第487話 3 years after

 私が意識を覚醒させてから3年と数ヶ月の時が経過した。

 現在はリガロウの背に跨り、ロヌワンドに向かっている最中だ。


 「姫様!見えてきました!前みたくギラギラしてません!」

 「そうだね。私としては、こっちの方が好きかな?」


 久しぶりに訪れるジェットルース城には、以前訪れた時のような貴金属による悪趣味な装飾は一切無くなっている。

 厳格にして荘厳。そんなイメージを持たせるような外観だ。アインモンドは、よくもこれほどの城をあそこまで変貌させたものだ。


 私がこの日、この時間にジェットルース城を訪ねることは既に現皇帝に伝えてあるため、発着場には私を迎えるべく人が集まっている。


 リガロウを発着場に着陸させると、依然と同様の黄金の鎧を身に纏ったハドレッドが私達の前に跪き、歓迎の言葉を述べてくれた。


 「ノア様。ようこそお越しくださいました。我等ドライドン帝国一同、貴女様の御再訪を歓迎いたします!」

 「久しぶりだね、ハドレッド。出迎えご苦労様」


 今のハドレッドは、彼の装備している鎧に相応しいだけの実力を身に付けているようだ。名実ともに竜騎士団長に相応しい人物と言えるだろう。副団長のディアスとも険悪な関係にはなっていないようである。


 「謁見の間までご案内いたしましょう!どうぞ、リガロウ様もご一緒下さい!」

 「ありがとう。それじゃ、行こうか」

 「グォン」


 謁見の間には、ジョスターから皇位を譲り受けたジェームズが待っていることだろう。

 彼が皇帝になってから1年以上が経過している。そろそろ皇帝らしい振る舞いができるようになっているだろうか?


 ハドレッドに案内されて廊下を歩いていると、周囲の光景に変化が現れているのがよく分かる。城の装飾などもアインモンドの好みに合わせられていたのだろうな。

 飾られている絵画や調度品の種類、それに立て掛けられている鎧の装飾に至るまで、前回とは別物になっている。


 そして、私達に視線を向けている者達の感情も以前とは違っていた。

 感情どころか態度そのものが変化しているな。私達が移動している最中に作業をしている侍女は一人もおらず、彼女達は廊下の両脇に整列し、頭を下げて私達を歓迎しているのだ。


 彼女達からは、純粋な敬意と畏怖が感じられる。

 おお、侍女たちの中にキャロの姿が肉眼で確認できた。あの様子だと、以前よりも昇進したようだ。

 この城で一日を過ごすのならば、再び彼女に世話をしてもらうのも悪くないが、生憎と今回は宿泊予定はない。ココとは別に行くところがあるしな。


 謁見の間に入れば、以前と変わらない玉座に腰かけているジェームズの姿が確認できた。部屋の周囲には、新たに編成し直された近衛騎士団達が配備されている。今回は以前のように形だけの騎士団ではない。

 彼等もまた、日々厳しい訓練を積み、竜騎士団達と比肩するほどの実力を持っているのだ。

 私は相変わらず皇帝であるジェームズを前にしても跪いたり頭を下げる素振を見せないが、近衛騎士団達が何かを言い出して来る様子はない。


 「久しぶりだね、ジェームズ。約束通り、会いに来たよ」

 「お久しぶりです、ノア殿。貴女の再訪を歓迎いたしましょう」


 相変わらずの口調である。皇帝に就いたというのだから、もう少し威厳のある喋り方をすれば良いものを。尤も、今のような口調は私相手だからなのかもしれないが。


 そして、今回の謁見で私を玉座の一から見下ろしているのはジェームズだけではない。彼と結婚した妃も一緒である。


 「妃に会うのは初めてでしたね?紹介しましょう。ディアンヌです」

 「お初にお目にかかります」

 「初めまして。夫婦仲は良いみたいだね」


 ディアンヌの様子を見て、私は満足気に頷く。私がこの城に訪れたのは、彼女に会いに来たからだ。ジョスターとの約束を果たしに来たのである。


 ディアンヌは、本来ならばジェームズの兄であるジェルドスと結婚する筈だった女性だ。

 アインモンドが宰相となる10数年前までは、ジェルドスだけでなくジェームズ共交流があり、そしてジェルドスのことを憎からず想っていた女性でもある。


 変わってしまう前のジェルドスは、1人の女性から慕われるぐらいにはまともな人物だったのだ。

 それ故に、徐々に横暴になっていく婚約者の様子に、ディアンヌは心を痛めていたらしい。

 どうすることもできないまま命を落とすことになった際には、一晩中泣きはらしもしたようだ。


 それほどまでに慕われていたジェルドスだからこそ、そんな息子の過去を知っていたからこそ、ジョスターはジェルドスにやり直しの機会を望んだのだ。


 そしてジェームズなのだが、実を言うと彼はディアンヌに好意を寄せていたのだ。

 彼がまだ幼いころの話になるが、ジェルドスとディアンヌと共に遊んでいたこともあった。

 ジェームズとディアンヌは同い年なのだが、ジェームズが自分の気持ちに気付く頃には、既にディアンヌの想いはジェルドスに向いていたらしい。


 ジェルドスがジョージに討たれた時もジェームズはディアンヌを想っていたようだが、後からかすめ取るような形になることをなかなか受け入れられず、結婚までに時間が掛かったのだ。

 しかし、私がジェームズに求めた要求を果たすためと、彼はディアンヌと結婚することを決めたようだ。


 謁見の間ではとりとめのない会話を行い、私達はジェームズ達の寝室へと移動した。

 そして、ディアンヌに確認を取る。


 「ジェームズから話は聞いてる?」

 「はい。是非とも、お願いしたく思います」

 「改めて聞くけど、ジェームズも、それで良いんだね?」

 「はい」


 2人共、真剣な表情でこちらを真っ直ぐ見据えている。

 それならば、良い。実行しよう。


 ディアンヌの腹部に優しく触れる。彼女の腹部は一見何の変哲もない女性の腹部ではあるが、その内側には新たな命が宿っている。


 「うん、大丈夫。元気な子供が生まれるよ」

 「ありがとうございます。それで…折り入ってお願いがあるのですが…」

 「うん、良いよ。聞こう」

 「生まれてくる子供に、ノア殿から名前を与えていただけないでしょうか?」


 ディアンヌの方を見れば、彼女も静かに頷いている。元から私に生まれてくる子供の名付け親になって欲しかったようだ。


 それぐらいならばお安い御用である。そもそも、私が2人に我儘を言ったのだ。2人はその我儘を快諾してくれたが、本来ならば不快感を持たれても不思議ではない要求だった。

 だから、2人から何かを要求されたら可能な限りその要求に応えるつもりだった。


 生まれてくる子供の名前を伝えたら、ジェットルース城を後にする。


 「もう、行ってしまうのですか?」

 「うん、行くべき場所は他にもあるからね。きっと、私のことを待ってると思う」

 「そうですか」


 次にジェームズ達に会いに行くのは、彼等の子供が生まれた時だろう。その時を楽しみにしておこう。



 ジェットルース城から離れ、ロヌワンドの貴族街の中でも特に身分の高い者しか住まうことのできない区画に、比較的質素な屋敷がある。その屋敷の主の元に、転移魔術で移動する。


 「久しぶりだね、ジョスター」

 「そなたか。待っていたぞ?」


 私が訪れたのは、退位して隠居生活を送っている先代皇帝であるジョスターの住居、その寝室だ。直接転移魔術で移動させてもらった。


 皇位をジェームズに譲ってからというもの、すっかり覇気が衰えて衰弱する一方のようだ。

 ほぼ寝たきりの生活を送り、この屋敷で働くジョスターの世話をする者達も、心配そうにしている。


 「少し…いや、随分と痩せたね」

 「フッ、儂が為すべきことは、すべて終わらせた。後は、そなたからの報告を聞き、導魂神様の迎えを待つばかりである」


 この国の内乱からジョスターが退位するまで、彼は激動の人生を送っていた。

 内乱時は肉親を自らの手に掛け、内乱が終結し皇位に就けば、疲弊した国を立て直すために多忙を極めた。

 子供が生まれてからも後継者問題が発生する。

 ジョスター自身はジェルドスに跡を継がせるつもりではあったが、周りの貴族達がそれを良しとしなかった。


 子供達に同じ過ちを繰り返させないためにも、早急に後継者を決めてしまおうとしたところで、アインモンドだ。

 あの男の手によって10年間意識を封じられ、意識を取り戻せば将来を託そうとした長男はどうしようも無い状態まで貶められ、国は再び疲弊しようとしていた。


 アインモンドを排した後は再び国の建て直しに尽力するとともに子供達の将来だ。彼等を可能な限り満足させるように采配して内乱時の負債を清算したところで、ジョスターはジェームズに皇位を譲った。

 正直、2年程度で良くそこまでできたものだと感心している。まぁ、私も多少手を貸したこともあったが。それでもこの国を建て直し、安泰にしたのは間違いなくジョスターの手腕であり功績だ。


 やるべきことを終え、精根尽きたのだろう。今ではすっかりと気力を無くしてしまっている。


 「体、起こせる?フルルのフルーツがあるよ?」

 「いただこう」


 ゆっくりとジョスターが体を起こす間に、私は『収納』からフルル産のアップルを取り出して皮を剥いて果肉をすりおろす。

 すりおろしたアップルを器に入れ、木製のスプーンで掬い、体を起こしたジョスターの口まで運ぶ。


 「ふふ、そなたに介護をしてもらえる人間など、儂以外にはおらぬだろうな」

 「貴方ぐらいしか、私の知り合いに介護が必要な人がいないとも言えるね」


 実に自慢げである。人間の介護など、ジョスター以外にやる必要が無いからな。

 ジョスターよりも年上であるモスダン公爵は、孫娘のエリザの成長を見るたびに若返っていくかのように活力を得ているほどだ。あの様子なら、後10年は現役でいられるだろう。


 「ジェルドスの魂は、無事に宿ったよ。念のためだけど、ディアンヌにも私の魔力を少しだけ分けた。母子ともに病に侵されることはないよ」

 「そうか…」


 私がジェームズにした要望。それは、彼と彼の伴侶の間から生まれる子供に、ジェルドスの魂を宿すことだ。

 ジョージがジェルドスを討った際、ジェルドスの肉体から離れた魂を保護し、時が来るまでロマハに預けていたのだ。

 そして今、ジェームズの伴侶であるディアンヌが懐妊したとの知らせを受け、彼女の胎児にジェルドスの魂を定着させたのである。


 ジェルドスの魂に生前の記憶はない。元々胎児に宿す際に消去するつもりではあったが、それ以前にジョージの技を受けた際に消えてしまっていたのだ。

 忘却ではなく消失だ。記憶が蘇ることはない。それは彼の魂を回収した際に確認済みだ。ジェルドスは、まっさらな状態で新たに人生をやり直すのだ。


 「貴方が頑張って立て直した国で、ジェームズとディアンヌの間に生まれたのなら、今度はきっと立派な皇帝になると思うよ」

 「そうか…」


 ゆっくりとすりおろしたアップルを飲み込むと、ジョスターは天井を仰いで涙を流した。


 「そなたには、なんと感謝の言葉を述べれば良いか、分からぬな…」

 「言葉にできないのなら、思ってくれるだけで十分さ。私はね、感情を読み取るのが得意なんだ」


 ジョスターからの感謝の思いなど、意識を取り戻した時に話をした時からずっと受け取り続けている。

 今更それが多少強くなろうと、何の変化もない。

 彼は私のことを神ではなく、ドラゴンの姫として感謝をしてくれているようだからな。こちらとしても素直に感謝の気持ちを受け取れるというものだ。


 「十分である」

 「ジョスター?」


 ジョスターの体から、一層気力が抜けていく。まるで、もう思い残すことがないかのような反応だ。


 「為すべきことを為し遂げ、心残りであったジェルドスも、無事やり直しの機会を得られた。十分である」


 まさか、このままこの世を去るつもりでいるつもりなのだろうか?それを私に見届けろと?

 それはまだ早いな。あまりにも勿体ない。


 「これから生まれてくる孫の顔を見なくて良いの?初孫だよ?」

 「…!」


 当たり前のことを聞けば、ジョスターは目を見開いてこちらを見ている。


 「体も動かせるようになった方が良い。今のままでは初孫を抱けないよ?」

 「そなた…意地が悪いぞ…。そのようなことを言われては…まだ導魂神様に導かれる訳にはゆかぬではないか…!」


 ジョスターの体から失われた気力が、再び宿っていく。

 それで良い。まだまだ生き続けてくれ。友人を看取るのは、もう少し先にしたいんだ。


 それに、もうすぐ世界中に向けて盛大に私の素性を公表するのだ。ジョスターにもそれを知ってもらいたい。


 「済まぬが、もう少しもらえぬか?急に腹が減って来てな…!」

 「うん、存分に食べると良い。この屋敷に住む者達も喜ぶ」


 この国のために生涯を尽くした人だ。ジョスターを慕う者は非常に多い。勿論、この屋敷で働く者達もそれは変わらない。それどころか、人一倍強い。

 だからこそ、彼が生きる気力を取り戻してくれたと知れば喜ぶのは間違いないのだ。


 「そうか…そうだな。あの者達にも随分と心配を掛けたものだ。後で詫びておこう」

 「それが良い。精々頭を下げられて慌てる彼等の顔を見ておくと良い」


 自分に非があると分かれば頭を下げるのは私も同じだが、それをされた配下がどのような反応をするかなど目に見えているのだ。お互い、配下からは強く慕われているからな。


 「ところで、一つ教えてくれぬか?」

 「何?」

 「新たに生まれてくる儂の初孫は、何という名前なのだ?そなたのことだ。もう決めているのだろう?」


 ジョスターはジェームズから生まれてくる子供の名前を私に付けてもらうつもりであると教えられているようだ。


 隠す理由もないので教えておこう。新しく生まれてくる子供の名前は―――


 「ジェリド。それが新しい彼の名前だよ」

 「そうか…。ありがとう」


 満足気に頷き、静かにジョスターは目を閉じた。腹が満たされて眠くなったのだろう。

 体を寝かせて掛け布団を掛け直してやるとしよう。


 部屋から出て、屋敷の使用人達にジョスターの状態を伝えたら、この国を去るとしよう。これから忙しくなる。


 世界中に向けての発表のための、準備を始めるのだ!

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