第23話 ウサギに会いに行く前に

 〈ワカッテルヨ。アナタタチガイタカラ、ワタシモノアサマトイッショニイラレル。アリガトウ。レイブラン、ヤタール。〉


 二羽の猛抗議に対して、素直にフレミーが感謝を述べる。レイブランも、ヤタールも本気でフレミーを非難しているわけではないようだったし、このまま良好な関係が続けばいいな。


 それじゃあ、家に戻るとしようか。


 「これから、私の家に向かうよ。フレミー、抱えさせてもらって良いかな?」


 フレミーに訊ねる。彼女を抱えたら、レイブランとヤタールを抱えられなくなってしまうが、まぁ、尻尾につかまってもらえばいいかな。


 〈待って頂戴!まだお腹が重いのよ!〉〈飛べはするのよ!でもまだゆっくりにしか飛べないの!〉


 二羽が抗議の声を挙げる。そう、飛べるんだね。ならば自力で飛んでもらおう。沢山甘えたんだから、その分動こうか。


 「飛べるのなら、ちゃんと自分で飛びなさい。私に抱えられたままだと、そのうち、丸々太ってホントに飛べなくなってしまうよ。」


 二羽を窘める。まだフレミーから答えを聞いていないけれど、彼女は私の身体を上って背中に張り付いた。


 〈ワタシハコレデイイヨ。イキマショウ。〉


 二羽の事を気遣って、私の両腕を開けるように背中に移動したと思ったら、別にそんなことは無かった。二羽の事は意に介さず、私に出発を促す。


 〈アナタタチ、マエニアッタトキヨリモ、ダラシナイカラダヲシテイルヨ?〉


 フレミーの言葉にレイブランもヤタールも衝撃を受けて同時にのけぞる。

 いつものことながら、この娘達はしゃべる言葉はばらけるけれど、仕草に関してはホントに鏡に写したように同じ動作をするな。見ていてちょっと面白い。


 〈私達、太ったの・・・!?〉〈だらしが、無いの・・・!?〉


 私が彼女達を腕に抱えた時の感触は、最初からほとんど変わっていない。フレミーの巣に掛かっていた虫を食べたと言っていたし、食い意地が張っているのは、以前からだったのだろう。


 「先に帰っているからね。ゆっくりでいいから、自分の羽根で帰ってきなさい。それから、今後は多少自重することを覚えなさい。」


 ショックで固まっている二羽を置いて、家に帰る。あの娘達の実力ならば、滅多なことは起こらないだろう。今後は自重することを促し、家の場所まで跳躍する。



 広場に到着し、フレミーを家に案内する。まぁ、案内すると言っても寝床しか紹介するものが無いのだが。


 「ここが私の家だよ。今のところ、寝床以外の必要性が無いから、他のものは何もないけれどね。家の中でも外でも、好きな場所に巣を張ってくれて構わないよ。」


 窓を開けながら、フレミーに好きに使って良い事を伝えたところで、視界に、レイブランとヤタールの姿が目に入ってきた。

 ゆっくりとしか飛べないと言っていたけれど、なかなかに速いじゃないか。


 〈素敵ナ場所ダネ。有リ難ク使ワセテモラウヨ。〉


 そう言って私の背から離れていく。

 この短時間でさらに流暢な言葉遣いになったな。私達と同じように話すことが出来るようになるのに、そう時間は掛からなそうだ。


 〈帰ってきたわ!ちょっと疲れたわ!〉〈急いできたのよ!太るのは嫌なのよ!〉


 開けた窓から、帰ってきたレイブランとヤタールが入ってくる。そのまま二羽は、私の寝床に降りて羽根を休める。

 さて、彼女達も返ってきたことだし、聞きたい事を聞いてみるか。


 「お帰り。君達にちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」


 かなり飛ばして来たのだろう。少し、呼吸が荒く、鼓動も激しくなっている。水でも飲ませてあげたいけれど、ここまでは引いて来てないからな。話を聞き終わったら、ここまで水を引っ張ってこよう。


 〈何かしら?何でも聞いてちょうだい!〉〈聞きたい事って何かしら?私たちが知ってることかしら?〉


 呼吸は乱れているのに思念に乗せられた言葉に乱れは無い。思考と呼吸で意識が完全に分かれているんだろう。

 そのあたり、この娘達はとても上手い。これが出来るのはおそらく、森の中では私を除いて、この娘達ぐらいじゃないだろうか。もしかしたら、"老猪"ならば出来るかもしれないが。


 「昨日君達が話していた、ウサギについて詳しく教えて欲しいんだ。」


 足が固いものに覆われているウサギ。彼女達が話題に出すのなら、私が想像している以上の実力者である可能性が高い。


 〈ウサギなのにすっごく強い子よ!他のウサギはすっごく弱いのよ!その辺の熊なら蹴り倒しちゃうの!〉〈足を覆ってるモノが凄く硬いのよ!力を込められたら、私達じゃ切れないの!〉


 熊を蹴り倒すって、それは凄いな。それに、エネルギーを込めればこの娘達の空気の刃を防ぐことが出来るというのか。しかし、熊というのは"角熊"くんの事だろうか、一応確認をしておこうか。


 「その辺の熊というのは、昨日言っていた、角の生えた大きな熊の事かい?」


 〈違うわ!アイツは別格よ!アイツ多分ノア様以外で勝てる奴がいないわ!私達でも勝てないの!〉〈あのウサギ、よくソイツに戦いを挑んでるけど勝てないの!でもソイツ、ウサギを殺さないのよ!〉


 口早に答えてくれる。

 そうか。この森では"角熊"くんが一番強いのか。それにしても、挑んできたウサギを殺さない事に加え、負けても戦いを挑み続けているあたり、彼らは意思疎通が出来ているんじゃないだろうか。

 レイブランが戦いが好きだと言っていたし、"角熊"くんは自分に挑み続けてくるウサギに親しみを感じているのかもしれない。是非とも、もう一度"角熊"くんに会ってみたいな。


 「君達の言うウサギに会ってみたいのだけれど、どの辺りにいるか分かるかい?」

 〈あの子を誘いに行くのね!良いと思うわ!場所ならわかるわ!〉〈行きましょう!あの子を誘いましょう!案内するわ!〉


 二羽とも、かなり乗り気だな。早速案内しようと羽ばたこうとしている。


 「ちょっと待ってくれるかな?その前にやっておきたい事があるんだ。」

 〈やっておきたい事って何かしら?手伝えることかしら?〉〈"死者の実"を食べておくのかしら?ウサギがいる所にも生っているわよ?〉


 レイブラン、手伝おうとしてくれるのはありがたいけれど、今回は君には難しいよ。それとヤタール。君は一度、果実から思考を離した方が良いと私は思うな。

 それはそれとして、ウサギの近くにも果実はあるらしい。良い事を聞いた。


 「君達、息が上がっていただろう?喉が渇いてると思ったからね。ここまで水を引いてこようかと思ったんだ。」


 今の私ならば広範囲の地面をくり抜くことなど造作も無い。そう時間を掛けずに終わらせられるだろう。


 〈水!欲しいわ!沢山飲みたいの!〉〈喉が渇いているのよ!水浴びもしたいわ!〉


 予想以上に水が欲しかったようだ。それに、この娘達も水浴びをするんだな。

 そういえば、私も水浴びをしたのは結構前だな。ちょうどいい機会だから、水を引いてきたら、皆で水浴びをするのも良いのかもしれない。


 そうと決まれば、早速水を引いてくるとしよう。フレミーのいた場所までの距離を考えれば、元・寝床のため池までの距離など、まるで問題にならない。


 光の剣で家の近くの地面をくり抜き、ため池と同じ規模の穴を作る。こちら側からため池のすぐ近くまで水路と排水路を掘っていく。


 〈水だわ!沢山あるわ!美味しいわ!〉〈いつの間にこんな場所が出来てたのかしら!?冷たくて気持ちいいわ!〉


 私の動向が気になってついて来ていたレイブランとヤタールがため池の水を飲み、浴びている。この娘達は、思い切りが良いというか、落ち着きがないというか、色々なものにがっつくな。可愛いからいいけど。


 ため池やこちら側の排水路とはまだ繋げずに、崖から大岩をくり抜いて一度広場まで戻る。そこでくり抜いた地面に敷き詰めるための石材として大岩を切り裂いていく。後は、前回水路を引っ張ってきたように、石材を並べて接合部を溶接していけば良い。

 エネルギーを使用する事によって、溶接を行うのに態々高速で尻尾を動かして破裂音を発生させる必要もなくなったため、実にスムーズだ。


 結局、日が沈むまで時間が掛かってしまったが、最初に掛かった時間を考えれば、随分短縮できただろう。


 〈ノア様、一人でこんな事まで出来てしまうんだね。私も使わせてもらっても良いのかな?〉


 水路と、家側のため池が出来た所でフレミーが、みんなと変わらないくらい流暢な言葉づかいで訪ねてきた。随分と早かったな。

 それはそれとして、フレミーは水路やため池を確認はしていなかったが、気にはなっていたようだ。


 「もちろん、好きに使ってくれて構わないとも。みんなで使うために用意したものだからね。」


 〈ありがとう。美味しい水だね。それに冷たくて気持ちいい。〉


 早速水を飲み始めたフレミーが素直な感想を述べてくれる。喜んでくれたようでなにより。甲斐があるというものだ。

 さて、日も沈んでいる事だし、今日は眠ろう。

 明日は、いよいよレイブラン達に案内してもらってウサギに会いに行くとしよう。

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