閑話 元皇子のとても充実した冒険者生活

 席にまだ空きはあるけど、ああも勧誘されてると無視はできそうにないよなぁ…。てか、別の席に座ったらその席に凸してきそうだ。

 素直に相席した方が良いんだろうなぁ…。


 ただ…。


 「シャーリィ」

 「ひぅ!で、でもお母さん…!」

 「でもではありません。食事中に立ち上がり大声を出すなど、はしたないですよ」


 アイラさん、だっけ?シャーリィのお母さんがやたら怖いです。

 魔力量や肉体的な強さは多分シャーリィの方が上なんだろうけど、そういう問題じゃないんだろうなぁ…。文字通り頭が上がらないというか、逆らえないような迫力があるというか…。

 とにかく、この人は怒らせたらダメな人なのは間違い無いな。


 俺の選択肢として正しいのは、誘われるままに席に着くでも無視して違う席に着くでもない。


 「御無沙汰しています。お2人のことは、マコトさんから伺わせていただきましたよ。カークス婦人」

 「アイラで結構です。そうですか。あの方と親しくしていらっしゃるのですね…」

 「貴女のことは、娘も同然だと言っていました」

 「フフフ…。ええ、幼いころから良く可愛がっていただいておりました」


 俺のとる最善の選択肢。それは、この場で最も発言力のある人物。つまりアイラさんと親しく接すること!これ以外にない!


 シャーリィは無視されてるみたいで不満気にしているけど、俺が会話しているのが頭の上がらないアイラさんってこともあって、会話に入ってこれないでいる。


 「ところで、折角誘いを受けたことですし、相席させていただいても?」

 「ええ、私達の席でよろしければ。娘の我儘に応えていただき、ありがとうございます」


 同じ席で食事ができると知って、不満げな表情から一転してシャーリィが満面の笑みになる。

 いや、ホントにこの子可愛いな。周りの同年代の男子が放っておかないんじゃないか?


 2人は既に料理を注文していたこともあって、机にはいくつか料理が運ばれてきている。シャーリィに至っては少し食べ始めていたようだ。


 席に着いて、俺も料理を注文させてもらおう。3日ぶりに食べるこの宿の料理だ。ガッツリ食べさせてもらうぜ!


 好みの料理を注文すると、その量が思っていた以上に多かったのか、シャーリィが声を掛けてきた。


 「結構頼むわね、お腹が空いてるの?」

 「ああ、この宿で食事をするのは3日ぶりっていうのもあるけどね」


 グルメなあの人が薦めてくれただけあって、この宿の料理は文句無しに美味い。それとマコトさんから聞いた話によると、アイラさんもこの宿の料理が好きで、幼いころからこうしてこの宿に食べに来てたらしい。

 で、今回はその味を娘のシャーリィにも教えに来てるってことかな?


 …今更だけど、そういうのって親子水入らずの時間だし、相席しなかった方が良かったのかも?


 「殿下、気遣いは無用ですよ?今回が初めてではありませんから。それに、娘も喜んでいます」

 「そう言っていただけると幸いです。それと、殿下と言うのは…」


 アイラさんに限った話じゃないけど、俺のことを殿下って呼んでくれる人は結構いたりする。ギルドの受付だったり、ブライアンのおやっさんだったり、巡回騎士の人達だったり。

 なんか、"殿下"が俺のあだ名になりつつあるんだよなぁ…。


 俺は冒険者として成功するつもりだけど、その時に殿下って言葉が入った称号が与えられたりしないよな?やめてくれよ?恥ずかしいにも程があるから。


 「申し訳ありません。ですが私を含め、貴方様に対して敬意を払いたいと願う者は大勢います」


 殿下って呼ばれることに抵抗があることを、アイラさんも分かってはくれているみたいで、頭を下げられてしまった。

 おやっさんや受付の人達の場合は殆どあだ名みたいに呼んでくるんだけど、アイラさんや巡回騎士の人達の場合は、思いっきり敬意を込めて呼んでくるんだよ。

 で、その理由も大体俺は察してる。


 「ウチの学校でもジョージってば大人気よ?しかも女子からも男子からも」

 「そうなの?ってか学校?」


 シャーリィって学校に通ってたのか。いや、その考え方は失礼か。国によっては貴族の子息や令嬢を学ばせる場として、普通に学校に通わせるからな。ウチの国にも学校はあった筈だ。俺は通えなかったけど。


 で、シャーリィの通ってる学校でも俺が人気だっていう理由なんだが…。まぁ、新聞の内容が原因だ。ホント、情報を一度に広範囲に即座に拡散できる新聞ってスゲェよな。


 俺の注文した料理も運ばれてきたことだし、早速いただくとしよう。

 こういう料理の食べ方は、生まれ変わってから散々教育させられたからな。行儀よく食べるのは訳もない。

 だからさ、シャーリィ。そんな感心したようにコッチ見ないでもらえないかな?


 「流石は元皇子様ね。綺麗に食べるわ…」

 「シャーリィ、貴女も見習いなさい?」

 「う゛。ね、ねぇ、ジョージ?もうちょっと行儀悪く食べても良いのよ?」

 「シャーリィ」

 「ひぃ!ゴメンナサイ!」


 そりゃ怒られるでしょうよ。この子、結構ノリで喋ってるな?そんなことで将来大丈夫なのか?

 ウチの腹黒貴族共と何年も会話し続けてきた俺から言わせてもらうと、ちょっと危なっかしいぞこの子。

 アイラさんもそれが分かってるから、シャーリィの言動一つ一つを聞き漏らさずに厳しく接してるってことなのかな?すっごい苦労してそうだ…。お疲れ様です。


 「ね、ねぇジョージ?なんでお母さんに労いの視線を向けてるの?どっちかって言うと、労われるのって私じゃない?」

 「いや、アイラさんの苦労を考えると、どう考えてもね…」

 「まぁ…。帝国国民が殿下を慕う理由がよく分かります…」


 あー…。ますますアイラさんからは殿下って呼ばれるようになりそうだ。口が滑ったかな?俺もまだまだだぜ。


 でも、良いもんだな。正直楽しい。

 こうして楽しく会話をしながら食事をするのって、本当に幸せだ。

 思えば、あの人に修業を付けてもらってた時も、神出鬼没な友人と一緒に飯を食って楽しい時間を過ごせてた。


 会話をするたびにコロコロと表情を変えるシャーリィが可愛かったし、まさかあの子もあの人から師事を受けたことがあるとは思わなかった。

 ただ、必殺技を教えられたり独自の修業を付けてもらってたことには、やたら羨ましがられたけど。



 で、それから数日後。俺はギルドの地下にある訓練場でマコトさんから、強烈な一撃を貰って蹲ってたりする。


 「よそ見してんじゃねぇぞジョージ!!いつからテメェが他人に気を遣えるほど強くなった!!?ああ!?」

 「お…押忍!スンマセン!」

 「マ…マコト殿?」

 「い、いささか厳しすぎないでしょうか…?」

 「も、もう少しこう、手心というか何というか…」


 俺とマコトさんの修業内容を見て同年代の3人の男子が慄いている。


 この3人と出会ったのは、シャーリィと初めて出会った次の日のことだ。あの子に絡まれた翌日、同じ場所で絡まれた。


 理由は単純。俺がシャーリィと仲良くなったからだ。

 彼等は貴族令息のクラウスとテミーとディン。この3人はシャーリィの幼馴染で、シャーリィに惚れてる3人だ。

 英雄視されてる元皇子とは言え、ポッと出の同年代の男子に惚れた女の子が取られちまったら、たまったもんじゃないだろうからな。3対1で勝負を挑まれた。


 気迫や連携はすさまじかったが、それでもシャーリィ1人を相手にしてた方がずっとキツかった。

 でもって、彼等もそれを理解しているからこそ焦っていたんだ。

 なんでも、3人ともシャーリィには告白済みで、自分に一太刀も浴びせられない相手を夫に選ぶつもりは無いってこっぴどくフラれているらしい。ただ、彼等はそれでもまだ諦めていない。


 で、彼等の真っ直ぐで一途な思いを知って、俺はクラウス達を応援したくなった。

 なんでもシャーリィは、ティゼム王国で現状最強の宝騎士であるグリューナさんに頻繁に鍛えられてるって話だ。

 だから少しでもあの子に追いつくには、グリューナさん同様にこの国で最強クラスの人に鍛えてもらう必要があるって俺は判断した。

 ついでに、俺の修業が少し楽になるかもって考えたのは内緒だ。まぁ、その見積もりは甘すぎたんだけどな。


 俺を鍛えるついでにクラウス達を鍛えて欲しいって要望を、マコトさんは快く受け入れてくれた。

 受け入れてはくれたんだけど、自分の正体を特定の人以外に教えるつもりのないマコトさんは、それ以降普段のゴリマッチョな厳つい爺さんの姿で修業をするようになった。それも、今まで以上に容赦のない内容になって。

 しかも、その時のマコトさんって口調が荒っぽくなるから、怖いのなんのって。


 マコトさんを宥めようとクラウス達が声を掛けるんだけど、それは逆効果だった。


 「ああん?オメェ等はここに、何をしに来た?言ってみろ」

 「しゅ、修業であります!」

 「シャーリィに認められるためです!」

 「生半可な努力では達成できないと殿下に言われ、教えを請いに伺いました!」


 マコトさんに睨まれてクラウス達が縮み上がってる。アレ、ホントに演技なのか?マジになってない?


 「分かってんじゃねぇか。いいか?シャーリィに認められてぇなら、この程度のことで泣き言なんて言ってられねぇぞ?」

 「「「はいマスター!!!」」」

 「それと、だ…」


 マコトさんの体から魔力が放出される。そのおかげで、さっき以上に訓練場の空気が重くなる。


 「知ってるかもしれねぇっつーか、知ってて当然だと思うが…アイラは俺の娘も同然だし、その娘であるシャーリィは俺に取っちゃあ孫娘も同然だ」

 「は…はい!存じております!」

 「そんな孫娘同然のシャーリィと結婚したいってんなら、当然相応の覚悟はあるんだよなぁ?あの子に一太刀浴びせるのは当然としてだ、ついでにこの俺を認めさせてみせろ!」

 「「「イ、イエスマスター!!!」」」


 クラウス達を鍛えて欲しい理由を説明した時は、満面の笑顔でアイツ等を連れてくるようにマコトさんから言われたんだけど、コレをアイツ等に言いたかったからか!どんだけあの母娘を溺愛してるんだよ!?


 ま、まぁそのおかげでクラウス達も身が引き締まったみたいだし、結果オーライってことでいいのか?



 俺含め、マコトさんにボッコボコにされた4人は、訓練場を出てメシを食いに"白い顔の青本亭"へと向かう。

 道中、マコトさんがあそこまでマジになって鍛えてくるとは思ってなかったことを、クラウス達に詫びておこう。


 「なんか、悪かったな。まさかあそこまでマジになってボッコボコにしてくるとは思わなくって…」

 「い、いえ、お気になさらず…」

 「むしろ、これぐらい乗り越えなきゃ、シャーリィの心は射止められないって実感しましたよ…!感謝してます…!」

 「それに…今の俺達、ノア様に授業を受けた時並みに成長を実感してるんです…!」


 俺はと言うと、すっかりクラウス達に強い友情を抱くようになっていた。共に苦難を乗り越えた仲間として認識しているからなのかもしれない。

 そんな俺達に、聞き覚えのある楽しそうな女性の声が届いて来た。


 「いいですねぇ…!同じ目標に向かって必死に努力をする、熱い友情に結ばれた美男子達…!実に絵になります!写真、よろしいですか!?」

 「…イネスさん、何してるんですか…」


 俺達に声を掛けてきたのは、ドライドン帝国で出会ったフリーの新聞記者、イネスさんだ。

 20才前後の明るい雰囲気を持った気さくな美人さんで、何故かドライドン帝国から今度はこの国に渡って来てる。と言うか、俺がみんなから英雄視されるようになった記事を書いた張本人だったりする。


 「何って、取材に決まっているじゃないですか!今や殿下は時の人と言って良いですからねぇ!あ!申し遅れました!私、フリーの記者をしてます、イネスと申します!以後、お見知りおきを!」

 「は、はぁ…」


 そういう反応になるよな。俺も初めてこの人と会った時はそんな感じだったよ。

 この人、話をするとすっごい明るいのに、やたら気配を消すのが上手くて今まで一度も俺の方から声を掛けれたことがなかったりするんだよ。実はとんでもなく強かったりするんだろうか?


 それはそれとして、イネスさんって妙に距離感が近いんだよなぁ…。しかも美人だから、間近で微笑まれたりすると、かなりドギマギする。

 そのせいで、頭がちょっとパニックになったりしていつの間にか取材を許可しちゃってた時もあったりするんだよなぁ…。自分のことながらチョロすぎる…。


 今回も結構危なかったな。俺はともかくクラウス達がマコトさんに鍛えられていることは、今はまだ秘密にしておきたいんだ。新聞に載せられるわけにはいかない。


 なんとかイネスさんの取材を乗り越え、再び"白い顔の青本亭"へと歩みを進めていたところで、テミーがとんでもないことを言い出してきた。


 「その…。無礼を承知で聞かせていただきたいのですが、殿下って美人の知り合い多すぎません?」

 「…俺もそれは薄々思ってるけど、始めからそうだったわけじゃない…」


 いや、ウチの城に勤めてたメイドさん達だって顔は良いんだ。ただ、そこまで親密な関係にならなかったし、何より信用できなかったからな。

 多分だけど、こんなに美人な異性と関わることになったのは、あの人。俺の恩人でもあり、親父やドライドン帝国の恩人でもある、あの人と出会った頃からだと思う。

 そもそも、あの人自身が人外じみた美人だったし。


 『黒龍の姫君』ノア…さん。

 去年の羊の月の始めにフラッとこの国に訪れてからというもの、あっという間に世界的な有名人になって、行く先々で英雄じみた行動を繰り返してる、推定世界最強の存在。


 で、多分マジの人外。

 あの人自身の口から直接それを聞いたわけじゃないけど、あの人の言葉の端々から人間とは隔絶した存在の雰囲気が伝わって来てた。

 その正体は、マコトさんですら知らないらしい。ただ、その内世界中に自分の口で自分の正体を公表するらしいから、俺はその時まで気にしないことにしてる。


 そんな人がタイミングよくウチの国どころかウチの城に訪れたものだから、修業を付けてもらいたくて部屋に突撃したのが、それが俺が美人と関わりまくる発端になったと思う。


 そもそも、あの人に美人の仲良しさんが多いのが原因だ。門番をしていたマーサさんもあの人と仲が良いみたいだし。

 やっぱり世界中を旅して色んな人と仲良くなると、自然と美人とも仲良くなるってことなのかねぇ…。


 「それで…殿下は誰が本命なんですか?」

 「い、いや、本命って言えるほど気になった人は今のところいないっていうか…」

 「質問を変えます。殿下はシャーリィを狙いますか?」

 「お前等、目がマジだぞ…。狙わないよ。必死になってマコトさんの修業を乗り越えるお前等を見てると、そんな気なんて起きなくなって来る」


 そうなんだよなぁ…。

 確かに今でもシャーリィは可愛いって思えるけど、それ以上に俺はクラウス達を応援したいって思えるようになったんだ。だからこそ、俺は3人にマコトさんを紹介したんだし。

 じゃあ、俺は誰が好きなのか?って聞かれても、そこまで気になる人がいないっていうか、今はそれどころじゃないって感じなんだよなぁ…。

 でも、クラウス達に発破をかけるぐらいのことはさせてもらうか!


 「ただし!いつまで経ってもお前等がシャーリィに認められなかったら、俺が取ってっちまうからな!?腑抜けるなよ!?」

 「フッ、心配ご無用!」

 「我等は5つの頃から互いを好敵手と認めあった仲!」

 「腑抜けることなどあり得ません!」


 クラウス達は恋愛に手を抜く様子は一切ないようだ。羨ましいねぇ…。


 …冷静になって考えてみると、俺って結構ヤバかったりするのか?

 マコトさんって若い頃に色々あったせいで今も独身みたいだし…もしかして、このままだと俺も…?


 それは御免被りたい!俺だって恋愛して結婚して家庭を築きたいって!

 だけど、確かにそういう願望はあるけど、それ以上に上を目指すことが楽しすぎるんだよ!そんでもって大変過ぎて恋愛ごとに気が回らねぇ!


 俺がマコトさんに一人前って認められる頃には、そういう方面にも気が回るぐらい余裕ができるのかなぁ…。


 ええい!アレコレ悩むのはやめだ!メシだ!メシを食いに行くぞお前等!

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