第330話 修業開始!


 湿地帯を抜けたらいよいよ"ワイルドキャニオン"の最深部。この場所もまた密林地帯であり、全高20m~30mの樹木が乱立している。

 今は鼠の月。季節で言うなれば大抵の樹木が葉を散らしている真冬の季節なのだが、ココが魔境だからなのか、樹木には"楽園"同様青々とした葉が生い茂っている。

 果実を実らせている樹木もあるので、後で採取して味を確認してみよう。


 先程の湿地帯と違い、今回はしっかりと地面がある。

 尤も、地面があるにはあるのだが堅い木の根があちこちに張り巡らせているうえ、直径40㎝近くある石がそこかしこに埋まっているため、非常に凹凸が激しい。それ故に湿地帯の方が足場は安定しているといえるのだ。


 この辺りに出現する魔物は鳥や獣の類が多い。

 そう、獣だ。つまり、私にとってのパラダイスである!少し辺りを見渡せば、そこかしこにモフモフな生物が確認できるのだ!非常に癒される!


 「ノア様、なんだかすごく嬉しそうですね」

 「うん。私はモフモフな鳥や獣が特に好きでね。この辺りにはそういった魔物が多いから、見ているだけでも癒されるんだ。ほら、あそこにいる鹿なんか、つぶらな瞳がとても可愛らしいだろう?」

 「えっ?鹿…?って、うげぇっ!?」

 「あ、アレを本気で可愛いって言えるのは、ノア様ぐらいしかいませんよ…」


 こちらに視線を向けていた全高3mほどの鹿を指して、私が動物好きな事を伝えたのだが、その姿を確認した"ダイバーシティ"達は辟易とした表情をしている。


 それもその筈、私が可愛いといった鹿の強さは、"ワイルドキャニオン"でも最上位に位置する魔物であるグレイブディーアなのだ。


 グレイブディーア。

 身体能力もさることながら、非常に強力な大地操作魔術を駆使する生まれついての魔獣だ。しかも強力な個体ならば魔術どころか魔法も使用する。

 そして草食動物でありあの外見であるというのにも関わらず、非常に好戦的な魔獣でもある。


 動きが非常に素早く跳躍力もあるので、跳躍してからの奇襲攻撃や、そこからの魔術による全方位攻撃が得意戦法だ。


 オスの場合はコレに加えて角による突撃や斬撃が追加される。

 グレイブディーアの角は人間達からすれば非常に頑丈で、生半可な攻撃では傷一つ付ける事ができない。更に先端は鋭くとがっている場合が多いため、頭を下げて突進されると非常に危険なのだ。

 "ダイバーシティ"達が着用しているミスリル製の鎧も、魔力を纏わせていなければ容易に貫通させてしまうだろう。


 "ダイバーシティ"達ならば倒せないことはないだろうが、それはグレイブディーアを討伐する前提でしっかりと前準備をすることが条件となっているだろうな。しかも1体だけだ。連戦など以ての外だろう。


 まぁ、今回の修業では何体も相手してもらうことになるのだが。


 可愛らしい動物を斃すことに心苦しさはあるが、彼等の命は無駄にはしない。その血肉、骨や毛皮は隅々まで利用させてもらうとしよう。

 特に、先程私が可愛いと指摘したグレイブディーアなど、とても引き締まった筋肉をしていたので、とても美味そうにも見えたのだ。


 私が"楽園"の主だからだろうか、"楽園"の鳥獣達に対してはまるで食欲がわかなかったが、"ワイルドキャニオン"ではそうでもないらしい。



 グラシャランが住まう最奥の湖から1㎞ほど離れた場所に、キャンプをするのに非常に適した河原を確認できた。

 ここをキャンプ地兼修業の拠点にさせてもらうとしよう。


 河原にも当然魔物がいたのだが、それはランドドラゴンが蹴散らしてくれた。

 "ワイルドキャニオン"最深部ともなれば、流石に飛爪の一撃だけで斃せるような相手ではなかったのだが、飛爪はこの子にとっては露払い程度の技だったようだ。


 魔力を纏わせた爪撃や尾撃に加えて強靭な顎による噛み砕き。

 この子のランドドラゴンとしての基本的な攻撃は、"ワイルドキャニオン"最深部の魔物達といえど、耐えられる威力では無かったのだ。


 とにかく、周囲が静かになったので、魔物がこの辺りに入り込まないように半径100mほどを範囲に結界を張っておこう。それが済んだら早速修業開始だ。


 結界を張り終わったら私以外の全員にそれぞれの身体能力に合わせて『重力操作グラヴィレーション』を施す。"ダイバーシティ"達だけでなく、ランドラン達もランドドラゴンも全員だ。


 「いぎっ!?」「う゛っ!」「な゛んっ!?」

 「「「「クケェッ!?」」」「ギュワゥッ!?」

 「ノ、ノア様!?こ、これは…!?」


 あまり大きな負荷を掛けたつもりは無かったのだが、全員が驚き戸惑っている。

 ティシアが私に何をしたのか訊ねて来たので、正直に答えることにした。


 「『重力操作』。貴方達全員に重量負荷を掛けたよ。今から修業を終えて"ワイルドキャニオン"を出るまで、貴方達には重力負荷が掛かった状態で過ごしてもらう。食事をしている時も、風呂に入っている時も、寝ている時もだ」

 「「「「「はいっ!?」」」」」

 「しばらくすれば重力負荷にも慣れてくるだろうから、そのたびに負荷は上昇させていくよ。楽ができるとは思わないように」

 「つ、つまり、ここにいる間はずっと、この感覚が付きまとうってこと…?」

 「お、思った以上にきつそうな修業になりそうだ…」

 「へっ!典型的だが、分かり易くていいじゃねぇか…!やってやるぜ!」


 私が修業の内容の一部を説明すると、アジー以外の"ダイバーシティ"の面々が肩を落としている。修業を始める前からそれで、大丈夫なのだろうか?ランドラン達だって最初は戸惑いはしたが、今はもう平然とした顔をしているぞ?

 あの子達にも負荷は掛かっているが、それでもなお、"ダイバーシティ"達を乗せた状態で走ることが可能なのだ。このままでは自分のランドラン達に下に見られてしまうかもしれないぞ?頑張りなさい。


 まぁいい。修業を始めよう。

 ランドドラゴンから降りて彼の顔を撫でながら語り掛ける。


 「その状態でこの辺りの魔物と戦ってくると良い。普段よりも体が動かし辛いだろうから、良い鍛錬になる筈だ。食事の時間になったら呼ぶから、そうしたら戻って来てくれる?」

 「グキャウ!(ワカッタ!行ッテ来ル!)」


 指示を出すと、待っていたとばかりに結界を抜けて密林の方へと駆け出して行く。負荷は感じているようだが、あの子はそれでもこの辺りの魔物に対して後れを取るつもりは無いようだ。


 ちなみに、私が張った結界は許可していない者の侵入を拒む仕様だ。私と共にここまで来た者達ならば出入りは自由である。


 「さて、貴方達の修業も開始しようか。今からこの辺りの魔物を結界の中に招き入れるよ。私はキャンプの準備をしておくから、その間貴方達は結界に入れた魔物と戦闘を行っているように」

 「えっと、魔物の数は…?」

 「強さによって変わるね。さっきのグレイブディーアなら1体だけど、この川に生息しているような魔物なら、2~5体は結界に入れるよ。斃し終わったら、随時追加で魔物を入れる。そうだね、ゆっくり準備をするつもりだけど、準備が終わるまでに3,4回は斃して欲しいかな?」


 負荷が掛かっているとはいえ、戦闘回数がたったの一回だけでは修業にならないだろうからな。魔物達も"ダイバーシティ"達を確認して結界の中に入りたそうにしているようだし、ドンドン始めようか。


 結界の中に入りたがっている水棲系の魔物の一部に許可を与えて結界内部にはいれるようにすれば、すぐに結界内に入り、水面から顔を出して"ダイバーシティ"達に攻撃を仕掛ける。


 口から水を高圧で放出しだしたのだ。アレの威力は、厚さ1㎝程度の鋼鉄板ならば容易に穴が開くだろうな。"ダイバーシティ"と言えど、直撃は相応のダメージとなるだろう。

 まぁ、あの程度の攻撃が直撃する彼等ではない。ランドランに騎乗したままだし、ある程度はあの子達が回避行動をとってくれる。


 「う、うわぁ!もう来た!この辺りの魔物は好戦的過ぎだよ!」

 「あ、あの!もしもノア様の準備が整うまでにあまり魔物を倒せなかった場合はどうなりますか!?」

 「なに、食事の時間が遅くなって、翌日の修業で少し痛い目を見てもらう程度だよ。明日以降は私との模擬戦も行うからね」

 「お前等!出し惜しみは無しだ!ノア姫様の準備が終わるまでに絶対に5回は戦闘を行うぞ!」

 「ちょっ!?アジー!?」


 明日以降の修業内容を話すと、アジーは急に焦った様子で魔物に向かって駆け出した。既にハルバードを『格納』から取り出している。

 負荷が掛かっているためやや重そうにしているが、獲物を振り回すのに問題はなさそうだ。


 ちなみに、私が施した『重力操作』は何かと修練に都合の良い仕様となっている。例え格納』から取り出した物だとしても、手に取った瞬間に魔術の効果が手にしたものにまで及び、重量が増すのである。

 まぁ、今のアジーにはいい武器になりそうだし、彼女もそれを利用するようだ。


 「うおりぁあああっ!!」


 ハルバードに魔力を纏わせて思いっきり魔物達に振り下ろす。重さは使い方次第で武器となる。

 ランドランの速度、ハルバードに纏わせた魔力、振り下ろす膂力、そして『重力操作』によって加算された重量が一つとなれば、その威力、衝撃はいつも以上のものとなる。


 水面にハルバードがたたきつけられた瞬間、巨大な水柱が立ち上がり、水面に顔を出していた魔物達を吹き飛ばしたのだ。


 「飛ばし過ぎよ!連戦することを考えなさいよ!」

 「バッカ!ノア姫様は今日アタシ達がどれだけ消耗したとしても、明日には全快するようにするつもりなんだよ!常に全力で戦闘をさせて、基礎的な能力を高めるつもりなんだ!ケチケチしてっと明日はどんな目にあわされるか分からねぇぞ!?」


 いきなりの全力戦闘に、今後を考えて消耗を抑えようとしているティシアが注意をするが、アジーがそれに反論する。


 アジーの判断が正しいな。

 私は修業を行う者達の一日の疲れを翌日に残すつもりはない。今日の疲れは食事と風呂、睡眠によって完全に取り除くつもりだ。


 魔力の消耗に関しても気にしていない。

 魔力が回復する食事を提供するつもりだし、この場所は魔境。それも最深部なのだ。あらゆるものに大量の魔力が含まれている。

 この川の水を使用した風呂に浸かれば、彼等の魔力はあっという間に全快近くまで回復することだろう。


 そして快適な睡眠だ。疲れた体に栄養のある食事をたっぷりと取り、暖かい風呂に浸かり温まった体に良く冷えた栄養価の高い、それでいて味の良い飲み物を飲めば、朝まで熟睡できるに違いない。


 質の良いベッドを用意しても良かったのだが、キャンプには寝袋だ。キャンプを楽しみに来たのだから、そこは譲れない。可能な限り質の良い物をアリドヴィルで購入したので、我慢してもらおう。

 店員が言うには、下手なベッドよりも寝心地が良いらしいので、きっと快適な睡眠が取れる筈だ。


 アジーに吹き飛ばされて宙に舞い上がった魔物達に高密度に圧縮された魔力の槍が突き刺さり貫通していく。

 エンカフが放った『魔力槍エナジージャベリン』だ。発動までの時間や命中精度も悪くない。だが、体に掛かった負荷のせいか、1体は急所を貫けなかったようだ。


 だが、エンカフの打ち損じをカバーするように残った魔物が両断される。ランドランから飛び上がったスーヤによるものだ。落下地点には既に彼のランドランが待機して着地と騎乗を着用にこなしている。


 いい連携だ。全員が行動する前に戦闘が終わってしまった。全力で戦闘を行えば、"ダイバーシティ"達ならばこの程度はどうと言うことはないのである。


 そういうわけだから、ドンドン魔物を結界内に招き入れるとしよう。ティシアやココナナの戦いぶりも見ておきたいしな。


 特にココナナだ。彼女の"魔導鎧機マギフレーム"にはどのような機能が搭載されているのか、私は興味が尽きないのだ。

 というか、先程の戦闘で一番見たかったのは彼女の活躍だったりする。行動する前に終わってしまったのが残念に思えたほどである。次こそは活躍してもらおう。


 次に結界内に迎え入れるのは密林に生息している獣達だ。グレイブディーアが来てくれたらよかったのだが、私の存在を警戒していたのか、こちらに来てくれる様子は無かった。

 この場所に来てから気配を抑えたのでは、遅すぎたのだ。今日グレイブディーアを結界内に入れるのは、諦めた方が良いだろう。


 結界内に招き入れたのは猿型の魔物である魔仙猿ソンギョーが2体と、獣型の魔物である電光獅虎スパークライガーが1体だ。

 どちらも非常に機敏な動きをする魔物だ。まとめて仕留めるのは困難を極めるだろう。


 「うぇえっ!?いきなり難易度跳ね上がってません!?」

 「うぉおおお!ガンガン行くぜぇっ!!ノア姫様!晩飯にはクリームシチューを希望するぜぇ!」

 「ちょっと!?そういうのアリなの!?」

 「いかん!このままでは修業中は毎回食事がクリームシチューになりかねん!」


 アジーは先程同様、ライドランと共に果敢に魔物に駆け出していく。

 彼女のランドランは乗り手同様かなり好戦的だ。きっと、乗り手に似たのだろう。


 そしてアジーはクリームシチューが好物のようだ。夕食の献立を要望してきた。そして彼女の発言に他の仲間達が焦り始めている。

 食事で良い思いをさせると言ったのだから、食べたいものを食べさせてあげよう。


 「それなら、こうしようか。希望を言ってくれれば、活躍に応じて用意するよ。頑張れば頑張るほど好きな料理を食べられると思うと良い」

 「うっしゃあああ!とばしていくぜぇえええ!」

 「だぁ!もぅ!一人で突出するんじゃないの!囲まれたらどうするのよ!スーヤ!フォローに回って!エンカフはアイツ等の動きを止めて!ココナナ、合わせていくわよ!」


 テントを設置しながら食事に関しての提案を出せば、アジーはより一層やる気を出して魔物達に攻撃を加えていく。

 ランドランを上手く乗りこなし、機敏な動きをする魔物達に遅れることなく食らいついていく。


 突出したアジーを補うためにティシアが指示を飛ばしていく。どうやら"ダイバーシティ"のリーダーはティシアのようだ。


 「オッケー!ノア様!ボク肉料理をガッツリ食べたい!」

 「野菜料理をお願いします!……っ!ティシア!ココナナ!今だ!やれっ!」

 「…唐揚げ、食べたいっ!」

 「もー!どいつもこいつもぉ!」


 指示に従い、アジーを囲もうとしていた魔仙猿と電光獅虎達にスーヤが割り込む形で翻弄し、ついでとばかりに夕食の献立に要望を出す。

 同様にエンカフも好物を宣言しながら『魔蔦束縛アイヴィーバインド』によって動きの鈍った魔物達を拘束していく。


 動きが止まったところを自分の好物を宣言しながらウォーハンマーでココナナが魔仙猿の一体を叩きつけ、筒状の魔術具らしき物から2m近くの魔力の刃を発生させたティシアが、仲間達に悪態をつきながらもう一体の魔仙猿を切り裂く。

 残りの電光獅虎は、アジーとスーヤの連撃によって斃されていた。


 ココナナが言っていた唐揚げというのは、多分ファングダムのゴルゴラドで食べたカラーゲのことだろうな。国によって呼び名が変わるというのは、よくあることだ。


 「ティシアは要望ないの?無ければ無いで他の皆と同じ物を出すよ?」

 「…クリームたっぷりのスイーツお願いします…!」

 「えっ!?デザートもアリなのか!?」

 「ノア様!つ、追加で注文はできますか!?」


 1人要望を出していなかったティシアに要望を聞けば、彼女は食事のメインではなく、食後のデザートを要望してきた。

 クリームたっぷりのスイーツか…。キャンプで食べるものではないような気もするが、まぁ、良いだろう。それが食べたいのなら用意しよう。


 「追加の献立は翌日以降にしようか。キリがないだろうからね。十分な活躍をしたら一品、好きな料理を作るとしよう。とりあえず、今日の夕食は期待して良いよ。さて、追加で魔物を迎え入れるよ」

 「よっしゃあああ!ジャンジャカ来ーいっ!」

 「調子に乗らないの!普段より疲れやすくなってんの、忘れちゃダメよ!」


 全員やる気になってくれたようでなによりだ。


 さて、追加の魔物を招き入れ、私もキャンプの準備を済ませるとしよう!

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