第230話 授与式までの生活
金の採掘が困難になれば、当然対策会議が開かれる事になるわけだが、私はその前に今回の件での報酬の授与式を終わらせて欲しいと思っている。
理由は単純。人工魔石の量産に対して、賛成意見をより多く集めるためだ。
私とオリヴィエが人工魔石の量産を推奨しているともなればいかに金の採掘に執着している者たちがいたとしても首を縦に振らざるを得ないだろうからだ。
それを実現させるにはオリヴィエの、リビアの正体を周囲に知らせる必要がある。そしてそのタイミングは報酬の授与式の時が望ましいと先程話をしたばかりである。
「ふむ…。今のところ採掘関係で報告は届いていないな…。まさかとは思うが、隠蔽しようとでもしているのか…?」
「あり得るのでしょうか…?採掘に関わる者達は皆、信頼のおける者達の筈ですが…。」
「俺が金の採掘を縮小させようとしている気配は、当然他の連中も感じ取っているからな。そんな時に[金の採掘が難しくなりました]、なんて馬鹿正直に報告したら、お前ならどうするよ?」
「そうですね…。以前ならばより強力な採掘道具の開発を急がせるか、いっその事撤退させるかのどちらかでしたでしょうね。ジョッシュ殿からも、金の採掘は控えた方が良いとお告げを聞いたと言われた事ですし。」
二人ともオリヴィエがティゼム王国へ向かう前から金の採掘を縮小していこうとしていたらしい。それでもレオンハルトは金の採掘を続ける方法を、一応は模索していたようだ。
もっとも、それは人工魔石の話を知るまでの話だ。
「お前ならどうするよ。」
「撤退一択ですね。やりようによっては金の採掘以上に国を発展させられますよコレは。」
「だろう?連中はコレの事を知らんが、俺が新たな財源を模索していた事は知っているだろうからな。不都合な情報を隠すために、虚偽の報告をするやもしれん。まぁ、無駄なのだがな。」
こちらには事情を把握している私が既に二人に知らせてしまっているからな。金の採掘に執着いている者達には悪いが、金の採掘事業は撤退せざるを得ないのだ。
元々、地下に埋蔵されている金にも限りがあるのだから、いつかは尽きてしまうのだ。それが今なのだと思ってもらう他ない。
そもそも、金の採掘に執着する者達は、何故執着するのだろう?何か特別な思い入れでもあるのだろうか?
やはり調べた方が良いかもしれないな。人工魔石の話がすんなりと進めば特に問題は無いのだが…。
「2人は金の採掘に執着する者達が人工魔石の量産の話を出したら、それに賛成するとは思っていないんだよね?」
「ああ、前にも言ったが、その予算を金の採掘に回せと言ってくるだろうな。」
「今のところ、魔石を製造するための魔術具は魔術具研究所の一基のみなのですよね?だとしたら、その魔術具を製造する時間やコストの問題を指摘して、間違いなく反発するでしょうね。」
「それなら、やっぱり報酬の授与式は早めにやってもらいたいかな?私とオリヴィエが味方に付けば民衆も味方に付いてくれるだろうしね。」
「そうだな。それが良いのだが、ノア。そなた、何か特別に欲しいものはあるか?こちらで用意出来る報酬となると、そなたがティゼム王国で受け取った報酬と、そう変わらないものになるぞ?もしも特別に欲しいものがあるのなら言ってくれ。可能な限り用意しよう。」
ふむ。特に問題は無いな。
元より金貨を受け取る予定だったし、ティゼム王国と同じく私の身分をファングダムも保障してくれるとなれば、言う事は無い。過度に干渉してこない権力者はとても有り難いのだ。
後は煌貨が出るか出ないかだが、アレはあっても無くても別に変らないだろうな。何せ使い道が無いのだから。
価値が高すぎて金貨ですら両替が出来ないのだ。もし煌貨を使う時があるとしたら、莫大な資産を持つ者から金では買えないものを手に入れる時ぐらいだろう。
それこそ家名であったり、貴族や王族、はたまた国が保有している利権を手に入れる時ぐらいだ。
私にそんなものは必要ないのだから、余程の事でも無ければ使う機会が無いのだ。
だが、それでもくれると言うのなら遠慮なくもらうつもりだ。価値がある物なのは確かだし、なかなかに良い輝き方をしているからな。
一度レイブランとヤタール、それからフレミーに煌貨を見せたら、皆とても綺麗だと言ってくれた。実は私が受け取った3枚はあの子達に1枚ずつ譲ったのだ。私達にとっては鑑賞物としての意味があったのだ。
「問題は無いよ。そちらで本来渡そうと思っていた物を渡してくれれば良いよ。」
「そうか。助かる。」
これで話を終わりにしても良かったのだが、やはり金の採掘に執着していると言う人物達の事が気がかりだ。レオナルドに協力を仰ぐとしよう。
「ああ、そうだ。報酬と言うわけでは無いのだけど、一つ頼めるかな?」
「ん?なんだ?言ってみてくれ。」
「人工魔石の量産に反対して頑なに金の採掘を諦めないような輩がいたら、教えてもらえる?もしかしたら裏があるかもしれないからね。調査してみようと思う。」
「むしろそれは此方から頼みたい事なんだが…。そんな言い方をされると、もしもあの連中が俺達ですら気付けない悪事を働いてたとした場合、公式の場でそなたに報酬を支払えなくなってしまうな。」
レオナルドから依頼したわけでは無いからな。だが、別に問題無いだろう。要はティゼム王国と同じような事をするだけなのだ。
ただ単に彼等が金が大好きで採掘せずにはいられない、と言った話であるなら微笑ましい物なのだが、確実に話はそれで終わらなそうなのだ。
例えば、金を内密に輸出している可能性だってあり得る。その場合、残念だがレオナルド達に報告して裁く事になってしまうだろうな。
親子二人も、ただの黄金好きだから金の採掘にこだわっているとは思っていないようで、何か裏があると踏んでいる。その表情はやや複雑だ。
レオナルド曰く、彼等は優秀でこの国に良く尽くしてくれていたと言うのだ。
忠臣を裁かなければならないかもしれない事に、頭を悩ませているのだろう。
話を戻そう。何時までも辛気臭い話をしてはいられないからな。
「私以外の者に渡す報酬はもう決まっているの?」
「その辺りは問題無い。大抵は金貨だったり強力な魔術を施した武具だったりだ。割と早く決まったぞ。」
なるほど。戦いを生業とする人間達にとっては強力な武具も十分な報酬になり得るのか。リナーシェが試用しているような武具を制作したのがファングダムと言う国が抱えている職人だと言うのなら、非常に質のいい武具が用意されそうだな。
ならば、私が他の者の報酬を気に掛けることは無さそうだ。
私が他に話したい事は特には無いかな?なら、名残惜しいが城から出ようか。
「それなら、話すべき事も終った事だし、そろそろお暇させてもらおうかな?」
「なんだ?連れない事を言うじゃないか。いっそのこと授与式まで城に泊まってもいいのだぞ?客人として歓迎しよう。流石のそなたも、王族が普段口にしている食事はまだ味わった事が無いだろう?」
それは確かに。まぁ、モスダン公爵家でそれに近い料理を味わった事はあるが、王族の食事ともなれば更に質が上がる筈だ。興味が無いわけが無い。レオンハルトも口にはしていないが頷いて父親の意見に同意している。
だが、彼等が私を城に泊めたい理由は別にある事などお見通しだ。
「実際は、久々にオリヴィエと一緒に食事がしたいだけだろう?」
「まぁな!流石に分かるかっ!ハッハッハッ!!」
「まぁ、今更隠す事でもないですね。まさか、こうして自分の思いを外にさらけ出せる日が来るとは思っていませんでした。」
家族会議以降、レオンハルトは本当にいい表情をするようになった。私が教会で話しかけた時の彼は、将来の自分の事で深く思い詰めていて暗い印象を持っていたが、今はとても晴れやかな顔をしている。
そんなレオンハルトが私に体を向けて、恭しく頭を下げた。
「ノア殿、改めて貴女には感謝します。私達家族のわだかまりが解け、こうして遠慮なく思いを伝えられるようになったのは、他ならぬ貴女のおかげです。代替わりし、私が国王を務める事になったとしても、この国を貴女の過ごし易い国にしていく事をこの場で誓いましょう。」
「その言葉、忘れないよ。実を言うと、オリヴィエにも似たような事を誓ってもらっているんだ。」
「オリヴィエが!?」
「そうだよ。だから、兄妹で力を合わせて、この国をより良い方向へ発展させて欲しい。将来私が再びこの国を訪れた時に、貴方達に協力して良かったと思えるようにね。」
「ファングダムの名に懸けて、必ず。」
レオンハルトは、オリヴィエに対する感情を生涯自分の胸中に留めておくつもりだったらしい。それはきっと、とても辛く、苦しく、報われない人生だったんじゃないだろうか?
思いもよらないすれ違いもあったかもしれないし、取り返しのつかない悲劇が起きていたかもしれない。そんな予想を抱きながら王太子として生活を送っているところに、私が来た。
やや強引に私がファングダムの王族に介入して皆の胸中を吐き出させる事でわだかまりが解けたのだ。レオンハルトが恐れていた未来は、その時消え去ったのだ。
彼はその事に深く感謝しているようだ。私に恩義を感じ、その恩に報いるために自分に出来る事を成そうと宣言してくれた。
同じような事をオリヴィエも私に誓った辺り、やはり兄妹なのだな。よく似ている。そして、わだかまりの解けた2人ならば何も心配はいらないだろう。
少なくとも彼等の目が黒い内は間違いが起こる事は無いと信じよう。
「で?ノアよ。結局どうするのだ?勿論、無理に引き留める気は無いぞ?」
2人の本音を聞いたうえで、改めてレオナルドが聞いてくる。正直なところ、無理に城から出ていく理由は無いのだ。
レオナルドやレオンハルトだけでなく他の家族もまだまだオリヴィエと話をしたいだろうし、一緒に食事もしたいはずだ。
ならば、国王の言葉に甘えよう。何だかんだで、私は城で宿泊するのは初めてなのだ。"楽園最奥"に私の城も出来たが、それでも睡眠は今まで通り家で取っているしな。
きっと、城で使われている寝具は宿のスイートルームよりも上質なものなのだろう。布団に入ったらすぐに眠りについてしまうかもしれない。今日は寝る時間を遅めにしてしまおうか?
「貴方の言葉に甘えよう。王城の設備や食事、期待させてもらうよ?」
「おう!今日はめでたい日だからな!盛大に歓迎させてもらうとしよう!では、まずは昼飯だな!ちょうどいい時間だろう!」
言われてみれば今の時間は午前14時30分過ぎ。そろそろ昼食が欲しくなる時間だ。早速王族の食事というものを堪能させてもらうとしようじゃないか!
ああ、そうだ。後で"銀板の中の三角亭"にしばらく王城で宿泊する事を伝えに行かないと。外出許可ぐらいは出してくれるだろう。だめなら『
私は現在昼食を終えて訓練場に来ている。目の前にいるのは胡坐をかき腕を組み、首を傾げて唸っているリナーシェだ。当然だが、昼食は豪勢で非常に楽しむ事が出来た。肉が多かったのは、やはり肉食獣の因子を持った
まぁ、それはさておき、私は約束通り、リナーシェに『
なお、彼女としてはオリヴィエも一緒にいて欲しかったようなのだが、レオナルドとレオンハルトが今度は自分達と話がしたいと言って聞かなかったのだ。
またその話の内容も今後の事についてなので止めるわけにもいかず、渋々と言った表情で私に『補助腕』を教わりに来たのである。
私がレオナルド達と話している時間は結構長かった筈だが、まだ話足りなかったようだ。まぁ、リナーシェとオリヴィエだからな。2人とも興が乗ると非常に話が長いのだ。口に出したい事など山ほどあるのだろう。
「ぬぅ~ん…ねぇ、ノア…この魔術難しすぎない?もっとこう簡単に使えるようにならない?」
「無理じゃないかな?元より私が扱えればそれで良いって感覚で開発しているからね。エネミネアやマコト=トードーでも1つしか扱えないと思うよ?」
「遠回しに私には無理って言ってるようなものじゃないのよ…。魔術の最高峰クラスの人物が1つしか扱えないような魔術を同時に10個も同時に扱わないでもらえるかしら?」
そうは言うが、あの絵を描き上げる場合、ああでもしないと時間が掛かるからな。それに、絵画に限らず何らかの作品を作り上げるのに手加減をするのは、どうにもスッキリとしない。
それが最高傑作を作る気兼ねで制作するのなら尚更だ。自重せずに自分の持てる能力を使用するとも。
「ぐぬぬぬ…コレだから持ってる奴ってのは…。それならノア!アナタが今度ニスマ王国に来たら、私の相手をしてもらうわよ!色々と稽古をつけてもらうんだから!」
「それは構わないけど、今はいいの?」
「今はいいのよ。以前と殆ど変わってないもの。何やったって通用する気がしないわ。アナタと戦うのなら、もっと実力を付けてからじゃないと!今は少しでも魔術を勉強して1つだけでもいいから『補助腕』って魔術を使えるようにして見せるわ!」
向上心が高いな。『補助腕』を扱う事を諦めてはいないらしい。と言うか、リナーシェは元から私のように10の『補助腕』を展開させるつもりだったらしい。
いや、ひょっとしたら自分の周囲に浮かばせた12の武器全てを持てるようにしたかったのか?
流石にそれは無理があるだろう。家にいる皆ですら魔術を同時に発動するのは5つまでが限界なのだ。
ちなみに同時に2つの魔術を発動できる者は"
つまり、人間にとっては同時に2つの魔術を扱える者はそれだけで特別視されるほど稀なのだ。なお魔術を使用しながら行動が出来る者を"
尤も、この呼び方をするのはごく一部の魔術師ぐらいだ。昔は良く呼ばれていたそうだが、今はそうでもないらしい。扱える者が少なくなりすぎて呼ばれること自体が少なくなったのが原因らしい。
ティゼム王国にいる私の知り合い達は結構出来る者達がいそうだが、そもそも彼等は人間達の中では上澄みの位置にいる者ばかりだった。
そう考えると、ティゼム王国は非常に強力な国だったのだと改めて思う。訓練場での兵士達の訓練を見ていたが、彼等の能力は平均的な"
この国にも騎士はいるだろうが、ティゼム王国と比べたら、いないも同然になってしまうだろう。
仮に戦争になってしまっていた場合、悲惨な結果になっていたんじゃないだろうか。まだ確定では無いが、もうオリヴィエが調査をする必要も無いのだから戦争になる可能性も無いと言っていいだろう。
正直、心からホッとする。どちらの国も、私にとっては友の住まう国であり故郷なのだ。戦争になって欲しくない。
そんな事を考えていると、顔に出ていたのだろうな。リナーシェに気付かれてしまい、表情の理由を訊ねられた。
「なぁに?ホッとしちゃって。まさか、私との手合わせが面倒だなんて思ってないでしょうね?」
「違うよ。家族のわだかまりが解けて良かったなって、改めて思ってたんだ。」
「ふぅ~ん?嘘は言ってないようだけど、それだけって感じでも無いわねぇ。」
鋭いな。確かに嘘は言っていない。だが、リナーシェは下手をしたらティゼム王国と戦争になるかもしれない可能性など知らない筈だ。
と言うか、恐らくそうなると思っているのは現状事情をほぼ正確に把握しているオリヴィエだけだ。レオナルドやレオンハルトですら戦争が起こる可能性はほぼないと思っている。
彼等はあくまでティゼム王国の真の財源を調査し、自分達もそれを再現しようとしていただけに過ぎないようだからな。
だが、それが出来なければ国を奪うために戦争を起こす事も止む無し、と言う考えだったように思う。
覚悟が決まっていたわけだが、既に過去の話だ。今はもう、ティゼム王国の事など殆ど頭に入っていないだろう。
態々リナーシェに戦争の話をする必要も無いだろう。彼女には、魔術の訓練に励んでもらおう。
その後、夕食の時間までリナーシェは魔術の勉強に励む事になったわけだが、途中、レオナルド達との話が終わったオリヴィエが参加した事によって集中力がかなり乱れてしまった。
魔術の訓練よりもオリヴィエとの会話の方が彼女にとっては大事な事なのだ。
オリヴィエを訓練場まで案内してきたのはカンナである。ならばちょうどいい。彼女にも協力してくれた報酬として家族会議から写生会までの様子を見せてあげるとしよう。
私とファングダムの王族以外で唯一先駆けて国宝になる2つの絵画を見た人物だ。報酬としては十分すぎるだろう。
家族会議の映像をカンナに見せれば彼女は涙と鼻水を流し続け終始感動し続け、写生会の映像と2つの絵画を見た際の反応は、思った通り鼻血を噴き出して意味不明な言葉を口にしながら倒れだした。それで内容が頭に入るのだろうか?
カンナの事はともかく、私が城で生活していた時間は大体がリナーシェの相手であり、彼女の魔術の訓練だった。
途中、レオナルドやレオンハルトが気分転換に体を動かしに来た時はリナーシェも思いっきり自分の弟や父親と模擬戦を行っていたのだが、まさか2人に勝つとは思わなかった。
いや、レオナルドはしっかりと手加減していたようなのだが、レオンハルトは全力だったのだ。今この国で一番強いのは、リナーシェなのかもしれないな。
そんな彼女がニスマ王国に嫁いでしまって大丈夫なのだろうか?
良くは分からないが大丈夫らしい。その辺り彼等は3人とも心配している様子は微塵も無かった。
そうして城での生活が3日目になった時、遂に授与式の日、つまりオリヴィエの正体を国民に周知させる日となった。
はてさて、真実を知った国民は、どんな反応をするかな?
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