第326話 腕利き冒険者達と話をしよう!

 円を描くように配置された机に、"ダイバーシティ"の面々が席に着いていく。私の両隣はアジーとティシアだ。アジーのもう片方にはスーヤが、ティシアの反対にはココナナが座っている。エンカフが私からは一番遠い。

 さりげないように私の両隣に座ったように振る舞っていたが、2人とも必ず私の隣に座る、という強い意志を感じた。


 「いや~ノア姫様のおかげで大して待たされること無くカレーが食えそうだぜ!」

 「案内する筈の立場なのに、逆にノア様に案内されてしまいましたね。ですが、おかげさまでこうしていち早くこの料理を味わえるのですから、感謝します」

 「…なぜ、俺が一番『姫君』様から遠いのだ?」


 エンカフが不満を隠さずにティシアとアジーに今の席順を訴えている。この席順、なんとなくでそうなったのではなく、元からこの席順にするつもりだったようだ。


 エンカフの訴えにアジーが即座に、そして怒鳴り気味に答える。


 「オメーがノア姫様の近くに座ったら何しでかすか分かんねぇからだよ!!お前あわよくばノア姫様が使った食器とかしれっと回収しそうなんだよ!!」

 「………別に…店の備品を盗むつもりはない…」

 「おうコラ、目ぇ合わせて言えや」


 私が使用した食器を?つまり、唾液でも回収しようとでも考えたのだろうか?使用した食器から?私由来の素材を求めているとは聞いたが、凄まじい執念だな。


 まぁ、正直なところ、私の唾液が人間のそれと全く同じなのかと問われたら、首を横に振らざるを得ないだろうな。

 そもそもな話、唾液の成分を調べるなんて考え、こんな話が出るまで思いつかなかった。


 エンカフに向けられる女性陣の視線が非常に冷たい。唾液とは即ち口に由来する物なので、ここでも人間の感覚が関係してくるのだろう。


 最近知った事なのだが、人間や魔族は口というよりも粘膜に関係する事柄に対して非常に敏感であることが分かった。

 敏感に反応するのは、口の接触だけではなかったのだ。


 で、そんな粘膜の部位から分泌される唾液も扱いはデリケートになるようだ。アジーの言及にエンカフは目を泳がせている。彼女の予想が的中していたようだ。


 「エンカフは研究熱心なんだね」

 「熱心過ぎて周りが見えなくなることが多々あるんですよ。まぁ、エンカフが作る薬やアイテムに助けられたことって数えきれないくらいあるから、あんまり悪く言えないんですけどね…」

 「それであの時のやり取りが当たり前のようになっているの?それなら、貴方達は随分と付き合いが長いのかな?」

 「ええ、こうしてパーティを組んで、かれこれ6年が経とうとしています」


 エンカフをこのままにしていては、店の中で最初に会った時のようなやり取りを行いかねない。それでは店の者にも食事を楽しんでいる客にも迷惑がかかる。


 そう思って彼等を落ち着かせようと話題を変えようとしてみると、彼等の日常がわずかにではあるが垣間見えた気がする。

 エンカフは、依頼を受けない時は部屋に籠って一日中何かしらの研究を続けているようだ。


 そんな生活を続けて、良く健康に害を及ぼさないものである。


 「ンッフッフッフッフ…。そんな時のために!この、万能栄養補給薬を完成させたのです!どんな生活を送ろうと、コレを朝昼晩に一本飲めばもう大丈夫!一日に摂取すべき栄養は全て賄える私の自信作です!しかも眠気も覚める優れモノ!」

 「つまり、研究に没頭している時は、それを飲んで生活していると?」

 「その通り!コレおかげで研究が捗って捗って…!まさに!革命的な発明と言えるでしょう!」


 大したものである。流石は"三ツ星トライスター"級の実力の冒険者だ。それぐらいのことはできてしまうのだろう。


 「凄い発明じゃないか。それがあれば、冒険も随分と楽ができるんじゃない?」

 「あー、ソレなんですけどねぇ…」

 「クッッッッッソ不味ぃんですよ!試しに飲んでみたら、あまりの不味さに気を失いかけましたからね!」


 エンカフの発明を褒めたら、スーヤとアジーが顔をしかめて反論しだした。彼女が言うには、非常に不味いらしい。

 気を失いかける不味さとは、一体どのような味なのだろうか?スメリン茶のような強烈な苦味と渋みでもあるのだろうか?

 少しだけ、気になってきた…。現物が目の前にあるからなおさらだ。


 「フッ…」

 「なんで勝ち誇ってるんだよ!?褒めてねぇよ!!」

 「お前には耐えられない。俺には耐えられる」

 「コ、コンニャロウ…」


 気を失いかけたというアジーの言葉に、エンカフが得意げになっている。肉体的に自分よりも優れている彼女が耐えられない味に、自分は耐えられるという事実に、優越感を抱いているようだ。


 アジーもその事に気付いているからか、エンカフの態度が癪に障るのだろう。額に青筋を立てている。


 見ている分にはなかなかに愉快なやり取りだ。そして実際のところ、私はエンカフが自慢する万能栄養補給薬とやらの味が気になってきた。


 が、それは後にしよう。私を魅了したあの香りが、再び私の元に近づいてきたのである。

 皿の数は6つ。つまり、この場にいる全員分のカレーライスが同時に運ばれてきたのだ。私が"ダイバーシティ"達と一緒に食べたいと言ったからだろうか?嬉しい気遣いだ。


 「お待たせいたしました。どうぞ、ごゆっくり…」

 「おおー!キタキタ!やっと食べられるよー!ボクはみんなよりも長い時間この香りを間近で嗅がされ続けてたからね!待ち遠しくて仕方なかったんだよ!」

 「あらスーヤ。それなら私が先行して伝えに行っても良かったのよ?」

 「いやいや、5人の中じゃボクが一番速いからね!この役割は譲れないよ!」

 「ったく、調子の良い事言いやがって…!」


 先程のスーヤの行動に対して悪態をついたりもしているが、本気で怒っているわけではないようだな。じゃれ合っているようなものである。仲の良いパーティの様で、なんとも微笑ましいことだ。


 「さて、それでは改めて貴方達が紹介してくれた、このカレーライスをいただくとしよう。そして"ダイバーシティ"の皆。私にこれほどまでに素晴らしい料理を教えてくれてありがとう」

 「い、いえいえいえ!お礼を言われるほどのことではありません!で、でも、お気に召していただけたようで良かったです!」

 「料理は運ばれてきたんだ。口を動かすのはメシを食うことに使おうぜ?」

 「もう食べて良いよね!?いただきまーす!」

 「…少しは合わせようとしなさいよ…」


 目の前の料理の魅力に抗えなかったようで、一足先にスーヤがカレーライスを食べ始めた。その様子を見て、音頭を取ろうとしていたティシアが呆れながらぼやいた。

 既に食べ始めてしまっている以上、もはや全員で一斉に食事の挨拶を交わすことは不可能と言っていいだろう。

 他の皆もスーヤに釣られて思い思いにカレーライスを食べ始めている。


 どれ、私も改めていただくとしよう。店員が気を利かせてくれたおかげで、今回も再び大盛りの器だ。実に優秀な店員である。あるいは、彼はこの店の店長だったりするのだろうか?


 まぁ、今は細かいことは考えずにカレーライスだ。改めて口にしてみるが、やはり素晴らしい味だ。繁盛するのも当然だな。


 カレーライスの味を堪能していると、ココナナが面白い挙動をしだした。彼女の鎧の胸部にあたる部位が、大きく展開したのだ。

 鎧の内部には、身長150㎝に満たない、小柄な窟人の女性が小さな椅子に腰かけていた。彼女がココナナ本人だ。鎧から出るのかと思ったが、彼女は鎧ごと椅子に腰かけている。

 まさか、彼女はあの鎧の中で食べるのだろうか?どうやらそうらしい。


 展開した鎧の胸部を上手い具合にテーブル代わりにして、カレーライスの器を乗せたのである。

 やはりあの鎧、非常に面白い。是非ともあの鎧が何なのか教えてもらおう。


 「ココナナは随分と面白い鎧を身に纏っているね?いや、身に纏うというよりも、操縦していると言えば良いのかな?」

 「分かりますか!?この子の良さが!!」


 鎧について訊ねたら、今まで沈黙を保っていたココナナが豹変した。

 彼女の鎧、"魔導鎧機マギフレーム"について口早に、そして長々と説明し始めたのである。


 やはりココナナの鎧は魔術具の一種だったようだ。彼女自身が優秀な魔術具師でもあるようで、彼女が搭乗する"魔導鎧機"も、彼女が一から全て作り上げたのだとか。


 ココナナの"魔導鎧機"は、最初から今の外見だったというわけではなかった。本格的に製造を始めたのは彼女が"上級ベテラン"冒険者になってからであり、それまでは彼女も生身で戦闘を行っていたらしい。

 "星付きスター"になってしばらく時間が経ってからようやく基本的な構造が完成し、"二つ星ツインスター"になる直前になったところで、ようやくまともに戦闘が行えるまでになったのだ。

 更に、リナーシェをファングダムからニスマ王国へ移送する際に彼女達が関わっていたらしく、その際に膨大な報酬を受け取ったらしい。そしてその報酬の殆どをつぎ込んで大幅な改修を行ったことで、ようやく今の姿になった、というわけだ。


 それほどまでに情熱を掛けて作り上げたためか、"魔導鎧機"を説明するココナナの表情はカレーライスを食べている時以上ににこやかである。"魔導鎧機"に、とても愛着があるのだろう。


 意外な事に、彼等はまだ"二つ星"冒険者だった。

 なんでも実力が急激に上がったのはリナーシェから頻繁に呼び出されて彼女と模擬戦を行っているからだとか。

 自分達が強くなるのは嬉しいのだが、それに合わせてリナーシェも同じように強くなっているため、これまで一度も模擬戦で勝利できたことがないらしい。


 ココナナの"魔導鎧機"は魔術具であるためか、見た目からは想像ができないほど様々な機能が搭載されているらしい。

 やはり彼等は最終的に私をリナーシェの元に連れて行くらしく、その時には間違いなく模擬戦をさせられるだろうから、その時に存分に機能を見せると息巻いていた。


 「勿論、ノア様がお望みならばすぐにでもお見せ出来ますよ!?」

 「うん。色々と行きたいところができたから、リナーシェに会う前に見せてもらうことになるだろうね」

 「行きたいところ、ですか…?どちらでしょう!?ニスマ王国内であれば、何処へでもご案内いたしますよ!?」


 今回の旅行、ただ人間の生活圏を観光するだけでなく、この国にあるという魔境に足を踏み入れてみようと思うのだ。


 理由は勿論、ランドドラゴンを鍛えるためである。

 戦いを繰り返し、力を付けた魔物は、進化する場合がある。

 短時間とは言え、私の魔力を受け取ったあのランドドラゴンも、十分に進化する可能性があると考えているのだ。


 自分と同じ種族の上位存在から魔力を受け渡されたのだ。

 本来は進化をする素質がなかったとしても、後天的に進化の素質が産まれたと考えても何もおかしくないのだ。


 なんだったら、オーカムヅミの果実を食べさせても良いと思っている。

 ルイーゼが言うには、人間でも丸ごと一つ食せば進化の可能性が僅かでとは言えあると語っていたのだ。

 ならば、ドラゴンが食べたのならば進化する可能性は人間以上にあるのではないだろうか?


 白状してしまうが、私は今回の旅行でランドドラゴンを進化させて、"楽園浅部"でも問題無く生きられるようにするつもりである。そのためならば、オーカムヅミの使用も辞さない。それほどまでに気に入ってしまったのだ。

 ただし、オーカムヅミを渡すのはある程度力を身に付けてからだ。今のあの子に食べさせたら、膨大な魔力に耐えきれずに体を壊してしまいかねない。


 「あ、あのランドドラゴンを、鍛えるんですか…?」

 「うん。あの子を鍛えて、進化させてみようと思っているんだ。ところで、あの子を買い取る場合、どれぐらいの金額がいるかな?」

 「え、ええ…。ラ、ランドドラゴンは流石に販売していた事なんてないですから、流石に値段とかは…」

 「ランドランなら、一体購入するのに金貨5枚もあれば大体は購入できるんですけどねぇ…」


 ほう。流石に高速移動手段なだけあって、ランドランとは高額なのだな。馬ほど乗り心地は良くないらしいが、その辺りは訓練次第で改善できるらしいし、何より優れたランドランは馬よりも遥かに速いらしいからな。高額なのも頷ける。


 「済まないけれど、この町での用事を終わらせたら、まずはあの子を借りた牧場に一度戻らせてもらっていいかな?牧場の責任者と直接話を付けたい。」

 「はい!問題ありません!って、この町での用事って、何かあるんですか?」


 勿論あるとも。とても重要な用事が。香辛料の確保である。

 このカレーライスなる絶品料理、是非とも再現してみたい。それにはこの町でも取り扱っているであろう香辛料が必要不可欠の筈だ。とりあえず、町全体を見て回り、初見の香辛料は手当たり次第に確保していこうと思う。

 

 「えっ?あ、あの、ノア様って、料理できるんですか…!?」

 「うん。本で読んだ技術を実践したり、この目で見た動作を模倣するのは得意なんだ。食べてみて美味いと思った料理を何時でも味わえるようにするためにも、自分で作れるようになりたいんだ。」

 「やっぱ料理の醍醐味ってそこですよねー!自分で美味い料理を作れる!コレに尽きますよ!」

 「スーヤも料理ができるみたいだね?」

 「と言うか、このパーティの中じゃボクしか作れませーん。エンカフは調合に使う器具で料理しようとするし、女性陣は変にアレンジしようとするしで、全然だったりするんですよ?」


 となると、冒険中の"ダイバーシティ"の食事事情は、スーヤに一任されているということか。

 スーヤの言葉に、女性人達が不満げに反論する。彼女達にも言い分があるらしい。

 料理を作る専門の職業があるぐらいなのだから、人間からしたら料理と言うのは誰もが作れる物では無いのかもしれないな。


 「どうせメシを食うなら、一番美味ぇメシを食いてぇじゃんかよ」

 「いいこと、スーヤ。人間にはね、得手不得手っていうものがあるの。苦手な人に無理に料理を作らせて食材を駄目にしたら、もったいないじゃない」

 「食材って、脆いよな…。力加減が難しいんだ…。ちょっと握っただけで、簡単に潰れてしまうんだ…」

 「コレですよ?酷いものでしょう?あ、勿論、エンカフは論外です」


 やはり、人間にとって料理とは難しい技術なのかもしれない。

 そもそも、私も日々の力を制御する訓練がなければ、ココナナが嘆いているように食材を駄目にしていただろうからな。料理とは、繊細さと正確さが求められる技術だというのが、改めて分かる。


 「言っておくが、器具にはちゃんと『清浄ピュアリッシング』を掛けているぞ?味も問題無い」


 なお、エンカフは使用する器具に問題があるだけで料理自体はできるらしい。不満げにスーヤの言葉に反論していた。

 まぁ、確かに調合や調薬も料理に通ずるものがあるだろうからな。納得はできる。出来るのだが…。


 「気分の問題だよ?」

 「毒薬作ってた容器にメシを盛り付けるんじゃねぇ!」

 「貴方たまに『清浄』かけ忘れるわよね?それで実験失敗する事あるし」

 「信用されないのは、日頃の行いだな」

 「……むぅ…」


 なるほど。食べさせられる側からすると、とてもではないが口にはできないことも納得できてしまう。

 エンカフは料理にはあまり興味がないらしい。そして、興味がないことには結構雑に行動しがちのようだ。



 こうして"ダイバーシティ"達と一緒に食事ができて良かった。彼等のやり取りは、本で読んだ心躍る冒険者達のやり取りと遜色がない。

 とても面白いのだ。リナーシェが彼等を気に入ったというのも頷ける。


 さて、カレーライスも全員食べ終わった事だし、そろそろ店を出るとしよう。


 ダニーヤの町を見て回り、まだ見ぬ香辛料を手に入れるのだ!

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