閑話 若い細工師は神ならざる者に救われた 前
僕の故郷ピジラットはそれほど裕福な町じゃない。
一応、希少で綺麗な小鳥、プリースが多数生息している場所として国で保護されているし観光地にもなっている。
でも、それだけだ。町の人達の生活は決して貧しいワケじゃないけど、都会の人達と比べたらお世辞にも豊かとは言えない。
国が保護しているのはあくまでもプリースであって、僕達じゃないんだ。
国の人達にとっては、僕達よりもプリースの方が大事なんだろう。それは、僕が産まれるずっと前から変わっていない。
町の人達だってただ嘆いているだけ、というわけじゃない。少しでも町を盛り上げようと頑張ってる。
それでも、稼げるお金はたかが知れていた。町の人達の生活基準が向上するような事は無かった。
僕は、そんなピジラットのお土産の一つ、プリースをモチーフにした装飾品を制作する細工師の息子として産まれた。
僕は、プリースの事が好きだ。国が僕達を蔑ろにしているのはプリースが原因なのは分かっているけれど、それをするだけの価値があるんじゃないかって思ってしまうぐらい、プリースは綺麗で可愛らしい鳥だった。
初めてプリースの実物を見せてもらった時は、その外見に心を奪われた。それは、隣にいた幼馴染も一緒だった。
父さんがプリースの装飾品を作る仕事をしていると知った時は、とても誇らしい気持ちにもなった。
装飾品の売れ行きも食べていけるぐらいには売れていたから、父さんは僕の憧れだったし、自慢でもあった。
僕が10才になった時、父さんにお願いして、初めてプリースの装飾品を作る手伝いをさせてもらった。家族を養うためにも、少しでも父さんの負担を減らしたかったし、僕も父さんのようになりたかったからだ。
父さんも僕に後を継いでもらいたかったみたいで、仕事を手伝わせて欲しいと言った時は、とても嬉しそうにしてくれていた。
僕は他の人達よりも手先が器用だったみたいで、プリースの装飾品もすぐに作れるようになった。父さんに凄く褒められて、凄く嬉しかったのを覚えてる。
そのことを幼馴染に伝えたら、彼女も自分の事のように喜んでくれて、太陽のような笑顔で沢山褒めてくれてた。
「凄いよ凄い!お店に並んでるのと一緒だよ!ホーカーの家はあんたいだね!」
「う、うん、ありがとう。よ、良かったら、それ、あげるよ」
「良いの!?」
幼馴染に見せた装飾品は、練習用に作った物だから素材が違うし、商品として出すわけにはいかなかった。
だから、喜んでくれるならって思ってプレゼントしようと思ったんだ。
「うん。それ、見た目はそっくりなんだけど、素材が違うから、商品として出せなくって。だから、キーコにあげるよ」
「嬉しい!ありがとう!大事にするね!」
そう言って、幼馴染は満面の笑みで受け取ってくれた。
あの時の笑顔がとても眩しくて、真っ直ぐに見る事ができなかったのを、今でも覚えてる。
思えば、僕はあの時から幼馴染が、キーコの事が好きになったんだと思う。
幸せだった。
キーコや父さんに褒められたのが嬉しくて、僕は装飾品の制作にのめり込んだ。
僕は、僕が細工師になるきっかけをくれたプリースの事が、ますます好きになっていた。
暇を見つけてはプリースを見に行ったし、それ以外はもっぱらプリースの装飾品を作ってばかりだった。
僕が15才になった時だ。
僕の作るプリースの装飾品は、今までの物よりも質が良くなっていた。今では父さんの作品よりも僕の作品の方が良く売れるようになっている。
これも毎日のようにプリースを観察し続けた結果だ。彼等は大きさや色以外にも一羽一羽違いがある。
嘴の形状、爪の長さ、尾羽の長さ、探そうと思えばいくらでも見つけられた。
違いが分かるようになってくると、制作する装飾品も次第に本物の姿に近づいていったんだ。
いつものようにプリースを眺めていると、キーコが僕のところに来て隣に立った。
あの時渡した装飾品は、今も身に付けてくれている。
彼女は僕よりもがっしりとした体つきをしているけど、僕が好きな眩しい笑顔は、あの時と何も変わっていなかった。
キーコの家は、プリースの世話をするのが仕事だ。だから、この場所にいる事は何も不思議な事じゃない。
世話と言っても、直接プリースの世話をするわけじゃない。プリースの生活環境を維持、改善していくのが仕事だ。
それと、プリースは希少な鳥だから秘密裏に捕まえて金持ちに売ろうとするような密猟者がたまに現れるから、そういった者達を排除するのも仕事の一つだ。
キーコも厳しい訓練を毎日こなしているから、僕なんかよりもずっと強い。才能もあるみたいで、おじさんからとても期待されていた。
一緒になってプリースを眺めていたキーコが、こっちを見て声をかけてきた。
「またプリースを見に来たの?ホーカーは本当にプリースが好きだね」
「大好きだよ。僕を幸せにしてくれたから」
「プリースがホーカーを幸せにしたの?ホーカーは今幸せなんだ」
幸せだと答える僕に、キーコは不思議そうな顔をしている。
「幸せだよ。尊敬する人と一緒に仕事ができて、その尊敬する人に自分の能力を認められて、家族がみんなお腹いっぱいまでご飯が食べられる。それに…」
「それに?」
答えようかどうか、迷った。自分の気持ちを正直に口に出してしまうの、はとても恥ずかしかったんだ。
だけど、それと同じぐらい、この気持ちを僕の胸の中に留めておくことができないのも確かだった。
「君が隣にいてくれる。君の笑顔を一番近い場所で見ることができる。僕には、それがとても幸せなんだ」
「へ?」
気付いたら、自分の気持ちが口に出ていた。恥ずかしさよりも、気持ちを伝えたい思いの方が強かったみたいだ。
「キーコ、僕は君が好きだ。僕が初めて君にプリースの装飾品を見せた時、その装飾品をプレゼントした時、あの時見せてくれた君の笑顔を、今でも覚えてる。僕は、あの時から」
「ま、待って待って待って!いったん喋るの止めて!」
気持ちを吐き出し続けていたら、慌てた様子でキーコから止められてしまった。
見てみれば、キーコの顔は今まで見た事が無いくらい真っ赤になっている。とても可愛い。
大きく深呼吸してから、キーコが真っ直ぐに僕を見つめる。顔は相変わらず真っ赤にしたままだ。
「もう、いきなり告白されるだなんて思ってなかったわ!びっくりしちゃったじゃない!」
「えっと…なんか、ごめん」
「や、その…謝ってほしいワケじゃなくて…ううー…」
「キーコ?」
どういうわけか、ばつが悪そうにしている。
少しして、もう一度大きく深呼吸をしてから頬を思いっきり叩いた後に、もう一度僕の事を真っ直ぐ見つめだした。
相変わらず顔は真っ赤だけど、この赤さは恥ずかしいからなのか頬を叩いたからなのか、良く分からなかった。
「準備できたわ!もう一度言って!」
「ええ?」
「言って!!」
どういう事なのか、良く分からなかった。
もう一度言ってほしいと言われても、僕は意識せずに気持ちが口から出てただけなんだ。
意識しながら言おうとしても、緊張してしまってまるで言葉に出来そうにない。
「ぼ、ぼぼぼ、ぼぼ…」
「………」
キーコが呆れた表情で僕の事を見ている。
こんなんじゃ駄目だ!折角キーコが僕の気持ちを受け止めようとしてくれているのに、肝心なところで言葉が出ないなんて、キーコに幻滅されてしまう!
僕がどうしたいのか、キーコとどうなりたいのか、その思いを言葉にしてここで伝えるんだ!
「好きです!僕と付き合ってください!」
「………」
キーコの反応はなかった。頭を下げて告白したから、どんな顔をしてるのかもわからなかった。
僕は、振られてしまうんだろうか?
そんな事を考える間もなく、聞こえてきたのはキーコの噴き出した声だった。
「ぷっ…あははは!もう、ホーカーってば、なんでそんなカチカチになっちゃうのよ!さっきまでカッコよかったのに台無しじゃない!あはははは!」
「そ、そんなに笑う事かい!?」
キーコの反応から断られる事は無さそうでホッとしはしたけど、こんなに笑われるとは思わなかった。
さっきの告白と今の告白だと全然違うらしい。
「だって、さっきまであんなにキリッとした顔で気持ちを真剣に伝えてくれたから身構えてたのに、今度は緊張してどもりながらの告白なんだもん!おかしくて笑っちゃうよ!あははははは!」
「そ、それで…返事を聞かせてもらっても良いかな…?」
結局、僕の告白は受け入れてもらえるのか、それとも振られてしまうのか、僕はその事が気がかりで仕方が無かった。
今思うと、もうちょっと言い方があったと思う。
ひとしきり笑った後、キーコは人差し指を僕に突き出してこう言った。
「一つだけ条件!時期が来たら、改めてカッコイイ告白をしてもらうわ!それが飲めるのなら、付き合ってあげる!」
キーコは悪戯っぽく笑いながら、そう告げてきた。
今まで見た事のない顔だった。こんな顔も出来るんだって思うと同時に、そんなキーコも愛おしく感じて、嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「うん!約束するよ!その時は、とびっきりのアクセサリーと一緒に告白させてほしい!」
「ホント!?約束したからね!?忘れないでよ!?」
こうして僕達は付き合う事になった。
あの時のように、僕がキーコを好きになった時の良うに、一番の出来のアクセサリーをプレゼントして告白しよう。そう、心に誓った…。
本当に、幸せだった…。
そんな幸せは、僕が20才になった時に、唐突に終わりを告げた。
キーコに改めて告白をするために、コツコツ貯めたお金で高価な材料を集めて、キーコのための、キーコだけに付けてもらうアクセサリー、番のプリースのブローチを作っているところだった。
大好きなキーコのために、僕にこの幸せを得るきっかけを与えてくれたプリースに感謝を込めて少しずつ作っていたんだ。
プロポーズの時に初めて見せて驚かせようと思っていたのだけど、作ってる途中でキーコにバレてしまった。
バレてしまった時はあの時のような悪戯っぽい笑顔をされたけど、とても嬉しそうにもしてくれた。
渡した時には、きっととても喜んでくれる。そう思って、僕は一層作業に夢中になった。
ブローチが完成間近になった日の夜、僕はキーコが病で倒れた事を知らされた。
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