第229話 今後についてを語り合おう

 「完成です…私の最高傑作…。その名も、『降臨』…。」


 絵画の完成と同時にネフィアスナの体力も限界が来たのだろう。足元をふらつかせて背中から倒れそうになっていた。

 私が傍によって支えても良かったのだが、それを行う役目は別にいる。


 レオナルドだ。彼もネフィアスナが精魂込めて絵画を作製していた事は理解していたし、その消耗が普段以上のものである事も分かっていたのだろう。彼女が絵を作製している間、ずっとそばにいてやりたそうにしていた。


 だが、レオナルドもネフィアスナの絵画に対する矜持を理解していたのだろう。彼女が絵を描き上げるまでは必死になって堪えていた。


 そんな2人の間に挟まるような無粋な真似は出来ないからな。消耗しきったネフィアスナを支えるのはレオナルドに任せる事にした。


 「大事ないか?ネフィー。」

 「はい…。ありがとうございます。レオナルド様…。」

 「今回は大分無理をしたものだな。だが、よくやった。ゆっくりと休むが良い。」

 「はい…。」


 先程同様、とても甘ったるい空気が発生している。これ以上はもう良いと言わんばかりの反応をリナーシェが示している。

 レオンハルトとオリヴィエも似たような反応だな。仲が良いのは喜ばしいが自分達がいないところでああいったやり取りをして欲しいようだ。



 さて、二人の甘ったるい空気を壊すわけでは無いが、ネフィアスナが完成させた絵画を確認してみよう。


 ………これは、何と言うか…ネフィアスナの洞察力と言うか、感性を褒め称えるべきなのだろうか?


 キャンバスに描かれている場面は夜の上空。この星の周囲を回る巨大な衛星、月をバックに両手を広げ、キャンバスの先にいる者を微笑みながら見下ろすような構造になっている。

 当然、私の頭髪や尻尾は虹色の光沢を放っているし、衣装の特徴も問題無く再現されている。それだけでも十分素晴らしい完成度と言えるだろう。


 ただ、この絵には一つ問題がある。

 私の背後だ。後光がさすようにして虹色の光が、ドラゴンの翼のように広がっているのだ。

 この光が私の発する魔力だとして、私の今の魔力は緑と紫だけなのだが?


 非常に満足気にしているネフィアスナに問い詰めたくても今の彼女はレオナルドに抱かれてすっかり体を休ませて眠っている。声を掛けて目を覚まさせるのは、流石に気が引ける。


 見事な絵画である事は間違い無いし、コレを自分の家か城に飾ったら、あの子達が喜ぶのは間違いないと思う。

 私が個人で所有する分なら問題無い作品だ。


 だが、ネフィアスナはこの絵画を自分達用にもう一枚描き上げると言っていた。そして満場一致でその絵を国宝にする事に賛成されている。


 今の私の格好を見たレオンハルトとレーネリアが私を神みたいだと言ったり、神々しさを感じると言った以上、この絵画を見た一般の人間も、全員とは言わないがやはり同じような感想を抱く者達がいるのだろう。


 今更である。私はネフィアスナに好きなだけ描いていいと言ったのだ。自分の言った言葉には責任を持たなければ。


 「コレはノアちゃんの物になるとして、ネフィーが同じ物を描き上げたら、文句無しの国宝になるわねぇ…。」

 「世界的な絵画になる事は間違いないでしょう。父上が言っていた通り、城の警備を見直す必要がありますね。」

 「民達に公開するのなら尚更ね。やっぱ、ネフィー母様は凄いわぁ…。」


 ネフィアスナが描き上げた絵画に、眠っている本人以外全員が釘付けになっている。一応、私のために描いてくれた絵ではあるが、だからと言ってすぐに『収納』に仕舞ってしまうのは彼等に悪い。

 それに、私自身もネフィアスナの作品をもうしばらくこの目に収めておきたいのだ。描かれているのが自分自身という事に若干の抵抗は覚えるが、それでもいいものである事は変わらないからな。



 皆が十分に絵画の鑑賞を終えたので、私がネフィアスナの作品を、レオナルドが私の作品を回収する事になった。

 直後、部屋の空気が軽くなった気がする。どうやらどちらの絵画もただならぬ気配を持っていたらしい。ただならぬと言っても、決して悪いものでは無いだろうが。


 「やはり、ノア様の絵画はこの部屋の壁と同じサイズの絵画でしたから、重厚感があったのでしょうね…。」

 「ネフィー母様が描いたノアの絵画は言うまでも無いわね。神々しさが半端じゃなかったんですもの。重厚感と神々しさが合わさって凄い事になってたんじゃないかしら?」

 「お城に飾る時は、少し離れた場所に飾りましょう。」

 「「異議無し。」」


 と言うのが彼等の言い分だ。彼等は、と言うか、今の姿をした私に人間達は神々しさを感じるらしいが、自分ではそれを認識できないのが残念なところだな。


 絵画の受け渡しも終ったところで、いい機会と判断したのだろう。家族会議はこれにて終了と相成った。

 お互いのわだかまりも解け、今後はより一層家族間で良い関係が築ける事が分かったのだ。私の中では大成功と言っていいだろう。



 家族会議終了後、オリヴィエの扱いをどうしようか少しレオナルド達と話をしたが、今のところ周囲にはリビアとして活動させていたので、もうしばらく私と共に行動してもらう事にした。


 そしてレオンハルトが伝えた通り、例の魔物襲撃の件で国から報酬が渡される事になるため、その時にオリヴィエの正体は明かす事にしようと話し合った。


 報酬を渡されるのは私だけではない。あの騒動で活躍したのは私だけと言うわけでは無いからな。

 ティゼム王国で非公式の形で報酬を渡されたのは、あくまで私が個人で行動し、内密に問題を解決していたからだ。


 私の活動が周知の事実でかつ、他にも活躍した者がいるとなれば、公の場での報酬の授与となる。

 それはつまり、私だけでなくオリヴィエも周囲の、大勢の目に触れるという事だ。当然記者ギルドの人間も新聞に記載するために授与式には訪れる筈だ。

 正体を明かすのなら、これ以上ないタイミングと言えるだろう。


 レオナルドもレオンハルトも同じ意見のようだ。


 「それにしても、オリヴィエが聖女で神の寵愛の持ちかぁ…。こりゃあ、ますますどこの馬の骨とも分からん輩に渡せなくなっちまったなぁ…。」

 「父上、その意見には賛成の意を示しますが、そんな事を口に出してしまうと、また姉上から非難されてしまいますよ?」


 現在、私はレオナルドとレオンハルトの3人でオリヴィエの今後の事について話をしている最中である。肝心のオリヴィエはと言うと、別の部屋でリナーシェとカインと話をしているようだ。

 時々、レーネリアの奇声が私の耳に入ってくるあたり、彼女も同じ部屋にいるらしい。私が渡した姉妹の絵とほぼ同じ光景を見て悶絶しているのだろう。


 それはそれとして、2人ともオリヴィエに対する思いを打ち明けてからというもの、彼女に対する思いをまるで隠さなくなったな。


 実際のところ、オリヴィエに恋慕の感情を抱く人間は大量に現れると思う。教会での一件でリビアは既に教会から公式に聖女として認められたようなものだし、多くの民を魅了した彼女の微笑は新聞にも記載されているのだ。


 彼女と添い遂げる場合、この国そのものを納得させる必要が出て来るだろうな。


 「いやぁ、リナーシェなら大丈夫だろう。アイツも俺の気持ちを分かってくれたみたいだしな。むしろ、今のリナーシェは俺よりも先にオリヴィエに近づく悪い虫を追い払うんじゃないか?」

 「姉上はもうじきニスマ王国に出立するではないですか。」

 「あー…そういやそうだったか。…なぁ、ノア。そなた、ニスマ王国に行く予定はあるか?」


 ニスマ王国か…。リナーシェの護衛でも任せたいのだろうか?必要ない気がするのだが…。


 「違う違う。むしろその逆だ。アイツが旅の道中暴れないように見張って欲しいんだよ。」

 「貴女が一緒にいれば姉上も退屈せずに済むでしょうからね。正直、姉上が暴れると加減が効かずに折角整備されている道路が…。」


 あー…。確かにリナーシェは手加減が苦手そうだ。それこそ悪意を持って接して来る者達に対しては容赦はしないだろう。

 訓練場の試合場はかなり頑丈に作られていたから問題無かったが、ニスマ王国までの道路はそうはいかないのだろう。


 もしもリナーシェが暴れて道路が損壊してしまったら、その修繕は誰が行うのか。それがファングダム国内であればまだ良い。

 もしもニスマ王国内での出来事だった場合、下手をすれば国際問題にもなりかねないし、賠償の話も出てくるかもしれないのか。


 確かに、それは2人にとって面白く無い話だ。そして私としてもニスマ王国に興味が無いわけでは無いのだ。

 何せニスマ王国は私が常用している洗髪料を開発し、世に広めたセンドー子爵なる家がある国だ。その子爵に是非とも会ってみたい。


 だが、それは今すぐ、と言うわけでは無いのだ。私の興味は、今はニスマ王国よりも別の国に向いている。


 海洋国家、アクレイン王国だ。理由は、幽閉されていた筈のアークネイトだ。彼に干渉した、"魔獣の牙"に所属する"蛇"の動向を掴みたいのだ。

 彼が幽閉されていた場所に足を運び『真理の眼』を利用すれば、彼女の動向や行動理由、さらに言えば、"魔獣の牙"の拠点も把握できるかもしれない。


 重罪を犯したとはいえ元は高貴な身の者だ。幽閉されていた場所にも相応の者でなければ、本来は足を運ぶことは出来ないだろう。

 だが、私はその相応の者。一国の、それも大国の姫と同等の扱いなのだ。

 少なくとも、大国と言われているティゼム王国やファングダムではそういった扱いをされている。

 なので調査に関しては問題無い。


 実を言うと、アークネイトを捜索するためにレオスを訪れた、アクレインの衛兵や冒険者達はまだレオスに滞在して彼の捜索を続けているのだ。

 既に跡形もなくなっている人物を探し続けるのは、いくら何でも不毛が過ぎる。


 私の影響力を利用して、彼等を国に返してやろうと思うのだ。


 それと言うのも、この国は近い内に秘匿技術を得る事になる。

 いや、実際には既に得ているのだが、とにかくそれを他国の人間に安易に見せるわけにもいかないだろう。


 そんなわけで、私の次の旅行先はアクレインになったと言うわけだ。

 それに、海洋国家と言うのであれば海産物もこれ以上ないほど豊富だろう。イスティエスタで一度口にしてから久しく味わっていない魚介料理を、そろそろ味わってみたく思ったのだ。


 彼等にも、アークネイトが既に消滅している事や、"魔獣の牙"が関与している事を除いて、私の事情を説明しよう。


 「と言うわけでね。私はアクレインに行こうと思っているよ。」

 「アクレインか…。確かに、あの国にアレを見られるのは面白く無いな。だがいいのか?大分この国を贔屓にしてくれているようだが。」

 「構わないさ。アクレインは、悪党しかいない国では無いのだろう?」

 「当然だな。オリヴィエがアークネイトをしょっ引いてくれたおかげで芋づる式に他の不正を行っていた連中も処罰されてな。今のあの国は綺麗な国になっているよ。ま、だからこそいなくなったアークネイトが取り返しのつかない事をやらかさないように、血眼になって探し回っているんだろうけどな。」


 ならば問題無いだろう。きっとアクレインでも私はそこに住む人間に対して好感を抱き、その人物にとって都合の良いように動くのだと思う。


 「どうせ今後も私が行く先々で気に入った人間を見つけて、その人間を贔屓にするように行動するんだ。それはきっと、その地にとっての恩恵になると思うよ。」

 「ティゼム王国でもとんでもねぇ事やらかしたもんなぁ…。なんだよ…悪徳貴族の不正の証拠を数日間で全て包み隠さず回収するって…。」

 「正直、ノア殿だけは絶対に敵に回したくないですね。敵対した時点で破滅が確定するでしょう。」


 2人とも『幻実影ファンタマイマス』の事までは知らずとも私がティゼム王国で何をやったのかは知っているようだ。だとしたら、恐ろしくて仕方が無いだろうな。

 他の国でも上手い事抑止力になっていればいいのだが…。


 さて、リナーシェの旅についてはもういいだろう。話を戻そう。2人には聞いておきたい事があるのだ。


 「私の次の旅行先の話はこの辺にしておくとして、2人はオリヴィエの結婚相手にどんな条件を求めるの?」

 「そりゃあ、大事な娘を任せる相手だからなぁ…。」

 「まず何よりもオリヴィエ自身が好意を寄せている人物である事は前提条件ですね。妹の望まない相手など認める筈がありません。」


 意外にもオリヴィエの事を少しは考えているようだ。彼女の事を考えずに無理難題を敷き詰めたような条件を出したら流石に注意をしているところだった。

 そしてオリヴィエの意思が重要だと言う意見はレオナルドも同じらしい。腕を組んでレオンハルトの言葉に力強く頷いている。


 「だな。それは最低必須条件として、当然あの子を不自由させないための財力は必要だな。」

 「オリヴィエを守り通せる強さも必要です。」

 「隣に立てるだけの頭脳もいるな。」

 「後は、やはり皆を納得させるだけの名声も必要でしょうね。」

 「ああ、コイツなら仕方がねぇかと誰もが納得できるだけの実績があるべきだな。そう、それこそ救国の英雄レベルのな。」


 どれだけ要求するんだ。そんな人物何て…一応、いるな。しかも最低条件かつ最難関であるオリヴィエが好意を寄せているという条件すら突破しているし、彼は正真正銘、誰もが認める救国の英雄だ。


 「そなたが男であったのならなぁ…。」

 「もういっそのこと、同性婚と言う手も…。」

 「ううむ、アリかもしれん…。」


 無しだよ。私はそもそも誰かとそういう関係になるつもりは無いんだ。そもそもオリヴィエも私に対して恋慕の感情を抱いているわけでは無いからな。


 大体、2人はオリヴィエに既に意中の人物がいる事を知っているのだろうか?知らないだろうなぁ…。

 知っていたらオリヴィエをティゼム王国に送らないだろうし、オリヴィエが彼に恋愛感情を抱くようになったのが調査を始めてからだとしたら、即座に呼び戻していただろうし。


 2人がオリヴィエに既に意中の相手がいると知ったら、どういう反応をするのだろうな?きっと、大事になるのは間違い無いだろう。

 それこそ、再び家族会議が開かれてもおかしくないぐらいに。


 「2人には悪いけど、私達は確かに親しい間柄ではあるけど、私にもオリヴィエにも、その気は無いよ。」

 「むぅ…。」

 「駄目元で口に出してみましたが…やはり駄目だったか…。」


 オリヴィエの結婚問題は、今後も苦労する事になるのだろうな。


 そう言えば、正体を明かした後のオリヴィエの扱いはどうなるのだろう?引き続きティゼム王国で調査を続けるのだろうか?

 だが、人工魔石が量産できるようになれば、態々ティゼム王国の財源を探る理由が無くなるのだ。彼女がティゼム王国に必要も無くなる。


 「ん?あー…そうか…。んんんーーー…そうだよなぁ…。アレが運用されるようになればオリヴィエをティゼムに送る必要が無くなるんだよなぁ…。」

 「父上、先程も仰っていましたが、アレと言うのは?」


 レオナルドは人工魔石の話をレオンハルトに伝えていなかったようだ。極秘情報であるがゆえに、黙っていたのだろう。

 こちらを見て息子に話しても良いかを視線で訊ねて来たので頷いて了承しよう。


 「ノア達がレオスに来てからというもの、2人はしょっちゅう魔術具研究所に足を運んでいただろう?それはな、コイツのためだったんだよ。」


 『格納』から私が渡した紙袋を取り出し、レオンハルトに渡す。アレの中身は私が渡した時と変わらず、人工魔石と報告書が入っているようだ。


 「これは…魔石、ですか?随分と質が良いですね…。それにどの魔石も品質が均一に揃っている…。あり得るのか?こんな事が…。」


 先ずは紙袋から出て来た複数の魔石を手に取り、その状態を確認する。

 魔石製造機で生成された魔石は全て同じ品質になる。そうなるように開発したからな。自然環境で生成される魔石や魔物から回収できる魔石の品質は当然バラバラだ。

 探せば同じ品質は見つかるかもしれないが、何個も容易に手に入れる事など不可能と言っていい。


 魔石の品質を確認した後、同封されていた報告書に目を通してレオンハルトは驚愕した。その反応は父であるレオナルドとそっくりだった。やはり親子だな。


 「スゲエだろ?叔父上は、このまま量産体制に持って行けるように色々とかさくしてるみたいでな。俺は叔父上に全面的に協力しようと思ってる。」

 「では、金の採掘に関しては完全に…。」

 「ああ、いきなりスパッとやめるわけにはいかんが、今後は金の採掘も徐々に減らしていく事になるだろう。そもそも、ノアが言うには、この国の地盤の強度が全体的に増してるせいで、金の採掘も難しくなってるんだとよ。」

 「何ですと!?じ、事実なのですか!?」

 「うん。と言うか、そろそろ報告が上がって来るんじゃないかな?新聞には取り上げられなかったみたいだけど、流石に金の搬入量が激減すれば、その原因を伝えないわけにはいかないだろうからね。」


 地盤がダンタラによって強固なものにされたのは一週間近くも前の話だ。その間も坑夫達は一生懸命に金の採掘を行っていただろうから、坑道がどのような状態になっているのか理解もしている筈だ。

 坑夫達と一緒になって採掘作業を行っている城から送られてきた役人も重々承知しているだろう。こういう時、報告すべき人物が現場の状況を身を持って理解していると、説得力があるな。


 おそらく金の採掘量は急激に減少した筈だ。そろそろその報告が届く頃だろう。


 もしかしたらその報告で緊急会議が開かれるかもしれないな。その前に報酬の授与式を行ってもらいたいものだ。

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