第328話 どうせ修業をするのなら

 アリドヴィルまでの道中、ランドドラゴンはランドラン達と走る速度を合わせてくれるようになっていた。

 だが、ひとたび魔物の反応を感知すると、以前のように"ダイバーシティ"達から離脱し、今まで以上の速さで魔物の元まで駆けつけあっという間に殲滅していった。

 斃した魔物の素材は勿論、この子の食事として解体して回収している。食べられなさそうな部位も冒険者ギルドに卸せばそれなりの金銭を得られるだろう。


 解体と回収を終わらせて"ダイバーシティ"達と合流するまでの時間は、より短くなっていた。

 尤も、その理由はランドドラゴンの速さが上昇しただけではなく、ランドラン達も私の魔力の影響で速く走れるようになっているからだ。


 ランドラン達の速度の上昇割合は、およそ2割といったところか。今まで以上に速く走れているためか、とても嬉しそうにしているのが遠目からでもわかる。


 牧場とダニーヤ以上の距離があったにも関わらず、僅か20分足らずでアリドヴィルに到着したわけだが、"ダイバーシティ"達にはこの速度は速すぎたらしい。


 「は、速くなり過ぎじゃないですかねぇ…」

 「つーか、お前等はしゃぎ過ぎだろ…。ノア姫様がいつも魔力をくれるとは限んねぇんだぞ…?」

 「今のこの子達の速さに慣れちゃうと、いざノア様と別れた時に物足りなくなっちゃいそうね…」


 皆して上昇した速さに驚いていた。速度に対する許容範囲を超えていたからなのか、エンカフやココナナは少し顔を青くしていたほどである。

 なお、ココナナの顔が青いと述べたが、彼女は"魔導鎧機マギフレーム"の内部にいるため、実際に彼女の顔が見えているわけではない。しかし、心音や彼女の声色から大体の状態を把握することなど、造作もないことなのだ。


 "ダイバーシティ"達は私と別れた後のことを気にしているようだが、それほど心配する必要はないだろう。


 「大丈夫だとも。問題の解決は簡単だよ。その子達も"ワイルドキャニオン"で鍛えてあげればいいのさ。」

 「へ?」

 「私がこの子を鍛えている間、貴方達は暇になってしまうだろう?だからその間にランドラン達と共に魔境で修行をしてみたらどうかな?」


 ランドラン達と共に戦いや生活を続けることで絆も深まるだろうし、何より強くなれるのだ。悪い考えでは無いと思う。


 それに、"ダイバーシティ"達はリナーシェとの模擬戦で、一度も勝利できていなかったことを悔しがっていたからな。

 この機会に修行をして、彼女を驚かせてやってみたらどうかと提案してみた。


 「た、確かにリナーシェ姫様に一泡吹かせられるってんなら、やってみる価値はあんのか…?」

 「う~ん…でもさぁ、修行って言ったって、何すればいいのかなぁ…。普段やってる訓練以上のことで、何かやることある?」

 「そりゃあ、制限つけたうえで魔物と戦ったり、負荷を掛けて訓練するとか?」

 「魔境でそれやるの?自殺行為に等しくない?」

 「うぐっ…!」


 修業を提案してみたのだが、"ダイバーシティ"達はなにやら修行の方法で悩んでいるようだ。特にスーヤは魔境で激しく消耗することが危険だといっているようだが、今回に限ればその心配をする必要はないだろう。

 提案した以上は、私も彼等の面倒を見るとも。一応、私も冒険者達を鍛えた経験があることだしな。

 私が彼等に修行を付けると伝えれば、彼等はとても驚いていた。どこか遠慮しているようにも見える。


 「嬉しいのは嬉しいんですけど、良いんですか?」

 「ノア様が冒険者を鍛えた事があるのは知ってますけど…」

 「えっとぉ…報酬はどれぐらい支払うことになるんでしょう…?」


 報酬か。やはり要求した方が良いのだろうな。彼等に修行を付けるのは、個人的な我儘なのだが、それを言ったとしても彼等は多分納得しないだろうな。

 ニスマ王国を案内してくれている報酬としても良いのだが、それはそれで別に既に渡すものを考えてしまっているのだ。別に何か対価を求めた方が、お互いスッキリすると思う。


 さて、どうしたものか…。


 良し、決めた。


 彼等にとっては少々理不尽かもしれないが、これで行こう。


 「では、こうしよう。貴方達は私をリナーシェの元まで連れて行くのだろう?」

 「はい。リナーシェ様はノア様との再会を心待ちにしているようでした」

 「目にもの見せてやるって息巻いていましたね…」


 リナーシェはあれから猛特訓をして、以前よりもかなり腕を上げたたようだ。ならば、目に物を見せてもらうとしよう。

 だが、それはそれとして、リナーシェは"ダイバーシティ"達とも戦いたい筈だ。


 「あっ、やっぱりそう思います?」

 「リナーシェ様、絶対ボク等がノア様に鍛えられるのも想定してると思うんですよ。で、どれだけ鍛えてもらったのか見せてみろって言ってくるに違いないです」

 「リナーシェの性格ならそうだろうね。だから、貴方達には彼女に勝利するところを私に見せて欲しい。それを対価に要求しよう」

 「「「………」」」

 「ええっと…もし、勝てなかったら…?」


 対価としてはかなり変則的な物だとは思うが、ギルドを通すわけでもないし問題無いだろう。

 ティシアが恐る恐る私に目的を果たせなかった時のことを訊ねられたが、その際の対応も決めている。まぁ、勝てるように鍛えるつもりではあるがな。


 「そうだね…。その時は、ちょっと辛い目に遭ってもらおうか。具体的には、これから行う修業をさらに厳しくした内容を、強制的に受けてもらうとしよう」

 「「「え゛っ!?」」」

 「なに、死んでしまうような過酷な内容にはならないとも。その点は十分に気を付けるさ。ただし、非常に厳しい内容にするつもりだから、覚悟しておくように。勿論、まったくの無駄ではないよ?確実に強くなれるだろうからね」


 流石にティゼミアの冒険者達に行った、稽古という名の拷問レベルの修業を付けるつもりは無い。アレは下手をしたらトラウマを植え付けていた可能性があっただろうからな。

 ティゼミアの冒険者達は、新米冒険者達に対する態度には問題があったが、アレでなかなかに肝が据わっていたのだ。


 「さて、私が貴方達に求めるものは、実質なにもないようなものだけれど、どうする?私の修業、受けるかい?」

 「ええっと、稽古ではなく修業だというのは…?」

 「それほど大きな意味はないよ。ただ、さっきも言ったけれど、私がこれまで冒険者達に行っていた稽古よりも厳しいものになる。違いがあるとしたらそれぐらいかな?」 

 「「「………」」」


 内容が過酷ななものになると告げたせいか、"ダイバーシティ"達は修業を受けるかどうか決めかねているようだ。5人で輪を作って小声で相談し合っている。


 「どうするよ…?ああ、アタシは受けるべきだと思うぜ?」

 「メッチャ過酷だって話だよ?魔境の中で疲労困憊になるの?」

 「その心配はいらないんじゃないか?なにせノア様がいてくれるのだから、最低限、命の保証はしてくれるだろう…」

 「間違いなく強くなれはするんでしょうけど、リナーシェ様の相手をする以上にしんどそうなのよねぇ~…」

 「むぅ…しかしなぁ…。お前達、『姫君』様から魔力をもらって走っていた時のアイツ等の顔、見たか…?」

 「自分の以外はね…」

 「アホみたいに嬉しそうにしてたんだよなぁ…。ノア姫様がいなくなってあの速さで走れなくなるって知ったら、アイツ等一気に機嫌悪くなりそうだな…」

 「それは困るな…。折角懐いてくれているのだから、嫌われたくはない…」

 「選択肢あってないようなもんじゃないのよ…。はぁ…それじゃ、決める?賛成の人、挙手して」


 どうやら決まったようだ。小さくではあるが、5人とも挙手をしている。修業を受けるらしい。それならば、責任を持って彼等を強くしよう。



 今後の予定も決まった事で、私達は街に入るとすぐに記者ギルドへと向かった。当初の予定通り、今後の予定を伝えるためだ。

 その際、ランドドラゴンも直接見てもらうことにしたし、キャメラで写真も撮ってもらった。


 キャメラがどういう物か分かっているのか、私と共に撮影をされている時のランドドラゴンはとても誇らしげだった。


 「あ、あの、『姫君』様…?こちらのランドドラゴン…?なのですか?は、既に途轍もない強さを持っているように私達には見えるのですが、これ以上、さらに強くするのですか…?」

 「その、"ワイルドキャニオン"で修業を行うとのことですが、それはあの魔境でしばらく生活をすると言うことですか?」


 記者達が私の予定に対して質問をしている。その疑問は尤もなことなので、しっかりと説明しておこう。


 今回の修業、記者達が予想している通り、しばらく魔境で過ごすつもりである。

 今の私達ならば"ワイルドキャニオン"とアリドヴィルを行き来することなど造作もないことではあるが、それでは効率が悪いと思ったのだ。


 ランドドラゴンを進化させるためにも、"ダイバーシティ"達や彼等のランドラン達を徹底的に鍛えるためにも、私は宿で宿泊することを諦めた。

 私だけでも転移魔術で宿で過ごす事もできないこともないが、彼等の面倒を見ると決めた手前、そのような不誠実な真似はするべきではない。


 それに、私は野営、もといキャンプとやらに興味があるのだ。本に載っていた積極的レジャーの一つである。

 本で読んだ感想では、就寝の際の寝心地それ自体はあまり良さそうには見えなかった。寝袋という、ベッドほど柔らかくなさそうな寝具で寝ていたからな。

 しかし、本に記載されていたキャンプを行っている楽し気な様子の絵は、非常に私の興味をそそったのである。


 私は皆を鍛えるついでに、キャンプというレジャーも体験しようと思ったのだ。

 "ワイルドキャニオン"へ移動する前に、キャンプ用具も一式、それも品質の良い物を揃えるつもりである。


 「ま、魔境でキャンプ…ですか…」

 「は、はは…。さ、流石は『姫君』様…。『姫君』様からすれば、魔境といえどキャンプ地扱いなのですね…」

 「それと、ランドドラゴンなのだけど、私はこの子は進化をさせようと思っているんだ。見たところ、鍛えれば進化できそうだからね。私達がこの街に戻ってきた時を、楽しみにしていて欲しい」

 「し、進化…!」

 「こ、これは凄いことになりそうだぞ…!?」


 ランドドラゴンを進化させるという情報は、記者達の琴線に触れる内容だったようだ。私とランドドラゴンに期待を込めた視線を送っていた。


 取材も終らせたら、次はキャンプ用品だ。店はティシアに案内してもらった。

 なお、"ダイバーシティ"達は私がキャンプをするつもりで魔境に行くとは思っていなかったらしい。


 キャンプ用品を物色していると、呆れた様子で"ダイバーシティ"達が魔境でキャンプを行うことについて言及してきた。


 「大魔境ほどではないとはいえ、魔境も危険地帯なのは変わらないんですよ?普通だったら正気を疑われますね」

 「つってもノア姫様だからなぁ…。ノア姫様だったら大魔境でもキャンプとかしてそうだぜ」


 キャンプどころかその大魔境の最奥に私は住んでいるんだがな。と言うか、キャンプという行為をしたことが無いのだ。


 特に私が目を引いたのは、食事風景だった。

 小さな調理器具で器用に料理を作り、美味そうに食事をしている人間達の様子が、非常に印象的だった。

 しかも、彼等は川で釣りを行っていたのだ。釣り用具なら私も持っているのだ。私もやってみたい、素直にそう思えた。


 今回は、心地良い寝具で就寝したい欲求よりも、そういったレジャーを楽しむ欲求が勝ったと言っていいだろう。


 「ボク等はきっと、キャンプどころじゃないんだろうなぁ…」

 「正確には、楽しんでいる余裕がない、と言うべきだろうな。と言うか、夜に魔境で活動するのか…」


 まだ体験せぬキャンプに心を躍らせていると、スーヤとココナナが嘆きの声を上げていた。

 まぁ、確かに修業を行った後は疲労困憊になるだろうから、何もする気がおきなくなってしまうだろうな。


 だが、心配はいらない。面倒を見るといった手前、その辺りのことはすべて私がやってしまうとも。


 「一日の課程がした後は、かなり体力が消耗することになるだろうけど、心配はいらないよ。食事は私が調理して提供するし、就寝の際も魔物に襲われないように結界を張って置こうじゃないか」

 「い、至れり尽くせり過ぎる…」

 「早速ノア様の料理が食べられるのかぁ…。アレ?それって、ひょっとしなくてもすんごいことなんじゃ?」

 「『姫君』様の手料理を味わえた者、か…。世界中にどれだけいるのだろうな…」


 家の皆を除いたら、初めてじゃないか?振る舞う機会も必要も無かったからな。

 一応、手製の菓子ならばオリヴィエやリオリオンが食べたことがあるのだが、菓子はまた別枠として考えて良いだろう。


 そうだ。なんなら、風呂も用意してしまおう。私も入りたいしな。

 嬉しいことに洗料の類も販売していたので、1ヶ月分ほど購入してしまおう。


 勿論、洗料をここで購入したからといって、洗料の製法を学ぶという私の目的が達成されたわけではない。ここで販売されていた洗料は、種類が少なかったしな。

 修行を終わらせたら、今度はチヒロードへ行くのだ。そして可能ならばセンドー子爵にも合ってみよう。


 さて、キャンプ用品も買いそろえたことだし、そろそろ魔境"ワイルドキャニオン"へと行くとしよう。


 ランドドラゴンもランドラン達も"ダイバーシティ"達も、徹底的に鍛えよう。

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