第284話 理想の結婚相手
演奏会も終り、私達は食堂に移動して夕食を堪能しているところだ。
やはり演奏はいい。自分が望む音を、曲を思うままに奏でる事ができるのが、とても楽しいのだ。
楽器を奏でていると、つい夢中になって時間を忘れてしまうのが欠点と言えば欠点ではあるが。
「夢中になるというのも考え物だな。まさか、あっという間に夕食の時間になってしまっていたとは…」
「念のため用意しておいた時計が無ければ、夕食の時間も忘れていたかもしれませんね…」
「………うん。今日も、夕食が、お美味しいね…」
現在、私の気分は落ち込んでいると言っていいだろう。正直、やらかしてしまったとしか思えない失態をしでかしたからだ。
「あ、あの、ノア様の『格納』なら殆ど時間の経過が無いのですよね!?い、いつでも食べられるのではないでしょうか!?」
「…オスカー、何時間も放置されていたお菓子って、出来立てのものより美味しいと思う?」
「あう…」
やらかした。そう、やらかしたのだ。
楽器の演奏に夢中になるあまり、海外のお茶も、お茶菓子も、どちらも口にするのを忘れてしまっていたのだ!
やはり、お茶やお茶菓子が配られてから演奏を始めるべきだった!
いつの間にやらお茶もお茶菓子も私達の眼前に配られていて、私達は夕食の時間まで、それらを放置していたのだ!これを失態と言わずに何と言うのだ!
一応、お茶はその場で飲み、お茶菓子は『収納』空間に保存はした。だが、明らかに出来立てで暖かさもあったものがすっかりと冷めて品質が劣化していたのだ。
この落胆は、"猫喫茶"の扉を開けて店の中ががらんとしていた時の落胆ぶりにも匹敵する。出来る事なら、淹れたてのお茶や出来立てのお茶菓子を味わいたかった…。
「なに、そこまで落胆する事は無いだろう。『姫君』様はまだこの街に、私の屋敷にいてくれるのだろう?ならば、機会などいくらでもあるさ。何なら、明日早速お茶会でも行うかい?」
「ありがとう、ジョゼット。頼めるかな?ついでで悪いけれど、紅茶以外のチャノキの葉も味わってみたいね」
「勿論、用意させてもらうよ。楽しみにしていてくれ」
流石は侯爵。この程度の事ならば容易に用意できるのだろう。ジョゼットには感謝しないとな。
そういえば、今朝届いたという招待状の返事は既に送ったのだろうか?
「問題無いよ。既に返信済みさ。しかし、本気なのかい?」
「ああ、城には私1人で向かう事にするよ。リアスエクとは、個人で話しておきたい事があるんだ。私が城にいる間は、オスカーは"猫喫茶"にでも行って時間を潰していると良い」
「あ、いや、その、それなら、そろそろこの街の騎士舎の方々に顔を出しておこうかと思います…」
そういえば、アクアンに来てからというもの、オスカーはこちらの騎士舎には一度も顔を見せていないのか。
ジョゼットから止められていたというのもあるが、一度も顔を出さないというのも、やはり失礼に当たるのだろうな。
「む…。騎士舎に顔を出すのかい?」
「駄目、でしょうか…?」
「無理に止めるつもりは無いのだけどね、オスカー。以前にも言った通り、君が騎士舎に顔を出せば、間違いなく質問攻めにされるよ?」
ジョゼットとしては、オスカーが騎士舎に顔を出すというのは賛同しかねる行為らしい。不満気な表情を隠そうともしていない。
質問攻めにされる事を理由にしているようだが、何か別の理由がありそうだ。
「ジョゼット、ひょっとしてオスカーを狙っている女性騎士が騎士舎に居たりするのかな?」
「ええ?」
「むぅ…」
余計にジョゼットが不機嫌になってしまった…。当たっている、と言う事でいいのだろうか?
「鋭いね、『姫君』様は。そうなんだよ、いるんだよ。分不相応にもオスカーを狙っている小娘共が…」
「小娘とはまた随分と辛辣じゃないか。オスカーの同年代と考えれば、当然じゃないのかい?」
ジョゼットはオスカーを狙っているというオスカーと同年代の女子が気に食わないらしい。
いや、待てよ?オスカーと同年代の女性?騎士でか?
15才と言うのは、騎士になれる最年少の年齢だ。だが、生半可な実力では最年少で騎士になる事など不可能でもある。
騎士になる一般的な年齢は国によって大きく異なるが、アクレイン王国の場合は大体が20台後半だ。
勿論、最速で宝騎士になったタスクのような天才もいない事は無いが、そういった例は非常に稀と言っていいだろう。
つまり、ジョゼットの語るオスカーを狙っている同年代の女性というのは、騎士では無いと言事か。
「騎士舎の清掃や食事、洗濯と言った家事全般を任されている従士候補達だよ。まぁ、家政婦みたいなものさ。あの小娘共はオスカーの従者の立場を狙っているのさ」
騎士には従者という、騎士の身の回りの世話をしたり戦闘の補助を行う役職が存在する。
とは言え、国によってあったりなかったりなのだが、アクレインにはある、という事だろう。
ティゼム王国やファングダムには無かった役職だった筈だ。少なくとも、私の滞在中には見かけなかった。
「オスカーの従士になるために少しでも好印象を得ようとして、この子に対して色目を使ってくるに違いないのさ」
「そんなにオスカーは人気なの?」
「当然だとも!なんたって最年少で宝騎士の地位に上り詰めた、あのタスクの秘蔵っ子なんだよ!?しかも、そのタスクが確実に大騎士になれると太鼓判を押しているんだ!高位の騎士に仕える事ができれば、従者も騎士に昇格できる可能性が大幅に上がるんだ!狙わない手はないんだよ!」
随分と熱弁するじゃないか。どうやらジョゼットは、オスカーの実力についてタスクから色々と聞き知っているらしい。
ジョゼットは騎士になれる可能性が大幅に上昇すると言っているが、騎士になるにはその人柄も重要になってくるはずだ。
その審査は非常に厳しいと、これまで知り合った騎士から聞いた事がある。それとも、この審査も国によって変わるのだろうか?
「そもそも、従者の時点で騎士に相応しい精神性を求められるからね。その点は心配していないさ。だがね!だがねだよ、『姫君』様!オスカーを見てごらん!こんなに可愛らしいんだよ!?こんなに可愛らしいオスカーがどこの馬の骨とも知れない小娘に色目を使われる事が、私には我慢ならないんだよ!!」
「そう………」
「…」
物凄い熱弁ぶりだ。ジョゼットは本当にオスカーの事が好きなんだな。何だか、オリヴィエを語るリナーシェを思い出させる。まぁ、リナーシェほど多弁ではないので気は楽だが。
そういえば、騎士と従者が異性であった場合、そのまま結婚する事が多いという話もよく聞いたり本で目にするな。つまり、オスカーを狙っている従者候補達は、オスカーとの結婚を狙っていると言う事か。
それはそれとして、オスカーに対して凄い愛情を感じるな。多分違うとは思うのだが、一応確認しておくか。
「ジョゼットはオスカーと結婚したいの?」
「ノア様!?」
「違うんだ。違うんだよ『姫君』様!確かに私はオスカーを心から愛してはいるが、それはあくまで家族、そう、弟として愛しているんだ!この感情は恋愛感情では無いのだよ!」
「…そりゃあ、まぁ、僕とジョゼット様とでは年齢が大きく離れてますからそうなのでしょうけど…」
あ、オスカーの表情が少しだけ暗くなった。さっき私がジョゼットに訊ねた時、急激に顔を赤くしていたからな。この子には少なからずそういった感情があったのかもしれない。
仄かな淡い恋心とやらを抱いていたところに、本人からハッキリと対象外と言われてしまったら、流石に気落ちしてしまうのは仕方が無いのだろう。
「そんな愛すべき弟同然のオスカーに、気安く色目を使うような輩なんて認めたくは無いのだよ!」
「なら、ジョゼットはどういう相手ならオスカーの相手として認めるのさ」
「え?あの、この話続けるんですか?」
「「勿論」」
こんなところで話を止めてしまっては中途半端にも程があるからな。少なくとも、ジョゼットが認めるような女性像が分かるまでは続けるとも。
「そぉ…だねぇ…。何でもかんでもオスカーに頼るような者は論外だね。やはり伴侶となるのなら肩を並べられる、対等な関係でいられるような相手でないと…」
「対等ねぇ…。それじゃあ、出身国は?」
「それは何処だって構わないさ。まぁ、流石に今後戦争が起きてその相手国の人物が…。というのなら止めはするがね。確実に面倒になる」
「戦争になる予定、あるの?」
「無いよ。この魔大陸で戦争を起こそうとするのは、よほど追い詰められた国かあるいは、少し小突けば落とせて尚且つ旨味たっぷりな国だけだよ。現在、そんな国はこの魔大陸には存在しない」
まぁ、そうだな。実を言うと、世界有数の大国と呼ばれる国がその戦争になる可能性があったのだが、いちいちその事実を口にする必要はない。
しかし、意外な事にジョゼットが求める相手の条件というのは、それほど厳しくないようだな。
いや、オスカーと対等な関係を築ける相手と言うのは、厳しいと言えば厳しい条件なのか?
「それなら、仮にジョゼットが認めるような相手が外国の人間で、オスカーが相手側に婿へ行くというのは?」
「うーむ…。流石にそれは国にもよるな…。戦争が起こる心配はないとは言え、何処の国とも仲がいいというわけでは無いからね…。やはり婿に行くのなら、仲の良い国でないとだな」
「あの…僕の意見は…」
私達がこうしてオスカーの結婚相手に相応しい人物で盛り上がってるところに、至極まっとうな意見が割って入って来た。
それはそうだ。オスカーの意見を無下にしてはいけない。
「最終的に決めるのはオスカーさ」
「そうだね。オスカーが心に決めた人がいるというのなら、悔しいけれど私は涙を呑んで認めるとも。それはそれとして、こういう会話は楽しいから、もう少し続けさせておくれ」
「は、はぁ…」
そう、ジョゼットとのこの会話は、あくまでもジョゼットの要望を放しているだけであり、実際に決めるのはオスカーの意志だ。
オスカーが番とする相手を決めるのに、ジョゼットの意志を通す必要はない。
だが、それはそれとしてオスカーにとっての理想の相手を語る事は、ジョゼットにとって楽しい事なのだ。例え話題の中心人物である本人が引きつっていようとも、今更止められないのだろう。
実を言うと、私も少し楽しくなっている。
しかし、ジョゼットの言う条件、実を言うと当てはまる人物が私にはいる。
それもとびっきりの相手だ。将来的にはオスカーと肩を並べるどころか、オスカーを追い抜くだけ実力があると確信している女性だ。
「おや、『姫君』様。その表情、ひょっとして、オスカーの相手に相応しい人物に心当たりが?」
「鋭いね。外国の人間で良ければ、1人いるよ」
「興味深いじゃないか!誰なんだい!?この場で口に出したんだ!勿論教えてくれるのだろう!?」
いい食いつきだ。それにしても、本当にテンションが高いな。よほど私がオスカーの相手に相応しいと認める相手が気になるのだろう。
まぁ、正直現時点で私が知る中では最適な人物だとは思っている。現状ならば相手の条件も満たしているからな。
これが私の自惚れでなければ、きっとジョゼットも相応しい相手だと認めるくれる筈だ。
まぁ、彼女を狙っている彼女の幼馴染達には申し訳なく思うけども。
「シャーリィ=カークスだよ。実力としては今はオスカーの方が上だろうけど、あの娘ならすぐに追い越すだろうね。直接面倒を見た事があるから分かるんだ」
「…っ!?…随分ととんでもない人物の名前を出したものだね…」
「不服だったかい?私としては申し分ない相手だと思うけど」
「や、あの…。恐れ多いのですが…」
ジョゼットもオスカーも、シャーリィの事は知っていたらしい。私が彼女の名前を出すと、二人とも引きつっていた。
オスカーはともかく、ジョゼットまで引きつるとは思っていなかったのだが…。
「『姫君』様?シャーリィ=カークスと言えば、大抵の人物が知っている人物だよ?何せあの
「シャーリィ自身は、オスカーの事を良いライバルとして気に入りそうなんだけどなぁ…」
「もう少し、こう、丁度良い相手っていないのかい?」
今のところいないな。もっと色々な場所に訪れて、多くの出会いを経験すれば見つからない事も無いかもしれないが、現時点ではコレが最適解だと思っている。
ここは一つ、シャーリィについて2人に知ってもらうとしよう。
シャーリィの事を話している内に、夕食も綺麗に平らげたようだ。それどころか、話が盛り上がったせいか、今日はやや遅くなってしまった。
なんとか稽古の時間には間に合いはしたが、私達が稽古場に就く頃には既に全員が稽古を受ける者は全員集まっていた。
普段よりも遅かったから、何かあったのかと心配されてしまった。
素直に食事中の会話が盛り上がった事でおくれてしまった事を謝罪し、今日もいつも通りの稽古を行う事にした。
稽古が終われば風呂に入って就寝である。
貴族の屋敷、それも侯爵家の風呂だ。ファングダムのスイートルーム以上に広々とした空間で毎日ゆったりと風呂を堪能させてもらっている。
今日もそんな贅沢な風呂を堪能してから『
そうして幸せな一日を終え、翌日。
いつものように新聞に目を通し、朝食を終え、冒険者ギルドに顔を出し、私が受注してもいいと思えるような依頼を受付に訊ねようとした時だ。
「あの、ノア様…。デヴィッケン=オシャントン会長から指名依頼が発注されています」
非常に申し訳なさそうな表情で、私が訊ねる前に受付嬢が告げてきた。
ついに来たか。
正直、来るとは思っていたがあまりいい気分ではない。
昨日の幸せな気分の就寝と今朝の目覚めが台無しである。
デヴィッケンめ、どうしてくれようか。
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