第19話 おしゃべりな娘達
両手に『爆ぜる』、と強い意志を乗せたエネルギーを集中させていく。カラス達もエネルギーを集中させてるようだ。四発目が来る。先程よりもエネルギー量が多い。
上昇が終わるタイミングで空気の刃が放たれる。これだけ離れているというのに、瞬く間にここまで到達してしまう速度は、多くの者にとっては脅威以外の何物でもないだろう。
私は、エネルギーを纏わせた尻尾を振り回して、先程よりもさらに強力な空気の刃にぶつけた。
流石、私の尻尾だ。傷一つ無い。体で受けていたら多少とは言えダメージを受けていただろう。
体の落下が始まるタイミングで、私は両手広げ、頭上から下に向けて振り下ろす。手の位置が胸より下に下がった所で両手に集中させたエネルギーを掌の空気に一気に注ぎ込む。直後。エネルギーを込められた空気に私の掌がぶつかる。
最近は聞かなくなった破裂音よりも、はるかに大きい破裂音と共に、落下を始めた私の身体は、爆ぜた空気の衝撃波を両手で叩きつけるように受け止め、その反動によって、急速に上昇を再開させた。
それによって私の体は、既にカラス達よりも高い場所にいる。
カラス達が互いの距離を詰め始める。
何を始めるつもりだろうか、と眺めていると、私の真下ですれ違った後に急上昇して、それぞれきりもみ回転しつつ、徐々に幅の狭まる二重らせんを描いて、こちらに突撃してくる。その嘴にはエネルギーが集中している。
どうやら、二重らせんの回転と、自身のきりもみ回転による二重の回転によって、私の身体を貫くつもりのようだ。
素晴らしい。これほどの速度で、これだけの美しい連携を取ることができるものなのか。これが生まれつきではなく、修練による賜物だとするのならば、敬意を表するに値する。だが、彼らの望み通りにさせるつもりは無い。
彼らの嘴と、私の身体がぶつかる直前、私は今まで抑えていたエネルギーを解放し、尻尾を振るうことによる反動によって、体をのけぞらせ、落下の始まっていた私の位置を僅かに停滞させる。彼らの渾身の攻撃は回避され、私とすれ違う位置で、私は彼らをまとめて抱きしめた。
当然、驚いて暴れ出すも、腕から抜け出すことを許容する私ではない。今の私は我儘だぞ。
柔らかく、軽く、艶やかな羽毛は、"蜃気狼"ちゃんとは別の感触のふわふわ感だ。肌に触れる感触が実に気持ちいい。
そして、彼ら、ではなく彼女達の体温は、私よりも高く、温かい。これは是非とも添い寝をお願いしてみたい。
彼女達の感触を堪能しながら、地上に着地をする。周囲の動物達に影響がないように、エネルギーは再び抑えておこう。
意外にも、あれだけ攻撃的だった彼女達は、抱きしめてから割と直ぐに大人しくなっていた。
この娘達は"蜃気狼"ちゃんと違って気絶している様子は無い。意思の疎通が出来るかもしれない。
何事も無く着地して彼女達を見れば、二羽ともじっとしていて微動だにしない。
これだけ大人しくなれるのに、何故ああまで攻撃的だったのだろうか。疑問に思っていると。
〈殺るなら早くしてもらって良い?〉〈此方の覚悟は出来てるの。じらされるのは好きじゃないわ。〉
白黒の両カラスから、流暢な言葉が、私に伝えられてくる。意思の疎通ができる!?
「元より、君たちの命を害するつもりは無いよ。有り得ないが、命を奪うつもりなら、最初の一撃の時点でやっていたとも。」
私の思いを正直に伝える。カラス達は寸分違わず同じ動きでこちらに振り向いた。
〈えっ。嘘でしょ?〉〈このまま食べるんじゃ無いの?〉
かなり失礼なことを言われている気がするが、私には捕まえた魚をその場で直ぐに食べてしまった過去がある。
この娘達からしたら、食べられると思う方が普通なのか。ひょっとして、私が魚を食べているところを、どこかで見ていたのかもしれない。
「食べるつもりは無いよ。君達を離さないのは、単純に君たちの触り心地が素晴らしいからだね。」
カラス達が私の言葉を聞くと、互いに見つめ合い、何故か諦めの感情が籠った瞳をこちらに向ける。
〈そっか、羽をむしられて寝具にされるんだね。確かに、私達の羽根、綺麗だものね。〉〈もう悔いは無いの。後、食べてもいいのよ?自分でいうのも何だけど、きっと美味しいと思うわ。〉
何故か、自分たちが助かるとは微塵も考えていないこの娘達に困惑する。せっかく意思の疎通が出来るというのに、これでは埒が明かない。
「さっきも言ったけれど、殺さないらね?私は、君達と仲良くなりたいんだよ。」
感情と思念をエネルギーに乗せて、ゆっくりと、優しく、声に出してカラス達に語り掛ける。
〈ホントに?殺さないの、ホントに?〉〈私達、貴女を殺そうとしたよ?〉
何度も確かめるようにカラス達が訊ねてくる。
彼女達の生きる世界では、勝負は殺るか殺られるか、なのろうか。彼女達の身体に顔をうずめて、答えを返す。
「ホントだよ。私は、君達とこうしてお話したり、綺麗な羽根の感触を堪能させてもらったり、美味いものを一緒に食べたいだけだよ。そもそも、どうして私に攻撃してきたのかな?」
私の願望を彼女達に伝えるとともに、最初から疑問に思っていたことを彼女達に聞いてみる。
〈だって、貴方でしょ?最近、森の奥地を覆っていたのは。お話しするのは好きよ。優しく撫でてくれるのなら、触られるのも、嫌じゃないわ。美味しいものってどんなものかしら?〉〈急に力を感じなくなったから、勝てると思ったのよ。おしゃべりは好きなの。美味しいものは、食べたいわ。〉
なかなかに短絡的な思考だったようだ。だが、彼女達の実力は、この森全体で見ても有数の者ではないだろうか。
自分達の実力に自身があったのだろう。実際、私にダメージを与えたのは、見事なものだ。
それよりも、私の願望に肯定的なのが嬉しい事だ。姦しく、自分たちの望みを伝えてくる。
「君達の言う通り、森を一部自分の力で覆っていたのは私だよ。森の動物達に会いたいのに、森を覆うほど力を出していたら、皆怖がって近づいてくれなかったからね。力を抑えて、森を見て回っていたんだ。」
彼女達の羽毛を堪能しながらこれまでの経緯を説明する。
〈逃げるのは当然よ。美味しいものが食べたいわ。〉〈怖いのは当然ね。美味しいものが知りたいわ。〉
短く、どうでもいい事のように答える。そんなことよりも美味しいものが気になって仕方がないようだ。
「私が住む場所の辺りに生えている樹木に実っている果実が、私の中で一番美味しいものだったよ。私以外の者はほとんど、味を知らないんじゃないかな。他の者にとっては、皮が硬いみたいで、食べられないみたいなんだ。」
私の知る(それ以外をほとんど知らないが)、最も私が美味いと思える食べ物。果実を伝える。
"毛蜘蛛"ちゃんも美味しいと言ってくれたのだ。きっと、この娘達も気に入ってくれるはずだ。
そういえば"角熊"くんは、おいてきた果実を食べてくれたのだろうか。
〈"死者の実"ね。あれって食べられるものなのね。〉〈"死者の実"だわ。いい匂いがするのよね。〉
私の食べていた果実。とても不吉な名前だった。あんなに美味しいのに、何故?
〈とても硬くて、誰も食べられないんだもの。死んだ者が、死後の世界で食べるものと言われているわ。〉〈果実は、地に落ちて土に埋まる。死者も、土に還る。だから、死んだ者の食べ物と言われているわ。〉
意外と、納得できる理由だった。しかし、既に食べたことのある者もいるのだ。死者しか食べられないものではない。彼女達にも、おすそ分けしよう。
「今から取ってくるから、ここで待っていてもらえるかい?」
果実("死者の実"、という名前らしいが、あんなに美味いのにそんな不吉な名前で呼びたくない)を取ってくるために、彼女達にここで待ってもらうようにお願いする。
〈どうしてここで待つの?早く食べたいわ。〉〈待つのは嫌よ。一緒に行きましょ。〉
意外な返答が勝てってきた。
この娘達、私の住まいの近くまで来てくれるらしい。
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