第22話 友達を誘おう

 "毛蜘蛛"ちゃんに会いに行こう。

 「これから友達に会いに行くけれど、君達はどうする?」

 彼女達に聞いてみる。一応知り合いみたいだし、連れていくのも良いかもしれない。


 〈もちろん一緒に行くわ!ノア様とならアイツも怖くないもの!〉〈ノア様と一緒に行くわ!向こうでも"死者の実"を食べるのでしょう!?〉


 彼女達も行くそうだ。レイブラン、"毛蜘蛛"ちゃんが怖いのは間違いなく君の行動が原因だからね?彼女の巣にちょっかい出しちゃだめだよ。それとヤタール、君、さっきまで動けなくなるぐらい果実を食べていたのに、まだ食べるのかい?


 「さっきまで動けそうになかったみたいだけど、もう動けるのかい?」


 多少は動けるようにはなったとはいえ、あまり時間は経っていない。ちゃんと飛べるのだろうか。


 〈抱えて頂戴!まだお腹が重いのよ!〉〈上手く飛べる気がしないわ!それにノア様の方が早いわ!〉


 やはり無理か。いや、うん。分かってはいた。甘えてくれるのは可愛らしいし、嬉しいけれど、このまま食べるだけの生活を送って、この娘達、大丈夫なのだろうか?ちょっと心配になってきた。

 

 「仕方がない娘達だね。着地の際は枝に気を付けてね。」


 苦笑しながら、相変わらずふわふわした触り心地の彼女達を抱き上げる。着地の際は、結構な量の枝が身体に当たることになるだろうから注意を促しておく。


 〈心配いらないわ!いつものことだもの!〉〈何かにぶつかっても良いように体を守っているのよ!〉


 そう言って、彼女達は自分の体にエネルギーを纏わせる。防衛手段はバッチリな様だ。家から出て、"毛蜘蛛"ちゃんの巣がある方角へ体を向ける。その場で体を軽く跳ねて慣らす。準備完了だ。


 「それじゃ、行くよ?準備は良い?」

 〈いつでも良いわ!〉〈出発しましょ!〉


 二羽から了解の合図を受けたので、行くとしよう。助走を付けて"毛蜘蛛"ちゃんの巣まで、跳躍する。




 「やぁ、会いに来たよ。調子はどう?」


 巣の近くに着地し、"毛蜘蛛"ちゃんが巣にいることを確認して、すぐそばの枝にいつものように腰かけてから声を掛ける。"毛蜘蛛"ちゃんも此方に気付き、近づいてきてくれた。


 〈ワタシハゲンキ。ソイツラハドウシタノ?オイシクナサソウダケド、クレルノ?〉


 以前よりも、かなり流暢な言葉遣いが出来るようになっていた"毛蜘蛛"ちゃんに驚くとともに感心する。

 私が羽根ごと抱えている二羽を見て、捕まえたものを届けに来たように見えたのかもしれない。


 〈酷いわ!まだ怒ってるのね!?食べないでほしいわ!〉〈ちゃんと謝ったでしょ!?食べちゃだめよ!後、きっと美味しいわよ!〉


 両脇に抱えられたまま、二羽が抗議の声を挙げる。この分だと、謝り方にも問題があったのかもしれない。

 それにしてもヤタール。君、私の時もそうだったけど、どうしてそんなに自分の体の味に自信があるんだい?


 「この娘達は私に戦いを挑んで負けた後、私に仕えたいと申し出てくれてね、昨日からだけど一緒に暮らしているんだ。私からも食べないでやってくれると嬉しい。」


 彼女達とのこれまでの経緯を簡単に説明するとともに、二羽を枝に下ろす。

 うん。落ちることなく、ちゃんと枝に留まれているようだ。彼女達には失礼かもしれないが、戦い終わってからの彼女達の行動を見てしまうと、少し心配してしまう。

 二羽を下ろして私の手が空いたからか、"毛蜘蛛"ちゃんが私の膝まで来てくれた。

 果実を取ってきて、切り分けて皆に振る舞う。

 ただし、レイブラン、ヤタール、君達は八分の一の大きさだよ。家を出る前に、動けなくなるぐらい、いっぱい食べたんだからね。


 〈イツモアリガトウ。ソレニシテモアナタタチ、カノジョニタタカイヲイドムナンテ、バカナノ?カノジョガジヒブカクナケレバ、ソノバデコロサレテイタヨ?〉


 "毛蜘蛛"ちゃんが果実を受け取りお礼を述べるとともに、一心不乱に果肉を啄ばんでいる二羽に向けて呆れの感情を隠さずに窘める。

 一応命の心配もしているあたり、私が思っていたよりも互いの関係は悪いわけでは無いようだ。


 〈仕方ないでしょ!?ノア様、力を抑えてて勝てると思たんですもの!〉〈仕方が無かったのよ!?いつものような力を感じられないから、届くと思ったんですもの!〉

 〈ノア、サマ?〉


 彼女達の抗議の声よりも、レイブランが私を名前で呼んだことの方が気になったみたいだ。疑問の感情を私に向けてくる。

 彼女達が私に戦いを挑んだ理由は、割とどうでもいいようだ。


 「あぁ、彼女達が私に仕える際に、名前が無い事が不便だと訴えられてね。私は昨日から、"ノア"と名乗ることにしたんだ。こっちの白い方がレイブラン、黒い方がヤタールだよ。」


 私が名前を持つようになった経緯を説明し、ついでに彼女達を紹介しておく。


 〈ステキナヒビキダネ。トテモニアッテル。〉


 "毛蜘蛛"ちゃんから賛辞の言葉を贈られる。声色からは、少し、羨望の感情を感じられる。そろそろ、話を持ち出すとしよう。


 「実は、今日は貴女を誘いに来たんだ。一緒に暮らさないかってね。」


 私の要望を彼女に伝える。


 〈ワタシガ、アナタト?〉


 彼女の表情は困惑のそれだ。突然すぎただろうか。それでも、言葉は続けよう。


 「貴女には、貴女の生活がある。それを壊したくなかったから、私は貴女と出会ったときに、貴女が友達だと言ってくれた時に、誘うことはしなかった。けれど、この娘達が言うには、私は、もっと我儘に生きて良いらしい。私は、少し我儘になる事にしたよ。」


 今の気持ちを、彼女に伝えていく。とはいえ、私の家の環境は、彼女の生活に適しているとは言い難い。

 というか適していない。私の家は広大な平地の中心にあるのだから。彼女の巣は、家の中に張ればいいかもしてないが、彼女の食料となる虫はいない。その旨を彼女に伝えておく。


 「強要はしないよ。貴女が自分で決めてほしい。貴女にとって、快適な環境とは言えないからね。それに、直ぐに答えを出さなくても問題ないよ。ゆっくり考えてくれれば良い。」


 あくまでも、決めるのは彼女だ。誘いはするが、懇願はしない。我儘に生きても良いと言われはしたが、そこまで我儘には、なれない。考える時間も必要だろう。

 果実を食べ終え、ゆっくりと答えを待つことにする。別に、今日返答してくれなくてもいい。と、思っていたのだが。


 〈ウレシイ。ワタシモアナタトイッショニイタイ。ショクジノシンパイハシナクテイイヨ。〉


 即答だった。まさか、こんなにあっさり返されるなんて、ちょっと意外だ。


 〈ワタシ、ミンナニコワガラレテタ。ミンナ、ワタシカラニゲタリカクレタリシテタ。アナタハ、ワタシヨリツヨイ。デモ、ワタシヲオソワナイ。ヤサシクナデテクレタ。スゴクウレシカッタ。ワタシノハジメテノトモダチ。ワタシモ、アナタニツカエテ、イッショニイタイ。〉


 初めて会った時からは、想像がつかないほど、沢山の言葉を紡いで、私に感情を乗せて伝えてくれる。

 "毛蜘蛛"ちゃんも、孤独だったのだ。彼女の感謝と、歓喜の感情が伝わってくる。そして、彼女も私に仕えるのか。


 「仕えてくれなくても、友達のままでいてくれて良いんだよ?私は、貴女とは、友達でいたい。」


 仕えてもらうことで、今の関係が崩れてしまうことを懸念する。


 〈ツカエルコトト、トモダチデイルコト、ドチラカシカエラベナイナンテコト、ナイ。ソレニ、ワタシモアナタノコト、ノアサマッテヨビタイ。〉


 "毛蜘蛛"ちゃんが私の懸念を払ってくれる。たとえ、私に仕えたとしても、友達であることに変わりはない、と。


 〈アナタカラ、ワタシニ、ナマエヲクレル?〉


 彼女から、名前を付けることを嘆願される。是非も無い。彼女の名前は。


 「"フレミー"。でどうかな?特にこれといった意味が、あるわけではないけれど。」


 語呂が良く感じた名前を、彼女に提示する。気に入ってくれれば良いのだけれど。


 〈ステキナヒビキ。ワタシハキョウ、イマカラ、"フレミー"。ノアサマ。ステキナナマエヲ、アリガトウ。デモ、ヒトツダケ、ワガママヲイッテイイカナ?〉


 提示した名前を気に入ってくれたようだ。

 良かった。しかし、彼女の我儘とは何だろうか。


 〈ソイツラヨリモサキニ、ナマエヲツケテホシカッタヨ〉


 おどけた口調で私に訴える。どうやら、彼女、フレミーなりの冗談らしい。


 〈何てこと言うの!?酷いじゃない!〉〈あんまりだわ!私たちが促したからノア様は貴女を誘ったのよ!?〉


 フレミーの発言に、これまで口を閉じて大人しくしていた二羽が猛抗議をしだした。これから、私の身の回りは、とても賑やかになりそうだ。

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