第329話 "ワイルドキャニオン"進行中!

 魔境"ワイルドキャニオン"


 キャニオンと呼ばれているように、その地形は峡谷だ。

 入り口から直線距離で最奥まで60㎞ほどの距離があり、全体の幅は約1.5㎞。聳え立つ崖の高さは400mに及ぶ。

 最奥からは常に魔力が籠った水が湧き出ており、幅は最大500m、深さは最大で5mほどの川となって"ワイルドキャニオン"の外まで流れ出ている。


 川の速度は入り口付近では川の流れは秒速1mほどだが、最奥に進むにつれ激しくなり、最も激しい場所では秒速10m近くまでになるという。

 熟練の冒険者ならばともかく、一般の人間では何らかの装備がない限り、川を逆らって進むことはできそうにないだろうな。


 そして川には当然のように魚が泳いでいる。強力な魔力溜まりである最奥から湧き出ている水のため、当然川の水にも多量の魔力が含まれているのだ。

 そしてそんな魔力によって、川の環境に適した魔物も発生しているのである。


 主に魚、水棲生物系だな。魔術で水、というか液体を操る者が殆どなのが、中には水に加えて電気や空気を操作する者もいるようだ。

 総じて味が良いらしいので、早速釣り上げて食事に提供させてもらうとしよう。


 なお、"ワイルドキャニオン"の境界を抜けた川は、"グラシャランの恵み"と呼ばれアリドヴィル近くを流れている。

 正真正銘のキャンプ地となっていて、私が目にしたキャンプの様子を描いた絵もその場所を描いたものである。


 川の名前であるグラシャランとは、"ワイルドキャニオン"の最奥に住む主の名前らしい。1000年近く前にかの者の元まで到達した冒険者が、直接聞いたそうなのだ。


 その外見は、15m以上はある巨大な人型をした水棲生物であり、人間達からは水棲人サハギンと呼ばれる類の魔物だ。

 勿論、その力は一般的な水棲人の比ではなく、『鑑定アプレイザ』を使用すれば、かの者は水棲人王サハギン・ロードと教えてくれたという。


 そういえば、ティシアは魔境の最奥まで案内できると言っていたな。"ダイバーシティ"達もグラシャランに会ったことがあるのだろうか?


 「いやいやいやいや、無理ですよ!?姿は確認しましたけど、どうあがいても無事で済む相手ではありませんからね!?知性も知能ありますし、言い伝えでは会話もできるそうですけど、ひとたび不興を買ったら生きて帰れませんからね!?例えハイ・ドラゴンでも瞬殺ですよ!?」

 「ふぅん…。会話ができるのなら、交渉次第では友好的な関係にもなれるのかな…?」


 知性も知能もあるという言葉に、興味が湧かずにはいられなかった。どうせ"ワイルドキャニオン"の最奥まで行くのだし、"ダイバーシティ"達が寝静まった後にでも挨拶に行ってもいいかもしれない。

 もしも友好的な関係を築けて、彼等やランドドラゴンの修業に協力してもらえたのなら万々歳だ。



 話を戻そう。

 "ワイルドキャニオン"に住まう魔物達は、当然水生生物の類だけではない。川の幅が最大で500mほどと言うことはつまり、それ以外は陸地だからだ。


 陸地の環境は場所によって大きく異なり、入り口付近はなだらかな河原となっており、転がっている石も小さく比較的歩きやすい足場となっている。


 その光景は一見美しくも見えるが、それでも魔境であることに変わりはない。例え入り口付近といえど、下手な冒険者では手に負えないような魔物が発生する可能性がある、危険な場所であることは変わりないのだ。


 「魔物が発生しなければ、良いキャンプ地になりそうだね」

 「この光景を見てそんなこと言えるの、多分ノア様だけじゃないですかねぇ…」


 "ワイルドキャニオン"に到着し、その景色を見て自然に言葉が出たのだが、即座にスーヤが反論した。

 なにせ、私達の目の前に広がっている光景は、決してのどかな河原と呼べるような景色ではなかったからだ。


 "ワイルドキャニオン"に入ってすぐ、私達を無数の魔物達が出迎えてくれたのだ。

 強さとしては大体"上級ベテラン"冒険者程度、森猪鬼フォレストオーク以上、血頭小鬼ブラッディゴブリン未満といったところだな。


 「さって…そんじゃまぁ、早速修業といきますか!」


 今にも私達に襲い掛かろうとしている魔物達を前に、ランドランに騎乗したままのアジーが『格納』からハルバードを取り出し、臨戦態勢を取る。

 やる気になっている彼女には悪いのだが、この場所で戦闘を行う気はない。


 アジーは修業を行うつもりでいるようだが、この程度の相手では"ダイバーシティ"達の修業相手にはならないからだ。


 「戦う必要はないよ。この辺りの魔物は無視して、最奥付近まで移動しよう。修業はそこで行うよ。夕食やキャンプの準備もあるから、早く行こう」

 「え、えぇ…」

 「あ、あの…最奥まで、結構な距離あるんですけど…」

 「しかも地形が結構きついですよ…?」


 目的地を告げると、今日をそがれたアジーが気の抜けた声を出し、ティシアが戸惑いの声を上げている。


 私達がいる場所から最奥まで、直線距離で60㎞ほどあるわけだが、実際はその3倍以上の距離を移動することになる。"ワイルドキャニオン"の地形が非常に入り組んでいるためだ。


 更にこの辺りの環境は緩やかな流れの川と比較的安定した足場の河原ではあるが、5㎞も進めばそのような景色は拝めなくなる。


 川を上っていくと、すぐに河原が岩場に変化していくのだ。しかも川を上れば上るほど岩場は険しくなっていく。

 そんな状況でも問答無用で魔物は発生するし襲い掛かってくる。岩場からも、川からもだ。"上級"冒険者ではこの辺りまでが限界だろう。


 なお、今の私達、というか"ダイバーシティ"にとってはこの程度の地形は障害にならない筈だ。

 なぜならランドラン達の身体能力ならば、この程度の岩場を超えることなど造作もないからだ。


 魔物達の相手はランドドラゴンが行ってくれている。

 この子はいつの間にか前足の爪に魔力を纏わせ、それを投げつけるように飛ばす事によって、使い勝手の良い遠距離攻撃手段を手に入れていたのだ。威力もそれなり以上だ。たった一撃で"星付きスター"冒険者相当の魔物が真っ二つになっていた。


 おかげで、進行自体は非常にスムーズである。勿論、斃した魔物は残さず回収させてもらっている。

 ランドドラゴンの放つ飛爪とも呼ぶべき攻撃に、"ダイバーシティ"達が驚愕とも呆れとも言えない声を出していた。


 「なぁにアレェ…」

 「えっ、ちょっ、消費した魔力に対して威力おかしくない!?なんであんなちょっとしか魔力を使ってないのに、ロックエイプが真っ二つになってんの!?」

 「魔力消費量や威力も馬鹿げているが、それよりも恐ろしいのは連射力だろ…。ティシアやお前が普通に剣を振り回すのとほぼ同じ感覚で連射していたぞ…」

 「ほぼ同じって言うか、あの子の方がちょっと早いわよ、アレ。しかも片手で、でしょ?まさかとは思うんですけど…ノア様?」

 「ん?なに?」


 飛爪についての感想を述べているのだが、一つの可能性を想像したようで、ティシアが移動の最中に私に質問をしてきた。


 「修業の内容に、その子との戦闘も含まれていたりします…?」

 「そうだね。この子も貴方達より強くなるつもりでいるから、戦ってもらうよ?ああ、怪我の心配はしなくて良いよ?怪我をする心配なく思う存分戦う事ができる結界があるんだ。確か、『不殺結界』と言っていたかな?」

 「え?あの、それってティゼム王国の秘術じゃ…?」


 多分ティゼム王国の秘術というその見識で合っているが、気にしない。私ならばできると納得してもらおう。


 "ダイバーシティ"達には、私が一度見たものを模倣するのは得意だということを教えているのだ。

 それに彼等も私がグリューナと親善試合を行ったことは知っている。その時には『不殺結界』も使用されていたのだがら、辻褄は会うのだ。

 まぁ、辻褄も何も、嘘でも何でもなく実際に親善試合の際に解析して使用できるようになったのだが。


 「私の見立てでは、貴方達が全力を出せば今のこの子に勝つことは不可能ではない筈だよ?というか、この子に今は貴方達の方が強いということを教えてあげて欲しいな。その方が、この子はより強さを求めるだろうからね」

 「つまり、その子が私達よりも強くなるまで続けるって事ですか…?」

 「まさか」


 流石にその考えは甘いといわざるを得ない。

 強者との戦いは、良い鍛錬になるのだ。


 「この子が貴方達よりも強くなったら、その時こそ本番じゃないか。存分にこの子に鍛えてもらうと良いよ。勿論、修行の内容はこの子との戦いだけではないから、楽しみにしているといい」

 「「「「………」」」」

 「決して死ぬ事なく、毎日死闘を行うことになるのか…。見返りが…見返りが欲しい…!」


 見返りかぁ…。彼等が手に入れる強さがそのまま見返りになると思うのだが、毎日死闘を行うともなれば、精神的負担が大きいだろうからな…。

 やはり彼等のそういった精神的な疲れは私が責任を持って癒してやる必要があるだろう。それこそ、コレがあるから修業を続けられる、と思えるぐらいのことをしてやるつもりではある。


 「修業以外ではそれなり以上の快適な生活は保障しよう。今日食べたカレーライスは難しいけれど、私は自分の作る料理の腕がそれなり以上だと自覚しているからね。それと、風呂場も用意するから、一日の疲れもしっかりと落とすといい」

 「「お風呂っ!?」」

 「マジかよ…。魔境で風呂って…アタシ達意外じゃあ誰も経験した事ないんじゃねぇか?」

 「そういえば、ノア様、キャンプ用品の店で石鹸とか買ってましたね。この時のためだったのか…」


 女性陣の食いつきが凄いな。彼女達も風呂の魅力は十分に知っているようだ。


 と言うか、だ。最近思うのだが、風呂に入る施設がない街の方が少ないような気がしてきた。

 今度イスティエスタに訪れたら、あの街をを管理する者に風呂屋を建設してはどうかと提案してみようか?

 フウカは当然喜ぶとして、エリィやエレノア達も喜ぶと思うのだ。


 いいかもしれないな。良し、決めた。資金は十分にあるのだ。冒険者達を清潔にするためにも、イスティエスタに風呂屋を建設してもらおう。



 話を戻そう。

 料理や風呂の話をしたことで多少はやる気を取り戻してくれた"ダイバーシティ"達と共に、"ワイルドキャニオン"の最奥まで更に足を進めていく。


 険しい岩場を越えて60㎞ほど進むと、そこから先は陸地が無くなっていた。完全に水しかないのである。

 川の水深も深く、この辺りはどれだけ浅い場所でも最低2mはある。人間だけで進む場合、ここから先は魔術を使用していかなければ先に進むことはできないだろう。


 全体が水場となっているため、当然この辺りで遭遇する魔物は水棲生物系ばかりなのだが、稀に猛禽類のような飛行可能な魔物と遭遇することがある。

 辺り一面が水場となっても、相変わらず水場だけを警戒していればいいわけでは無いのだ。


 本来ならば非常に厄介な場所なのだろうが、私達は全く意に介さず移動している。エンカフが水面に立ち移動ができる魔術、『水面歩行サーフォーク』を使用できるためだ。

 ランドラン達に『水面歩行』を施せば、激流の川でも陸地を走るように移動が可能なのである。


 勿論、私も移動は問題無い。ランドドラゴンの足元に魔力の板を用意してやれば、彼はそれを足場として普段通りに走行可能なのだ。


 なお、私ならば川全体に魔力の板を張り巡らせて移動することも可能だが、そんなものはただの甘やかしである。自力で移動が出来るのだから、自分達の力で移動してもらった。



 深い川を50㎞ほど進むと、そこからは再び地形が変化する。足場としては、もしかしたら一番安定しているかもしれない。


 川の両端が密林となっているのだ。しかもタダの密林ではなく、湿地帯の密林だ。

 湿地帯のため、当然ほとんどの地面は水浸しだしぬかるんではいるのだが、今までと違って足場がほぼ平坦なのだ。


 本来ならばぬかるみに足を取られて移動に体力を消耗するわけなのだが、この程度では"ダイバーシティ"達のランドラン達の障害にはならない。当然、私のランドドラゴンもだ。

 しかも川の水面をこれまで走ってきていたので、陸地に移動することも無く、そのまま川の上を走ってしまったため、湿地帯はほぼスルーである。


 川の水面を走っていく私達に、湿地帯から水棲人達が視線を向けていたのだが、どこか寂し気に感じられた。

 水棲人達の中には、グラシャランのように知性も知能もあり、人間と意思疎通ができる者もいるらしいので、もしかしたら友好的な関係を築けたのかもしれない。

 だが、彼等には悪いが、私の目的は最奥付近なのだ。今回は素通りさせてもらうとしよう。

 それとも、"ダイバーシティ"達が寝静まった時にでも会いに行ってみようか?


 いや、駄目だ。その時間は水棲人達だって眠っているだろうからな。迷惑になってしまう。今度一人でここに来た時にでも、彼等に挨拶する程度で良いだろう。


 それと言うのも、最奥に近づくにつれて理解してきたのだが、私に対してグラシャランが最奥から魔力を送ってきているのだ。

 しかも、器用な事に私に対してだけである。ランドドラゴンにも、グラシャランが放つ魔力は感知できていない。


 グラシャランから向けられているのは、非常に強い敬意である。

 つまるところ、彼には私が"楽園"の主であることがバレていると見て良いだろう。


 そんなわけで、今晩にでも早速彼に挨拶に行くつもりである。


 グラシャランと友好的な関係を築いて、私の目的に協力してもらおう。

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