第327話 目指すは魔境"ワイルドキャニオン"

 食事が終わり全員で店を後にすると、私を案内してくれた店員を含め、店の従業員達が揃って私達を見送ってくれた。


 「ご来店、誠にありがとうございました。ノア様のまたのご来店を、我等一同、心よりお待ちしております」


 私を案内してくれた店員が中心に立って挨拶の言葉を述べているところを見るに、やはり彼は店長だったのだろう。


 この店には必ず再び訪れると心に誓い、この街での目的を果たすための行動を開始しよう。次は香辛料集めだ。

 香辛料の匂いは非常に複雑で、ダニーヤの町全体を覆っている。そのため、嗅覚頼りで探すのは難しいだろう。

 しかし、今回はわざわざ『広域ウィディア探知サーチェクション』を使う必要はない。


 なにせ、今の私には頼りになる案内役がいてくれるのだからな。

 案内出来ない場所は無いといってくれたのだ。香辛料を扱う店も、"ダイバーシティ"に任せれば問題無く案内してくれるだろう。


 「それじゃあ、早速で悪いけれど、香辛料を扱っている店を案内してもらえる?」

 「はーい!お任せください!」


 元気よく返事をしたのは、何処へでも案内できると自信満々に語ったティシアではなく、料理ができると語っていたスーヤだった。

 何処へでも案内できると発言した当のティシアはと言うと、スーヤが元気よく返事をした事で安堵のため息をついていた。そして私と目を合わせようとしてくれない。

 彼女は香辛料を扱っている店を知らなかったのだろうか?


 「や…その…食事関係は全部スーヤに任せてますし…。料理のこととか、私じゃ分からないし…」


 知らなかったらしい。非常に気まずそうな苦笑いをしている。


 まぁ、別に構わない。ティシアは自分が全て案内できるとは言っていなかったからな。あくまでも自分ならば案内できるといっていたのだ。

 彼女が案内出来ない場所も、他の仲間ならば案内できる。だから自分達、ということなのだろう。


 他にも、魔術具や錬金術で何かを訊ねるのなら、エンカフやココナナに頼るのが良いのだろうな。

 では、ティシアが自信を持って案内できるのは何になるのだろうか?


 「ええっとぉ……服とか、アクセサリーとか、おしゃれ関係なら…自信を持って案内できるんですけど…」

 「良いじゃないか。それなら、ティシアが良く足を運んでいる店を後で紹介して欲しい」

 「っ!はいっ!喜んで!地元の店から王都の高級店まで、今のニスマ王国の流行オシャレアイテムなんかも、余すところなく紹介しちゃいますよ!」


 それは楽しみだ。ランドドラゴンを鍛えることも含め、今回の旅行は少し長くなるかもしれないな。



 スーヤに案内されて香辛料(この町ではスパイスと呼ばれていた)を一通り買い揃えた後は、ランドドラゴンを購入するために牧場に戻る事となった。


 改めて、私はランドドラゴンからとても好かれていることが分かった。

 なにせダニーヤに滞在していた時間は3時間ほどだったのだが、ランドドラゴンを預けた場所に向かった途端、あの子は私の元に駆けつけてきた。更には頬擦りまでしてきて甘えてきたのだ。


 ランドラン達を預かる場所の管理人が、まるでこの世のものではないものを見ているかの如く驚いていた。

 彼はランドドラゴンの存在自体にとても驚いていたし、預かっている最中は大人しくはしていたものの、非常に恐ろしい風貌をしていたそうで、こうして私に甘えるなどとは思っていなかったらしい。


 「ランドドラゴンを購入したら、何処の街でも良いから記者ギルドに顔を出そうと思うよ」

 「記者ギルドですか?」

 「うん。私がこの国でランドドラゴンを購入したことと、この子が私に対してはとても甘えてくることを、予め伝えておこうと思ってね」

 「管理人さん、メッチャ驚いてましたもんね!良いと思いますよ!どこの記者ギルドにします?」


 記者ギルドがあるのは、大抵は都市と呼ばれる規模の街だ。ダニーヤで記者ギルドに伝える事が出来れば良かったのだが、ダニーヤはそれほど大きな町というわけでも無かったので、記者ギルドが無かったのである。


 そのため、記者ギルドに向かう前に、先にランドドラゴンを購入してしまおうという魂胆である。

 何処でも良いとは言ったが、要望自体はある。問題は、そこに記者ギルドがあるかどうかだ。


 「この国の魔境"ワイルドキャニオン"からそれほど遠くない場所に、アリドヴィルという街があるだろう?そこに記者ギルドがあるのなら、そこにしたい」

 「ええ、大丈夫ですよ!アリドヴィルにも記者ギルドがあります!それなら、ついでですから"ワイルドキャニオン"でランドドラゴンを鍛えてくるということも伝えちゃいますか!?」

 「そうだね、伝えちゃおうか。そうと決まれば、まずは牧場に出発、と行きたいのだけど、貴方達は先に牧場へ向かってもらっていいかな?」

 「えっと…?」


 流石に困惑しているか。まぁ、理由を話していないのだから当然だ。

 移動を開始する前に、ランドドラゴンに彼が倒した魔物を与えようと思ったのだ。

 預けている間に食事を与えられてはいたようだが、ランドドラゴンは物足りなさそうにしているのだ。


 それはそうだろう。ランドドラゴンの体はランドランよりも大きいのだ。食べる量も当然、ランドランの比ではない。

 早い話、ランドドラゴンはまだ腹が減っているのだ。


 別に管理人が悪いというわけではない。預け場所で与えられる食事の量は、一定なのだ。自分のランドランが満足していないのならば、残りの食料は自分で用意しろ、ということである。


 「それほど時間をかけるつもりは無いし、この子の足の速さならすぐに追いつくだろうから、何も問題はないよ。むしろ追い越してしまうかもしれないね」

 「わっかりました!それでは、私達は牧場まで先行させていただきます!ノア様達のおかげで道中はものすごく楽ができそうですしね!みんな!牧場までかっ飛ばしていくわよっ!」


 気合を入れたティシアの声と共に、"ダイバーシティ"達を乗せたランドラン達が一斉に走り出す。私達に追い抜かれる気はないようで、全速力でランドラン達を走らせるつもりのようだ。


 ダニーヤに移動する際に、道中の魔物は軒並み排除してきたからな。進行を妨害される事なく牧場まで走り続けることができるだろう。


 ランドドラゴンに彼が仕留めた肉を食べさせ、頭を撫でながら声をかける。


 「食べ終わったら、君を世話していた場所にもう一度戻るよ。先に行った子達を追い抜いてしまおう」

 〈マカセロ!アイツラニ、オレトヒメサマノハヤサ、オシエル!〉


 ランドドラゴンの気合は十分だ。空腹も満たされたようだし、素晴らしい走りを見せてくれるだろう。

 食事を終えたランドドラゴンの背に乗れば、一際気合の入った雄叫びを上げ、走る体制を取った。

 先行した"ダイバーシティ"達は、この場所から牧場までのちょうど中間あたりの位置にいる。


 では、行こうか。



 空腹を満たし、私の魔力にも慣れたランドドラゴンの走りは、実に素晴らしいものだった。私が軽く走る速度を超えていたのだ。

 当然、先行した"ダイバーシティ"達にもあっという間に追いつき、そしてあっという間に追い越してしまった。


 私達が牧場に到着してからおおよそ10分近くが経過した頃、ようやく"ダイバーシティ"達も牧場に到着していた。


 当たり前の話だが、"ダイバーシティ"達のランドランが遅いわけではない。むしろ彼等の速度は、平均よりもかなり速い筈だ。

 なにせ彼等は依頼で様々な場所へ向かう際にランドランを利用している。そして道中魔物や賊と戦闘になった場合は、ランドランと共に戦闘を行っていると彼等は語っていたのだ。

 それだけランドラン達も強くなり、足が速くなっているのだ。遅いわけがないのである。


 だが、私が魔力を与えたランドドラゴンは、そんなランドラン達を遥かに上回る速さで走れたのだ。


 「あの…ランドラン達が落ち込んじゃってるんですけど…」

 「まぁ、あんな光景を見せつけられたら、自信失くすよねぇ…」


 いかん。少し調子に乗り過ぎたようだ。全速力で走れてご機嫌になっているランドドラゴンの傍ら、5体揃ってうな垂れいじけているランドラン達は、とても哀愁が漂っている。


 あの子達を落ち込ませてしまったのは私が原因なのだ。責任をとってあの子達を慰めてあげよう。


 「みんな、撫でてあげるからおいで?」

 「「「「「くきゅううう~~~」」」」」

 「よしよし、君達が遅いわけではないからね?自信を持っていいんだよ?」


 ああ、甲高い鳴き声を上げながら私に甘えて来るランドラン達の、なんと可愛らしいことか。

 "楽園深部"や"最奥"にもこの子達に似た種族がいなかったわけではないが、彼等は皆して非常にカッコイイのだ。

 精神も大人びており、私に甘えてくるような事など、決してないと断言してしまっていいだろう。

 だからこそ、この子達やランドドラゴンの態度が私には非常に嬉しいのである。


 私がランドラン達を撫でていると、ランドドラゴンも撫でて欲しくなったようで、自分の頭を私の体にこすりつけてくる。


 「うん。分かっているとも。君のことも撫でてあげるよ」

 「グァウ!グァアウ!」


 とても嬉しそうにしてくれているので、このままずっとこの子達を撫でてあげたくなるのだが、同じ失敗をするわけにはいかない。

 ランドラン達の機嫌も直った事だし、そろそろ牧場の責任者にランドドラゴンを譲ってもらうために交渉しに行こう。



 責任者との交渉は思った以上に上手くいった。金貨30枚でランドドラゴンを譲ってくれたのである。

 正直もっと高額だと思っていたので、その金額を提示された直後に即決で決めてしまったのだ。


 責任者としては、どうやらもう少し安くするつもりだったらしい。私が即決した事に驚いていた。

 最初に受け入れられないほどの要望を出して、その後に本命の要求を出す。

 そうすることで相手は本命の要求を断りにくくなる、という交渉術を用いようとしたようだ。


 「正直に申し上げますと、あの子は私達の前では非常に気性が荒く、このまま成長し続けたら手に負えなくなるところでした。ですので、ノア様がお買い上げになると仰って下さり、本当に感謝しております」

 「完全に下に見られていたみたいだからね。貴方達のこと、召使いか何かだと思ってたみたいだよ?」

 「は、ははは…。流石はドラゴンですなぁ…」

 

 牧場に勤める者達は、皆あの子のことをランドランだと思っていたようだしな。下に見られていたなどとは、夢にも思わなかっただろう。


 交渉が終わり、料金を支払えば、晴れてあのランドドラゴンの所有権は私のものとなったわけだ。ならば、それ相応の証を用意しなくてはな。


 ランドドラゴンの元へ向かい、彼の額から伸びている角の中でも最も太く長い角に、装飾品を作製して取り付けよう。

 あの子のための装飾品は、やはり"楽園浅部"の素材で作るのが良いだろう。

 品質、性能、共に申し分ない上に、ティゼム王国のおかげで私ならば容易に手に入れられるのだ。


 製作したのはランドドラゴンの角の付け根にピッタリのサイズに調節した木の輪である。尤も、"楽園浅部"の素材を使用しているとはいえ、それだけでは味気ないと感じたので、宝石代わりにそれなりの大きさの魔石をはめ込んではいるが。

 魔石に関しては困る事は無い。私ならば自力で作れるからだ。ランドドラゴンに合わせて、橙色の魔力が籠った魔石を用意させてもらった。


 手早く作成した装飾品をランドドラゴンに見せ、彼の角に取り付けてもいいかと訊ねれば、とても喜ばれた。


 そしてここで少しだけ変化が起きた。なんと、ランドドラゴンの角に木の輪を取り付けた途端、木の輪がランドドラゴンの角と一体化してしまったのである。

 私の魔力で作った魔石と相性が良すぎたのだろうか?


 周りの者達は皆一様に驚いていたが、健康に害があるわけでもないし、より進化に近づいたと考えれば歓迎すべき変化だろう。


 「さて、ここでやるべき事も済んだし、そろそろアリドヴィルへ移動しようか」

 「了解です!道案内はお任せください!」


 にこやかな表情でティシアは答えるが、それ以外の"ダイバーシティ"の面々は表情が引きつっている。

 私が作った魔石がランドドラゴンに流れ込んだためか、先程よりも確実に強くなっているのだ。その分足が速くなるどころか、身体能力そのものが上昇しただろうな。


 だが、まだだ。ランドドラゴンを"楽園"へ連れて行くには、まだ足りない。

 予定通り"ワイルドキャニオン"へと移動し、この子を進化できるようにみっちりと鍛え上げよう。

 この子もやる気のようだ。ある程度強くなれたことを自覚しているらしく、早く力を振るいたくて仕方がないらしい。


 「多分、また先行して魔物とか蹴散らしちゃうんだろうなぁ…」

 「あの装飾品を取り付けた瞬間、ランドドラゴンの魔力が3割近く跳ね上がった…。間違いなく、さっきよりも速いだろうし、確実に強くなっているぞ…」

 「これ、またコイツ等落ち込んだりしねぇだろうな…」


 確実に速くなっているランドドラゴンに対して、ランドラン達に大した変化はない。ティシア以外の表情が引きつっていたのは、折角機嫌を直したランドラン達が再び落ち込んでしまうのではないかと警戒しているのである。


 ある程度は大丈夫だと思う。

 実を言うと、あの子達を撫でている最中に、私の魔力を流しておいたのだ。ランドラン達も自分の身体能力の上昇を理解しているためか、早く走りたくて仕方がない、といった様子だ。


 だが、"ダイバーシティ"達はそのことを知らないようだ。知らないまま出発して振り下ろされでもしては事である。

 移動する前にしっかりと説明しておこう。


 「さっきその子達を撫でまわしてた時に、その子達にも私の魔力を流しておいたから、普段よりも速くなっている筈だよ。振り落とされないように気を付けてね?」

 「えっ!?」

 「ああ、ノア姫様の魔力をもらえたから、お前等ご機嫌なんだな?ったく、調子の良いヤツ等だぜ…」

 「説明されてなかったら、振り落とされていたかもしれんな…」


 注意を受け、"ダイバーシティ"達も気を引き締めてランドランに跨っていく。

 初めて乗る時はどれだけの勢いで走るか不明瞭のため気を張っているだろうから、彼等ならば振り落とされることはなかっただろう。

 だが、乗り慣れていつも通りの感覚でいた場合、急に走る速度が変わっていたとなれば、振り落とされてもおかしくは無かったのだ。エンカフやココナナから感謝の感情が伝わってきた。説明して正解だったな。


 では、"ワイルドキャニオン"に最も近い都市、アリドヴィルへ出発だ!

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