、彼女達に森の住民にこちらから強く干渉する気は無い旨を伝える。


 〈いいじゃない。我儘を通したって。それが認められる場所よ。この森は。貴女もこの森で生きてるじゃない。〉〈少なくとも私達は納得するわ。貴女は森を大切にしてるでしょ?森にとっての敵じゃないもの。だから貴女に仕えるのよ。〉


 彼女達が私に返答する。私もこの森の住民だと。もっと自分の願望通りに生きても構わないのだと。その言葉に、感極まって、泣きたくなる。


 「そう言ってくれると、とても嬉しいよ。うん。分かった。仕えるというなら、認めるとも。その上で、君達は好きなように動いてくれたら良い。この場所が寝床として気に入ったのならば、自由に使ってくれて構わない。私も使うがね。」


 彼女達の行動を制限するつもりは無い。いや、まぁ、一緒にいるときは抱きしめたり、撫でたりさせてもらうが。

 仕えるといっても、私にはこれと言って、彼女達にやってほしい事は思いつかない。自由に、今まで通り生活してもらって良い。という旨を伝える。


 〈それなら早速してほしい事があるのよ!〉〈教えてほしい事もあるのよ!〉

 「何かな?」


 彼女達の要求を短く尋ねる。


 〈私達に名前を付けてほしいのよ!名前が無いとみんなでおしゃべりするとき不便だわ!〉〈貴女の名前を教えてほしいのよ!仕える相手にいつまでも貴女じゃ締まらないわ!〉


 彼女達の要求に、私は少し頭を悩ませることになった。前者の内容は一理あるからその要求に応えるのはやぶさかではない。

 が、後者に関してはそもそも私は名前が分からない。


 「名前を付けるのは構わないよ。ただ、私は自分の名前が分からなくてね。名前が無いのと変わらないんだ。」

 〈白いカラス、とか味気ないのは嫌よ。意味とか無くていいから、ちゃんとしたのをお願い。〉〈名前が無いなら、今ここで私達と一緒に作ればいいのよ。あと、私もちゃんとしたのがいいわ。〉


 二羽のカラスが、何のことも無いように私の小さな悩みを解決してくれた。そうだな。名前が無いなら、自分で好きなように名乗ればよかったのだ。

 今まで名を持つ必要を感じなかったから気付かなかった。少し考えながら、適当に語呂の良い名前を考える。


良し、決めた。


 「それでは、私は今日から"ノア"、と名乗ることにするよ。白い君は"レイブラン"、黒い貴女は"ヤタール"、でどうかな。」


 語呂が良さそうなのを選んだだけなので、私も含めて特に名前に由来などは無い。気に入ってもらえるだろうか。


 〈良い響きじゃない!気に入ったわ!〉〈名前ができたわ!ありがとノア様!〉


 気に入ってくれて何よりだ。はしゃぐ彼女達を撫でながら、ヤタールから様付で名前を呼ばれたことに少し、むずがゆくなる。

 だが、自然と頬が緩む。名前を呼ばれるのも良いものだな。


 「気に入ってくれたようで良かったよ。それと、私の事は仕えているからといって、無理に様付で呼ばなくていいからね。さて、そろそろ周りは暗くなっている事だし、今日はもう寝ようか。一緒に寝てくれるかい?」


 〈様付で呼ぶことに抵抗は無いわよ!ノア様もちろん一緒に寝るわ!!〉〈無理して様付してるわけじゃないわよノア様!早速ここで寝れるのね!!〉


 自分の名前を手に入れ、新しい寝床で寝られる事にはしゃいでいる彼女達の柔らかな羽毛に埋もれて、私は意識を手放した。

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