第18話 連戦!!

 あれから三度、狼ちゃんからの噛みつきと爪による引っ掻きを受けたのだが、いずれも、こちらが触れようとすると始めから居なっかったように消えてしまっていた。

 どうしたものかと悩んでいると、六度目になる狼ちゃんの急襲が仕掛けられた。四度目の急襲が終わった時点で感覚をエネルギーによって強化したことによって、ほんの僅かな予兆を五度目の急襲時に察知することができた。そして、六度目の今。


 改めて、この娘は凄い子だと思う。私は尻尾を動かして視界に映った狼ちゃんの牙を防ぐように動かす。それと同時に、視界に映る彼女に背を向け、両腕を広げて何もない空間を抱きしめる。


 柔らかく、艶もあり、密度のある極上の毛皮の感触が、私の上半身を包み込んだ。


     幸    せ


 ついに、ついに私は、動物のモフモフを、全身で堪能することができたのだ!!

 フッサフサだし、フッカフカだ。堪らずに首を左右に振って、顔全体で彼女の毛並みを堪能する。

 それはそれとして、狼ちゃんの全身に私のエネルギーを纏わせる。これまで無色透明だった狼ちゃんの全貌が露わになる。

 その毛並みは全身青白く、よく見れば透明に透き通っている。彼女が今まで無色透明だったのは、この透明な体毛を一本一本を緻密に制御し、光の屈折によって、自身の姿を隠蔽していたのだろう。

 もっとも、それだけでは完全に姿を隠すには至らないだろうから、狼ちゃんの縄張りに来るまでに、私がやっていたような、エネルギーに意思を込めて全身に纏わせることで隠蔽力をより強力なものにしていったのだろう。


 そして、狼ちゃんが突然、その場から消えてしまった現象だ。原理は分からないが、彼女は自分の幻を生み出し、自在に操ることができるらしい。

 しかも、自分の生み出した自身の幻と自由に位置を入れ替えることができるようなのだ。幻まで無色透明のため非常に認識しづらい。

 急襲の際には、自身の攻撃が当たる瞬間でのみ本体で、それ以外は幻だったのだろう。攻撃が通ればそれで良し。通用しないならば即座に離脱。

 彼女は極めて慎重な性格ということだろう。


 私のエネルギーを狼ちゃんに纏わせることによって、意思を込めたエネルギーの効果が上書きされてしまい、隠蔽の効果が消失し、姿が露わとなったのだろう。さらには、幻との位置の入れ替えもできなくなってしまったようだ。


 私でも舌を巻くほど速く、透明になれて、自身と同じ姿の幻を作り、更にはその幻と自由に位置交換可能。

 うん。実際に相手取ることになったから分かるが、とてつもなく厄介だ。本当に凄い娘だよ。

 彼女のことは"蜃気狼"と仮称しよう。



 先程から随分と大人しい"蜃気狼"ちゃんを見てみると、彼女は、気絶していた。

 私に抱きしめられたのが、そんなにも怖かったのだろうか。だとしたらかなりショックだ。怖がりな性格だから、あそこまで慎重だったのだろうか。彼女から腕を解き、伏せた状態にさせておく。


 あぁ、待てよ。私が今しがた彼女にしたことを考えると、配慮が足りなかったかもしれない。彼女の全身を、私のエネルギーで包み込んでしまったのだ。否が応でも私の力量を理解してしまったのだろう。


 "角熊"くんの時といい、似たような失敗をしてばかりな気がする。

 気絶してしまった"蜃気狼"ちゃんはどうしようか。彼女の縄張り内とはいえ、このままにしておくのはまずいだろう。

 彼女の寝床に届けて寝かせておこうか。

 いや、駄目だ。そんなことをすれば余計に怖がられてしまう。気絶するほど怖い相手に、寝床の場所を知られるなど、更なる恐怖でしかないだろう。


 私は周囲に落ちている枯れ枝やら落ち葉やらを"蜃気狼"ちゃんの周りにかき集め、それらに『隠す』と『偽る』意思を乗せたエネルギーを送り込む。

 これならば、よほどの感知能力を持った相手でもない限り、"蜃気狼"ちゃんが見つけられることは無いだろう。撫でまわしたい気持ちはあるが、安眠しているならばともかく、私のせいで気絶してしまっているのに撫でるのは、下劣がすぎる。このままこの場所を立ち去るとしよう。

 そしてそろそろ家に帰ろう。せっかく建てたのだから、もっと使っていかないと。



 "蜃気狼"ちゃんの縄張りから抜け出し広場の場所を確認するため、一度上空へ飛び上がろう。かなりの距離歩いたから、普通の跳躍では視認しきれないかもしれない。


 『跳ぶ』、という意思をエネルギーに乗せて、足に集中させる。膝を曲げて、思いっきり垂直に飛び上がる。


 検証の時に全力で飛んだ際の4倍近い高さまで一息で飛び上がる。が、これでもまだ森の端は見えてこない。どれほど広大な森なのだろうか。

 

 周囲を見回して広場の位置を確認すれば、難なく見つけることができた。後は、あの方角へ思いっきり跳んで行けばいい。

 上昇が終わり、落下が始まる。そのまま落下したとしてもダメージを受ける心配など微塵も無いが、この高さからでは、周囲に与える被害を考えれば静かに着地した方が良いだろう。念のため『緩和する』意思をエネルギーに込めて足に送り、衝撃に備える。



 落下中に、左右から極めて小さな空気の粒が、隙間無く、列を成して、高速で私に飛来してきた。つまるところ、空気の刃だ。それも、ただの空気の刃ではない!エネルギーが宿っている!?


 空気の刃が当たった右腕と左腿に鋭い痛みが走り、血が噴き出る。見れば、腕も腿も大きく切り裂かれていた。


 なるほど。エネルギーを宿らせた攻撃ならば、力を抑えた私を傷付けることが可能なのか。おそらく、エネルギーには『切り裂く』、に類似した意思が込められていただろう。考察しているうちに、腕、腿、共に再生が終わる。


 落下しながら周囲を見渡して、先程の攻撃を放ったものを探す。しかし、私の視界には映らないまま、私は地面へと着地することとなった。あらかじめ準備はしていたため、周囲に被害は無い。


 その辺に落ちている石を拾い、両手に持つ。石に『耐える』意思を乗せたエネルギーを込めたら、再び飛び上がる。さて、次はどう来る。


 私の体が樹木の頂を越えた直後、空気の刃が私の体に二方向から襲い掛かる。が、それは私も予測済みだ。空気の刃に向けて、エネルギーを込めた石を一つづつ、回転を掛けながら、空気の刃に投げつける。


 空気の刃が石に当たり、爆ぜる。良し。これならば、エネルギーを身体の表面に纏わせれば、少なくとも同じ威力の空気の刃でダメージを受けることは無いだろう。

 エネルギーを体外に放出させずに『耐える』意思を全身に行き渡らせる。

 それにしても、最初の攻撃といい、先程の攻撃といい、見事なタイミングだな。


 上昇を続けながら、周囲を見渡せば、かなり離れた場所、おおよそ八百歩ほど離れた位置に私の視界に真っ白なカラスが、私を直線で結びつけるように反対側には真っ黒なカラスが、高速で私の周囲を回っていた。


 カラス、といったが、それはあくまで形状がカラス、というだけだ。カラスとしてみた場合、異常に大きい。両翼を開いていた長さは、私が両腕を開いた長さよりも、ずっと長い。

 二羽のカラスの翼にエネルギーが集まっていく。三度、空気の刃が放たれようとしているのだ。


 空気の刃は驚いたことに、何の予備動作も無く、翼から私に向けて二方向から同時に放たれた。


 先程の"蜃気狼"ちゃんも凄かったが、このカラス達も凄いな。予備動作なしで私を傷付けることができる攻撃を放てるだけだなく、常に私を中心に直線を結ぶような位置関係を保ち続け、さらに同時に攻撃を行い、同時に私に攻撃が届くようにしている。非常に連携が上手いのだ。


 空気の刃が、私の身体に届いたが、思った通り、今度は私の身体を傷付けることは無かった。


 さらに上昇を続ければ、二羽のカラス達も私の頭上の位置を維持するために高度を上げていく。それにしても、空気にエネルギーを宿すという発想は無かったな。彼らに習って、私もやってみるか。


 なおも上昇を続ける際、私は、手に空洞を作るようにして指を閉じると、手の中の空気に『爆ぜる』、と意思を乗せたエネルギーを込めていく。

 エネルギーを込めた空気を軽く指ではじくと、空気が小さく爆ぜ、指に確かな衝撃を与えた。


 行ける。


 二羽のカラス達よ。君達の攻撃のおかげで新しいことが出来るようにしてくれてありがとう。


 目にものを見せてあげよう。

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