第549話 魔族が見る五大神の姿
魔族から見てルグナツァリオがドラゴンの姿をしているのは分かった。
では、次は鳳と分かっているキュピレキュピヌに付いて聞いてみよう。
「はい。人間達からは煌命神と呼ばれている御方ですね。先程も申し上げました通り、私達魔族の間では鳳神と呼ばれ、翡翠色の炎を纏ったような鳳の御姿をなさっています」
「炎を纏った?羽毛とかは無いの?モフモフしてなさそう?」
「モ…?あ、はい。羽毛とされる部位はすべて翡翠色の炎となっております…」
なんてこった…。それではキュピレキュピヌはモフモフできないというのか?
いや、落胆するのはまだ早い。魔族の目に映る神々の姿は実際の姿とは異なっているのだ。
もしかしたら本来の姿はレイブランとヤタールと同じようにフサフサでフワフワな羽毛に包まれているのかもしれない。
直接会って確かめてみたいな。
いや、だから今は声を掛けて来なくて良いってば。アリシアがまた挙動不審になって話が聞けなくなるだろうが。あまりしつこいと締め付けるぞ。
ふぅ、まったく。
私に言いたいことは山ほどあるのだろうが、神々にとっては大した時間でもないだろうに。私が家に帰るまで待っていて欲しいものだ。
「それで、翡翠色ということはやっぱり?」
「ええ、緑の魔力と深く繋がりがある生命エネルギーを司る御方ですから、そう言った力に満ち溢れているのかと思われます」
アリシアが見るルグナツァリオの姿も、私の知る色と変わらなかったようだし、キュピレキュピヌの羽毛の色も翡翠色なのだろうな。
翡翠色でフワフワでフサフサな鳳…。良いな。実に良い。抱きしめて埋もれてみたい。
「触り心地とか、どんなものなんだろう…」
「え?さ、触り心地…ですか?」
「ノア?五大神は会おうと思って会える相手じゃないわよ?」
「ああ、うん。そうだったね。うん、ちょっと気になった程度だから」
そういえば、ルイーゼは私が神々と容易に会話が可能だと知っているが、ルグナツァリオに直接会ったことがあると伝えていなかったか。
まぁ、もしも知っていたとしたら私が見た姿と違いがあるのか確認を取っていただろうから、知らないのだろう。
そしてアリシアを始めとして魔族達は彼女の知る五大神の姿が本来の姿だと信じているようだ。
わざわざ訂正して混乱させる必要もないだろう。私が神々と直接会えるということは黙っておこう。
さて次だ。次はダンタラに付いて聞かせてもらおう。彼女の種族は何だろうか?
「はい。地母神と人間達から慕われているあの御方は、我々では亀神と呼び崇めています。その御姿は山よりも大きな岩山のような甲羅を背負い、普段は地中にお隠れになっていると伝わっています」
ダンタラは亀だったのか。山よりも大きな岩山のような甲羅ということは、その重量はとてつもないことになっていそうだ。自重で潰れたりしないのだろうか?
しないのだろうな。甲羅の大きさもすさまじければ、相応に本体も相当な大きさだと見た。まぁ、あくまで魔族が信じている姿ではあるが。
地中に埋まっているのはその通りらしく、ダンタラの大きさがアリシアの言う通りの大きさならば、実際に地形の一部となっている可能性が高い。
他の大陸にすんでいるそうなので、家に帰ったら所在地を聞いてみるのもいいかもしれない。
このままズウノシャディオンについても話してもらおうか。
アクレイン王国ではサメに乗った彼の彫像が建てられていたのを見たことがあるが、本来の種族はどうだろうか?サメだったりするのだろうか?
いやしかし、自分と同じ種族を使役するのはおかしくはないのだろうが、彼の住まいはこの星で最も深い海の底だ。
神である以上環境に関係なく生息はできるのだろうが、なんとなくだがサメでは無いような気がする。
「はい。海の神であらせられるズウノシャディオン様は、鯨神と呼び崇めています。その御姿は、黄金に輝く稲妻のような形状をした3本の角を頭部から生やしたクジラとして、代々の
「最も深い海底にいるのが分かっているから、後はそこまで到達できる潜水艦を開発するだけ、ということだね」
「はい!その折には、是非とも私も同乗させていただきたく思います!」
現状バラエナでも海底に到達できるだけの性能は無い。だが、開発が進んでいけば、いつかは到達が可能になるだろう。
それはきっと、アリシアが巫女を引退するまでの間に為し遂げられると思っている。
まぁ、それはそれとしてだ。
鯨神、つまりクジラか。
クジラは海で生きる哺乳動物。魚ではなく、どちらかといえば人間や獣に近い生物だ。当然、呼吸器官も魚のようなエラ呼吸ではなく肺呼吸だ。
そんなクジラが決して海面に浮上することなく常に海底を泳ぎ続けているとは…。
魔力があればできないことはないだろうし、神だからもしかしたら魔力を用いずとも水中で活動できているのかもしれない。
そもそも呼吸を必要としていないのかもしれない。現に私が水中では呼吸をしていないからな。
神ならざる私ができるのだ。海の神にできないことではないだろう…と思う。
「最後にロマハ様についてですが、あの御方は鴉神。私には一般的なカラスの姿が目に映りました。それというのも、この世のすべてのカラスにあの御方の魂が宿っていると伝わっているのです。昼夜問わず生きとし生けるものをその目で見据え、命尽きた者を即座に冥府へと送り善人には安らぎを、悪人には罰を相応に与えて新たな命に転生させると言われています」
ロマハはカラスかぁ…。
今も目の前にカラスが2羽いるのだが、魔族に伝わる話が正しい場合、この娘達にもロマハの魂が宿っているということになるな。
「すべてのカラスというのは、魔物や魔獣も含めて?」
「はい。自分の姿に近い者を媒体にして世界中に審判の目を張り巡らせているのです」
人間も魔族も魔物もそれ以外の生物も関係ない、といったところか。
尤も、魔族に伝え広まっている話というだけなのだがな。実際のところは違うのかもしれない。これも家に帰ったら聞かせてもらうとしよう。
キュピレキュピヌが鳥神ではなく鳳神と呼ばれているのは、ロマハが同じく鳥の姿をしていたからだったようだ。
「キュピレキュピヌとロマハ以外はそれとなく居場所が分かっているみたいだけど、この2柱の居場所はやっぱり明らかになっていないの?」
「先程も申し上げましたように、鴉神様はこの世のすべてのカラスに宿っておられますので、どこかにいるというよりも、何処にでもいると申し上げた方が良いかもしれません。そして鳳神様なのですが、あの御方は世界中を飛び回り一つ所に留まらない御方だと伝わっております。特定の場所に行けばお会いできるような御方ではないようです」
つまり、直接会いに行くのは難しい、と。
ズウノシャディオンはオルディナン大陸に行く途中にでも海に潜れば会いに行けるだろうし、ダンタラも世界中を旅していればほぼ確実に会えるだろう。多分声を掛けてくれるだろうしな。
しかし、キュピレキュピヌとロマハの2柱はそうはいかないようだ。直接会ってみたいのだが…。
どちらの神もモフモフな羽毛に包まれていたら、是非とも触れてみたいのだ。
…いっそのこと、ウチに来てもらうか?
2柱とも、流石にルグナツァリオほど大きくはないだろうから、場所は問題無いと思うのだ。
神なのだから転移ぐらいできるだろうし、一度はウチに思念を送ってきたのだ。それができれば本体を転移させることも可能な筈だ。
楽しみだなぁ、モフモフなキュピレキュピヌとロマハ…。
ロマハの大きさが普通のカラスと同じだというのなら、きっととても可愛らしい姿をしているに違いない。抱きかかえて甲斐甲斐しく世話をしたくなってくるな。
まぁ、まだモフモフと決まったわけではないのだが。
とりあえず、一通り五大神について教えてくれたアリシアに礼を伝えておこう。
「本当にありがとう。とてもいい話を聞けた」
「ああ!何と勿体なきお言葉!こうしてノア様のお役に立てましたこと、天にも昇るような気分です!」
「いやアンタは何もしてないでしょうが」
今しがたの台詞を言ったのは、アリシアではなく宰相の方だ。
ではアリシアはどうしているかというと、私が感謝の言葉を告げると同時に白目をむいて気を失ってしまったのだ。
感情に任せて彼女に対して微笑んだのが拙かったようだ。
「こりゃ確かに耐性つけてもらわないと拙いわね…」
「パーティまでに間に合うかな?」
「間に合わせるのよ。必ずね。ホラ、さっさと起きなさいアリシア!そんな調子じゃこの後の誕生日パーティで後悔することになるわよ!」
ルイーゼの誕生日パーティには当然彼女の親友であるアリシアも参加する。となれば、アリシアも私やルイーゼが着飾った姿を目にすることになるのだ。
思いっきりオシャレをしていくつもりだからな。多少微笑まれただけで意識を失っていたら、ちょっとしたことで気を失いかねないのである。
パーティまでにはもうしばらく時間があるので、それまでに何とか耐性をつけてもらわなければ、公共の場で失態を晒すことになってしまうだろう。
ルイーゼがアリシアの意識を回復させるために両頬を軽く叩いているのだが、まるで起きる様子がない。
「う~~~ん…。尊いお顔が…。慈愛に満ちた笑顔が…」
「…ダメだわこの子。まるで起きる様子が無い…。なんて幸せそうな表情してんのよ…」
「ルイーゼ、こういう時に良い物があるんだけど、使う?」
「?良い物って?」
巫覡が正気を失う光景を見るのは初めてではないのだ。…気を失ったのを見たのは初めてだが。
とにかく、正気を取り戻す様子を私はこの目で見ているのだから、それを試してみればいいのである。
そう、錯乱していたジョッシュを正気にさせた、スメリン茶である。
茶葉を『収納』から取り出すと、その存在が何かを知っていたルイーゼが顔をひきつらせた。ついでに宰相も顔をしかめている。
スメリン茶は臭いが特徴のお茶だ。常用しているカップにでも注いだら、間違いなく臭いが移ってしまうだろう。
ルイーゼの紅茶を淹れるのが自分の仕事だと誇っている宰相は、それを嫌がったのだ。
『清浄』を使用すればどうとでもなる話だが、気分の問題である。
「臭いがカップに付かないように、器は私が用意しよう」
「…お気遣い、大変感謝いたします」
「いや、っていうかなんでそんなモン持ってんのよ…」
当然、興味があったからだが?
このスメリン茶程刺激的な飲み物もそうは無いだろうからな。しかも比較的容易に手に入るのだ。
比較的容易だという理由は、味と臭いのせいで需要があまりなく、加えてそれなりに高級な茶葉であるため取り扱っている量が少ないからだ。
ちなみに、ウチの子達は総じてスメリン茶が嫌いである。
嗅覚に優れたホーディやウルミラなど、見るのも嫌だろう。もしかしたら香りの強すぎる香水以上に嫌っているかもしれない。
当然、他の子達も同様にスメリン茶の臭いも味も嫌いである。
そのため、私達の周囲に防臭結界を施してスメリン茶の香りがウチの子達とリガロウに届かないようにしている。
「…見事な御手前です。陛下がお認めになるのも頷けます…」
「私自身が美味いお茶を飲みたいからね。後で私の淹れたお茶を飲んでもらっても良いかな?」
「光栄の極みです。是非ともいただきたく存じます」
特異なことを褒めてもらえるのは、気分が良い。それもその道の熟達者からの称賛の言葉ならば尚更である。
紅茶を淹れたわけではないが、スメリン茶を淹れる所作を見ただけでも、宰相は私の紅茶の腕を見抜いたようだ。
お互いの淹れた紅茶を飲み比べ、腕を競い合うというのも、なかなか楽しそうだ。ルイーゼとアリシアに後で審査してもらおう。
まぁ、そんなことよりも今は気絶してしまったアリシアだ。
じっくりと味わうと良い。
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