第232話 王女の演説

 観衆の意識がオリヴィエに集中している間に私は目立たない位置に移動する。彼等が今目にしていたいのはオリヴィエだからな。嫌でも目立ってしまう私は少し離れた方が良いのだ。

 勿論、気配を希薄化させて目立たないようにはしているが、それでも今の私の服装と変化してしまった髪と鱗は、どうしよも無く目立ってしまうのだ。


 ちなみに、オリヴィエがティゼム王国へ向かったのは国民達は全員知っているが、それはあくまで彼女が口にしていた通り社会勉強のためであると把握している。本来の目的を知っているのはごく少数なのだ。


 オリヴィエが社会勉強を終えてこの国に帰還した事で、彼等は自分達にとって都合の良いように予測を立ててくれたようだ。



 「す、すげえ!つまりは、オリヴィエ様が教会から正式に聖女だって認められたって事だよな!?」

 「しかも天空神様の寵愛を授かったのも、オリヴィエ様だって事だろ!?」

 「でも、どうして変装してこの国に戻って来たんだ?」

 「そりゃあ、ティゼム王国へ行く時は影から守ってくれるような護衛がいたかもだけど、帰ってくる時にはいなかったからじゃないか?」

 「そうか!ガイドって言うのは建前で、実際には『姫君』様がオリヴィエ様の護衛についてたのか!」

 「オリヴィエ様は今まで変装らしい変装なんてしてなかったからな。悪党に狙われないか心配だったけど、そういった輩に狙われないように『姫君』様が完璧な変装を施してくれてたんだな!」

 「凄かったよなぁ…!ほとんど別人だったものなぁ!」



 大体そんな感じの話をしている。観衆達の、特に大半の男性達が安堵と喜びの感情で満ちているな。

 それは、これまで慕っていた人物が教会から正式に聖女として認められたから、と言うのも勿論あるだろうが、どちらかと言うと、自分達の慕っていた女性が早々に特定の人物と結ばれない事が分かったからだろうな。


 彼等は、オリヴィエの今日までの動向を把握していた。城に入ってからというもの、授与式が始まるまで一度も城から外に出ていなかったのだ。

 レオンハルトに見初められ、そのまま彼と結婚してしまうと思ったのだろう。


 なにせ躊躇う事なく希少な薬を使用してまで命を救ったところを多くの者達が目撃しているし、オリヴィエはその後レオンハルトに対して、誰もが魅了されてしまうほどの微笑を向けているのだ。誤解してしまうのも無理はない。


 だが、オリヴィエとレオンハルトは兄妹なのだ。彼等が結婚する事は無い。兄弟同士で番になる事は人間達の間では良い目で見られていないようだからな。

 まぁ、その辺りは特定の魔物を除いて自然界の動物も似たようなものだ。


 ああ、オリヴィエと同じ年代の女性達も似たような理由で安堵しているようだな。彼女達からしても結婚相手として狙っていたレオンハルトがポッと出の平民の女性に奪われる事が無いと分かり純粋に喜んでいるようだ。



 さて、ここでオリヴィエから一つ宣言がある。

 内容は金の採掘からの脱却である。詳細はまだ伝えはしないが、金の採掘に執着する者達にとっては看過できない内容だ。


 「皆様、私がレオスに到着してからというもの、足繁く魔術具研究所に通い詰めていた事はご存知かと思われます。」


 オリヴィエが声を発する事で、先程までの喧騒が嘘であったかのように静まり返った。皆、彼女の声を耳にしたいのだろう。

 そして困惑する。彼女が研究所に連日足を運んでいたのは事実だが、その理由が皆目見当がつかなかったからだ。


 「それと言うのも、ノア様の魔力を頼りに、研究所に所属している方から、ある研究を実現させるために協力を頼まれたからなのです。」


 観衆達がどよめいている。普段から日常的に騒音と振動を発生させ続けているだけで、ここ最近は特に何か成果を上げていなかった魔術具研究所の研究内容が理解できなかったからだ。


 「連日研究所に通い詰め、彼等に協力をし続ける事で、ファングダムは新たな技術を確立させました。その成果は既に国王陛下にも報告済みです。陛下は、その技術がファングダムの新たな財源になるとお認めになられました。」


 そこでレオナルドが力強く首を縦に振り、オリヴィエの言葉を肯定する。


 どよめきが強くなったな。だが、オリヴィエがレオナルドに報告を行ったと言った事で彼女が数日間城で過ごしていた事も納得する者も現れた。


 家族に帰還を報告するとともに新技術の報告も行っていたと想像しているようだ。

 おおむね間違ってはいないが、実際には家族会議をした後に長い事滞っていた家族とのコミュニケーションを存分に取っていただけに過ぎない。


 「皆様の中にも、既にご存知の方もいるかもしれません。我が国の財源である金の採掘量が年を重ねるにつれて減少傾向にある事実を。さらに先日、ファングダム中の地盤が強固なものとなり、金の採掘は困難なものとなりました。この情報は、ノア様が地下の魔物を排除した際に確認して下さったものです。」


 私の名前を出されたので、レオナルド同様、頷いておく。


 どよめきがより一層強くなり、更には不安を募らせる者達も増えてきた。

 それはそうだ。ファングダムで採掘された金は、これまで長きにわたりファングダムを支え続けてきたのだ。


 それが年々減少している、すなわち底を尽きかけているかもしれないと言う事実は、国民達の不安を煽るには十分すぎる情報だ。

 加えて、尽きかけている資源が更に採掘し辛くなっているともなれば、国民達の金に対するモチベーション?が下がる事になるだろう。


 「ですが、ご安心ください。ノア様の協力のもと確立させた新たな技術は、先程述べたようにファングダムの新たな財源として十分な利益を約束してくれます。」


 ここからは観衆達に募らせた不安を払拭させていく事になる。私が協力したと言う事実も、彼等の不安を払拭させるのに多少の役に立っているようだ。


 「ファングダムの歴史が変わる時が来たのです。私は、徐々に金の採掘業を縮小し、新たな技術、人工魔石の製造に切り替えていく事を、国王陛下にこの場を借りて進言いたします!」


 人工魔石の製造。多くの人間達にとっては常識を覆すような新技術だ。そして安定した魔石を得られるのなら、それは人類にとって夢のような技術である事を彼等は知っている。


 オリヴィエは先程その技術を確立させたと宣言したのだ。国民達の不安は瞬く間に払拭され、彼女を讃える声で溢れている。


 ついでに、レオナルドに進言するとオリヴィエが発言したところで私が彼女の隣に立てば、私がオリヴィエに味方して共にレオナルドに進言している、と多くの者は捉えてくれたようだ。想定通りである。


 オリヴィエの進言に対して、そのまま首を縦に動かすわけにはいかないのが国王だ。自分の娘の発言だからと言って、国を動かす大きな内容だからだ。

 素直に頷いていたら[娘の言う事なら容易く聞き叶える程度の王だ]、と他国から侮られてしまう事だろう。

 今この場でレオナルドが出来る反応は好意的に捉えている事を示すぐらいだ。


 「他の者の意見も聞く必要がある。故に、この場ですぐに決断を下す事はできん。だが、前向きに検討しよう。」


 この言葉を伝えるだけでも、国民達には十分な希望を与える事が出来る。人工魔石が新たな財源になり得ることをレオナルドも認めているからだ。


 レオナルドの宣言を聞き、国民達はごく一部の人間を除いてお祭りムードである。

 立て続けにめでたい話が舞い込み、ファングダムが、自分達の国が今後も安泰であると知る事が出来たのだ。


 ごく一部の人間とは、当然金の採掘に執着する者達である。彼等はやはり自分達のところで金の採掘量が激減したという報告を堰き止めていたようだ。

 オリヴィエが地盤の話を下あたりから苦虫を噛み潰したような表情をしだしたので、すぐに分かった。


 授与式が終わり次第、すぐさま国会会議が開かれる事になっている。流石に私は参加できないが、その内容はレオナルドから教えてもらう事になっている。

 『幻実影ファンタマイマス』を用いて会議の内容を聞いても良いのだが、ここはレオナルドやレオンハルトを信用する事にした。彼等ならば私が知りたい情報を正確に手に入れてくれる事だろう。


 なお、彼には既に金の採掘に執着する者達がこれだけの条件を揃えてもまだ金の採掘を縮小させていく事に難色を示す場合、私の方で彼等を調査する事を伝えている。と言うかむしろそうして欲しいと頼まれた。


 レオナルドとしても国の利益どころか存続にかかわる内容なのだ。問題は早急に解決したいのだろう。


 内密にではあるが、報酬を渡す事も約束してくれた。まぁ、報酬に関しては私としてはどうでもいいのだが、依頼された以上は受け取らないわけにはいかないからな。遠慮なくいただくとしよう。



 時間は変わって国会会議の終了後だ。私はレオナルドの執務室に足を運び、会議の内容を聞きに来ている。


 会議はなかなかに難航したらしい。やや疲れた表情をしている。紅茶でも淹れて、レオナルドを労うとしよう。


 「で、どうだった?」

 「まぁ、思った通りだったな。人工魔石の詳細を聞きながら色々といちゃもんつけて来たよ。連中は何が何でも金の採掘の縮小を阻止したいらしい。」


 紅茶を口に含みながら、ざっくりと会議の内容を説明してくれる。どうにかして人工魔石の件で揚げ足を取る事でオリヴィエの提案を阻止しようとしているみたいだ。

 レオナルドから言わせると、彼等の態度は悪あがきにしか見えなかったそうだ。


 「その理由は分かった?」

 「いんや。その辺りは頑なに喋らなかったな。しかも、地盤が強固になったせいで採掘量が激減した事の報告をしなかった事についても、平謝りするだけで結局理由も分からず終いだった。」


 相手にとって都合の悪い事はこれでもかと言及して来るのに自分にとって都合の悪い事は一切説明しなかったのか。随分と調子の良い事だな。

 彼等が金に執着する理由は、よほどファングダム全体にとって都合の良くない理由であると見た。


 ならば、やはり私の出番のようだな。レオナルドもそのつもりのようだ。


 「済まんがノア、頼めるか?情けない話だが、俺達にはあの連中の裏を知る事が出来ん。特に法律を破っているわけでもないし、連中はこれまでに不正を働いていた事が無かったからな。金の採掘に執着している以外は、本当にこの国のために尽力してくれていたのだ。」

 「承ろう。ただ、彼等がこれまで不正を働いていなかったからと言って、金の採掘に執着している理由が、この国の平和を脅かすものでないとは限らない事は承知して欲しい。」

 「聞き入れるが、ありえるのか?そんな事が?」


 レオナルドの疑問に黙って頷いておく。

 今ならば全く問題は無いが、もしも私がファングダムを訪れないまま金の採掘を続けていた場合、間違いなくヨームズオームが目覚めていたのだ。

 と言うか、あの子が眠りながらも放出していた毒が既に僅かながらに国に影響を及ぼしていたしな。


 ここはレオナルドを信用して、他言無用という事で事情を説明しておこう。



 御伽話の魔物、ヨームズオームがファングダムの地下に実在し、ファングダムに埋まっていた金は、あの子を封じるためのものであった事、そしてあの子は既に目覚め、私がファングダムから遠く離れた場所へと移動させた事を説明しておいた。


 「…色々と聞きたい事は山ほどあるが、そなたは俺が思っていた以上にこの国を救ってくれていたようだな。」

 「礼や報酬は無用だよ。それらに関しては既に受け取っているからね。」

 「そうか…。」


 私が誰から礼の言葉や報酬を受け取ったのかは特に聞かれなかった。

 話すつもりも無かったし、レオナルドもそのことが分かったのだろう。だが、なんとなく誰から受け取っているかは当たりを着けているようだ。


 「それでも、礼の言葉ぐらいはこの場で言わせてくれ。この国を救ってくれて、ありがとう。」

 「どういたしまして。」

 「それにしても、国を包み込めるほど巨大な魔物が埋まっていたとなると、それが消えたらこの国の地盤はかなり脆くなるんじゃないか?ああ、いや、だが金の採掘が難しくなるぐらいに強固になったのなら、その心配も無くなるのか…。何とも都合が良い話だな。そなたが何かしたのか?」

 「いいや。」

 「…出来ないとは言わない辺り、本当に恐ろしいな、そなたは…。」


 ヨームズオームが消えた事で生じた空洞に危機感を持ったが、そこで地盤が強固なものになった事を思い出し、私の仕業では無いのかと疑念を持たれた。


 否定をすれば、それを疑う事はしなかったが、出来ないと言わなかった事を言及され怯えられてしまった。

 実際のところ、龍脈と繋がる前の私でもやろうと思えば出来た事だからな。出来ないとは言わないさ。


 「しかし、そなたの仕業では無いとするなら、何故そんな都合の良い事が起きたのだろうな?」

 「ダンタラが何かしてくれたんじゃない?」

 「地母神様か…。あり得ない話では無いな…。しかしそうも都合よく我等を救ってくださるのだろうか…?」


 正解をそれとなく伝えれば一応の納得はしたようだが、神がそう簡単に人間を救うとはレオナルドは思っていないらしい。

 彼は信心深くはあるが、神が自分達にとって都合の良い存在だとは思っていないらしい。


 「日頃の行いが良かったんじゃない?ああでも、逆を言えば日頃の行いが悪ければ地盤が脆くなって大災害になってしまうのかな?」

 「冗談でもシャレになっていないぞ…。だがまぁ、善政を敷く事は約束しよう。息子達もそのつもりのようだしな。」

 「期待しているよ。」


 脅す、と言うわけでは無いが、信心深い彼にこう言っておけば、今後も国民の事を第一に考える名君として名を残してくれるだろう。


 では、そろそろ活動を開始しようか。


 「行くのか?」

 「ん?ああ、そうだね。早いところ調査してしまおうと思うよ。」

 「そうか。頼んだ。」


 調査を行うのは『幻実影』で行うわけだが、レオナルドはこの魔術の事を知らないからな。

 敢えて教える必要も無いので、この場を立ち去るとしよう。私が面会を求めれば、彼はすぐにでも時間を取ってくれるようだしな。



 そんなわけで私自身は人目につかない場所から上空に転移して、金の採掘に執着する者達の居住に『幻実影』の幻を発動させる。


 調査開始だ。彼等の真実を教えてもらおう。

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