第231話 王女の帰還
今回の授与式は大勢の人間達の前で行われる。その大勢の人間と言うのは、貴族達も当然集まるが、どちらかと言うと一般人、すなわち平民に対して見せる意味合いが強い。
そのため、授与式は屋外で行われる。今日の日のために専用の舞台まで用意していたほどだ。既に会場には魔物襲撃の騒動で活躍した者達を一目見ようと観客が大勢集まっている。
ああ、今更の話だが私が使用した城の寝具は勿論素晴らしい品質だった。正直なところ、城で就寝をした次の日は、今後宿で今まで通りに快適な睡眠が出来るかどうか不安になってしまうほどだった。
だが、その心配は杞憂というものだ。何せ私だからな。どうせ一定以上の品質がある布団なら寝転がっただけでも眠りについてしまうさ。
我ながら情けない事かもしれないが、その点で私は自分の事をある意味で信用している。極上の品質の寝具を味わったからと言って、今後も私が睡眠で悩む事は無いだろう。
話を戻して授与式だ。報酬の授与は貢献度の低い者から授与されていき、私が報酬を渡されるのは最後になるとの事だ。
ちなみに、オリヴィエも私と一緒に報酬を渡される事になる。民間人の避難誘導や避難をした後の彼等の指示、怪我人の治療を中心になって行っていたのだ。
それだけでも評価される対象ではあるが、公衆の面前で躊躇わずにエリクシャーを使用してこの国の王太子の命を救ったからな。誰の目から見てもこの国にとって大きな貢献をした事になる。
加えて今のオリヴィエは私の従者に近い扱いだ。正体を晒す事も含めて都合が良いのだろう。
私の功績が当たり前のように一番大きい事になっているが、これは仕方が無い。
私が坑道から出て来て騎士達に説明した際に『収納』から出した魔物はどれも彼等にとっては危険な魔物だったのだ。
そんな危険な魔物が無数に発生していた場合、そしてそんな魔物達が外に出てきてしまった場合、どれほどの被害がファングダムに発生していたのか、分かったものではなかった。最悪、何人も死人が出ていた可能性もあっただろう。
城で生活をしていた三日の間に私が何をしていたのかもレオナルドやレオンハルトにも直接教えている。その際、『収納』に収めていた魔物も全てとはいかないが提示させてもらった。王城と言えども、私が回収した魔物を全て外に出すには場所が足りなかったのだ。
「マジかよ…。これだけの強さを持った魔物が、坑道の最下層に大量発生していたってのか…。」
「あの、ノア殿、これ以上はもう入りきらないので、その辺りで…。」
何せ万を軽く超える魔物を排除して回収したからな。城はおろか、レオスにも入り切るかどうか微妙な所なのだ。
そしてあの時回収していた魔物は解体作業を終わらせていなかったので、ついでとばかりに解体させてもらった。
私の解体速度を見た2人は、かなり唖然としていたな。『
改めて考えると、私がこの国に来ていなかったら、この国は今頃どうなっていたのだろうな?
まず"魔獣の牙"の"蛇"がアークネイトを先導してヨームズオームを目覚めさせるのは間違いない。私も阻止できなかった事だしな。
目覚めたヨームズオームは、そのまま地面を砕きながらファングダムの地上に姿を現していただろう。
あの子の身体能力はその巨体に見合うだけのものがある。ただの地盤では何の枷にもならない。
この時点で、ファングダムの都市は7つともほぼ壊滅してしまっただろうな。
魔術に対しての理解が無かったころのヨームズオームは、昔のままの毒を生み出し続ける存在だ。
そうなれば、あの子の復活を感知したルイーゼと共に、大きな戦いが発生していたに違いない。そして敗北していた。
ルイーゼも世界有数の強者である事は間違い無いが、ヨームズオームに及ぶほどの強さでは無いのだ。
ヨームズオームが苦手としていると言われている黄金を錬金術で生み出そうにも、街が崩壊してしまっては錬金術を行える施設も同様に崩壊してしまっているだろうからな。毒に対して対策のしようが無いのだ。
そしてヨームズオームが眠っていた場所は龍脈にもなっていた場所だ。
あの子がそのまま地上に出てきたら当然龍脈の魔力がファングダムの地表にも溢れ出る事になる。
その魔力に人間が耐えられるとは、とてもでは無いが思えない。同時に大量の魔物も発生する事になるだろう。瞬く間に人間が住める環境ではなくなってしまっていた筈である。
私がこの国にこのタイミングで訪れなかった場合、間違いなくこの国は滅んでいただろうな。
まぁ、その事をレオナルドやレオンハルトに話すつもりは今のところ無いが。
一応、事情を知っているオリヴィエにはヨームズオームは既に毒を生み出す存在ではなくなり、私の家で平穏に暮らしてくれることを説明している。
それでも、相手が蛇であるためか、彼女はあまり嬉しそうにはしていなかったが。
そんなわけで、我ながらヨームズオームの件を抜きにしてもこの国での貢献はかなりのものだと思っている。レオナルド達に見せた魔物だけでも、この国の一大事になっていただろうからな。
それに、事情を説明した騎士達が既に2人に報告していたらしく、私が提供した魔物も提出済みである。
あの魔物の素材だけでも結構な資源になるだろうし、何よりあの魔物達はどれも人工魔石よりも遥かに巨大な魔石を保有していたのだ。
あの2人なら貨幣に換えるなり魔術具の動力にするなりで、街の復興に役立ててくれる事だろう。
城で解体した魔物も持て余し気味だったので、ファングダムに寄付と言う形で卸てしまおうかとも思ったのだが、止めておいた。
流石にそこまでやったらただの甘やかしだ。時間を見つけて、少しずつ冒険者ギルドに卸していけば良いだろう。
そうこうしている内に、報酬の授与式が始まった。
式の最中、私とオリヴィエは他の功績をあげた者達と同じ場所に用意された椅子に座って待機している。その中にはレオンハルトの姿もある。彼に視線を送る女性の数のなんと多い事か。
リナーシェの言っていた通り、彼の人気は王太子だからと言うだけでは無いだろうな。おまけに彼には現在、婚約者がいない。我こそはと名乗りを上げる者が後を絶えないとの事だ。
尤も、その大半がレオンハルト個人の内面的な魅力ではなく、王太子と言う地位、すなわち未来の王妃を狙ってか、もしくは単純に彼の外見に惹かれた者達ばかりだと言うのは、オリヴィエの言だ。やや不満げな表情で教えてくれた。
上辺だけで兄を見ている者達が気に入らないのだろう。何だかんだで、オリヴィエも兄の事を相当慕っているのだ。
まぁ、だからこそ口をきいてくれなくなった事が相当堪えてしまったのだが。
報酬の内容は相応の金貨と装備、もしくは魔術具の場合が殆どだな。報酬を受け取る者を事前に調査をして、彼等に適した装備を用意したようだ。
魔物の討伐に貢献した者には武器を、武器を新調したばかりの者には防具を。討伐に貢献した者で魔術が得意な者には魔術の補助具を、と言った感じだ。
勿論、功績をあげた者達は何も魔物を討伐した者達だけではない。魔物との戦闘で傷付いた者を治癒術や回復薬を用いて治療したものや民間人の避難誘導に勤めた者達も表彰の対象となっている。
彼等にも金貨に加え、彼等が必要としている物を調査して渡しているな。
功績があまり大きくない者達の報酬はレオナルドが直接渡すわけでは無いらしい。報酬を渡しているのは騎士の鎧を身に纏ったかなりの実力者だ。れっきとした騎士なのだろう。その中でも特に地位の高いものと思われる。
彼も報酬を渡されるとは思うのだが、彼の報酬の授与からレオナルドが渡すようになるのだろう。
ああ、やはりそれで合っていたようだな。表彰されるのが私とオリヴィエ、レオンハルトと先程まで報酬を渡していた騎士だけになったところで騎士が一度舞台から降り、少ししてから国王としての衣装を身に纏ったレオナルドが舞台に上がった。
流石に国王が直接報酬を授与するだけあってその功績はかなり大きいな。彼はレオンハルトとは別に兵を率いて街に侵入してきた魔物を討伐していたらしい。
それに加えて他の騎士達にも指示を送っていたとの事だ。彼はこの国の騎士団長らしく、騎士達の代表として報酬を受け取るようだ。
当然、報酬も今までとは比較にならない。1000枚の金貨に加え、今回の騒動を収めるために行動した騎士たち全員に対して魔術具を一つずつ下賜するとの事だ。
勿論魔術具の品質は非常に高いものになる。実用品から娯楽用まで好きに選んで良いらしい。
騎士団長の表彰が終わったら、今度はレオンハルトだ。彼の場合は国民全体を代表として表彰される。その為、よほどの事が無い限りは、彼が最も高い貢献をした事になるわけだ。まぁ、今回はその余程の事が起きてしまったわけだが。
レオンハルトに渡される報酬は、3000枚の金貨に加えレオナルドが所有している国王の証を一つ授与されるとの事。
彼に渡される国王の証は、王位継承権でもあるらしく、もしも後継者争いが起きた場合、国王の証が多い物を次期国王にするのがこの国の習わしらしい。
現在国王の証を所有しているのはレオナルドとレオンハルトだけなので、まぁ、よりこの国の将来が盤石になったと知らしめたいのだろう。
ついでに言うのであれば、報酬として渡された金貨も結局のところ国の金である。レオンハルトが私用で使う事は無いだろう。おそらく、大半が街の復興に当てられるのだと思う。
早い話、ここに集まってきている者達に対して、街の復興に国ではなく王族だけでこれだけの資金を使用すると宣言しているのだ。
金貨3000枚と言うのは相当な額だ。ファングダムの都市を全て復興するところまでは届かないだろうが、残りは国の政策として予算を振るえばいい。多分だが、あの3000枚はレオナルドのポケットマネーだろうな。
レオンハルトの表彰が終わり、いよいよ私達が表彰される時が来た。
彼と公の場で話をするのはこれが初めてだな。城で生活している間に何度か話をしたが、その時とは違い、大分威厳に満ちているように思える。
「『黒龍の姫君』ノアよ。そなたは皆が知らぬ間に、この国の地下に大量に発生した強力な魔物を瞬く間に排除してくれた。そなたが排除した魔物の一部は騎士を通して我等も確認している。あれだけの力を持った魔物が地上に出てきていたら、この国は非常に危険だっただろう。良くやってくれた。」
「どういたしまして。」
「そなたには報酬として金貨5000枚と煌貨を一枚、そして我が国の国章を入れた黄金の首飾りを贈呈しよう。そなたの身分を証明する物だ。他国へ行く際には、是非有効に使ってくれ。」
「有り難く受け取らせてもらうよ。」
報酬の内容も聞いていた通りだ。まぁ、量が多すぎるので、金貨は今この場で直接渡されるわけでは無いのだがな。後で城で回収する事になっている。その点は先程の二人も同様だ。
この場で渡されたのは、煌貨と首飾りの2つだ。煌貨の方はティゼム王国で受け取った者と変わらないな。これ一枚で金貨数千枚を軽く上回る価値があると言うのだから、人間の価値観と言うのは、時として分からないものがある。
そして黄金の首飾り。形状は縦横どちらも10㎝もある首飾りのため、装飾品として使用するには少々無理がある。まぁ、私の身分を証明する物として使用する分には分かり易くていいんじゃないだろうか。
私はあまりギラついた光は好まないが、この首飾りの放つ輝きはそこまで派手なものではない。
遠慮なく受け取り、首に下げた姿をこの場に集まった者達に見せるとしよう。
途端、拍手と歓声が会場一帯に湧き起こる。キャメラが作動している様子も見て取れたので、今の私の姿は明日の新聞に掲載されるだろうな。
どうやら、私がファングダムの国章を身に付けているという事実に、大きな意味があるようだな。
今の私の絵面はファングダムが私の身分を保証するのと同時に、私がファングダムと友好的な関係を築いている事の証明にもなっているようだ。
私がファングダムの国力を利用するように、ファングダムも私の影響力を利用するようだ。
今更なのだが、私の服装は折角なので、今まで一度も着る機会の無かった青をベースとしたワンピースタイプのドレスにしている。
一目見て製作者のフウカが鼻血を噴き出すようなものだったので、周囲の反応も相応の者となっている。会場に行く前にオリヴィエ達やカンナも目にしていたのだが、彼女達は皆このドレス以上の衣装を身に纏った姿を確認していたからか、あまり大きな反応は見られなかった。
だが、他の者達はそうはいかない。表彰されている者達に視線を向けずに終始私に視線を向けている者も少なくなかったのだ。特に男性が。
さて、ここまで表彰されてきた者達は、レオンハルトも含めて皆恭しい態度を取って報酬を受け取っていたが、今回も私はティゼム王国の時と変わらない対応を取らせてもらった。
三日間も時間に余裕があったのだ。その辺りの話は既にレオナルドやレオンハルトと打ち合わせ済みである。
当然、国王に対して頭を下げたり敬語を使用しない私に対して憤慨する者達も現れるが、私は気にしない。と言うか、それが普通の反応なのだ。
しかしレオナルドもレオンハルトも私に対して不満な態度は示していない。私の態度が当たり前であるかのように表彰が進行しているのだ。
それ故に憤慨している者達は黙るしかない。彼等には非常に不満が溜まっている事だろう。
私が行っているのは、これまでのファングダム様式を無視し、台無しにしているように思われても仕方が無い行為だからな。
それでも、彼等には悪いが私の我儘を通させてもらう。私にとって彼等の様式は、頭を下げる理由にはならないのだ。
「続いて聖女よ。そなたは混乱に陥った街の住民を落ち着かせて迅速に安全な場所に避難させただけでなく、避難させた後も彼等を励まし、作業をさせる事で不安を払い、更に負傷者の治療も行ったと聞いている。治療した者の中にはレオンハルトもいたそうだな?治療にエリクシャーまで使用したと聞いたが、事実であるか?」
「はい。ですが、微塵も惜しいとは思っておりません。使用すべき時に、使用したにすぎません。」
「うむ。一人の父として礼を述べよう。よくぞ息子を救ってくれた。ありがとう。そなたには金貨500枚と、そなたが使用してしまったエリクシャーを贈呈しよう。」
「ありがたく、頂戴いたします。」
私の表彰と同時にオリヴィエの表彰も行われる。当たり前の話だが、オリヴィエはしっかりと礼儀作法に倣って恭しい態度を取っている。
と言うか、出来過ぎていると言ってもいい。彼女の作法はそれこそ非常に身分の高い者が取る作法だからだ。
その様子に訝しんだり、憤慨に思う者達もいるようだな。中には聖女と称えられて調子に乗っていると悪態をついている者まで表れるぐらいだ。
オリヴィエと年の近い貴族令嬢達は特に不満を露わにしているな。彼女達は私達が王城でしばらく生活しているのを知っているだろうから、城の門番達同様、レオンハルトに見初められたと思っているのだろう。
さて、オリヴィエの報酬として渡された金貨500枚だが、これはレオナルドから娘に送るお小遣いのようなものだと私は思っている。小遣いにしては少々どころではないほどの金額ではあるが、子煩悩な彼らしいと言えば彼らしいだろう。
では、そろそろネタ晴らしと行くとしようか。ここにいる者達を驚かせてやろう。
レオナルドも、そのために敢えてオリヴィエの名前を呼ばずに聖女と呼んでいたようだからな。
「5ヶ月間に亘る訪問を終え、良くぞ無事に帰ってきてくれた、我が娘よ。」
レオナルドがオリヴィエを娘と呼んだ事で会場にいる者達は皆どよめいている。
中には彼女の事をレオナルドの隠し子だと思っている者もいるようだが、勘の良い物は早速気付いたようだ。
さて、ここで私がオリヴィエに纏わせている幻を解除するわけだが、今回は格好をつけて指を鳴らすという演出を加えてみようと思う。
なにせ大勢の前でのお披露目なわけだからな。合図というものは大事だろう。
私が指を鳴らせば、幻が解除される事で化粧が落ち、元の王族特有の体毛の頭髪と尻尾となり、王女としての衣装を身に纏った、先程までと同じ髪型をしたオリヴィエがそこに現れた。
セットされていた髪を解けば、そこには皆が知るファングダムの第二王女がいるわけだな。
その衝撃は、想像以上のものだった。
私に送られた拍手と歓声など比べるべくもないほどの勢いだ。
先程までオリヴィエに不満を抱いていた貴族令嬢たちまでもが先程の自分達の態度などまるで無かったかのように騒いでいる。
元から老若男女に人気のあった人物が教会から正式に聖女として認められ、更には人間達が最も慕っている神から寵愛を授かったのだ。嬉しくない筈が無いだろうな。
オリヴィエが振り返り、一礼して会場に集まった者達に答えると、さらに大きな歓声が広がった。
この熱狂はしばらく収まる事も無いだろうな。
これまでは私が目立つ事でオリヴィエの存在を隠していたが、ここからは彼女が主役だ。存分に讃えられると良い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます