第283話 演奏会
昼食を取りながらジョゼットから招待状の詳細を聞いている。何も招待状が来たからと言って今すぐ城に来いという話ではないだろうからな。
仮に今から来いという内容ならば、望み通り『
「いつリアスエクに会いに行けばいいのかな?」
「それがね、招待状を送ってきたとは言ったけど、まずは城に来てもらえるか、自分に会ってもらえるかの確認を取って欲しい、という内容だったよ」
「日時はまだ決まっていない?」
「決まっていないどころか、断られたらそれまで、と考えているのだろうね。流石の国王陛下も、『姫君』様の不興は買いたくないらしい」
面倒くさそうにジョゼットが答える。
ジョゼットに宛てられた招待状に目を通してみれば、堅苦しい文章がつらつらと述べられていた。
内容を要約すると、私がリアスエクに会うための都合をつけて欲しい、というものだった。同じ屋敷で生活しているのだから、説得して欲しいのだろう。
招待状の内容は説得だったが、ジョゼットは確認を取る、と言っていた。彼女は私を説得する気が無いのだろう。
リアスエクに会うかどうかは私の意志にゆだねる、と言う事か。
正直言って、渡りに船である。私としてもリアスエクには用事があったからな。
直接会って、アークネイトの事を伝えておこうと思っていたのだ。
ファングダムのレオスには、未だにアークネイトの行方を捜索しているアクレインの人間がいるからな。いい加減、彼等には国に帰ってもらわないと。
私がファングダムを出てから既に1ヶ月以上が経過している。
そろそろ魔石製造機も正式に稼動し始める頃だろう。外国人にはその様子を見られたくない筈だ。下手に真似をされて事故でも起こされては、堪ったものではないだろうしな。
国の最高権力者が事情を知って帰還命令を出せば、アークネイトの行方を捜索している者達も大人しく戻って来るだろう、というのが私の考えだ。
それ故に、リアスエクに会うこと自体は問題無いのだ。
まぁ、何故彼が私に会いたいのかは、送られてきた招待状からは読み取れなかったのだが、それは直接本人から聞けばいいだろう。彼も呼んだ理由ぐらいは説明するだろうしな。
「実を言うと、私もリアスエクには用があったんだ。招待に応じるとしようじゃないか」
「意外だね。陛下に用事がある様には見えなかったのだけど」
「見せていなかったからね。この話はもういいんじゃないかな?それよりも、食後の話をしようじゃないか」
「おお!そうだね!それが良い!」
そんなわけで招待状の話は切り上げ、その後は食後の演奏会についての話を行う事にした。
ジョゼットは、私が楽器を演奏できるという話を知ってから今の今まで、ずっと演奏会を楽しみにしていたようだ。
ジョゼットが招待状という名の国王からの要望書を受け取ったのは、私達が屋敷を出てわりとすぐの事だった。
楽しみにしていたイベントがもうすぐ始まる事に舞い上がっていたところに、水を差すような手紙が来たわけだ。彼女が不機嫌になっていたのは、そういう事だった。
そんなわけで一度招待状の事は頭から切り離し、楽しみにしていたイベントについて話を戻す事にした。
不機嫌なまま演奏会を始めても、あまり面白くないだろうからな。
私の方から伝えた内容は、どういった楽器を使用するか、演奏する曲はどういった曲なのかを説明させてもらった。
ジョゼットからは演奏会で振る舞う海外のお茶と茶菓子についての説明をしてもらった。基本的に苦みや渋みがある飲み物ではあるが、中には砂糖も入れていないのに甘いお茶もあるらしい。
やはりお茶というものはコーヒーに負けず劣らず奥が深い。
と言うか、私が普段から好んで飲んでいる紅茶も、茶葉の状態によって大きく味が変わる事を教えてもらった。
そもそも、紅茶と言うのはチャノキと呼ばれている小さな木の葉を加工した物であり、その葉の状態が紅いから紅茶と呼ばれているのだとか。
そして紅茶の茶葉が紅いのは、茶葉をある程度発酵させているからであり、発酵しないまま使用する茶葉や完全に発酵させる茶葉もあるらしい。
そんな事を説明されると、海外のお茶も飲んでみたいが、発酵段階を変えたチャノキのお茶も飲んでみたくなってしまう。
しかし、海外のお茶を所望したのは他ならぬ私だ。演奏会では大人しく海外のお茶を楽しませてもらうとしよう。
お茶菓子は基本的に甘いものを出してくれるらしい。
そして食感は多種多様らしいのだ。クリームをふんだんに使用した柔らかい物や、叩けば音が鳴るような硬いお菓子まで、様々だ。
実物は演奏会が始まってからのお楽しみらしい。ジョゼットもなかなかに焦らしてくれるものだ。
まぁ、それを言ったら私もジョゼットを焦らしているのかもしれないが。
昼食を終え、私達は3人共稽古部屋へと移動した。
稽古と言っても、戦闘技術を学ぶための部屋ではなく、貴族の作法やダンスを習う部屋のようだ。ジョゼットも幼い頃は使用していたらしい。今は使用していないらしいが。
そういえば、ジョゼットの家族を私は今のところ見ていない。彼女が侯爵という地位についている以上、両親は他界していると考えるべきか。もしくは引退して後を継いだのか。どちらにせよ、この屋敷にいないのは間違い無いな。
結婚もしていないので、彼女は独身である。だが、彼女は特に相手を求めているようにも見えない。相手に当てがあるのだろうか?
やたらオスカーの事を可愛がっているし、まさか後々自分の夫にするつもりなのだろうか?
…これはジョゼット自身の問題だし、悩んでいるようにも見えないのだ。一々聞くのは野暮というヤツだな。相談されたのなら、聞き手ぐらいにはなるとしよう。
「この部屋ならば防音処置も完璧だからね。思うままに演奏してくれ!」
「お言葉に甘えて、存分に演奏させてもらうとしよう」
お茶やお茶菓子はまだ運ばれてきてはいないが、ジョゼットは既に待ちきれない様子だ。早速演奏会を開催させてもらうとしよう。
先ずは弦楽器のビオラからだ。演奏する曲は緩やかで落ち着ける曲調のものを演奏しよう。
深い森の中、川のせせらぎを耳にしながら一際大きな木の幹に背をあずけて休憩していると、不思議と森の動物達が自分の元まで集まってくる。そんな状況を表現した曲だ。
私はこの曲がとても好きだ。"楽園"の広場で音楽を演奏した場合、まんまその通りの状態になるからな。親和性が凄いのだ。
皆に囲まれながら楽器を演奏している時の光景を強く思い浮かべながら、思いを込めて演奏をする。
「「………」」
ジョゼットもオスカーも、反応が無い。だが、興味が無いワケでは無いようだな。目を閉じて、静かに音楽に耳を傾けているようだ。
曲を演奏し終わると、勢いよくジョゼットが立ち上がり、拍手を送ってくれた。
かなり強く手を叩いているようだが、痛くないのだろうか?大丈夫らしい。
「素晴らしい!!貴女は芸術の天才か!?目を瞑った瞬間に森の動物達に囲まれる光景が目に浮かんできてしまったよ!?」
「ありがとう。やはり物を作る時も音楽を奏でる時も、思いを込めるというのは重要なようだね」
「凄かったです…。森の香りまで伝わってきたような気がします…」
オスカーも私の演奏を気に入ってくれたようだ。どうやらあの子もジョゼットと同じく森の動物達に囲まれる光景が目に入っていたようだ。
「それにしても、不思議な動物達でしたねぇ…」
「うん?」
「動物、というよりも魔獣じゃないかな?アレは。角の生えた巨大なクマだったり、純白と漆黒の巨大なカラスだったり…」
「とても大きなイノシシさんや、鎧のようなものを足に纏った大きなウサギさんもいましたねぇ…。とっても可愛かったです…」
「うんんっ!?」
「ノア様?」
「どうかしたのかい?」
どうかしたもこうも無い!なんてこった!思いを込めすぎたとでも言うのか!?私の思い浮かべていた光景がそのまま2人に伝わってしまっている!
それ自体は別に構わないのだが、家の皆の事を人間達に知られるのは、今はまだ拙い気がする!
下手に人間達に知られては、無理にでもあの子達に会おうとする者が現れてしまうかもしれないのだ!
それの何が拙いのか。まず、あの子達の正体を知ろうとするだろう。
人間は未知の存在を恐れる。恐れるが故に未知なるものを知ろうとする。
それでも理解できなければ、過激な者は排除しようとする。いや、中には理解しようともせずに排除しようとする者すらいる。まぁ、今はそれはいい。どうせ排除しようとしてもできないからな。
それよりも、正体を探ろうと躍起になることの方が拙い。
人間の発想力は凄まじいからな。人間達の中には未知の存在であるあの子達を"楽園"の住民と紐づけ、最終的に私が"楽園"の主であるという真実にまで到達する可能性があるのだ。
私の意図しないタイミングで私の正体が知られてしまうのは、私の望むところではない。
「あー、その動物達の事なんだけどね…。出来る事なら、黙っていてもらえると助かる」
「となると、ひょっとして私達に伝わってきたあの光景は、『姫君』様にとっての現実、実際にあった光景、と考えていいのかな?」
「つまり、ノア様はあの動物達に囲まれて生活している、と言う事ですか?」
2人共察する能力が高すぎないか?黙っていて欲しいというだけでそこまで分かってしまうものなのか?
「ふぅむ。見た事のない魔獣だからねぇ…。口外すればその正体を知ろうとするために生息地を必死になって探すだろうねぇ…」
「ノア様と一緒に暮らしていると考えると、常人では辿り着けないような場所にいるんですよね…?」
いかん!2人共想像力が豊か過ぎる!このままでは私含めてあの子達が"楽園"の住民である可能性に辿り着いてしまう!
仕方があるまい。多少強引ではあるが、思索するのを止めさせてもらおう。
「そこまでにしようか。今は演奏会の時間だよ?」
「っ!?す、すみません…!」
「まいったね…。危うく『姫君』様の不興を買うところだったようだ。まったく、自分の好奇心が恨めしいものだね」
ふぅ。危なかった。とは言え、流石に魔力を用いての威圧はやり過ぎだったのだろうな。ジョゼットもオスカーも、私に対して若干怯えの感情を表している。
次の演奏はそんな怯えの感情を吹き飛ばすような勇敢な曲を奏でるとしよう。
この曲は、数百年前にとある国の一大事を救った英雄を称えた曲だ。国の首都に襲来した巨大な魔物を、僅か5人の英雄達で退けたのである。
魔物の攻撃を真っ向から受け止め街に住む者達を守る姿は、これ以上なく頼もしく映っただろうし、魔物の勢いや姿に怯むことなく立ち向かう姿には誰もが勇気づけられたと伝わっている。
巨大な魔物、となれば私が知っているのはやはりドラゴンだな。流石にヴィルガレッドの姿を2人に見せるわけにはいかないから、"ドラゴンズホール"で遭遇したハイ・ドラゴンの姿を想像しておこう。
件の英雄譚には、英雄達の明確な姿は描かれていない。そのため顔を想像する事ができないが、問題無い。魔物に立ち向かう姿が勇気づけられたというのだから、後姿だけで十分な筈だ。
眼前で放たれるドラゴンブレスを受け止め、勇猛果敢に巨大なドラゴンへと立ち向かっていく5人の姿を想像しながら演奏した。楽器は変わらずビオラのままだ。
演奏を終えてみれば、先程の怯えの感情は何処へ行ってしまったのか、2人共目を輝かせて私の元まで駆け寄ってきた。
「最高じゃないか!あれほどまでに恐ろしいドラゴンなど、今まで見た事が無い!そんなドラゴンのブレスが放たれ、絶体絶命かと思ったところで颯爽と現れ、ブレスを受け止める英雄の姿!なぁ、こんな光景を見せられたら、憧れるなという方が無理だろう?」
「ジョゼット様、あのドラゴンはただのドラゴンでは無いですよ?アレはきっと、ドラゴンの上位種、ハイ・ドラゴンです。そんなハイ・ドラゴンにまるで怯む様子も無く立ち向かう姿、騎士として目指すべき姿が見えたような気がします!」
大絶賛である。今回もまた、私が思い描いた光景がそのまま2人に伝わってしまったようだ。
ここまで来ると、果たして音楽を伝えているのか私の想像した映像を伝えているのか、分からなくなってしまうな。
「ええっと、2人共?音楽を聴いてくれているんだよね?」
「「勿論だよ(です)!!」」
ちゃんと音楽も楽しんでくれているようだ。それならば、気にする必要もないか。
思いのままに演奏をして、心行くまで楽しんでもらうとしよう。
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