第299話 『吹き飛べ』ッ!!!!
何故、ドラゴンブレスで津波に対処するのか?
やろうと思えば海水を魔術や魔法で強引に制御する事も可能ではある。だが、その場合、当然海水を私の魔力で満たすという事になる。
そんな事をしてしまったらこの辺りの海にどのような影響を及ぼしてしまうのか想像がつかない。
魔力が豊富な場所では魔物が発生しやすいのだ。この辺り一面の海を制御できてしまうほどの魔力で海を満たしたら、下手をしたら生態系を破壊してしまうような魔物が産まれかねないのだ。
そういうわけだから、ドラゴンブレスを放って津波に対応するわけだな。
さて、偏にドラゴンブレスを放つとしても、どういった類のブレスを放つかも決めておかないとな。
当然だが、海水そのものが消失して水位が下がるような、『消し飛ばす力』などは論外である。
それと、炎を始めとした高熱のブレスを放つのは、手っ取り早いが無しだ。
一気に海水を蒸発させてしまえば津波自体は防げはするだろうが、それはこの辺り一帯の海水が急激に少なくなることを意味している。
勿論、蒸発した海水が雨となって再び降り注ぐ事で、結果的に見れば元の環境に戻るとは思う。
だが、一度に大量の水蒸気が発生するのだ。当然、降り注ぐ雨量も相当な勢いになるだろう。豪雨というヤツである。
しかも、豪雨が降り注ぐのは海だけでなく、この街にも降り注ぐ可能性が高い。
津波を防ぐことはできても豪雨による水害が発生してしまっては元も子もない。そういうわけで高熱のブレスによる津波の蒸発は却下である。
水のブレスを放出してより大きく勢いのある波によって津波を押し流す方法も考えたが、これも却下である。
水の奔流を発生させるブレス。私ならば問題無く使用可能だ。それこそ、大津波以上の規模、国を飲み込めるほどの水害を発生させられるほどのブレスを、だ。
そんな事をしてしまったら間違いなく海水の水位が上昇してしまう。
私がブレスで放出した水は、特定の魔術のように効果が終了した後に魔術で生み出した水が消えるようなものでは無いのだ。
しかも放出した水はごく普通の水である。いや、ごく普通ですらないな。一般的に人間達が水と呼ぶ物には水以外の物質が溶け込んでいる。
私が目覚めたばかりの頃、川の水を飲んでまろやかでさっぱりとした食感を感じたのは、それが理由だ。
場所によっては反対に、口当たりが重く苦味を感じる水もあるらしい。そういった水は美味そうには思えないので、あまり飲みたいとは思えないな。
話が逸れたがとにかく、だ。私がブレスで生み出す水にはそういった物質が含まれない。
大津波を押し返すほどの水を放出するのだ。海水の濃度にも影響が出てしまうことぐらい、容易に想像がつく。
海に限らず、魚という生き物は自分達の住まう環境に敏感である。海水の濃度が変わってしまったら、健康状態に影響が出る可能性がある。
水位の変化と濃度の変化の2つの理由から、水のブレスも却下である。
海水を蒸発させず、水位も濃度も変化しないブレスとなれば、空気の圧を押し付けるような、所謂強風のブレスか、はたまた純粋な魔力をぶつけるブレスが有効になるだろうな。
魔力の変換効率を考えて、純粋な魔力のブレスを放つとしよう。
ただし、全力で放たないように威力は調整しないとな。
龍脈と繋がる以前の私でさえ、私のドラゴンブレスは"楽園深部"を覆っていた雨雲を消し飛ばし、更にはその遥か先にいたルグナツァリオを瀕死に追いやったのだ。
例え魔力色数が2色である今の状態であっても、全力でブレスを放てば、間違いなくここから別大陸までブレスが届いてしまう。
一つの街を守るために別の街を滅ぼしてしまうなど、本末転倒にもほどがある。
地震の規模からどの程度の津波が発生するかを計算し、程よい威力のブレスを放てるようにしておこう。その際、海を渡って入る様な船が無ければいいのだが…その辺りはズウノシャディオンが何とかしてくれるだろう。
『おう、任せときな!さっき言ってたこの辺りの生き物に含んどくぜ!』
との事だ。融通の利く神で助かった。
ああ!そうだ!強力なドラゴンブレスを放つのだから、射線上に渡り鳥等がいたりしたら巻き添えを喰らってしまうじゃないか!
なんてこった!何が[憂いは無くなった]だ!普通にあるじゃないか!
しかしどうする?海上の船にいる者達ならズウノシャディオンが何とかしてくれると言ってくれたが、流石に空にいる鳥は彼の分野じゃないだろうし…。
………期待を込めた思念を送ってこないでほしいんだが?分かったよ。それしかないのだからそうするよ。
『…ルグナツァリオ、頼める?』
『勿論だとも。尤も、この時期にこの辺りを飛ぶ渡り鳥や海鳥はいないがね。それでも、あの子達が間違って貴女のドラゴンブレスの範囲に入ってきてしまわないように誘導しておこう』
『ありがとう。頼んだよ』
結局、ルグナツァリオに声をかける事になってしまった。ああもう、歓喜の思念がこれでもかと伝わってきている。
『しかし非道いじゃないか。語り掛けて来るな、だなんて。そのうえ、海底で思念を発する事で私に会話の内容が伝わり辛くしていたみたいだし』
『ガハハハ!なんだよ、結局ルグも会話に入ってきたのか!』
予想はしていたが、やはり言及して来たか。そうやって言及して来て話がややこしくなってしまうから、今は会話に入ってきて欲しくなかったというのに。
『聞いてくれ給えよズウ。ノアは善良な人間にはとても慈悲深くてねぇ…』
『ガハハ!それ言ったら今もこうして津波に対して真剣に考えてる時点で分かる事だろ!』
『そうだろう?それにだよ?彼女は遂に私が寵愛を授けたことに感謝をしてくれたのだよ!少し前はとても迷惑がられていたのだがね?今回、初めて確かな感謝の念を私に送ってくれたのだよ!』
『本人の前でいちいち自慢しないでもらえないかな?』
感謝しているのはその通りだが、それをいちいち同僚に、それも私の前で自慢するのはどうなんだ?
ズウノシャディオンとしても鬱陶しく感じるんじゃないのか?
感じていたようだ。語り続けるルグナツァリオに対して、どうでも良さそうな態度で返答している。
『あー、ウッゼ』
『ウザイだと!?今ウザイと言ったか!?ズウ!聞き捨てならないぞ!?』
『ウゼェだろうが。どうせオメェ、最初にノアに寵愛を授けた事を自慢してぇだけだろうが』
『いけないか!?今の私のこの溢れ出る感情を、気心の知れた者に伝える事はいけない事か!?』
『それがウゼェっつってんだよ!』
………私が想像した以上に酷い事になっている。何時までもこんなやり取りを延々と続けられては堪ったものではない。
要件も伝え終ったのだから、ルグナツァリオには退場してもらおう。
『あがぁっ!?い、痛い!痛いよ!?ノアだね!?こんな事できるのは貴女しかいないからね!?いきなり非道いじゃないか!何故ズウには同じような思念を送らないんだい!?私ばかり不公平じゃないか!』
『貴方がこうして会話に加わった事で、話がややこしくなり始めたからね。このままだと2柱の口喧嘩がいつまで経っても終りそうになかったから、強引かもしれないが止めさせてもらったよ』
『話にゃ聞いてたが、おっかねぇな…。防ぐ手段がねぇのがまたえげつねぇ…』
今回は、いや、今回もか。ルグナツァリオの頭を締め付けるような思念を送って会話を強制的に終わらせたわけだが、その様子を観察していたズウノシャディオンが私に対して慄いていた。
ズウノシャディオンから見て、私がこうして攻撃的な思念を送って痛みを与える行為は、防ぐ手立てが無いらしい。
多分、強力な意志を持って防ぐ事に集中すれば防げるとは思うのだが、それを教えてしまうと今後普通に防がれてしまいそうだな。
自力でその考えに至るのであれば何もいう事は無いが、わざわざ教える必要も無いだろうな。黙っておこうか。
幸い、痛みのせいで私の心境もルグナツァリオには伝わっていないようだし。
『やるべき事も終ったのだし、そろそろここから離れたらどうなの?』
『冷たいじゃないか。私達がこうして会話ができるのは
『家に帰る時に直接会いに行くって言ってるだろ?それで我慢してくれないか?』
『しかしだね…』
『ノア、諦めな。こうなった時のルグはマジでしつこいからな。下手に付き放そうとすると、余計にウザ絡みしてくるぞ?』
『ノアに変な事を吹き込むのは止めてもらえないか!?それではまるで私が粘着質な厄介ファンみたいじゃないか!?』
『違うの?』
『至極真っ当で純粋なファンだとも!』
あまり変わらない気がするのだが…。というか、私から見てルグナツァリオは十分に粘着質な気がする。常に私の事を見ているみたいだし。
残念ながら彼自身が言う粘着質な厄介ファンという言葉は、的を得ていると言わざるを得ない。
というか、その思いのせいで私にいつの間にか強力な寵愛が授けられていたわけだし、今でこそ感謝してはいるが、それ以上に当時は迷惑に感じていたのだ。
この駄龍、まさかその事を忘れているんじゃないだろうな?
だが、この調子だとズウノシャディオンの言う通り、しばらく気配を消す気は無いだろうな。
仕方がない。今日は夕食までこの2柱と語らうとしよう。
神々との語らいから3日後。時間は午前14時40分。地震発生の8分前だ。
私は今、小型高速艇を借りた船着き場まで来ている。
5万人もの人々が住んでいたこの街には、今はもう500人ほどの人間しか残っていない。
残っているのは、ホテルの関係者や、ギルドの職員、それから自分の住まう家屋に倒壊の心配が無い者達である。
彼等は全員この船着き場に待機している。そして中には膝をつき、両手を組んで私に祈りを捧げている者までいる。先程から私に信仰心がエネルギーとなって伝わってきているのだ。
いや、おかしくないか?確かに船着き場は小型艇を扱っている店舗を除けば特に建築物が無いから、建築物の崩落による被害は受けないとは思う。
だが、私が何とかするとは言ったが、海のすぐ傍なのだぞ?つまり、真っ先に津波が来る場所なんだぞ?いくら何でも私を信用しすぎじゃないか?
「私は神じゃないから、祈るのなら貴方達を今も見守っているルグナツァリオやズウノシャディオンに祈ると良いよ」
「勿論、2柱の神々にも祈りを捧げております」
「そしてそんな神々と同じぐらい、私達はノア様を信じております」
「どうか、我々をお救いください…」
やろうとしていることが既に人の範疇を越えているので、もう祈るな、などと言うつもりはないさ。諦めた。
だが、くれぐれも私を神だなどと思わないでくれよ?
さて、彼等には私が何をするのかを伝えておこう。多少の破壊を行ってしまう事も断っておかないとならないしな。
「私はコレから大規模のドラゴンブレスを放つ事で、津波の勢いを打ち消す。その際、この辺りをブレスに巻き込むから、船着き場をある程度抉ってしまう事になる事を先に断っておくよ?」
「承知しました…」
「津波を飲み込むほどのドラゴンブレス…!」
「本当に、そんな事が可能なのだろうか…?」
津波の勢いを打ち消すほどのドラゴンブレス。それは即ち、国すら飲み込むほどの規模と言って良いだろう。
私の話を聞いた住民が、実際にそんな事が可能なのか疑問を口にした。
疑問を浮かべる住民を、他の住民達が宥めている。
「俺達はノア様を信じるって決めたんだ。今更疑問に思うぐらいなら、さっさと避難してればよかったんだ」
「ノア様を見ろよ。全く不安な表情をしていないだろ?きっと、大丈夫だって!」
「信じよう、ノア様を。祈ろう、深海神様と天空神様に…」
「…そうだな。そうだよな。ああ、俺も祈るよ!」
今更な事だが、この星に住まう人間達は神に対する信仰が非常に厚い。
まぁ、今回のように実際に声をかけてる事で災害の被害を抑えたり、時には加護や寵愛を与えて助けたりして恩恵を与えているからだな。
さらに言えば決して良い事だけではなく、罰もしっかりと与えているから恐れられているし、今日まで信じられているのだろう。
それはきっと、永い、とても永い時間、神々が人間達だけでなくこの星の命を見守り続けてきたからだと思う。
そんな彼等と同じ感覚で信じられても、こちらとしては困るのだが、今は気にしている場合ではないだろう。
午前14時48分。時間だ。
「伏せて!」
やや語気を強くして住民達に身を屈めるように短く指示を出す。
ズウノシャディオンが伝えてくれた通り、時間丁度に地震が発生したのだ。
その揺れは非常に大きい。
"
耐震性の無い建築物は振動に耐え切れず、容赦なく倒壊していく。避難に余裕があっただろうから、貴重品などは持ち出せただろうが、それでも瓦礫の撤去などは大変になるだろう。
「ひ、ひいっ!」
「お、大きいっ!」
「深海神様!天空神様!ノア様!どうか我等をお救いください…!」
「大丈夫だ。きっと、大丈夫だ…」
「………!」
私が指示を出すと同時に、立っていた者達もすぐに伏せてくれたおかげで、揺れで転ぶような者はいないようだ。
では、そろそろ始めるとしよう。
自分の足元と背後に魔力の板を作り出して空間に固定する。
今の私が津波を打ち消すだけのブレスを放つ場合、船着き場の強度ではブレスの反動で地面が陥没して崩壊してしまうからだ。
腰を入れてしっかりと踏ん張り、背後の魔力板に尻尾をあてがい体を支える。これで準備は整った。
魔力は既に蓄積させていて、何時でもブレスを放てるようにしている。
息を吸い込み、自分の、これからブレスとして放出する魔力に意思を込める。
海面が動いた!今だ!
「『――――』ッ!!!!」
雨雲を消し飛ばした、あの時同様、声は出ていない。そして、あの時と同様に私の魔力の奔流が私の視界を埋め尽くす。
とは言え、今回は1ヶ所だけを照射していればいいわけではない。ここ以外の場所から津波が押し寄せてきてしまっては意味が無いからだ。
この辺りの海岸全体にブレスが行き届くように首を左右に振る。
船着きや砂浜を抉り取るように吹き飛ばし、津波を魔力の奔流が飲み込む。
抵抗は感じない。地震によって陸地に押し寄せようとした海水は、私の放った魔力の奔流に押しとどめられ、そして反対に沖の方へと押し流されていったのだ。
時間にして10分間。ブレスの勢いが収まり、視界が鮮明になっていく。
受け止められ、押し返された海水がやや激しく畝ってはいるが、街にまで影響はないと言って良いだろう。
私の足元を見てみれば、1m先は完全にえぐり取られた状態となっていおり、首を振った先も勿論、地面と呼べるようなものは綺麗サッパリ吹き飛ばされていた。
当然、小型高速艇の店舗も容赦なく吹き飛ばされてしまっている。
しかし、逆に言えば街の被害はそれだけとも言える。
このアマーレの陸地に、海水が到着する事は一切なかった。
振り返ってみれば、この場所に避難した全員が呆然と目の前の光景を眺めている。
「吹き飛ばしてしまった船着き場は、責任を持って私が直そう。もう大丈夫だ。津波は私が防いだよ」
私が津波の脅威を取り払った事を告げると、一斉に歓声が沸き起こった。
とりあえず、これでズウノシャディオンの頼みは果たした事になるだろう。
まぁ、大変なのはここからだろうがな。
復興作業、少しぐらいは私も手伝うとしよう。
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