第504話 エキシビジョンマッチ
私の新しいマギモデル。そのまんま小さな私なのだが、完成度が凄まじく高かったりする。
なにせ伸縮はできずとも尻尾の挙動まで見事に再現して見せたのだ。以前私の尻尾をひたすらに触り続けていたのは、無駄ではなかったと言うことだな。
会場が驚愕に包まれる中、私はピリカを横抱きにして試合会場に向かって跳躍する。
ピリカが私のことを信用してくれているし、リガロウの噴射飛行を経験しているため、この程度では彼女が悲鳴を上げることはない。
足を折り曲げることなく片足で着地し、ピリカを地面に降ろしたら何事もなかったかのようにバトルスタジアムの制御盤に触れて小さな私を操作する。まずは、尻尾だけを動かしてみよう。
うん、やはりバトルスタジアムを経由すると、マギモデルが操作しやすくなるな。まぁ、私からすれば誤差みたいなものだが。
「な、ななな、なんということでしょう!!始祖ピリカが作り上げた最強のマギモデルとは、あの『黒龍の姫君』様を模したマギモデルだったぁーーーっ!!!なんという恐れ多さ!なんという怖いもの知らず!流石は我等の始祖ピリカだぁ!!発想力が違う!!」
言いたい放題である。と言うか、ピリカへの評価でこれだとすると、このマギモデルを扱う私に対する評価も…。
「そしてぇ!そのマギモデルをさも当然のように操るシャマスタ選手もまた、とんでもない怖いもの知らずだぁーーーっ!!!本人にバレたらどうなっても知らないぞぉーーーっ!!!」
まぁ、そうなるよな。今の私は私だと分かっていないのだから、当然の反応だ。
だが、彼等の心配は皆無である。なにせ作ったのが本人なのだからな。バレるも何も最初から知っているのだ。
[いつでもかかってくると良い]と言う意思を示すかのように、小さな私尻尾を操作して手招きをするかのような動作を取る。なお、腕は組ませたままだ。
「大した自信だ…。良いだろう。そのマギモデルに相応しい実力があるか、確かめさせてもらおうじゃないか!」
小さな私が現れたことで尻込みしていたグォビーだったが、私が挑発行為を行ったことで少しは調子を取り戻したようだ。
折角私も公の場でマギバトルが体験できるのだ。相手にも全力を出してもらわないとな。
グォビーが自分のマギモデルをバトルスタジアムに接地させ、所定の位置まで歩かせる。
その動きには迷いや動揺が見られない。既に肝は据わったのだろう。一度は霧散してしまった闘志が、再び彼の瞳に宿っていた。
「2人共準備は良いかぁ!?それではぁ!マギモデルトーナメントのラストイベーーーント!エキシビジョンマッチィ!レディーーー、ゴォーーーッ!!!」
「うぉおおおっ!!先手必勝!行くぞぉおおおっ!!!」
司会が試合開始の宣言をするとともに、グォビーが自身のマギモデルを小さな私に向かって突っ込ませていく。
十分に距離が縮まっていない状態で突きを放つ動作を取るが、それではこれから剣を変形させて射程を伸ばすと言っているようなものだ。私も蛇腹剣をそれなり以上に扱える自負があるからな。その程度はお見通しである。
案の定鞭形態となって真っ直ぐに突き進んで来た蛇腹剣は、私の尻尾で弾き飛ばす。絡め取って此方に引き寄せるでも良かったが、折角のマギバトルだ。すぐに終わってしまってはつまらない。
腕を組ませたまま、ゆっくりとグォビーの元まで歩み寄らせてもらうとしよう。
「クッ!この程度では動じぬか…!ならば!」
弾かれた蛇腹剣を一度直剣形態に戻して体勢を立て直し、再び鞭形態に変形させて今度は薙ぎ払いを仕掛けてきた。
やはり良い腕だ。扱いの難しい蛇腹剣ではあるが、グォビーが操るマギモデルの蛇腹剣は、正確に小さな私に当たるように迫って来る。
その薙ぎ払いを再び尻尾で弾くも、グォビーの攻めは止まらない。弾かれたことなどお構いなしに、連続して鞭形態の蛇腹剣を振り回す。
そして私も連続して襲い来る蛇腹剣をお構いなしに歩みを進める。襲い掛かって来る蛇腹剣は、すべて尻尾で弾けるからだ。
武器を振り回すことに集中しているため、グォビーのマギモデルの足が止まってしまっている。
「く…っ!な、なんたる圧力…っ!こ、これは…押さえられん…!」
小さな私の歩みが止まる気配はなく、それでいて自分のマギモデルの足は止まっている。このままでは距離を詰められてどのような攻撃をされるか分からない。
そう考えたグォビーは、距離を取っての攻撃を諦めたようだ。蛇腹剣を直剣形態に変形させ、自分から小さな私の元へと駆け出した。
ここがリナーシェとの差だな。彼女ならば、直剣形態にさせてからではなく、近づいて切りかかる直前で直剣形態に戻していただろう。おかげで対処が取り放題だ。
相手が剣を振るうタイミングを見計らい、小さな私も相手に肉薄させ、右足でグォビーのマギモデルの肩を蹴りつける。
鎧にダメージが入ったことは勿論、横薙ぎの動作を中断されてしまい、体勢が大きく崩れよろめいてしまう。
すかさず背後に回り、背中の鎧に向けて蹴りを連続で叩きつけていく。
振り返ろうにも蹴りの衝撃で振り返ることができず、前倒れになりそうものなら側面に移動して前側に蹴りを放って後ろによろめかせる。その繰り返しである。
15発蹴りを鎧に叩き込むころには、全ての鎧がグォビーのマギモデルから剥がれ落ちていた。
途中、鎧を強制排出することで反撃も試みていたが、その戦法はリアスエクとの試合で既に知っているからな。尻尾で防がせてもらった。
なお、小さな私には鎧が一つも装着されていない。身に纏っているのはフウカ製の上質なマギモデルサイズの衣服のみだ。
「うっ…く…っ!まだだ…!まだダウンはしていない…!」
マギモデルを操るグォビーの目には、まだ闘志が宿ったままだ。
その心意気を褒めずにはいられない気分だが、まだ正体を明かすつもりは無いので、喋るわけにはいかない。
「認めよう、その性能…!認めよう、その実力…!だが…!だからこそ、こちらにも意地がある!せめて一矢でも、報いさせてもらうぞっ!うぉおおおおおっ!!!」
決心がついたようだ。次の一撃で決着がつく。そう判断したグォビーは、マギモデルを全速力で小さな私に向けて走らせた。
自棄、と言うわけではないな。全身全霊を込めた、最大の一撃を放つつもりなのだろう。彼の雄叫びがそれを物語っている。
熱いな。実に熱い。心が躍る。
グォビーは、リアスエクの技量を称えて最高の技でリアスエクを仕留めた。
ならば、私も彼の流儀に従い、小さな私が行える最大の技で決着をつけさせてもらおう。
組ませた腕を解き、構えを取ってグォビーを迎え撃つ。
彼のマギモデルが放った振り下ろしを手刀で弾き、すかさず相手の顎を下から垂直に蹴り上げる。即座に浮き上がった相手の足首を尻尾で絡め取り、対応する暇を与えずに地面に叩きつける。
ほぼ同時に3つの動作を行うカウンター技だ。鎧を剥ぎ取った相手に対する、トドメの技である。
「決着ぅーーーっ!!!やはり『黒龍の姫君』様は強かったぁーーーっ!!!文句無しの最強だぁーーーっ!!!」
「「「「「ウォオオオオオーーー!!!」」」」」
司会が決着の宣言をしたところで観客が一斉に歓声を上げ出した。それまでの間、誰一人として声を出していなかったのだ。息を呑んで試合の内容を眺めていた。
バトルスタジアムの結界も解除されたな。これでエキシビジョンマッチは終了と言うことだろう。
さて、本来ならばこれで表彰式と言うことになるのだろう。
「…負けたよ、完全にな…。見事な操作技術だった」
私の技量を褒めてこの場を去ろうとしたのだが、グォビーにはこの場でもう少しだけ私に付き合ってもらうとしよう。
首を横に振り、小さな私を操り倒れたままのグォビーのマギモデルに手を差し伸べる。
そして、私は制御盤から手を放し、『収納』からビオラを取り出す。
「…は?ん?な!?制御盤の補助もなしに!?」
制御盤から手を放していても、私は問題無くマギモデルの操作ができるからな。遠慮なく演奏も可能なのだ。
小さな私の手を取り立ち上がったグォビーのマギモデルのもう片方の手を取り、私はビオラを演奏しながらグォビーとダンスを踊ろうとする。
「えっ!?なっ!?お、俺はダンスは…!ええい、ままよ!」
動揺しているが、小さな私は構わずグォビーのマギモデルの両手を取って踊り始める。観念したのか、そのまま拙いながらにグォビーのマギモデルもダンスを始めた。
それでいい。拙くても構わないのだ。
音楽に乗せ、マギモデルが本物さながらのダンスを披露する。その様子がこの場にいる者達に伝われば、それで良いのだ。
今まで見たこともない光景に、誰もが言葉を忘れ息を呑んでいる。
今この場でバトルスタジアムの光景に魅了されていないのは、元々こうなることを知っていたピリカと、必死になってマギモデルを操作しているグォビーだけと言って良いだろう。
正直言うと、演奏しながらマギモデルを操作している私も、目の前の光景に魅了されている。
やっている動作自体はただのダンス以外の何物でも無い筈なのだが、人ならざる人の形をした物を人が操り、人と遜色ない動きを行う。その様に感激しているのだ。
ここが到達点ではない。この光景を知ってもらい、マギモデルにはもっと大きな可能性があることを知ってもらおう。
演奏も終り、ダンスを踊らせていたマギモデルの動きも止める。
そして、小さな私から私の声を発生させる。
「今日この場に集まってもらった皆、見ての通りだ。マギモデルは、何もマギモデル同士を戦わせるだけが楽しみじゃない。その気になればこうして踊りを踊れるし、楽器の演奏もできる。今私がやっているように、マギモデルに喋らせることだって可能だ」
マギモデルから出している音声は拡声済みなので、全ての観客に私の声が行き届いているだろう。
初めて耳にした謎のローブの声に、ほぼすべての観客が困惑している。
ただし、例外もある。私と会話したことがあるリアスエクと、取材に来ていたイネスだけは、私の声を聴いてその正体を確信させたようだ。驚愕ともに何処か納得した表情をしている。
「ピリカとマフカノン侯爵は、マギモデルで劇を行わせるために色々と開発を進めているようだ。皆がこうして今日の催しを楽しめた映像も、そのうちの1つと言って良いだろう」
マギモデルによる演劇という話を耳にして、観客達がどよめいている。
そんなことが実際に可能なのか、半信半疑と言ったところか。
しかし、まったく期待していないわけではないようだ。私達が今しがた披露したダンスには、観戦していた女性客達も羨望の眼差しを送っていた。
「勿論すぐに実施できるわけではない。だけど、いつかは必ず実現できると私は考えているよ。その時には、是非とも私も楽しませてもらおうと思っている」
さて、正体を隠すのはこのぐらいで良いだろう。
「最後に一つ。今日はマギバトルを体験させてくれて本当にありがとう。とても楽しかったよ」
そう言って、フードをはぐり、私の素顔をこの場にいる全員に晒す。ついでに、ローブから尻尾も出しておこう。
今の私の姿を見て、私の正体が分からない者はいない筈だ。
「「「「「えええええーーーっ!!!?」」」」」
案の定、私の正体を知っていたごく一部の人間以外、全員が小さな私をバトルスタジアムに登場させた時以上の驚愕の悲鳴を上げ出した。
イタズラ、大成功である。
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