第505話 打ち上げパーティにて
時間は少し経過してマフカノン侯爵の屋敷内。
マギバトルトーナメントも終り、パーティが開催されている。身分関係なく、観客達が屋敷の内外で食事を思い思いにとっている。
とは言え、貴族階級の観客の大半は屋敷の中に入っているようだ。主催であるマフカノン侯爵と会話をして関係を結びたいのだろう。
私も一応姫なので、パーティ用のドレスに着替えて食事を楽しませてもらっている。ボノピラーのステーキを始めとして、質の良い料理が目白押しである。当然、マフカノン侯爵が自慢していたシャーベットも提供されている。
周囲から私に対して視線が集まっているが、どうと言うことはない。
ボノピラーのステーキを一皿手に取り、周囲の視線など気にせず主催の元まで向かわせてもらうとしよう。今回の催しを開いてくれたことに対して礼を述べるのだ。
「やぁ、侯爵。今日はマギバトルを存分に楽しませてもらったよ」
「ははは、それは恐悦至極です。よもや、ピリカが連れてきた人物が貴女様だったとは…。微塵にも思いませんでした」
私に声を掛けられると、マフカノン侯爵はすぐさま姿勢を正して綺麗な礼をしてくれた。モスダン公爵と違い、私のことを完全に上の立場の者として扱うらしい。
本来ならば、それが正しい対応なのだろうな。
ステーキを一切れ口に入れ、その味を堪能する。相変わらず濃厚にしてクリーミーな味わい。そして絶妙な味付けだ。
「以前も伝えたけど、このボノピラーのステーキは本当に美味いね。今度はコレのためにこの街に立ち寄らせてもらうよ」
「おお、それはなんとありがたき幸せ!御来訪の際は、是非とも歓迎させていただきます!…ところで…」
ふむ。今のマフカノン侯爵の興味は、やはり例の板にあるようだな。私の正体を知った後でも、アレを見逃すつもりは無いようだ。
が、その話は少し後になりそうだ。共通の友人がパーティ会場に入ってきたのだ。周囲の視線が、私達からピリカへと移っていく。
彼女は客室でドレスに着替えていたわけだが、つい先ほど着替え終わったようだ。ドレスの質は勿論、私の洗料によって彼女の髪は周囲の貴族達にも引けを取らない美しさとなっている。
「ドレス姿も似合っているね」
「アタイは普段の服で良いっていつも言ってるんだけどね。こういう時はドレスにしろって聞かないんだよ」
「それはそうだろう。それにしても、前から言おうと思っていたのだが、随分と美しい髪になったね」
私達がマフカノン侯爵の屋敷に訪れてからというもの、彼はピリカの髪に関して一切言及していなかったのだが、ここに来てようやくそのことを訪ねてきた。
対応があまりにも普通だったので、気付いていないのかと思っていたのだが、そういうわけではなかったらしい。
しかし、そんなマフカノン侯爵の指摘に、ピリカは意地の悪い笑みを返す。
「良いのかい?そんなこと言っちゃってさぁ?嫁さんがどこで耳を立ててるか知らないよ?」
「ハハハ、彼女なら大丈夫さ。今頃他のマダム達に特製のシャーベットを自慢しているところだからね!」
ああ、いるな。女性のグループを作ってデザートのシャーベットを得意気に説明している人物が。
彼女がマフカノン侯爵の伴侶か。ピリカの言葉を参考にするなら、独占欲が強い人物と見て良いだろう。
自分以外の女性の容姿を褒めている現場を見たら、文句の一つでも言いかねない女性らしい。
「おや、私のことよりも、貴女様に用事がある人物が複数いるようですよ?」
多少強引にでもマフカノン侯爵は話題を変えようとしている。まぁ、実際に私と話をしたくて私達の元に近づいてきている者がいるのは確かなのだが。
「いやはや、まさか始祖ピリカが連れてきたのが貴女だとは思わなかったよ。久しぶりだね、ノア殿」
「お主がノアじゃったか。お主の噂を聞いた時は、是非とも一度会ってみたいと思っとたぞ?」
リアスエクとリオリオン二世だ。どちらも今回の催しで集まった者達の中では最上位の身分の持ち主のためか、他の観客達が彼等から距離を取るようにしている。
「リアスエクは久しぶり。特訓をした時以上に腕を上げていたね。そしてリオリオン二世は初めまして。今回は相手が悪かったね」
「そう!そうなのじゃよ!あんな装備を持ち出してくるヤツがおるとは思わんかったわ!ワシがグォビーとやり合っておったならば、お主と戦っていたのはワシだったものを…!」
「たらればだね、先王。グォビー君の実力はそれはもう大したものだったとも。君と当たったところで、結果は変わらなかったと思うがね」
そう言えば、リオリオン二世が途中敗退したため、この2人の実力差がハッキリとはしていないのだった。
なにやら2人の視線の間に火花が散っているが、そこまで気になるのならハッキリとさせてしまえば良い物を…。
そう思っていたのだが、2人の険悪な空気はすぐさま鳴りを潜めてしまった。そして私の方へと振り向き、頭を下げだした。
急に現国王と先代国王の立場だった者が頭を下げだした事態に、周囲も騒然としている。
「アマーレの件では本当に世話になったね。おかげで観光名所を失わずに済みそうだし、何より多くの民の命が助けられた。再び我が国に訪れた際には、是非とも礼をさせてくれ」
「ワシからも礼を言わせてもらおう。息子家族だけでなく、国そのものを救ってくれたようじゃからな。一度会って、こうして礼を伝えたかった。既に退位した身ではあるが、ワシの協力が必要ならばいつでも言ってくれ」
律義なものである。いや、むしろこうして出会ったのならば、礼を伝えなければ周囲からどのような目で見られるか分からないのか?
少なくとも、彼等のとった行動は周囲の貴族達から悪いようには思われていないようだ。
「どういたしまして。どちらの国にも必ず再び訪れるから、その時はよろしく頼むよ」
「勿論、国を挙げて歓迎しよう」
「良ければ、孫娘も連れてワシの屋敷に遊びに来ると良い」
ありがたい申し出なのだが、リオリオン二世の方は少し難しいだろう。
オリヴィエは多忙だからな。私が彼女の住まう城に遊びに行くのはまだしも、彼女を連れてリオリオン二世の屋敷に行くのは断られてしまいそうだ。
一応確認は取ってみるが、断られても恨まないでもらいたいところだ。
「ところでノアよ、お主が持っておったあの板なのじゃが…」
「リオリオン先王陛下、貴方のマギモデルには、まだ披露していなかった機能があったのではないですか?場所を用意いたしますので、良ろしければ披露していただけないでしょうか?」
おっと、マフカノン侯爵から露骨な牽制が入ったな。リオリオン二世が例の板について聞き出そうとした瞬間、すかさず話題を逸らし始めた。
実際にリオリオン二世は、自分のマギモデルの性能を引き出しきる前に敗北してしまっている。
ヴィシュテングリンのあのマギモデルほどではなかったが、彼のマギモデルの鎧にも、特殊な機能が組み込まれていたのだ。
マフカノン侯爵が別室の扉を開けさせると、そこには一般的なマギバトルのスタジアムが鎮座している。実際にマギバトルを行い披露して欲しい、と言うことだろう。
「む…そうじゃの。ああまであっけなく敗れてはワシのマギモデルも浮かばれぬ。よかろう!存分に披露してやろうではないか!」
「披露するには相手がいるだろう?私も混ぜてもらおうか。どうせだから、どちらが上なのかもハッキリさせてもらうとしよう」
リオリオン二世がマフカノン侯爵の誘いに乗り、リアスエクも加わり出した。
リオリオン二世はマフカノン侯爵の思惑を読み取ったうえで敢えて誘いに乗ったようだが、リアスエクの方は単純にリオリオン二世との実力をハッキリさせておきたいのが目的だろう。
リオリオン二世は純粋に魔術具の構造や原理を知りたいだけで、商業的な欲求は無いらしい。
彼等の試合を見届けるのも悪くないが、私は今のうちに屋敷の外へと行かせてもらおう。声を掛けたい人物達が屋敷の外にいるのだ。ピリカも私について来るらしい。
目的の人物は、一つの場所に集まっていた。2人で会話をしていたところに、もう1人が加わる形となっている。
その後から加わった人物は、肩にキャメラを抱えて2人の姿を撮影しているところだ。
「相変わらずだね、イネス。良い記事は書けそう?」
「お久しぶりですノア様!いやぁ~見事なまでに騙されました!私、全っ然見抜けませんでしたよぉ!記事に関しましてはご期待ください!決勝で激しい試合を見せて下さったお2人の写真もバッチリですからね!」
キャメラを抱えていたのは、当然取材に来ていたイネスだ。
相変わらずインタビューに関しては明るいノリをしている。グォビーもヴィシュテングリンの青年も、その勢いにやや押され気味のようだ。
グォビーが私に姿勢を正して頭を下げる。何を言いたいのかはすぐに分かるので、頭を撫でて遮らせてもらおう。
頭を下げていなければ人差し指で口元を押さえていたところだが、体勢的に無理があるからな。
「ノア様!そ、その!今までの御無礼を―――っ!?!?」
「謝罪の言葉は不要だよ。正体を隠していたのは私の意思だし、ああいった態度を取ってもらうことを望んでいたのは他ならぬ私なのだから、気にしなくて良いんだ」
なお、このやり取りは私の正体を知った途端、土下座の姿勢を取り始めた司会にも行っている。
彼の言動もかなり攻めた言動だったからな。まさか本人が操っているなどとは思っていなかったのだから、仕方がないのだ。
それに、始めから畏まった態度を取られていてはイタズラにならないからな。アレで良かったのである。
「イシシ…!最強のマギモデルを操る最強のマギバトラーとバトルした気分はどうだい?グォビー」
「正直な話を言わせてもらえば、お前がマギモデルの王ならこの方はマギモデルの神だな。雲を見上げ続けているような気分だったぞ」
神、かぁ…。その表現はあまり好きではないのだが…。まぁ、信仰心を持たないだけマシなのか?
いやいや、こういった比喩表現を認めていると、ドンドン誇張されて最終的に信仰の対象にされかねないのだ。ハッキリと否定させてもらおう。
「ところで、記者殿とノア様はお知り合いの様ですが?」
「ええ!そうなのですよ!アレは忘れもしない、去年のアクレイン王国の美術コンテストの最中でした…!」
ヴィシュテングリンの青年は、私とイネスが知り合いで会ったことに興味があるようだ。
訪ねられればイネスが待ってましたとばかりに自分の過去を語り出す。
話が長くなりそうなので、私の方で簡単に説明させてもらおう。私も彼とは話したいことがあるのだ。
「彼女はフリーの記者だからね。私が行く先々でバッタリ会うことが多いんだよ」
「あ!でもでも!ノア様を追っかけてってるわけではありませんよ!?偶々です!偶々出会ってるんです!これって、運命感じたりしませんか!?」
「ああいや…その…」
急に話を振られてヴィシュテングリンの青年が参ってしまっているな。イネスの口にここに来るまでに貰っておいたカップケーキを押し込んで黙らせておこう。
「むぐぅ!?」
「少し落ち着こうか。彼はこういった会話に慣れていないようだからね」
イネスが黙ったことで、ヴィシュテングリンの青年とグォビーが安堵している。
よほど質問攻めに遭っていたのだろう。2人からはやや疲れた表情が見て取れる。
どれ、良く冷えた飲み物でも渡しておこうか。
会場で配られていたドリンクをいくつか『収納』に仕舞っていたので、それらを取り出してヴィシュテングリンの青年とグォビーだけでなく、イネスとピリカにも渡しておこう。
「どうも。こうして貴女様にお声掛けしてもらえるとは、思っても見ませんでした」
「良ければ、自己紹介をしてもらって良いかな?この大陸の人間ではないのだろう?」
ヴィシュテングリンの青年に自己紹介を求めれば、彼はグラスをテーブルに置いて背筋を伸ばし、直立の姿勢を取った後、右肘を肩まで上げて真っ直ぐに伸ばした右手を額にまで持って行き、賊に言う敬礼と呼ばれる姿勢を取った。
「ハッ!自分は、ザビチリオ大陸ヴィシュテングリンの兵器開発局所属!ハイネル=コリー少佐でありますっ!!」
ヴィシュテングリンの青年、ハイネルの名乗りは、他の観客達の耳にも入ったことだろう。特に防音結界などは展開していなかったし、気にも留めていなかったからな。
まさか、こうまでハッキリと堂々とした自己紹介をされるとは思っていなかった。コレが軍人というヤツなのだろうか?
「はぇ~!アンタ、あの軍事大国の軍人さんだったのか!軍人さんもマギモデルで遊んだりするんだな!」
「あっ!いえ!これは技術検証の一環であって、決して遊び目的ではなく…!」
ピリカの指摘に、ハイネルは慌てて否定する。
妙に顔が赤いが、彼女の容姿に魅了されたのだろうか?それとも、軍人が玩具で遊んでいたことに羞恥の感情を持ったのだろうか?
既に辺りは暗くなっているが、ピリカもハイネルが顔を赤くしているのに気付いたようだ。
彼女は軍人がマギモデルで遊ぶことを恥ずかしいことと思っていると捉えたようで、フォローをするつもりのようだ。
「恥ずかしがることないだろ?ここにいる連中を見て見なよ!国のお偉いさんや騎士様や高ランクの冒険者、果ては王様だってマギモデルを楽しんでるんだ!軍人さんがマギモデルを楽しんでたって文句は言われないよ!」
「あ…ありがとうございます…!」
ふむ。この様子は…。いや、よしておこう。
ハイネル自身も戸惑っている様子だしな。それよりも、私は彼に聞きたいことがあるのだ。
「ハイネル。ヴィシュテングリンからはどうやって魔大陸に?あの国は海に面していない国だし、別の国から船海を渡ってきたのかな?」
「ハッ!いいえ『黒龍の姫君』様!既に我がヴィシュテングリンは港を持たない国ではありません!3ヶ月前にマートル共和国を吸収合併したことによって、我が国は港町を得ることとなりました!自分は、そこから海路を経由して魔大陸へと上陸いたしました!」
ほう。そんなことがあったのか。ハイネルの言葉に、多くの観客達が動揺している。
つまるところ、彼の言った言葉は事実であり、そして知れ渡ってしまっても全く問題無い情報なのだろう。
「は、ハイネル少佐!その情報、詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか!?」
「ハッ!特に機密情報と言うわけでもありませんので構いません!何なりとお聞きください!」
他大陸とは言え、一つの国が消えた情報だ。ハイネルは特に何でもないことのように語っているが、多くの者からしたら大事と言って良いだろう。
当然ながら、その情報にイネスは食いついた。
そして、面白いことが分かった。
ハイネルは1つ、嘘をついたのだ。
今龍脈を伝って確認したが、確かにモーダンにはオルディナン大陸の船とは別の船が停泊している。しかも船にはヴィシュテングリンの国章もついているようだ。
しかし、彼は海路を使用せずにこの大陸に来ている。
流石、"ヘンなの"を作り上げた国だ。
無人とは言え海を渡ることができたのだ。人を乗せて海を渡ることも十分可能だったのだろう。
ハイネルは、空を渡ってこの魔大陸に来たのだ。
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