第33話 ドラ姫様

 なんだって?


 彼は、私の事をなんて言った?


 おひいさま?おひいさまってあれか?お姫様ってことなのか?


 何故?理解が追い付かない。


 〈御身に謁見が遅れました事に弁明の機会を与えて頂きたく御座います。〉

 「あの・・・。その前に、聞いていいかな?」

 〈何なりと・・・おひいさま。〉

 「何故、私の事を"姫"と呼ぶんだい?」


 いや、本当に。何故だ。姫というのは国の主の娘、ということだろう?

 ここは国ではないし、そもそも私に肉親の記憶は無い。それとも、彼は私の過去を知っているんだろうか?


 〈おひいさまこそが、この森の主だと確信したからに御座います。しかし、おひいさまがこの森に現れましたのはついこの間の事。つまるところ、未だお若い、いえ、この森からすれば、御子おこも同然かと。故に、おひいさまと呼ばせて頂いております。〉

 「そ、そうなんだ・・・。」


 微妙に、納得できるような、できないような返答が帰ってきて、曖昧な返事しかできない。だが、彼は私を森の主だと判断したらしい。それも理由が分からない。

 確かに、私は彼を助けたけれど、それだけで主だなどと判断されるだろうか。


 「君は、私がこの森の主だと言ったね?そう判断した理由を聞かせてもらっても良いかな?」

 〈おひいさまは、この森に生きる者、そして、この森そのものを慈しんでおられます。それと同時に、この森の秩序を乱すものを己の敵と捉えております。現に、この森の害となる我らが種の恥部の排除と、この森そのものを害する者を見事に征伐してご覧になりました。前者はともかく、後者はこの森に住まう、いかなるものにも成し遂げ得ない偉業に御座います。故に、儂はおひいさまこそがこの森の主と確信いたしました。〉


 むず痒い。

 いや本当に体がむず痒くなるね。こうも手放しで褒められてしまうとは。

 驚いたことに、私の心情に対する彼の言い分は、ほぼその通りだ。だとすれば、彼が私を姫と呼ぶのは間違っていないのか?しかし、"姫"って柄か?私は。


 「あー、その、彼が言うには私は"姫"、ということらしいけど、みんなはどう思っているのかな?」

 〈いいじゃない!お姫様って素敵よ!〉〈仕えてる相手がお姫様ならむしろ誇らしいわ!〉

 〈いいと思うよ。私はしっくりくると思ってる。でも、ノア様はあんまりそうは思ってないんだね。〉

 〈我々を慈しみ、気遣い、我々のために行動し、我々に、そしてこの森を害する者には率先して立ち向かう。紛うことなく、姫君の振る舞いかと。私も、ノア様を"姫様"と呼びたく存じます。〉

 〈なんだか憧れるよね!ボクも良いと思うよ!〉

 〈我も、主を"姫"と呼ぶことには賛成だ。〉


 みんな好意的なのか。ラビックなんて私を"姫"と呼びたいとまで言い出した。

 本気か?まぁ、最初に何と呼んでくれても構わない、と言ったのは私だ。素直に受け入れよう。

 それはそうと、私は"老猪"の話を遮っていたんだった。


 「むず痒いけれど、"姫"と呼ばれる理由は分かったよ。話を遮ってしまってすまなかったね。それで、君としてはもっと早くに私に会いに来たかった、ということみたいだけど、その理由を聞かせてくれる?」

 〈はっ。森にて、偶々見つけることが出来ました、こちらの品を献上するために御座います。〉


 そう言って"老猪"が、私に淡い桃色の石を私に差し出してきた。


 〈綺麗な石だわ!良く見つけたわね!〉〈艶々なのは無いの!?艶々したほうが綺麗よ!〉

 〈この臭い、この石、しょっぱいと思う。〉

 〈私はこの石を見た事が無いね。何処で見つけたんだろう。〉

 「綺麗な石のようだけれど、この石は何かな?」

 〈おひいさま。その石をほんの小さく切り取り、舐めてみて御覧下され。〉


 "老猪"に言われるままに、石から小さな欠片を切り取って口に含んでみる。


 これは、びっくりだ。しょっぱい。味を知ったとたんにこの石の正体が、私の知識から引き出される。


 「しょっぱい。・・・・・・これは、塩、と呼ばれる物だね。良く見つける事が出来たね。森で手に入る物なんだ。凄いよ。まだあったりするのかい?」

 〈お褒め頂きましたこと、恐悦至極に御座います。そちらの岩塩の山を探し当てることに手間取り、謁見の機会が遅れました。申し訳御座いません。〉

 「謝る事なんてないとも。元より、こちらから君に会いに行こうと思っていたのだからね。」


 まさか、森で手に入るとは。しかも彼はこの岩塩の山を見つけている。これは、今後の食事の質が大幅に上昇することになるだろう。


 〈おひいさま自ら、儂に御用があったと。〉

 「ここにいる子達と同じだよ。一緒に暮らさないか、誘いに行こうと思ってた。」

 〈あなただけ、場所が分からなかったのよ!〉〈貴方、全然見つけられなかったのよ!〉

 「どうかな?私を"姫"と慕ってくれるなら、君も一緒に暮らさないか?」


 "老猪"に訊ねる。こうまで私を敬ってくれているんだ。私の自惚れでなければ、きっと了承してくれるはず。ならば、用意しよう。彼の、彼だけの名前を。


 〈望外の喜びに御座います。よもや、こちらから懇願すべきことを、おひいさまから持ち出していただけるとは・・・・・・。無論、おひいさまが望まれるのであれば喜んでお仕えし、この地で暮らしましょう。〉

 「それは良かった。これからよろしくね。"ゴドファンス"。」

 〈おひいさま。よもや、"ゴドファンス"、とは、儂の。〉

 「そう。君の名前だ。既にみんなとは顔合わせは済んでいるみたいだね。」

 〈素晴らしき名を与えて頂き、誠に有り難う御座います。〉


 ゴドファンスが恭しく答える。何故だか、ここに集まった男性陣はみんな態度が恭しいな。


 さて、これで、レイブランとヤタールが挙げていた、配下にすべきと言っていた者達は全員集まったわけだけれども、だからこそ、私も急がなければ。

 現状、ホーディとゴドファンスが使用できる寝床が無い。早急に製作して用意する必要がある。


 「さて、これで誘うべき者達はみんな揃ったわけだけれども、私は急ぎで、やらなければならない事がある。ホーディとゴドファンスの寝床だ。私の寝床で寝る事が出来る子達は良いけれど、君達の分も用意したい。」

 〈それは待って、ノア様。ノア様にプレゼントがあるの。〉


 私が木の布を作る作業を始めようと思ったら、フレミーから待ったが掛かって、家の中へと入って行った。。プレゼントとは一体、何だろうか。


 〈まずはこれ。ノア様に似合うと思うんだ。着てみてほしいな。〉

 「・・・ひょっとして、フレミーがやりたい事って、これを作る事だったの?」

 〈そのうちの一つってだけだよ。さぁ、着てみて。〉


 戻ってきたフレミーが差し出してくれたのは、私の身体にぴったりの衣服だった。触ってみれば柔らかくて艶々で、それでいてスベスベしていてとても肌触りが良い。

 これを、着て良いのか。


 早速袖を通してみれば、とても軽く。それに動きを阻害されることも無いようだ。とても動きやすい。すごく良い着心地だ。

 この着心地は、"布のようなもの"を上回るか。


 「すごく着心地が良いよ。フレミー、本当にありがとう。」


 感極まって、フレミーを抱きしめる。ふわふわな体毛が心地いい。しかし、本当に嬉しい知らせはここからだった。


 〈とても似合っているよ。喜んでもらえてよかった。でも、プレゼントはそれだけじゃないの。〉


 そう言って彼女が糸を手繰り寄せる動作をしていると、何か大きなものが此方に転がってきた。あれはまさか、布の塊か!?


 「フレミー、あれってまさか。」

 〈うん。ノア様の寝床用にって思ってたくさん作っておいたんだ。ホーディとゴドファンスの分を作ったとしても、十分に足りる筈だよ。それに、今後も私は自分の糸で布を作っていこうと思うし、ノア様の服も作っていくつもり。新しい服が出来たら、是非着て見せてね。〉


 物凄く嬉しい事をしてくれたな。私の友達は。

 服ももちろん嬉しいけれど、それ以上にこの凄い量の布の方が私には、とても嬉しい。これならホーディとゴドファンスの寝床を直ぐにでも用意できるし、何なら私の寝床もこの布を使って新しく新調しても、まだまだ余りそうだ。

 本当に素晴らしいプレゼントだよ。


 それじゃ、早速、寝床を作ってしまおう。



 服が手に入って、寝床の布の質が極上な物となり、塩まで手に入れる事が出来た。


 初めて目覚めた頃と比べて、かなり生活水準が上がったんじゃないだろうか。

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