第301話 家に帰ろう!

 マフチスもこの街を離れるようだからな、いい機会だから伝えておこうか。


 「十分にこの国も堪能したからね。そろそろ家に帰ろうと思うよ」

 「御帰宅を…」


 私が帰宅の意志を伝えると、意外そうな表情をしている。まだ帰らないと思っていたのだろうか?

 いや、マフチスに私がいつ帰るかなどは分かりようがないか。


 ただ、マフチスの様子は、私が帰らない理由があるかのような態度だ。


 「よろしいのですか?今回の功績は、間違いなく国中から称賛され、陛下からも表彰される程の偉業ですぞ?」

 「構わないさ。褒められたくてやったわけじゃないからね。この6日間で、私が津波を防いで良かったと思わせてもらったんだ。表彰は、今度この国を訪れた時にしてもらうとしよう」

 「承知いたしました。そのように陛下には伝えておきましょう」

 

 褒められたくてやったわけじゃないと言った時には感極まって拝み出しそうになってしまったので、誤解を受けないようにすぐに追加で説明させてもらった。


 私は別に自分が高潔な存在だとは思っていない。表彰されるのだから何かしらの褒賞も出るだろうし、くれると言うのなら遠慮なくもらうつもりだ。

 ただ、それ以上に優先すべきものがあるだけだ。


 私にとっては"楽園"が、家の皆が最優先事項だ。そろそろ皆に今回の旅行についての話をしたいし、しばらくは、1ヶ月ぐらいは家でゆっくりと過ごしたいのだ。


 おそらく表彰だの褒賞だの受けていたら、今度は城で歓待を受ける事にもなりそうだからな。家に帰りたい今の私にとっては、避けたい事態なのだ。


 「再びこの地を訪れていただいた折には、今度こそ最後までこの街の堪能していただければと思います」

 「地震が起きたのは自然現象だよ?貴方のせいでは無いのだから、あまり気にし過ぎないようにね?」


 マフチスとしては、地震によって途中から観光どころではなくなってしまった事に、納得がいっていないのだろう。その感情は無念と言っても良い。そしておそらく、クラークも同じ事を考えていると思う。


 彼等の無念は、別に彼等の責任では無いのだ。それに、街並みを楽しむ事はできなくても、ホテルのもてなしは十分に堪能できた。


 私が残念に思ったのは、小型高速艇が1日しか楽しめなかったことぐらいだろう。次回訪れる時は、もっと沢山乗り回してみたいところだ。

 レースも見てみたいし、可能ならば参戦もしてみたい。デンケンが言うには、私が同じ原理の船に乗ったらその時点でその船が世界最速になるらしいので、出場を拒否されてしまわないか少し心配ではあるが。


 そうそう、小型高速艇だが、地震の発生までの間に私が安全な保管場所まで移動しておいた。

 そして船着き場を修復した時点で再び元の場所に戻している。

 その際、好きに乗り回していいとも言われたが、遠慮させてもらった。


 ただでさえ復興作業にいそしむ者達を前にして、のんびりとした生活を送っている事に疎外感や罪悪感が湧いて来るのだ。

 その上で最上級の娯楽とも言える小型高速艇を無償で乗り回すと言うのは、流石に罪悪感が耐えられそうになかった。


 とにかく、私はこの街が気に入ったし、また訪れたいと思ったのだ。十分にもてなせなかった事を嘆くのなら、次回以降存分にもてなしてくれればそれで良い。


 「それじゃあ、お互い街を出るとしようか」

 「はっ。おそらくノア様がこの地を去る事を惜しむ者達が多くいるでしょうが、きっと笑顔で送り出してくれる事でしょう」

 「マフチス?それはちょっと意地悪じゃないかな?」


 そんな言い方をされたら、別れの言葉を伝え辛くなってしまうじゃないか。

 私がそろそろ家に帰ると言う気配を感じ取っているのは、あまりいないのだぞ?


 空気を読み取る事に長けた者、マフチスやクラーク、そして冒険者ギルドのギルドマスターぐらいである。

 彼等が街の人々にその事を伝えている様子も無いし、口を開けば私のことを称賛している街の人々の事を考えると、彼等に帰宅を伝えたら間違いなく別れを惜しまれてしまう。


 まさか、分かって言っているのか?


 「っ!?こ、これは失礼いたしました!街の様子を見ていると、彼等はまだまだノア様にこの街に残っていて欲しいように感じられましたので…」


 思わず口に出してしまったらしい。

 まったく、高位貴族ともあろう者がうっかり本心を口に出してしまうなんて、気を抜きすぎじゃないか?

 指摘をしたら顔を青ざめてしまいそうな気配を感じたので、この想いは私の胸に留めておくことにした。


 ホテルを出ると今まで同様、大勢の人々が私に視線を向けている。中には跪いたり拝みだす者まで表れる始末だ。


 分かっていた事だが、私が彼等に帰宅する事を伝えると、非常に別れを惜しまれてしまった。流石に泣き出す者すら現れるのは想定外だった。

 それでも、引き留められるような事は無かった。別れを惜しむのもあくまで感情だけであり、彼等は一言も口に出さなかったのだ。


 再訪を約束して街を出れば、急な事だと言うのに街にいた人間達総出で送り出されてしまった。彼等が存命している間に必ずこの街に再度訪れよう。



 アクレイン王国の国境を越えるまでの間に、『通話コール』によってモスダン公爵に連絡を入れておいた。手紙の件について、知らせておこうと思ったのだ。


 〈しばらくぶりだね、公爵。ちょっといいかな?〉

 〈………貴公、今はアクレインにいるのではないのか?〉

 〈うん。今帰宅中。公爵に予め伝えておきたい事があってね〉


 返答にかなり間があったし、げんなりとした口調だったのが気にならないでもないが、さっさと要件を伝えてしまおう。


 〈近い内に、と言っても1ヶ月以上先になるけど、またティゼム王国に顔を出そうと思ってね。友人や知人には手紙を送ろうと思ったのだけど、考えてみたらアクレインから手紙を出そうとしたら、ティゼム王国まで届くのに1月以上かかる可能性もあるだろう?〉

 〈…それで、貴公が『通話』とやらの存在を知っている儂に声をかけ、周囲に通達するように伝えよ、というつもりか?〉


 何やら言葉にトゲがあるな。そこまで面倒な事はしなくてもいいのだが…。

 まぁ、一からちゃんと説明すれば誤解も解けるだろう。


 〈その辺りは公爵の判断に任せるよ。いやなに、アクレインから手紙を送っていたら間に合わないから、自分で送ろうと思ってね〉

 〈それでは本末転倒…ああ、あの幻を使用するのだな?〉


 流石はモスダン公爵。私の意図にすぐに気付いてくれた。話が早くて助かる。


 〈アクレインでの出来事も記載した手紙だからね。今自分達の元に届いたら、どうやって届けたのか、何時届いたのか分からないだろう?せめて貴方やマコトには教えておこうと思ってね。〉

 〈貴公が近い内に我が国に訪れることは、陛下にお伝えしてもよいのか?〉

 〈勿論だとも。まぁ、いつ行くかは気分次第になるだろうけど…。そうだね、それじゃあ、ティゼム王国に顔を出す前日には公爵とマコトには改めて『通話』を掛けるとするよ〉

 〈………そうか…〉


 あまり歓迎されていないような気がする。エリザにも会いに行こうと思ったので、モスダン公爵のところにも顔を出そうかと思ったのだが、訪問はやめた方が良いのだろうか?


 〈どうせ来るのなら我が屋敷にも顔を出してもらおう。エリザが今度はいつ会いに来るのかと聞いて来てな…〉

 〈相変わらず、エリザには甘いようだね〉

 〈甘いのではない!!大切に可愛がっているだけである!!〉


 そこは素直に甘やかしていると認めても良いと思うんだけどなぁ…。まぁ、エリザが私に会いたがっていると言うのなら、遠慮なく会いに行こうじゃないか。

 顔を出す場所の事を考えると、1週間ぐらいはティゼム王国に滞在する事になりそうだな。


 どこか別の国に行く途中に立ち寄ってみても良いし、小旅行にしても良い。


 要件は伝え終ったので、『通話』を切って今度はマコトに繋げるとしよう。同時に行わなかったのは、一応マコトを気遣ってだ。

 彼はモスダン公爵に自分の素を知られたくないようだしな。うっかりモスダン公爵に素を知られたら、気まずいなんてものじゃないだろうし。


 まぁ、言葉遣いはともかくマコトの正体自体は『モスダンの魔法』で見抜かれているだろうがな。

 多分だが、エリザが『モスダンの魔法』を使いこなせるようになったら彼の正体について言及されるんじゃないかと思う。


 …モスダン公爵に自分の正体がバレていたと知った時、マコトはどんな顔をするんだろうな?

 ひょっとすると、モスダン公爵はそれを楽しみにしているのかもしれない。



 『幻実影ファンタマイマス』の幻で手紙を配りながら、マコトにもモスダン公爵と同様に手紙と近い内に顔を出す事を伝えると、彼は快く歓迎してくれた。モスダン公爵とはえらい違いである。

 しかも、またあのトリプル肉丼を用意してくれるらしい。楽しみが一つ増えたな!是非ごちそうになろう!


 マコトとの『通話』も終えてアクレイン王国の国境を離れ、人目が付かなくなったところで翼と角を出し、空へと飛び上がった。

 転移魔術で家に帰りたいところだが、ルグナツァリオに帰りに会いに行くと言った手前、約束を破るわけにはいかないのだ。



 いつもの場所にいるようなので、噴射飛行でさっさと会いに行くけば、上機嫌で歓迎してくれた。

 相変わらずとんでもない大きさだ。私は未だ、彼より大きな存在を知らない。


 『やあ、待っていたよ、ノア。今回は出合い頭に殴ってくるような事が無くて安心したよ』

 『一応、殴る理由が無いからね。それより、地震の際はありがとう。おかげで一つの命も奪う事なくブレスを放つ事ができたよ』

 『礼を言うのはこちらの方さ。人間に限らず、多くの命を守ってくれた事、感謝しているよ。本当にありがとう』


 こういうところは本当に誠実だし、敬意を払える龍なのだがなぁ…。

 同等の力を持った同志とも同僚とも呼べる存在が他にいると言うのに、そんな存在と何時でも会話ができる筈だというのに、どうして何の相談も無く勝手に行動してしまうのか。

 そして何故私を人間達に崇めさせようとしてしまうのか。これが分からない。


 いやまぁ、おかげで私は我儘な振る舞いをしても許されていたし、贅沢もさせてもらえはしたが。その事に感謝もしているが。

 だが、それはそれだ。私が迷惑を被ったのは変わりないのである。


 正体も晒していないのに崇められたり恭しい態度を取られた時は、慣れるまで随分とむず痒い思いをしたものである。


 それから、ホーカーの恋人、キーコの命を救った事にも礼を言われた。ルグナツァリオからすると、非常に心打たれる行為だったらしい。一言礼を言わずにはいられなかったそうだ。


 私とてあの行為が何のことでも無い行為だとは思っていない。感謝をされるような行為だと分かって行っている。だが、知られたら確実に神のごとく崇められてしまうからこっそりと行ったのだ。

 何故かキーコにはバレていたようだし、神呼ばわりされてしまったが。


 ジロリ、と疑いの視線でルグナツァリオを睨んでみる。


 『な、何かね?』

 『キーコに私のことがバレたの、貴方が何かしたんじゃないかって思ってね』

 『し、していないよ!?ご、誤解だとも!第一貴女だとバレたのではなく、虹色に輝く女性の影を見ただけなんだ!貴女の事だとは思っていないって!』


 なるほど、私だとバレたわけではなかった、と。それは良かった。

 いや、ホーカーの所へ注文した装飾品を受け取りに行った際にキーコと邂逅したら、気付かれてしまうかもしれないから良くは無いが。


 で?それはそれとして新たに疑問が生じたのだが?


 『その言葉は信じるとして、どうしてそんなことが分かるのかな?』

 『私は心を読む事ができるだろう!?だから彼女の心を読んだ時にそういった感想が読めたと言うだけだよ!?』


 目を逸らしているのがとても怪しいが…。

 まぁ、嘘は言っていないようなので、ひとまずは信用しよう。


 さて、ルグナツァリオが話したい事はまだあるらしい。


 『ああ、そうだ。ノア、例の異世界人の後継者候補なのだけどね…』

 『何か、進展があったの?』


 ルグナツァリオの口ぶりから、状況に何らかの変化が起きたらしい。

 朗報ならば嬉しいのだが、その反対で雲行きが怪しくなってきているようだな。


 『そうなのだよ。このままでは、後継者候補が国から出られなくなるかもしれなくてね…』

 『理由を聞かせてもらっても良い?』

 『説明はするけども、今はまだ干渉しないようにしてもらえるかな?私達が介入すべき問題ではないだろうからね』

 『分かった』


 思った以上に厄介な事になっているらしい。とにかく、ルグナツァリオから話を聞いてみる事にしよう。



 ルグナツァリオから説明を聞き終え、一応今はまだ干渉しないと約束して別れる事にした。

 聞いた話では思った以上に厄介な事になっているので、干渉してしまっても良いんじゃないかと思うのだが、後継者候補本人の自力で何とかしたいと言う意思を尊重したいらしい。


 しかし、確かにマコトの後継者に相応しいとは思うが、信じられないような経歴の人物だな…。


 ドライドン帝国


 世界で唯一ワイバーンを騎獣として手懐ける事に成功し、強力な空戦戦力、竜騎士部隊を持つ国だ。


 マコトの後継者候補・ジョージは、その国の第五皇子であり、しかも異世界の記憶と魂を持った転生者でもあった。

 ロマハが言うには、魂だけで世界を渡り、胎児に憑依したのだとか。

 ルグナツァリオが彼に寵愛を与えられないのは、彼が異世界の魂を持っているから、との事だ。

 それでもこの世界の魂の根源エネルギー自体は取り入れているので、ロマハならば与えようと思えば加護や寵愛を与えられるらしい。


 どうやら後継者争いが激化しているらしく、ジョージも思いっきりその後継者争いに巻き込まれそうなのだ。


 本人の力でどうにもならなそうならば、すぐに私に連絡を入れる事を条件に、不干渉でいることを飲み込んだ。



 ルグナツァリオとの会話を終えたら家まで帰るわけだが、折角なのでこのまま噴射飛行で帰る事にした。

 旅行中はまるで使用しない能力だからな。こういう時にでも使っておかないと、感覚が鈍ってしまいかねない。


 結界を通り抜けて広場に降下していると、ティゼム王国から帰って来た時のように、"楽園"全体が歓喜の魔力で包まれて私の帰宅を歓迎してくれた。やはり、私が帰る場所はここなのだと、改めて認識させてくれる。

 家の皆も、私の魔力を感知して落下位置に集まってきている。


 広場の環境も随分と変わったようだ。後で紹介してもらおう。


 「皆ただいま。お土産を持って来たよ」


 皆、私が帰ってきた事をとても喜んでくれている。ウルミラやフレミー、ヨームズオームなどはすぐに私の傍に来て、早く撫でて欲しいとばかりに密着してくれるのだ。存分に撫でてあげよう。


 今回の旅行で経験した事、そしてその間にこの広場でどんな変化が起きたのか、思う存分話し合おう!

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