閑話 元皇子の充実した冒険者生活

 3日ぶりに見るティゼミアの城門を目にして、体から力が抜けていくのを感じる。ようやく風呂に入れそうだ。

 いや、道中『清浄』で清潔さは保ってはいたけど、やっぱり風呂は偉大だよ。あの快感を知ってると、味わわずにはいられないってね。

 しかもマコトさんが日本の銭湯の設備をかなり再現してくれたおかげで、尚更その魅力に抗えなくなってる。ホント、この国、この街に来て良かったよ。


 「やあジョージ君、お帰りなさい。流石の速さだね」

 「お疲れ様です、マーサさん!俺も速さにはちょっと自信ありますからね!」


 ティゼミアに来て本当に良かった。依頼を受けて街を出入りするたびに、美人なお姉さんにこうして気さくに声を掛けてもらえるんだもんなぁ…。と言っても、最初からこんな感じに声を掛けてもらえてたわけじゃないけど。

 しかもギルドの受付も美人が多いし。まぁ、それに関してはマコトさんが顔も採用基準の一つって言ってたから納得だけど。


 俺がティゼミアに来てから、3ヶ月が経った。

 既に俺のランクは"上級ベテラン"になり、悠々自適な生活を送らせてもらって…るわけじゃなかったりする。


 日々をのんびり気ままに生活するなら、別に毎日依頼をこなさなくても良いんだ。だけど、俺は冒険者登録をしてからというもの、週6日で依頼をこなし続けている。

 それと言うのも、マコトさんからドシドシと勝手に依頼を入れられてるからだ。

 別に文句はないさ。マコトさんの助手兼後継者になるって決めたのは、他ならぬ俺自身なんだからな。

 俺がこうして依頼をこなしている間も、あの人はバンバン自分の仕事をしてると思うと、この程度で泣き言なんて言ってられないってもんよ!


 …あの人に感化されて社畜根性が染みつかないように気を付けないとな。


 城門を抜けてギルドに向かって歩いていると、道のド真ん中で仁王立ちをしている女の子の姿が見えてきた。

 やたら自身に満ちた不敵な笑みをしている、今の俺と同年代の美少女だ。

 身なりからして、貴族の子…だよな?何故か2本の木剣を手にして誰かを待っているように見える。

 気のせいか…?あの子、コッチと言うか、俺を見てないか?ヤバイ、なんだか嫌な予感がしてきたぞ?


 厄介事の気配しかしないから回り道をしてギルドに向かおうとしたら、そのタイミングで女の子が俺に向かって声を掛けてきた。


 「待ってたわよ!登録早々異例の速さで"上級"冒険者になったジョージ皇子!」


 俺のことについては意外と周囲に知られていたりする。なにせ建前上では追放された身ではあるけど、実際には国と親父を救った英雄扱いになってるからな。その情報も新聞によって世界中に知れ渡ってたりするわけだ。


 で?この美少女は一体何者なんだ?っていうか何が目的なんだ?

 とりあえず、貴族だろうから新聞も読んで事情を知ってるだろうし、皇子ってのは否定しておこう。


 「ははは、知ってるだろ?俺はもう皇子じゃないよ」

 「勿論知ってるわ!なら、貴方のことはジョージで良いわね!?」

 「ああ、それで良い。で?結局俺に何の用なんだ?」


 目的を訪ねると、女の子は心底楽しそうな表情をしてからいきなりこっちに突っ込んで来た!


 とんでもなく速い!足元に作った魔力板をカタパルトみたいにして自分を弾き飛ばしてタイミングよくこっちに向かって駆け出したんだ!俺が電気強化を使った時並みに速いぞ!


 女の子は一瞬で俺の目の前まで肉薄して、手にしていた木剣で突きを放ってくる。

 ヤバイ!気が抜けてたし街中で襲ってくるだなんて思っても見なかったから対処が遅れた!避けられねぇ!


 「…へ?」

 「…フフ!私もやるでしょ?」


 俺の目の前に映るのは、木剣の柄だ。それを俺の眼前で小さく揺らしてる。

 つまり、この木剣を取れってことか?で、コレを取ったら確実にもう片方の木剣で勝負を挑まれるんだろうなぁ…。


 っておい!やめてくれ!そんな期待を込めた目でコッチを見ないでくれ!木剣の柄に手が伸びるじゃないか!


 いつまでも木剣を取らないからか、女の子の顔から笑顔が消えて行く。得意気な表情から段々と不満気な表情に変わってきた。


 「ねぇ、早く取ってくれない?」

 「えっと、取るのはもう確定事項なの…?」

 「勿論!貴方がどれぐらいやれるのか、教えて欲しいの!」


 あ、駄目だコレ。俺が木剣を取るまでどこまでも付きまとう気だ。

 さっきの動きからしてどう考えてもこの子、俺と互角かそれ以上に強いぞ?今の状態でやるのか?コッチは万全の状態じゃないんですけど?


 ていうか、周りの人達も暖かい視線で見てないで止めてくれないかなぁ?何で期待の眼差しを俺達に向けて来てるわけ?


 ええい、ままよ!マコトさんへの報告は遅れるけど、コレは俺のせいじゃないからな!帰りが遅くなっても怒らないでくれよ!?



 し…しんどい!依頼を終わらせて消耗した状態でこの子と剣で打ち合うのは…ハッキリ言ってかなりキツイ!

 魔力による身体強化が俺よりも優れてるし、剣の技量は完全にあっちの方が上だ!電気強化で何とか食いつけてはいるけど、速さと力だけでどうにかなるような相手じゃない!

 俺だってティゼミアに来てからマコトさんに偶に鍛えられたりして、自己鍛錬を怠ってるわけじゃないんだけどなぁ…!

 こんな街中で下手に攻撃用の魔術を使うわけにもいかないし、このままだと負けるな…。


 いや、別に勝敗に拘ってるってわけじゃないけど、こちとら世界最強の存在に修業を付けてもらった身なんだ。簡単に負けを認めたくない。

 最終的に負けるのはともかくとして、もうちょっとぐらいは食らいつきたい。


 しっかしこの子、本当に楽しそうな顔してるな。凄く可愛いし、こんな状況じゃなきゃもっとまじまじと見ていたくなる。と言うか、俺はこの子にカッコいいところを見せたいと思ってたりする。


 いやさ?前世の年齢を加算したら俺も30超えたおじさんなんだろうけどさぁ、如何せん高校生の時に死んだし、生まれ変わってからというものまともな人生経験してないから、精神年齢なんてあの頃とまるで変わってなかったりするんだよなぁ…。

 そういうわけで、目の前にいる女の子は、俺としては普通に恋愛対象になり得たりする。


 そんなわけで、カッコいいところを見せるためにも、もうちょっと無理して電気強化の出力をもう少し上げるか。そう思った時だった。


 「こんな道のド真ん中で、何をしているのですか?」

 「げげぇっ!?」


 目の前にいる美少女をそのまま大人にしたような、やたら綺麗なお姉さんが、今の空気を遠慮なくブチ壊して女の子に声を掛けた。服装からして間違いなく貴族だ。

 女の子の反応とお姉さんの見た目からして、あの子の姉なんだろうなぁ…。そんでもってお姉さんにまったく頭が上がらない、と。


 もうちょっとあの子にいいところを見せたいと思ったけど、助かりはしたかな?


 「お、お母さん!?」

 「お母さんんっ!?」


 うっそだろ!?その見た目でお母さんって!どう見ても20代じゃないか!俺と君、同年代だよな!?

 妖精人エルブ窟人ドヴァークってわけでもなさそうだし、どうなってるんだよ…?


 あ、お姉さ…じゃなかった、あの子のお母さんがあの子の耳を摘まんで引っ張り出した。


 「い゛っ!?痛い痛い!お母さん、そんなに強く引っ張らないで!」

 「先程の言葉と言い、貴女には色々とお話をする必要がありますね?ジョージ皇子、この子の我儘に付き合っていただき、感謝いたします。これから私達は行かなければならない場所がありますので、これにて失礼させていただきます」

 「あ、ハイ。後、俺はもう皇族じゃないんで、皇子は不要です。それと、様付とかもしなくて良いですからね?」


 そうなんだよ。みんな新聞で俺がもう皇子じゃないって知ってる筈なのに、それでも俺のことを皇子って呼んだり殿下って呼ぶ人が結構な数まだいるんだ。

 しかも皇子じゃないって言っても今度は様付して来るし。


 だからこうして皇子や殿下って呼ばれたり様付で呼ばれるたびに、そう呼ばなくて良いって言ってるんだけど、今のところあんまり効果が無かったりする。

 それと言うのも、新聞で俺が帝国の英雄扱いされてるのが原因だと思う。あの記事、後でオレも読んだけど、やたら俺のこと持ち上げてるんだよ。


 女の子が彼女の母親に引きずられながら、俺に手を振って声を掛けてくる。


 「ジョージ!その木剣はそのまま持ってていいからね!また今度やろーね!」

 「殿下に向かって何ですかその口の利き方は。どうやらお話しする内容が増えたようですね?」

 「うえぇ!?だ、だって本人がコレで良いって…!」

 「それでもです。貴女よりもずっと立派な御方なのですから、敬意をもって話をしなさい」


 誤解です。俺はそんなに立派じゃなかったりします。

 はぁ…。なんだかとんでもない子に目をつけられちゃったな…。周りの反応からしてかなりの有名人みたいだし、マコトさんに聞けばあの子のこと、教えてもらえたりするのかな…?

 報告もあるし、ギルドに戻ろう。



 受付で依頼の報告を済ませた後、いつも通りにマコトさんの元へ行くと、あの人は本来の若い姿で出迎えてくれた。


 「お疲れ様、ジョージ君。今日はいつもよりも遅かったね?今、お茶を淹れよう」

 「ありがとうございます!いやぁ、参りましたよ。何故か道のど真ん中で、とんでもなく強い女の子から剣の勝負を挑まれちゃって…」


 マコトさんの淹れてくれるお茶は何と緑茶だ。

 前世ではペットボトルのお茶ぐらいしか碌に飲んだことがなかったけど、マコトさんが淹れてくれた暖かい緑茶は、懐かしさもあって物凄く美味く感じられた。


 「へぇ…。君がそこまで言うってことは、相当な強さなんだろうねぇ…。ひょっとして、貴族の子だったりするのかな?」


 さっきまでのやり取りを報告すると、お茶を淹れながらとても嬉しそうに質問をしてくる。

 貴族の子とは言ってないけど、マコトさんは相手が貴族の子だと思っているみたいだ。

 実際にあの子は貴族の子なんだろうし、やっぱりマコトさんはあの子のことを知ってるんだろうなぁ…。


 「貴族の子だと思いますよ?途中であの子のお姉さんにしか見えないぐらい若い見た目をした母親に引っ張られてどっか行っちゃったんですけど、その人がどこからどう見ても貴族って感じの人でしたから」

 「なるほどねぇ…。さ、お茶が入ったよ。今日は羊羹も出そうか」


 おお!マジか!暖かい緑茶に羊羹が出てくる日って、マコトさんの機嫌がやたらいい時だけだったりするんだよなぁ!

 なにせこの世界、餡子の供給が全然行き届いて無くて、和菓子系はなかなか手に入らないそうなんだ。

 マコトさんは俺なんか目じゃないぐらい強力な『収納』の使い手で、大量の餡子を収納空間に仕舞ってあるみたいなんだ。しかも餡子だけじゃなく和菓子もだ。

 この3ヶ月間で和菓子を出してもらった回数はそんなにないけど、これまでにどら焼きと羊羹、それから大福を出してもらったことがある。

 どれもマコトさんの自作らしく、メチャクチャ美味かった。


 緑茶と羊羹を出してくれたことにお礼を言ってからそれらを口に運ぶと、マコトさんから話の続きを催促された。


 「それで?どうだった?」

 「剣だけだったら間違いなく俺よりも強いですね。まぁ、攻撃用の魔術とか使えてたら、結果は分からなかったかもですけど…」


 羊羹の甘味を堪能しながら率直な感想を伝えると、何やら苦笑されてしまった。

 どうやらマコトさんが聞きたかったのはそういうことではなかったらしい。


 「いやいや、そうじゃなくてね。君の将来の相手にどうかなって思ったりしてね」

 「なんでそうなるんですか。今のところは無理ですよ」

 「なんでだよ!?シャーリィ可愛いだろうがよ!!」

 「ちょっ!?どうしちゃったんですか!?落ち着いてください!」


 びっくりしたぁ…!いきなりマジ切れして怒鳴らないでくれよ…。この人が怒ると魔力が溢れるから、尋常じゃなく怖いんだよ!


 幸い、すぐに冷静さを取り戻したみたいで、深くため息をついてから怒鳴ったことを謝罪された。


 「いや、ごめんよ。なにせ、あの子の母親は僕が若いころから知っていてね。娘みたいなものなんだ…。つまり、ジョージ君が勝負をしていた子は、僕にとっては孫娘みたいなものでね…」

 「はぁ…。ってことは、マコトさんは当然あの子のことを知ってるんですよね?」


 マコトさんは見た目こそ20代半ばの好青年って感じの見た目だが、実年齢は70を超えた爺さん。今の俺の親父よりも年上だ。

 普段は俺も新聞や資料で観たことがある、ゴリマッチョな厳つい爺さんの見た目をしている。つまるところ、実年齢相応の姿だな。


 マコトさんがこの世界に転移してきたのは、もう40年どころか50年近くも前の話らしい。それだけ長く生きているのなら、あの美人親子と知り合いでも、何もおかしくない。


 「彼女達は、君も名前ぐらいは知っていると思うよ?何せ、君と勝負をした娘の父親は、世界最強の騎士だからね」

 「世界最強の騎士って…。それじゃああの子が!?」

 「そう、シャーリィ=カークス。てん騎士の娘であり、巓騎士を超え得る可能性を持った子さ」


 マジかぁ…。本当にとんでもない子に目をつけられちゃったなぁ…。

 折角の緑茶や羊羹の味が、何故か美味しく感じられなくなってきたぞ?

 あの子、これからも俺と勝負をしたがるみたいだし、今後も絡まれることが確定してるじゃないか。


 「これは僕からの一方的な我儘なお願いなんだけど、あの娘と仲良くしてやってもらえないかな?」

 「…マコトさん、俺が今後あの子に絡まれること分かってて言ってますよね?」

 「ははは、まぁね。心配しなくとも、簡単に追い抜かれないように責任をもってしっかりと鍛えてあげるさ」


 それ自体は嬉しいけど、あんまり嬉しくねぇ!この人普段人を鍛える機会が滅多にないせいか、俺を鍛える時は全然容赦しないんだよ!

 いやまぁ、それでも重力負荷が掛かった環境で体力が尽きるまで小型のクソ強ドラゴンと延々と戦わされ続けるよりかは、いくらかマシだけど…。


 と言うか、あの時の修業が過酷過ぎたせいで大抵のことは耐えられるから、マコトさんも容赦しなくなってるんだよなぁ…。


 「シャーリィは強い。それこそ、同年代の間では敵無しだ。だから、若干同年代の中で孤立気味なんだ」

 「それで、いい刺激になるだろうから、定期的に相手をしてやって欲しいってことですか?」

 「うん。コレも一つの修業だと思って、引き受けてくれないかな?」


 まぁ、修業になるのはその通りなんだろうな。

 うん。俺が強くなれば、その分マコトさんの負担も減らせられるだろうし、ここは一つ、頑張ってみますか!


 マコトさんからの要望を快諾すると、かなり喜ばれて羊羹をもう一皿追加してくれた。



 マコトさんへの報告も終り、俺が寝泊まりしている"白い顔の青本亭"へと足を運ぶ。

 追加で羊羹を増やしてもらったのは良いけど、その程度じゃあ成長期の男子の腹は満たせない。食欲をそそる香りに誘われるように、俺は宿の中へと入って行った。


 ブライアンのおやっさんに挨拶をして、食堂へと進むと、聞き覚えがあり過ぎる元気な声が俺の耳に入ってきた。


 「あーっ!!ジョージじゃない!!さっきぶりね!こっちに来なさいよ!これから夕食なんでしょ!?一緒に食べましょ!」


 マジかよ。

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