閑話 『黒龍の姫君』歓迎準備

 ノアがイスティエスタから出て行ったわね。家に帰るみたい。

 ただ、真っ直ぐ"楽園"に行くみたいじゃないわ。リガロウに人間が観測できない高度まで飛行させてから帰るみたい。

 そう言えば、今のリガロウじゃあの子と家にいるモフモフちゃん達と一緒にいられない筈だけど、どうしてるのかしら?

 あの子のことだから眷属とは言え甘やかして贔屓にするつもりは無いと思うけど、今度聞いてみようかしら?飲み会の時に聞いておけばよかったわね。


 それにしても、そっかぁ…。ドライドン帝国の問題を片付けて家に帰ったかぁ…。

 ってなると、こうしちゃいられないわね!


 「ユンクトゥティトゥス、大臣達に緊急招集を掛けてちょうだい。それと、アリシアも呼んでもらえる?」

 「いきなりですね。ノア様が"最奥"に御帰宅為されたことと、何か関係が?」


 私の側近に大人達に召集を掛けるように伝えれば、意外そうな表情で私に理由を訪ねてくる。


 「関係大アリよ。この国全体に関わることですもの。緊急会議を開くわよ!」

 「なんと!」


 ノアはちょっとのんびりしたところはあるけど、動き始めたらとんでもなく速くなる。時間との勝負になるわね。

 可能な限りの案を提供してもらうわよ!



 ってわけで、現在会議室には私とユン、アリシアを含めて15人の魔族がこの場にいるわ。

 仕事で忙しい中緊急招集に従ってこうして集まってくれて、嬉しいことこの上ないわね。


 時間が惜しいし、早速準備を始めさせてもらいましょう。


 「まずは私の都合に会わせてこうして集まってくれたことに感謝を。そして時間を無駄にしたくないから、早速始めましょうか」

 「始めるとは、一体何を…」

 「決まっているわ」


 大臣を始めとした国の重鎮達が、私に視線を送って次の言葉を待っている。

 ユンとアリシアには伝えてあるけど、彼等はまだどうして自分達が呼ばれたのか知らないからだ。


 だから、大々的にこの場で宣言させてもらいましょう!


 「ノアの歓迎準備よ!!」

 「「「「「おおっ!つ、遂に我等の国に!?」」」」」


 自慢じゃないけど、ウチの国民漏れなくあの子のファンだから、あの子がこの国に来るって知ったら大喜びするのは間違いないのよね。

 だからこそ、半端な歓迎をするつもりはないわ。


 「ええ、この大陸にある規模の大きい国はドライドン帝国の訪問を持って終わったと言って良いでしょうからね。残りの諸国を回るのに、それほど時間をかけることはない筈よ」

 「つまり、あの方がその気になれば…!」

 「すぐにでも我等の国に御来訪してくださると…!」


 いい年したおじさん達が、年甲斐もなくはしゃいでるのが手に取るように分かるわね。

 はしゃぐのは良いけど、それで終わってもらうわけにはいかないわ。今回のあの子の歓迎、絶対に成功させてやるんだから!


 「そうね。でも、彼女の今までの行動を見るにそれが1週間後かもしれないし、数か月後の話になるかもしれないの」

 「すぐにでも準備を始める必要がありそうですな」

 「つまるところ、我々がこれから行う会議は、何をしてあの御方を楽しませるか…と言うことですな?」


 静かに頷いて、農水産大臣の言葉を肯定する。あの子がグルメなことを知ってるから、食べ物に関して自分が役に立てるって思っているのでしょうね。

 その考えはきっと正しい。彼以上にこの国の食を理解している人はいないと私は思ってる。彼なら、きっとあの子を喜ばせる食材や料理を提供できる筈だわ。


 「ノアのことで私達が理解できているのは、彼女が非常にグルメであること。そして音楽や絵画に演劇と言った文化に、強い興味を持っていることよ」

 「思うに、あの御方は人間の知識や技術を知りたいのではないでしょうか?」


 文部魔学大臣、正解。そして、あの子が人間の知識や技術を十分学んだ時こそ、世界中にあの子の正体が知れ渡る時だ。まぁ、今それを彼等に教える必要はないから、それは黙ってるけど。


 「人間だけではないでしょうね。彼女は、この国にも興味を持ってくれているのだもの。きっと私達魔族の文化や知識、そして技術にも興味を持っているわ」


 はいそこ、感銘をうけて固まらない。あの子を喜ばせるためにも、皆の力が必要なんだから。


 「陛下、よろしいでしょうか」

 「ええ、どうぞ」


 皆に意見を催促しようとしたところで、外務大臣が発言許可を求めてきた。

 特に許可を得る必要はないと思うし、他の大人達は許可を求めずにアレコレ発言していたけど、会議が白熱するときっとそうもいかないでしょうね。こうして発言を求める行為をしてくれて助かるわ。


 「陛下がノア様に我が国を楽しんでいただきたいという気持ちは、非常によく理解できます。事実、私も同じ気持ちであります」


 それはそれとして、外務大臣はアレコレ歓迎の用意することに思うところがあるみたいね。良いわ。反対意見だろうと何だろうと、受けて立ちましょう!


 「ですが、あくまでもノア様が望まれるのは、我が国のありのままの姿なのだと思うのです。普段と変わりない我が国の姿を、ノア様に楽しんでいただくというのは、いかがでしょうか?」

 「「「「「………」」」」」


 良いところを突いて来るわね。流石よ。

 確かに様々な国の文化を学びたいあの子にとって、自分のために用意された光景を観るよりも、ありのままの国の姿を観ることを望むのでしょうね。


 「それは私も考えたわ。そして、この国のありのままの姿を見てもらいたいという気持ちも、私にはあるの。でも、それと同じぐらい、この国の素晴らしさを彼女に知ってもらいたいの。この国の自慢の料理や芸術、文化を知ってもらいたいの。そのためにはどうすればいいのか、この会議は、皆でそれを話し合う場でもあると言わせてもらうわ」

 「ふむ…。この会議、長引きそうですな」


 本当に、そう思うわ。

 この国のありのままの姿を見せること、とこの国の精一杯の歓迎。この2つを両立させるのは、とても難しいことだと思うもの。

 だからこそ、私はこの国の舵を取る彼等に相談をしているの。


 さっきは早ければ一週間後、何て言ったけど、のんびりなあの子がそんな短時間でこの国に来るとは思えない。

 家にいるモフモフちゃん達との生活を存分に堪能してから未訪問諸国を見て回るでしょうから、実際にこの国に来るのは、最低でも1月以上余裕があると見ているわ。


 ああ、あのモフモフちゃん達、今頃どうしているのかしら?どの子もみんなすっごい可愛かったなぁ…。

 また撫でたり抱き着いたりしたいわぁ…。うへへぇ…もふもふぅ…。


 「ヘ、陛下っ!?いかが為されましたか!?」

 「へ!?な、なに!?私は何ともないわよ!?」


 私のモフモフちゃん達への妄想は、私の身を案じる大臣の声によってかき消された。突然大声で声を掛けられたから、ビックリしちゃったわ。


 「…先程、陛下の御姿が歪まれたように見えましたが…」


 ヤッバ!?ホントに!?ちょっと気を抜きすぎてたわ!集中しないと…!


 「気のせいよ。例え実際に歪んで見えていたとしても、今はそう思っていてちょうだい。私は、何ともないから大丈夫」

 「は、はぁ…」

 「「………」」


 う…っ。ふ、2人とも、そんな目で見ないでもらえると嬉しいんですけど?仕方がないじゃない。こういう時でも無いと試せないんだから。気が抜けたのは後で素直に謝るわよ。

 それよりも、今は会議に集中しましょ!



 はぁ~っ。やぁっと終わったぁ~…!何時間、あの会議に時間かけてたのかしら?ちょっと眠くなってきたわ。


 「陛下、お疲れさまでした」


 会議を始める前に今日の執務を終わらせておいてよかったわ。

 そんな私の眠気を覚ますかのように私の目の前に淹れたての紅茶が差し出される。

 …うん、香りも温度も問題無いわね。後は実際に味の確認を…うん、いつもの味だわ。


 「いつも通りの味ね。ひとまずは、一歩前進ね」

 「ですが、精進は必要かと」

 「分かってるわ。今のままじゃしか動かせないし」


 提供された紅茶を飲み干してティーカップを机に置き、私は今まで発動し続けていた魔術を解除する。

 すると、先程まで私の執務机に腰かけていた私の姿が、一瞬でこの場から消えてしまう。

 そして執務室と繋がっている別室から私が登場する。


 「気を付けてよ?急に姿が歪んじゃったから焦ったじゃない」

 「ゴメンって」

 「どうでしたか?指輪を外してみて」


 私が先程の会議で大臣達の前に姿を現していたのは、実は幻だったりする。

 ノアが教えてくれた、五感を共有できる実態を持った幻を生み出す『幻実影ファンタマイマス』と言うトンデモ魔術の効果だ。


 ノアが飲み会の時に渡してくれた指輪をはめて使用すれば、あの子みたく自分の体を動かしながら幻を動かすだなんて芸当も出来るけど、指輪無しだと現状は幻の操作でかかりっきりになるわね。碌に自分の体を動かせなかったわ。

 しかも途中で余計なことを考えたせいで幻が解除しかけるし。


 ユンもアリシアも、ノアの正体だけじゃなくて飲み会で何があったのかまで知ってるから、当然『幻実影』のことも知ってるわ。だからこそ、幻が解除されそうになった時に私に白い目を向けて来てたってわけね。


 「ね、ねぇルイーゼ?ホントに貴女がノア様の案内をするつもりなの?」

 「当たり前でしょ?あの子の方からお願いしてきたのよ?」


 ノアがこの国を訪れたら、私の本体があの子を案内して、幻に執務を行わせる。

 あの子が作ってくれた情報処理能力を高める指輪があれば、2体同時に幻を生み出しても問題無く私自身が活動できるようになったわ。けど、指輪を外した途端、このザマよ。


 ノアがこの国に来た時に指輪は返却するつもりだから、可能な限り指輪に頼らずに『幻実影』を使いこなせるようになりたかったの。いつまでもあの子に甘えっぱなしってわけにはいかないもの。

 あの子がこの国に来る前に使いこなせるようにならないとね!


 ちなみに、私が直接ノアを案内するっていう考えは、会議中にも発表させてもらったわ。反対意見が多かったけど、何とか納得してもらった。

 その反対理由が、私の身を案じるのではなく、自分達があの子を案内したかったからっていうのは…。まぁ、この際だから目を瞑りましょう。我儘を言っているのは、私も同じだものね。


 話を戻して、『幻実影』なんだけど、不安そうにユンが確認を取って来た。


 「使いこなせるようになるのは良いのですが、魔力はどうするのですか?尋常ではない消費量ですよ?」

 「そこは考えがあるわ。そろそろ結構な魔力が溜まっているでしょうしね」


 ユンが危惧しているのは、『幻実影』の消費魔力量ね。普通の魔術とは比較にもならないほどの魔力を要求されるのだから、心配するのも当然ね。しかも、幻を生むだけで物凄い魔力を消費してしまうの。

 ユンもアリシアも、まともな幻を生み出すことすらできなかったわ。


 でも大丈夫。この魔王城には物凄く便利な機能があるんだもの。有効利用させてもらわないとね。

 いくら『幻実影』の消費魔力が多いからって、極大超魔術ほど消費するわけじゃないわ。この城の魔力回収機能よりも少ないの。


 それはつまり、プラウスタータ増幅陣を使用すれば、実質魔力切れの心配がないってことなのよ!


 2つの幻を発生させて、1つは執務を。もう1つは増幅陣を利用して魔術を使用し続けるっていうのが、私の計画よ!幻を解して魔術を発動できるのは既に実証済みですもの!必ず上手くいくわ!今回の会議は、そのための練習でもあったわけね!


 まぁ、得意気になってる場合じゃないのだけどね。今のままだと、指輪をはめておかないとノアを案内できなくなっちゃうわ。

 あの子がこの国に来るまでに、少しでも自分を鍛えておかないと!


 幸い、今回の会議はかなり時間が掛かったけれど、その分とても充実した内容になったわ。

 今回の会議で決まった内容を余すことなくノアに提供できれば、間違いなく喜んでもらえる。満場一致でそういった結論になったほどですもの。

 会議が終わったら、皆して急いで自分の部下達の元へ移動して行ったわ。あの子を喜ばせるための準備に取り掛かったの。


 私も負けてられないわね!『幻実影』の特訓も兼ねて、引き続き幻と一緒に仕事をこなしましょう!


 待っててね、ノア!


 盛大に貴女を歓迎して案内してあげるんだから!

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