第300話 復興作業

 500人という人数は決して少ない数ではない。

 その少なくない人間の量で、それぞれが心の底から歓喜の声を上げていると、街全体が歓声に包まれたような錯覚すら覚える。


 「うおおおおお!!」

 「俺達、助かったんだあああ!!やったあああああ!!」

 「ノア様バンザーーーイ!!」

 「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 「アマーレは、不滅だあああああ!!」


 各々が自分達の思いを大声で叫んでいる。よほど押し寄せようとしていた津波が怖かったのだろう。

 この場に残った何人かは、津波を経験した事があるのかもしれないな。


 ここに集まっていた者達の中には、記者もいたようだ。いつの間にか此方にキャメラを携えて私を撮影している。

 今回の事も当然のように新聞のネタにされるんだろうな。

 それは別に構わないのだが、記者ギルドは無事なのだろうか?


 クラークが私の元まで来ると、深々と頭を下げ礼を述べてきた。


 「改めましてノア様、我々を、このアマーレの街を津波から救っていただいた事、誠にありがとうございました」

 「どういたしまして。だけど、大変なのはこれからだよ?」

 「ええ。勿論承知しております。ですが、問題は御座いませんとも」


 倒壊してしまった建築物は非常に多い。無事なのはギルドのような施設や裕福層が住まう家屋、それに"ホテル・チックタック"を含めた高級宿ぐらいだ。


 復興作業が大変な事はクラークも承知しているようだ。問題無いと答える辺り、復興支援なども考えているかもしれない。


 「避難した者達も含め、街の者達に負傷者は一人もおりません。そしてご覧くださいませ。この場にいる者達は皆、希望に満ちています。勿論、それはこの私とて同じ事です」

 「そうだね。今の彼等からは、これ以上ないほどの力強さを感じられるよ」

 「はい。今の私達ならば、復興作業など何の苦でもありません」


 確かに、これほどの活力がみなぎっているのなら、精神的な面では何の問題も無いのだろうな。

 とは言え、街の8割近い建築物が倒壊してしまっているのだ。肉体的な面ではやはり大変だろう。


 特に、私が吹き飛ばしてしまった船着き場に関しては全損どころの話ではない。跡形もなくなってしまっているのだ。


 復興作業も勿論少しは手伝うが、私がやるべきは、まずはこの船着き場を直すところからだな。


 「さっきも言ったけど、私はこの吹き飛ばしてしまった船着き場から直していこうと思うよ。なに、そう時間は掛けないさ」

 「おお、ノア様…!何と慈悲深い…!」


 両手を組んで涙目になりながら私を崇めてしまっているが、それほど感動する事なのだろうか?

 私が壊してしまったのだから、私が直すのは普通の事じゃないのか?それに、それほど時間のかかる事では無いのだが…。


 「ノア様にはこの街を救っていただくために既に十分すぎるほどの事をしていただいたのです。その上でさらに復興作業にまでご協力いただけるなど…!」


 そういうものなのか?私はもう十分に働いたから、後は何もしなくても良い、とでも言うのか?

 クラークは十分すぎると言うけれど、今のこの街並みを見て何もしなくても良いと言われても無理があるぞ?

 今の彼等ではないが、私だって復興作業を苦とは思わないのだ。協力させてもらうとも。


 「クラーク、皆が復興作業を頑張っているというのに、私だけホテルの最上階でのんびり暮らしているのは、流石にどうかと思うよ?」

 「それは…。ですが…」

 「良いんだ。私がやりたいんだから、やらせてほしい」

 「重ね重ね、ありがとうございます…」


 きっと、今回の事も家の皆やルイーゼにヴィルガレッドなんかは、私の事を甘いというのだろうな。そして、その甘さが原因で私に災いが降りかかる、などと言われるかもしれない。


 上等である。それは私自身も自覚している事だし、承知の上だ。

 私の甘さが原因で災いを呼び込むというのならば、その災いも私が責任を持って打ち払うとも。私にはそれだけの力があるのだから。

 傲慢だと言いたければ言えば良い。甘んじて受けよう。


 私は自分の責任から逃げるつもりなど毛頭ない。"楽園"から出る前に既に決めていた事だ。


 「それじゃあ、早速船着き場を直していくとしようか」

 「何か、必要なものはございますか?」

 「いや、大丈夫」


 魔術で片付いてしまうからな。人間では難しいかもしれないが、私ならば何の問題も無く修復可能だ。


 流石に『我地也』を使用するわけにはいかないが。というか、使うまでも無いというべきだな。

 船着き場に使用されていた成分は理解している。どうやらこの船着き場は元より魔術によって製作されていたようだからな。

 同じ魔術を使用すれば問題無いのだ。


 人間が元通りにするために作業をした場合、数ヶ月は掛かってしまうだろうが、私ならば1時間もあれば終わらせられる。


 私が早速復興作業を開始し始めた事で、先程まで喜び合っていた人々も意識を切り替えたようだ。


 「見ろ!オレ達のために津波を防いでくださったノア様が、もう復興作業を開始しているぞ!」

 「なんてこと!?ノア様に此処までさせてしまうだなんて!私達もすぐに行動を開始しましょう!」

 「『姫君』様におんぶにだっこじゃあ、他の街の連中から情けないヤツ等って言われかねねぇ!みんな!避難した連中が戻って来る間に、少しでも復興作業を進めるぞ!!」

 「「「「「おおおーーーーーっ!!!」」」」」


 私の修復作業を見た者達が、一斉に気合の入った声を上げている。


 その後、いかにも統率力のありそうな人物が指示を出して瓦礫の撤去作業を始める事となった。

 指示を送っている者は、この場に集まっている者達の事を全員正確に把握しているらしい。

 一人一人名前を呼んでいるし、指示にも迷いが無い。誰をどこへ向かわせるべきなのか、頭の中に入っているらしい。

 復興作業は思った以上にスムーズに進みそうだ。


 とは言え、500人程度では流石に限界がある。やはり本腰を入れるのは、避難民が戻って来てからになるだろうな。


 船着き場の修復が終わったら、私も協力するとしよう。




 あれから、4日が経過した。


 船着き場の修復後、私も復興作業に協力しようと申し出たのだが、断られた。

 あれ以上、私に頼るわけにはいかないのだそうだ。


 堕落する事を望んでいないようで、その精神性は称賛できるのだが、彼等の手助けをしたいという私の気持ちも確かなのだ。


 それを伝えたら、瓦礫の撤去をさせてもらえたのだが、一定量の瓦礫を撤去したら後はゆっくりしていて欲しいと頼まれてしまったのである。

 一日に行える作業に制限を掛けられてしまったのだ。

 彼等の指定した撤去量など、私からすれば一瞬で終わってしまう。作業などしていないも同然なのだ。


 だが、人間達からしたら私に定められた一日の作業量だけでも何日も掛かってしまうと言われてしまっては、納得せざるを得なかった。


 瓦礫を撤去した後はホテルの自室でのんびりと生活させてもらった。

 この際だから、ティゼム王国にいる知己を得た者達に近況と近い内に会いに行く旨を記載した手紙を作製しておいた。


 その後、避難民達と共にマフチスが慰問のためにこの街に訪れたので、今回のもてなしについて礼を伝えに向かったら、逆に感謝されてしまった。

 理由はまぁ、言わずもがな。津波を防いだ事についてだ。加えて、未だこの街に留まり復興作業の手伝いをしている事にも礼を述べられた。


 「復興作業に関しては、私からしたら何もしていないのと同じなんだけどね」

 「確かに、作業時間で見れば仰る通りなのでしょう。ですが、作業内容で見ればその限りではない筈です。我々はノア様に、既に十分すぎるほどの事をしていただいているのです…」


 まったく、他の皆と同じ事を言ってくれる。そんな事を言われてしまったら、こちらが引き下がるしかないじゃないか。


 地震の後にアマーレに訪れたのは、マフチスや避難民達だけではない。

 復興作業を手伝おうと、冒険者や有志で復興作業を行いたいと申し出た者達が集まってきたのだ。マフチスが言うには、これも私のおかげらしい。


 私が津波を防いだことは、当たり前のように翌日の新聞に記載されていた。しかも、海を背に彼等に振り返った私の写真付きだ。

 更には震災の様子も写真付きで記載されていた事も多くの人々がアマーレに訪れる要因になった。


 震災の様子を見て心を打たれたのが理由じゃないかと思ったのだが、マフチスが言うには[それも確かにありますが、それ以上にノア様の姿を一目見たいというのが、彼等の目的なのです]だそうだ。


 だが、そんな彼等の思いに答える必要は無いらしい。今まで通りの生活をしてくれていればそれで良いと言うのだ。


 まぁ、復興作業に目途がつくぐらいまではこの街に滞在しようと思っていたので、明日以降も私にとっては散歩とほぼ変わらない復興作業を行うつもりだ。

 その時にでも私の姿をアマーレに訪れた人々に見せる事になる。

 マフチスとしては、それで十分と言う事だろう。



 マフチスの言葉は、実際正しかった。


 翌日以降も私が散歩ついでに復興作業の手伝いに外に出れば、多くの人々から注目を集める事となったのだ。

 流石にホテルの前で待機しているという事は無かったが、それでも私がこのホテルで宿泊していて、決まった時間に外に出てくることは新聞で把握していたのだ。


 中には私の姿を初めてみる者もいたらしく、非常に興奮している者もいた。それこそ、興奮しすぎて失神しかけた者が出るほどだった。

 以前ティゼミアで凱旋をした際に、呼ばれた方向に微笑んだら同じような事があったので、今回は微笑まないようにしていたのだが、無駄に終わってしまったようだ。

 これも私の影響力が上がってしまった事が原因だろうか?


 そして私の姿を見せる行為は、復興作業にそれなり以上に貢献したらしい。


 作業ペースが、明らかに昨日よりも向上してたのだ。

 モチベーションが上がったと言う事なのだろう。結果、私自身は何もしていないのにマフチスやクラークから礼を言われる事になってしまった。



 マフチスが訪問してから更に2日後。


 街の復興作業もある程度進み、瓦礫も大分と撤去されてきた。

 そんな時、自分の屋敷に戻るマフチスから今後の予定を訊ねられたのだ。


 「ノア様。おかげさまで街の復興作業も順調でございます」

 「そうみたいだね。見事なものだと思うよ」

 「お褒め頂き、ありがとうございます。時にノア様。今後の予定をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 今後の予定か…。

 このまま復興作業を手伝うのも良いのだが、その必要も無さそうだ。

 現在アマーレで復興作業を行う者達は総勢10万人を超えている。普段のアマーレの人口のざっと倍である。

 これだけ人が集まっていれば、私が手伝うまでも無く復興作業が進むのだ。私の作業量が制限されている以上、無理に手伝う必要も無いのだ。


 知人や友に送る手紙も既に書き終わっている。


 ならば、もう良いだろう。


 そろそろ今回の観光を終わらせて、家に帰るとしよう。

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