第32話 向こうから来た!

 角を引っ張られる感覚と、頭をつつかれる感覚。

 レイブランとヤタールかな?


 〈起きて頂戴!ノア様!家に着いたわよ!〉〈みんなノア様が起きるのを待ってるのよ!〉

 〈寛いでもらえた様でなによりだ。既に顔合わせは済んでいる。〉


 なんと。ホーディの背に乗って直ぐに意識を手放してしまったのは分かる。

 だが、まさか・・・家に着くまで熟睡していた上に、全員顔合わせが済んでしまっているとは・・・。

 本当に私は一度寝ると、自力では碌に起きられないようだ。

 ホーディの背から降りて、彼を見上げる。


 「ここが私の家だよ。今は寝床しかないけれど、これから必要になったものや便利だと思ったものを、色々増やしていこうと思う。」

 〈主の体を考えると、随分と大きなものを作ったな。我でさえも余裕で囲ってしまえる。〉

 〈ホーディはおっきいから入れないのよ!可哀そうよ!〉〈狭くてホーディが入れないのよ!ホーディが仕えるドアを作りましょ!〉


 言われるまでも無い。ホーディだけ家に入れないなど、認めるわけにはいかない。

 資材は十分。早速作っていくことにしよう。

 どうせなのだ。"老猪"もここで暮らすことを前提に考えて、彼とホーディが使える扉を、いや、待てよ?いっそのこと、全員が仕えるような扉を作ることは出来ないだろうか。


 そうだ。大きな扉の内側に、さらに扉を付けていこう。まずはホーディのサイズと、"老猪"が入れるサイズ。それから私やウルミラが使えるサイズ。そしてフレミー、レイブラン、ヤタール、ラビックが使うサイズ。

 全部で四つのサイズを作るとしよう。だが、その前に、だ。


 「扉を作るのはもちろんだけど、その前にお土産を渡さないとね。」


 既に降ろされていた氷漬けにされた魚の入った器を持ってくる。


 〈氷だ!ご主人!これ、どうしたの!?〉

 〈中に魚が入っているね。わざわざ私達のために捕ってきてくれたのかな?〉

 〈ノア様のお気遣いに感謝いたします。〉


 魚に対する反応は上々だ。早速解凍していこう。

 鰭剣を氷に突き刺して加熱する。

 ちゃんと温度を調節して、変に魚に火が通らないようにしないと。いや、それとも、水を介して魚に火を通してみるか。全てとはいかないが、いくつかは試してみるのも良いかもしれない。

 ともかく、今は彼らに魚を提供しよう。程よく解凍された魚を切り分け、それぞれ渡す。


 みんな食べ方はそれぞれ違うが、皆楽しんでくれているようだ。次は加熱したものも提供しよう。


 〈熱を加えるとこんな感じになるんだね。脂が溢れてくるの、結構好きかも。〉

 〈あっつ!?けど、おいしい!冷めちゃうと味が落ちちゃうから、ボクは生の方が好き!〉

 〈これはなかなか味わい深い・・・。他の食べ物でも加熱することで味や食感が変わるのでしょうか?〉


 ラビックが、ふとしたように呟いた。

 ラビック、それの感想は今はまずい。あぁ、やっぱりレイブランとヤタールが反応してる。


 〈とっても興味深いわ!他の肉でも美味しいのかしら!?〉〈"死者の実"でもやってみましょうよ!きっと美味しいわ!〉

 〈落ち着け二羽とも、今は家の扉を作るのではないのか?〉


 ナイスだ、ホーディ。騒ぎ始めた二羽を窘めてくれたことで、作業に移れそうだ。

 いざ、作業を始めるとしよう。


 扉の形状は両扉だな。押しても、引いても、どちらでも動くようにしよう。私の尻尾と鰭剣きけんに掛かれば造作も無い事だ。むしろ、サイズが大きい分、細かい作業をする必要が無いから簡単なほどある。

 後は、同じ構造の物を小さくして作っていけばいい。多少細かい作業になるが、そう時間は掛からないだろう。


 少しして、扉が完成する。

 辺りはすっかり暗くなっていた。暗視が使える私には問題無いが、他の子達は周りが見えているのだろうか。


 「私は周囲が見えているけれど、君達、今周囲を確認できるかい?」

 〈バッチリよ!夜でも昼でも良く見えるの!〉〈暗くても明るくても見えるのよ!遠くの景色だって見渡せるわ!〉

 〈昼ほどではないが、見えないわけではないな。〉

 〈良くは見えないけど、臭いで大体わかるよ。〉

 〈私は、まるで見えない状態です。ですが、聞こえてくる音や皆様の気配でおおよそ周囲の状況は理解できております。〉

 〈私は暗くても明るくても変わらないよ。今も良く見えてる。〉


 なるほど。見えていない子もいるけれど、別の方法で周囲の状況の確認は出来るのか。とはいえ、見えていた方が良いのではないだろうか。


 「みんな、こういうものは必要だったりするかい?」


 石材を小さく切り取って小石程度の大きさにする。小石に、『光る』意思を乗せたエネルギーを込めれば、小石が小さく七色に光り出した。

 必要かどうかはさておき、光源の確保が出来たな。


 〈綺麗じゃない!?こういうの好きよ!〉〈気に入ったわ!もっとないの!?〉

 〈本当に主は多彩だな。これは我には助かる。〉

 〈ちょっとまぶしいよ。寝るときは無い方が良いなぁ。〉

 〈私も、少々まぶしく感じます。慣れれば問題は無いでしょうが、就寝の際は消していただけるとありがたいです。〉

 〈私は気にならないよ。ノア様の純粋な力の光。とても綺麗だね。〉


 評価はラビックとウルミラ以外は好評といった所か。家の天井隅にでも取り付ければ、ちょうどいい照明になるかな。

 それはそれとして、扉の取り付けだ。


 「今から扉を取り付けるから少し壁から離れていてもらうよ。」


 新しいド扉を取り付けるため、今扉が付いている面の壁を新しい扉の大きさにくり抜く。

 扉の接地面を少し掘って、下から持ち上げるように扉を壁に取り付けて、掘った地面を埋めて固める。これで扉の完成だ。


 「扉が完成したから、使用してもらえるかい?改善点があればその都度、改善していこう。」


 扉は、問題無く機能したようだ。みんな、スムーズに家の中に入っていった。

 あっ!そうだ。ホーディの寝床!


 〈主の家の中はこうなっているのだな。〉

 〈寝床が快適なのよ!ぐっすり眠れるの!〉〈ノア様と一緒に寝るのよ!ノア様は全然起きないの!〉

 〈ボクも今日からここで寝るんだね!いつもの寝床より気持ちよさそう!〉

 〈一度寝かせていただきましたが、地面に寝ていた時よりも快適です。ノア様が朝まで熟睡なされるのも無理は無いかと。〉

 〈私は天井に巣を張っているからいいけれど、ホーディは流石にこの寝床では眠れないね。〉


 失念してた。先にホーディの寝床を用意してから会いに行くべきだったか。

 今から彼の寝床を用意するとしたら、かなり時間が掛かるだろうな。何せ大きめとはいえ、私のサイズですら三日も掛かってしまったのだ。

 彼が使用できる寝床となると十日間くらいは掛かってしまうんじゃないだろうか。


 「済まない、ホーディ。他のみんなにはちゃんとした寝床があるっていうのに。私が短慮だった。」

 〈我が主よ。そこまで気を使う必要は無い。元より我は地面にそのまま寝ていたのだ。平らな床でも問題は無い。〉


 ホーディに謝罪をするが、彼は気にしなくて良いと言う。気にするに決まっているだろう!

 良し、今の私の最優先課題は大きな寝床を用意してやることだ。それとついでだ。後で勧誘する"老猪"の分まで作ってしまおう。仲間外れになどさせるものか。

 木の布を作るための糸を作るために、木材の保管場所に移動しようとしたのだが。


 〈ノア様、ストップ。今日はもう寝よう。〉

 〈ノア様!ラビックとウルミラが眠そうよ!〉〈一緒に寝ましょ!朝起きられなくなるわよ!〉


 フレミーとヤタールから寝るように促されてしまった。というか、ラビックとウルミラが少しうとうとしている。

 物凄く可愛い。

 うん、寝よう。明日から、気合を入れてホーディと"老猪"の寝床を作るんだ。


 みんなに囲まれて横になる。全身が温かくて、ふわふわで、フカフカで、本当に気持ちいい。幸せ。意識がまどろむ間もなく。私は眠りについてしまった。




 角を引っ張られる感覚と、頭をつつかれる感覚。

 この感じ、レイブランとヤタールか。


 〈ノア様!起きて頂戴!猪よ!アイツが来たのよ!〉〈向こうから来たのよ!猪が来たの!みんなノア様を待っているわ!〉


 なんと。これは予想外だ。

 まさか向こうからこっちに来てくれるなんて。辺りを見渡せば、私とレイブランとヤタール以外は誰もいない。外で待っていてくれるようだ。


 外に出てみれば、みんなに囲まれて"老猪"が伏せて待機している。その姿からは恭しさを感じる。

 彼は以前会った時も私に敬意を払っていたけれど、ここまでではなかったはずだ。何があった。


 〈御身への謁見までに、大変時間が掛かりました事、心よりお詫び申し上げます。おひいさま。〉


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