第24話 可愛すぎる!!!

 顔に何か細いものが何度も当たる感触と、角を引っ張られる感覚。あの娘達か。


 〈起きて頂戴ノア様!朝よ!ウサギに会いに行くんでしょう!〉〈ノア様!ウサギに会いに行きましょ!後、"死者の実"が食べたいわ!〉


 ゆっくりと体を起こして、レイブランとヤタールを撫でる。

 昨日、この娘達が取ってきた果実を取ってくると半分の大きさ、四分の一の大きさ、八分の一までの大きさにそれぞれ切り分け、彼女達に八分の一の大きさを差し出す。四分の一は私が。残りの半分の大きさは。


 〈おはよう。ノア様。朝は弱いのかな。とても気持ちよさそうに寝ていたね。果実、ありがとう。〉


 天井から糸を伝って私の元まで降りてきたフレミーに渡す。

 彼女も私より先に起きていたようだ。みんな良く外的要因無しで目を覚ますことができるな。

 それと、フレミーが果実を"死者の実"と呼ばないことが地味に嬉しい。


 「おはよう。フレミー。今日はレイブラン達に案内してもらって、とても強いらしいウサギに会いに行くのだけれど、貴女はどうする?」


 果実を食べ始めたフレミーに訊ねてみる。どうせなら、皆で行くのも悪くない。


 〈せっかくだけど、遠慮しておくね。森に虫を捕りに行きたいし、やりたい事が出来たんだ。〉


 そう言って、フレミーは窓から出て森へ行ってしまった。私が思っていた以上に、フレミーは俊足だった。低空を俊敏に跳ね飛び、あっという間にここから広場の端まで到達してしまった。

 ところで、彼女のやりたい事とは、何だったのだろうか。まぁ、いずれ分かるだろう。今は、ウサギに会いに行くことを考えよう。


 「レイブラン、ヤタール。ウサギに会いに行こう。案内をしてくれるかい?」


 果実を食べ終わって、外で水を飲んでいた二羽に呼びかける。


 〈任せて頂戴!しっかり案内するわ!やっと役に立てるわ!〉〈居場所はバッチリよ!ノア様が寝てる間に確認してきたのよ!〉


 なんと。彼女達、とてもありがたい事をしてくれていた。仕えると自分から言ってきただけあって、私の役に立ちたかったようだ。それなら、素直に感謝を伝えて褒めておこう。


 「ありがとう。準備が良いね、助かるよ。それじゃ、行こうか。」

 〈こっちよ!ちょっと遠いけれど、少し離れた所に降りましょ!〉〈こっちなの!いつもみたいに近くに降りちゃうとビックリさせてしまうかもしれないわ!〉


 彼女達の言い分も尤もだ。今まで普通に暮らしていたのに、突然得体の知れない存在が目の前に振ってこられたら驚くな、という方が無理だろう。


 〈私達が目印になるわ!そこに降りましょ!〉〈私達が空からウサギの場所を教えるわ!〉


 レイブラン達が飛び去って行き、しばらく離れた場所で小さく旋回し始めた。あの辺りを目指して跳べ。ということなのだろう。随分な距離があるが、途中で破裂させた空気を叩き付ければ問題なく届く距離だ。

 だが、相手はウサギだ。聴覚が優れていると考えるのが普通だろう。音速を越えた時に生じた破裂音よりもさらに大きな音が発生する以上、このままではウサギが驚いてしまうだろう。


 ならば。

 私は、少しの助走の後、思いっきり跳躍する。両手には、既に空気に宿らせるための、意思を乗せたエネルギーを集中させている。高度が下がり始める前に両手のエネルギーを空気に流す伝え、爆ぜさせる。


 しかし、いつものような破裂音はしない。空気に伝えるたエネルギーには、『爆ぜる』の他にも『黙る』という意思を乗せていたのだ。以前にも同時に複数の意思を乗せたことがあったので、思いつくことができた。


 音も無く爆ぜた空気を尻尾で叩きつけ、ヤタールのいる場所まで跳んでいく。レイブランはさらに少し離れた場所で旋回している。つまり、あの辺りにウサギがいるということなのだろう。


 目論見通りに事が進み、静かに着地も済ませると、ヤタールが私の肩に止まった。

 

 「案内ご苦労様。ヤタール。」


 彼女の首や頭を撫でておく。後で、レイブランも撫でておこう。レイブランがいるウサギの場所まで、歩いて行こう。


 〈まだよ!まだなの!ウサギを配下にするまで終わってないのよ!〉


 確かにその通りだ。だけどね、ヤタール。仕えてくれるかどうかは相手次第だよ。誘いはするけれど、強要はしないからね。



 レイブランのいる場所を目指して、五百歩行くか行かないかくらい歩いた先に、彼は、いた。


 立ち上がったとしても、私の股間部の高さにも満たない小さな体躯。頭の上からピンと伸びたウサギにしては短めの耳!丸みを帯びた顔!つぶらな瞳!!鼻の中心から縦に割れた上唇!!そして、白に近い灰色のもっこもこな毛皮!!!


 思考が、停止する。


 〈ちょっと!ノア様!どうしちゃったの!?もうウサギは目の前よ!?〉


 ヤタールが私を呼びかけるが、反応が出来ない。頭の処理が追い付かない。目の前の存在に目を奪われている。目が離せない。


 何だこのモコモコは!?!?



 可!! 愛!! す!! ぎ!! る!!


 どういうことだ!?こんなに可愛い生き物見た事が無い!!?本当に可愛い!!!抱きしめたい!!!可愛い!!!抱きかかえたい!!!可愛い!!!撫なで回したい!!!可愛い!!!頬擦りしたい!!!可ん愛ぃいいい!!!!!


 〈落ち着くのよ!?ノア様!?ウサギが凄く驚いているのよ!?〉〈びっくりしてるのよ!?今のノア様、ちょっと怖いのよ!?〉


 いつの間にか私の元まで来ていたレイブランと共にヤタールが二方向から頭をつっついてくれることで、ようやく我に返ることができた。

 いや、本当にこの娘達には助けられるな。その上可愛い。二羽を撫でておこう。


 「ありがとう。レイブラン、ヤタール。あまりの可愛さに意識がトンでしまったようだ。大丈夫。もう、落ち着いたよ。」

 〈あの、何かご用件があるのでは・・・?〉


 落ち着いた声色でこちらに首をかしげてウサギが訊ねてくる。可愛い!彼の足は前後共に非常に硬そうなおそらく体毛が固まったもの(足鎧とでも呼んでおこう)に覆われている。

 さしずめ"足鎧ウサギ"(そのまんまだな)くん、といったところか。

 いや、それは良い。彼の質問に答えなければ。冷静に、落ち着いて、要件を伝えよう。


 「君を、抱きかかえさせてほしいんだ。」


 顔に二方向から柔らかいものがぶつけられる感触。


 〈ノア様!?しっかりして頂戴!!願望が駄々洩れよ!!〉〈全然落ち着けてないわノア様!!欲望がむき出しよ!!〉


 どうやら、正気の状態じゃないらしい。私の願望丸出しの返答に二羽から翼によるツッコミが同時に入った。羽毛が柔らかくて気持ちいい。"鎧足ウサギ"くんが困惑したまま固まってしまっている。


 「済まない。先に自己紹介をしておこう。私は、ノア。こっちのカラス達は」

 〈レイブランよ!ノア様に仕えているの!〉〈ヤタールよ!ノア様に付けてもらった名前なの!〉


 二羽が自分の名前を名乗る。何処か誇らしげだ。話を続けよう。


 「私は、自分が何者なのか分かっていない。いつの間にか森の奥にいて、そこで目が覚めたんだ。私の今の所の目的は大まかに言えば、君達森の住民と仲良くすること。そして、出来れば私の住む場所で一緒に暮らしてもらうこと。最初に一緒に暮らしてくれることになった彼女達から、君の事を聞いてね。誘いに来たんだ。ただし、強要はしない。君が今の生活を変える気が無ければ、私は素直に諦めよう。」


 私の要望をしっかりと伝える。もちろん、強要しないことも含めて。"足鎧ウサギ"くんは、どう答えるだろうか。


 〈ノア様・・・と、おっしゃいましたか。貴女様に仕えること、吝かではございません。ですが、それに伴なってお願いしたい事がございます。〉

 「言ってごらん。可能な限り応えるよ。」


 とても可愛らしい外見からは想像もつかないくらい礼儀正しい返答に驚きながらも、彼の願いを聞くことを伝える。


 〈この上ない強さを持つ貴女様に、私と戦って、・・・いや、それは烏滸がましいか。稽古をつけていただきたいのです。〉


 予想外の願いだったな。しかし、彼はあの"角熊"くんに挑み続けているぐらいだ。強くなることに余念が無いのだろう。


 彼の願いは分かった。お安い御用だ。

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