閑話 日常を送るとある少女に届いた手紙

 落ち着いて、集中…。

 余計な事は考えない。目の前に、ううん違う。私に迫って来るすんごい圧の剣撃を、目じゃなくて感覚で捉えてく。


 躱せる剣撃、受け流せる剣撃。防げる剣撃、そういうのは大丈夫。的確に対応する手段は、もう分かってる。


 体を捻って突きを躱して、向かって来る斬り下ろしを剣の真横に剣撃を当てる事で受け流して、反動なんて感じさせない薙ぎ払いは、手と足で支えて地面に突き立てた剣で受け止める!


 「ふっ!ていっ!はぁっ!」

 「………」


 問題なのは、躱す事も防ぐ事も受け流す事もできない、どうしようもない剣撃だ。

 薙ぎ払いを受け止めた事で動きが固まっちゃった私の脇腹に、容赦なく剣の柄が撃ち込まれた。


 こういう時は、あえて受ける!体の力を抜いて、少しでも威力を軽減するために殴られたのと同じ方向に跳ぶ!


 「っ!くぅ…っ!」

 「………」


 でもやっぱり痛い。手加減してくれてる筈なんだけど、容赦自体は全然してくれてる感じじゃない。

 痛いけど、痛みで動きが鈍ったら、それこそ駄目だ。致命的な隙になるって、授業の最初の方で教えられた。

 だから、痛がってる暇があったら動かないと!


 地面を転がりながら受け身を取って素早く立ち上がる。

 うわっ!結構な距離跳んだ筈なのに、もう目の前まで来てる!

 ホンット、容赦無いなぁ!まぁ、そうお願いしたのは私だけど…ねっ!


 転がった時の勢いを利用して、切り払う。

 でもこの動きは読まれてたみたいで、迫って来る速度を落として、ギリギリ私の剣が届かなかった。


 切り払いの反動で無防備になった私の喉元に、剣が突きつけられる。悔しいけど、私の負けだ。


 「ここまでだ。シャーリィ、一旦休憩にしよう」

 「はい!ありがとうございました!…はぁ…」


 ああーーー!今回も一回も当てられなかったぁ~~~!私も強くなってるはずなんだけどなぁ…。

 結果が悔しくて、ついため息が出ちゃった。


 「そう落ち込むな。シャーリィ、君は十分強くなっているよ」

 「そうはいうけど、未だに一回もまともに当てられた事ないし…」

 「ふふ、今の私はこの国を代表する騎士だからな。そう簡単に遅れは取らないさ」


 私の剣の稽古をつけてくれてるグリューナさんが、笑いながら答える。ホントにカッコいいなぁ、この人。


 流石に現状この国で一番強い騎士だって言われてる人と互角に戦えるとは思ってないけど、それでも、もうちょっと食いつきたいなぁって思ってる。この人は、私の憧れの人の1人なんだ!


 「最近は随分と気合が入っているな。君と一緒にいるクラウス達が、大変そうにしているぞ?」

 「いやだって、あんな事知っちゃったら何て言うか、負けてられない!って思うじゃないですか!」


 グリューナさんの言いたい事も分かるけど、あの新聞を読んだら、でもじっとしてなんていられなかった。


 私が今、一番憧れてる人。ノア先生。あの人が私と同い年で既に騎士になっている男の子に稽古をつけてるらしいの。

 同い年で、しかも既に騎士!その時点で対抗意識が燃えるって言うのに、もう10日以上稽古をつけてもらってるんですもの!羨ましいってもんじゃないわ!私なんて1週間しか稽古をつけてもらえなかったのに!


 今度ノア先生に会う事があったら、みっちりと稽古をつけてもらうんだから!それに、あのオスカーって男の子の事、詳しく聞かせてもらわないと!


 「ふっ、確かにな。私としても是非とも手合わせ願いたい人物を知れた」

 「あー、あの若い宝騎士の人ですか?」

 「いや、宝騎士・タスクの事もそうなのだが、それ以上に私は、リナーシェ王女殿下と一度手合わせしてみたい」


 うわぁ…メチャクチャすんごい事言いだしてる…。いや、確かに私も興味あるけどさぁ…。


 最近ニスマ王国に嫁いでいったファングダムの第一王女様。ノア先生も戦った事があるみたいで、間違いなく宝騎士レベルの強さらしいの。

 そんな話、今まで全然知らなかったけど、ノア先生の影響でリナーシェ様の情報が明るみになったみたい。


 「ファングダムかぁ…。一度は行ってみたいけど、結構遠いのよねぇ…」

 「そうだな。ノア様も絶賛したと言うサウズビーフのステーキ。アレは私も是非一度は口にしてみたいと思わされた。あの幸せそうなノア様の表情…。きっとこの上なく感動したに違いないからな」


 あ、そっちなんだ。てっきり人工魔石を見てみたい、とかレオンハルト様とも戦ってみたいって言うのかと思ったわ。

 グリューナさんも竜人ドラグナムだし、美味しいお肉にはやっぱり興味があるのかな?

 まぁ、私も興味はあるけど、是非一度はって程じゃないかな?


 「って言うか、リナーシェ様に会う場合、ファングダムじゃなくてニスマ王国に行かなきゃですよ!」

 「クスッ、そうだな。まぁ、ファングダムの話をしだしたのは、君の方だが」

 「うぐ…っ!だ、だって、ファングダムのお姫様の話をされたら、そっちに話題行きません!?」


 痛いところ突かれちゃったわね。

 でも仕方なくない!?ノア先生の話をしてた時にファングダムのお姫様の話を持ち出されたら、ノア先生が観光したファングダムに意識が行くと思うの!


 「ふふっ、分かっているとも。ノア様は、ファングダムでも色々と凄まじい功績を上げたらしいしな。今やファングダムの救世主だ」

 「あの人、何者なんでしょうね…」


 ウチの国も、ファングダムも、ノア先生の事は自分達と同等の国のお姫様として扱うって事にした。

 でも、ノア先生ってどこに住んでてどうやってウチの国まで来たのか、全然分からないらしいのよねぇ…。グリューナさんなんて一目見ただけで生涯仕えるべき姫君様、だなんて言ってたし。


 ついぽろっと出た私の疑問に、グリューナさんが答えてくれた。


 「正直なところ、私にも良くは分かっていない。だが、この上なく高貴な御方である事は間違いない…」

 「あの人自身、そんな風には思ってないみたいですけどね」


 グリューナさんがここまで言うぐらいだし、そうなるとノア先生って本当にドラゴンのお姫様って事になっちゃうんだけど、その辺りグリューナさんはどう思ってるんだろ?


 「ノア様が竜人であれドラゴンであれ、どちらでもいいさ。我々人類にとって、この上なくありがたい存在である事には変わらないのだから」

 「その分、怒らせちゃったらヤバイと思うんですけど…」

 「それは仕方がないさ。仮にノア様の逆鱗に触れてしまったのなら、それは逆鱗に触れた者に非があると言う事さ。だからこそ、私達はノア様の不興を買わぬよう、清く正しく生きなければならない」


 まぁ、ノア先生って結構、いやかなり善意で動く人みたいだし、悪いことをしなければ大丈夫なのはその通りなんだろうなぁ…。

 …ノア先生の事を話してれば、少しは気がまぎれるかと思ったんだけど、余計に会いたくなってきちゃったな。


 「もっと強くなりたいなぁ…」

 「"楽園"の環境が変化していなければ、アイラ殿に許可をもらって、君を入り口付近まで連れて行ったんだがな…」

 「今の状況じゃあ、どんなにお願いしても駄目って言われるよねぇ…」


 今月に入って数日後、"楽園"の環境が大きく変わっちゃったの。

 "楽園"全体の魔力濃度が3割増しぐらいになっちゃったし、"楽園"にいる魔物や魔獣も同じぐらい強くなっちゃったんだって。

 イスティエスタの真面目な"星付き"冒険者が、大怪我を追う事になっちゃったって、マコトさんが言ってた。

 幸い、その冒険者はこういう時のために持ってたポーションですぐに回復したらしいけど。


 これもマコトさんから聞いた話だけど、ヴィシュテングリンが例の七色の魔力の正体を突き止めたんだって。

 "楽園深部"の奥の方に、一際デッカイ樹木がいつの間にか生えてたことが観測されて、その樹木が七色の魔力を放出してたって声明を出したらしいの。


 七色の魔力ってだけでも意味不明だし、魔力を放出するデッカイ樹木がいつの間にか生えてたって事もワケが分かんないわ!"楽園"で何が起きたのよ!?

 でも、その七色の魔力を放つ樹木って本当の事なんだろうなぁ…。マコトさんの情報収集能力は本物だし、こういう事で嘘を言う人じゃないし。


 マコトさんが私にそんな極秘情報を教えてくれたのは、私がグリューナさんと一緒に"楽園"へ修行に行こうとしてたからだ。

 マコトさんに計画を説明したら、絶対に行くなって、いつも以上に凄く真剣な顔をされて止められちゃった。グリューナさんも、その時に一緒に聞いてる。


 マコトさんは、"楽園"の危険度が急激に上昇したのは、その樹木が原因だと思ってるみたい。

 つまり、今後は今の"楽園"の危険度が"楽園"にとっての普通になっちゃったって事なんだと思う。


 "楽園"の素材の入手難易度が跳ね上がっちゃったワケだけど、なにも悪い事ばかりじゃないみたい。

 "楽園"全体の魔力濃度が上がって魔物や魔獣も強くなったって事は、"楽園"で回収できるあらゆる素材の品質も良い方向に跳ね上がったんだって!


 特に、"楽園"の至る所に落ちてる石ころ!信じられない話だけど、魔石を含んでる確率が10倍近くまで跳ね上がったそうよ!

 それが判明してからはこの街の冒険者の人達ったら、みんなこぞって"楽園"に行くって言いだしてたわ!マコトさんも慌てて止めたみたい。


 そりゃそうよね。いくら魔石を手に入れる可能性が跳ね上がったからって、石ころを集める事に夢中になってたら、あっさりと死んじゃうかもしれないんだもの。

 マコトさんは、今まで以上に"楽園"に向かわせる人達を厳しく選別する必要があるって言ってたわ。


 物凄く面倒くさそうな顔してたわね。どれだけ注意しても、一獲千金を狙う冒険者が多いって事かしら?

 あの人達もノア先生に鍛えられて自信がついてたみたいだし、自分なら大丈夫だって過信してるのかしらね?


 そんな事、ある筈ないのに。


 さって、もう十分休めたし、続き続き!


 「グリューナさん!休憩はもう十分よ!もう一本やりましょ!」

 「ふっ、分かった。だが、今日はこれで最後にするぞ?まだ学園の宿題を終わらせていないだろう?」

 「う゛っ」


 なんで知ってるの!?やっぱりまだまだかないそうにないなぁ…。



 それからしばらくして、ビックリする事件が発生したわ!

 たまたま連休で家に帰って来てたんだけど、いつの間にか家の郵便受けに手紙が入ってたの!


 手紙の送り主は何とノア先生!内容はファングダムに向かってからつい最近の事まで観光した時の感想が細かく書かれてる!


 って言うか待って!?

 手紙には文字だけじゃなくって、色んな人や景色や食べ物の絵が描いてあるんですけど!?しかも色付きでメチャクチャ上手なんですけど!?ノア先生って絵を描くのも上手いの!?


 そもそもどうなってるのよ!?あの人今アクレイン王国にいるんじゃないの!?何でもう最近の事まで書かれた手紙が届いてるの!?

 あっ、でもノア先生って転移魔術なんてメチャクチャとんでもない魔術が使えるのよね!?パッと飛んできてサッと手紙だけ入れて帰ってったのかしら?


 そんな事を想像してたらお母さんがクスクス笑ってた。


 「それだったら直接会えばいいでしょう?きっと、例の幻を使ったのでしょうねぇ…」

 「あーっ!!確かにあのインチキ魔術なら出来るわ!!」

 「シャーリィ」


 お母さんに注意されちゃったけど、だって仕方がないじゃない!あんな魔術インチキにもほどがあるわ!

 アクレイン王国にいる筈なのにウチに手紙を届けられるって、あの国からここまでどれだけ離れてると思ってるのよ!

 距離なんて関係ないとでも言わんばかりに実体のある幻が出せるなんて、インチキよインチキ!


 「それにしても、マメな人ねぇ…。ノアさんったら、私とシャーリィへ別々に手紙を書いてくれたみたいねぇ…」

 「お母さんの手紙にはどんなことが書かれてるの?」

 「シャーリィとそこまで変わった内容じゃないとは思うわよ?」


 そう言って渡された手紙を読んでみたら、私の手紙の内容と全然違ってた。描かれてた絵も違う内容だったから何も言わずにお母さんに私宛の手紙を突き付けてやったっわ!


 「あらあら…。凄いわぁ…」

 「あの人苦手な事とかあるのかしら…?」


 私に宛てられた手紙にはおいしそうな料理だったり、強そうな装備や人の絵が多く描かれてたわね。勿論、風景を描いた内容もあったけど、そっちは2,3枚だった。反対にお母さんに宛てられた手紙には風景を描いた絵が多かったわ。


 多分、私達の興味を持ちそうな内容をそれぞれ書いてくれたんだと思う。お母さんじゃないけど、本当にマメな人だ…。


 それはいいとして!手紙の最期にはメチャクチャ嬉しい事が書かれてたの!

 ノア先生、近い内にまたこの国に来て私達に会いに来てくれるんだって!


 嬉しすぎて思わず叫んじゃったわ!その後お母さんにはしたないってきつく怒られちゃった。

 でも仕方なくない!?会いたいと思ってた人が会いに来てくれるって手紙を送ってきてくれたのよ!?跳び上がっちゃうぐらい嬉しいに決まってるじゃない!

 むしろなんでお母さんは平気な顔してるのよ!?


 「勿論、私だって嬉しいわよ?でもね、シャーリィ。貴女もれっきとした貴族の娘なのよ?少しは自分の感情を抑えられるようにしなさい」

 「で、でも…今は家の中だし…」

 「そう…」


 あ、ヤバッ…。選択間違ったかも…。


 「シャーリィ?今日は少し長めにお話ししましょうか…」

 「え、ええっと…し、宿題あるから…折角だけど、遠慮しよっかなぁ…なんて」

 「あら、貴女まだ宿題終わってなかったの?ふぅん…?」


 やぶ蛇だーーー!!

 まずいよ!このままじゃ今日一日お説教だーー!!


 「宿題は明日、私も見てあげますから、今日はしっかりと貴族としての在り方を教えてあげましょうね?」

 「え、ええっと…明日の剣の稽古は…?グリューナさん、ウチに来てくれることになってるんだけど…」

 「グリューナさんには私の方から言っておきますから、安心なさい?そうだわ。いっそのこと、彼女にも宿題を見てもらいなさいな」


 だ、ダメだーーー!これもう何言っても今日は一日お説教で、明日はみっちり宿題コースだよーーー!


 ノア先生ーーー!助けて~~~!

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