第550話 耐性をつけてもらおう
パーティの開催まで時間に余裕があるとはいえ、時間は多い方が良い。早急に目覚めてもらうためにも、すぐにスメリン茶をアリシアの口に含ませよう。
と思ったらルイーゼから待ったが入った。
「ちょ、ちょっと!?何自然の動作で飲ませようとしてんのよ!?匂いを嗅がせればいいだけでしょ!?」
「ん?ああ、そうだった。ファングダムで見た時は当たり前のように飲ませていたから、そういうものだと思ってた」
「…人間って愉快なのね…。とにかく、アリシアには臭いを嗅がせるだ」
「うう…ぅん、駄目よルイーゼ…私のを揉んだって…貴女のは大きくならないのよ…」
[臭いを嗅がせるだけでいいわ]とでも言おうとしたのだろう。しかしそのセリフは、アリシアの寝言によって遮られてしまった。
そしてそのセリフはどうやらルイーゼの逆鱗に触れたようだ。表情が凍り付いている。
「待ってノア。私がやるわ。貸して」
言われるままにスメリン茶を淹れた器をルイーゼに差し出せば、彼女は意識を失っているアリシアの顔を上に向かせて口を開かせた。
先程臭いを嗅がせればいいと言った者とは思えない行動だ。
「嗅がせるだけで良かったんじゃないの?」
「早く目が覚めるのに越したことはないわよねぇ…」
凄いな。あの一言だけで一気にお冠になったぞ。その顔は邪悪とも呼べるような笑みを浮かべている。
流石の宰相も恐怖を抱いたのかもしれない。少し私達から距離を取り始めた。
「アリシアァあああ…早ぁく目覚めましょうねぇえええ…!」
「ふげぶぅっ!?」
ティーポットで高い位置から紅茶をカップに注ぐようにアリシアの開いた口に正確にスメリン茶を注がれると、すぐさま彼女は目を覚ました。
流石に味が強烈だったのだろう。
口の中のスメリン茶を噴き出して飛び跳ねようとした。が、それは叶わなかった。
彼女の体はルイーゼにガッチリと固定されて動けなかったのである。
そしてルイーゼはアリシアが目覚めてもスメリン茶を注ぐのを止めていない。
「あらぁ、駄目じゃないアリシア。せっかくノアが淹れてくれたお茶なんだから、ちゃあんと最後まで全部飲まなきゃでしょ?」
「ふがっ!がぼぼっ!?ぼがーっ!」
ルイーゼも容赦ないが、何だかんだ飲めてしまっているアリシアもアリシアだな。
私が淹れたと伝えた途端、必死になって喉に流し込み始めた。
が、その目からは涙がこぼれている。辛ければやらなければ良いものを…。
少ししてアリシアがスメリン茶を飲み干した。
当然だが、彼女がルイーゼに向けている視線は険しい。
「…あそこまでする必要、あった?」
「私はその必要性を感じたわね。それよりも、よ。アリシア、特訓よ!」
「…はい?」
非難の意思を込めた視線をルイーゼに向けるも、その視線はあっさりと受け流されてしまっている。
そしてそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、ルイーゼはアリシアに特訓の宣言を行った。
当然、何の説明もなく告げられたアリシアは困惑してしまっている。
「いい?これから行う私の誕生日パーティには、アンタもノアも参加するのよ?そんでもってノアだって当然おめかしするの。アリシア、ガッツリオシャレ決め込んだノアを見て冷静でいられそう?」
「お、オシャレをしたノア様!?」
「最高じゃあないですか!!さぁさぁ、何をしているのです!?早く御召し」
会話の内容は宰相も傍で耳にしているので当然のように彼も反応するのだが、全てを言いきる前にルイーゼからハリセンによる一撃を受けて強制的に黙らされてしまった。
「アンタに言ってんじゃないわよ!今はちょっと黙っときなさい!」
「失礼しました。着飾ったノア様を想像したら溢れる気持ちに抑えが効かなくなりました」
「まぁ、ユンの反応の方がまだマシよね。アリシア、アンタの場合、想像だけでも気絶しちゃわない?」
「いくら何でも甘く見過ぎよ。私がノア様の着飾った御姿を想像しただけで気絶だなんて………あっ…良い…っ!ん゛ふぅっ!」
私の着飾った姿を見て鼻血を噴き出す光景は、過去にも何度かあるが、想像しただけでそうなってしまうのは流石に見たことが無かったな…。もはや一種の才能なんじゃないだろうか?
「あ゛…っ!ああっ!いけません、そんな…!お顔が近すぎます…!」
「何を想像してんのよ…。ノア、もう一杯よ!」
「ん」
ルイーゼの親友なだけあってアリシアもなかなか愉快な人物だな。いや、彼女が巫覡だからか?
ルイーゼは再びアリシアにスメリン茶を飲ませることにしたようだ。
まぁ、私としては目が覚めるのならどちらでもいい。スメリン茶も買えるだけ買ってあるから在庫がなくなる心配はないしな。
再びスメリン茶を飲み干したアリシアに、ルイーゼが説教がましく特訓の必要性を説明している。
「これでわかったでしょ?想像しただけで鼻血ブーして気絶するんだから、実際に着飾ったノアを観たらどんなことになるか分かったもんじゃないわよ?そんなんじゃノアと一緒にお風呂にも入れないわよ!?」
「お、お風っ!?私がノア様とお風呂っ!?おぼぶっ!」
「チョイ待てぇーい!速すぎだから!意識トブの速すぎだから!ちょっとは堪えようとなさい!」
そうか。
今日から当たり前のように私はルイーゼと同じ部屋で過ごすと思っていたし、風呂にも一緒に入るつもりだったわけだが、アリシアも一緒に入る予定だったのか。
それに関しては私も歓迎するが、当のアリシアはそうもいかなそうだな。このままでは浴槽のお湯が真っ赤に染まってしまう。
皆で風呂に入るためにも、アリシアの特訓は必須になるだろうな。
追加で淹れ直したスメリン茶をルイーゼに渡せば、今度はこれまでとは打って変わってかなり強引に口の中に中身を注ぎ始めた。
「ホラさっさと起きなさい!意識飛ばしてる場合じゃないわよ!それとノア!カップじゃなくてボトルに!スメリン茶をボトルに大量に用意して!」
「がぼっ!ごばっ!ん゛ん゛ん゛ーーーっ!!」
「スメリン茶を出したのは私だけどさ、スメリン茶で起こすの、やめない?」
非効率が過ぎないだろうか?このままスメリン茶による気付けを行っていたら、その内アリシアの味覚に異常をきたしてしまう恐れだってあるんじゃないか?
というか、下手に耐性をつけられでもしたら目覚めさせるのにより苦労することになると思うのだが…。
「…それもそうね…。んー、でも手っ取り早く起こすにはやっぱりコレが1番だろうし…」
「…ねぇルイーゼ?そもそもなんで飲ませるの前提なの…?嗅がせるだけでも目を覚ます自信、あるわよ?」
そうだな。そもそもルイーゼも初めはスメリン茶の臭いをかがせて目覚めさせるつもりだったのだ。
よほど気を失っていた際にアリシアが放った一言が気に障ったらしい。
無意識のうちに出た言葉のため、ある意味では本心の言葉でもあるだろうからな。あの様子だとまだ気は済んでいないようだ。
「臭いを嗅がせるだけだと目が覚めるのも遅いでしょ?コッチはなるべく回数増やしたいんだから、早く目覚める方法があるならそっちを使うに決まってんでしょ!」
「スメリン茶を使わない選択肢はないんだ」
「かと言って耐性つけられて目覚めなくなっちゃうのも問題なのよねぇ…。何か良い手は…あっ!そうだ!ノア!アレ出してアレ!」
「アレ?」
何とかスメリン茶に耐性をつけないようにするために思考を張り巡らせていると、ルイーゼが妙案を思いついたようだ。私が所持している物で提供して欲しいものがあるらしい。
しかしアレと言われてもそれが何なのかが分からない。欲しいものがあるならハッキリと言ってもらいたいものだ。
「アレって言ったらアレよ!オーカムヅミよ!」
「え、ちょ、ルイーゼ!流石にそれは…!」
おや、どうやらアリシアもオーカムヅミのことを知っているらしい。最初にヴィルガレッドと一緒に振る舞った時に全部食べていなかったから、きっとあの時に残ったものをアリシアにも食べさせたのだろう。
アリシアもオーカムヅミがどんなものかを知っているようだ。
彼女からしたら"楽園最奥"の食べ物が世に伝わるどんな最高級食材よりも高価な食材だと考えているのかもしれない。
そんな食材を気軽に催促するルイーゼを慌てて咎めている。
「いいよ。私の家の周りにはいくらでも実っているものだからね。で、コレをどうするの?」
「勿論、食べるのよ!切り分けてもらって良い?」
〈オーカムヅミ食べるの!?〉
〈私達も食べたいわ!〉〈私達も食べたいのよ!〉
「お、俺も食べていいんですか?」
まぁ、オーカムヅミを食べるとなれば、ウチの子達が反応しないわけが無いよな。
魔王国に来てからは周囲に匂い等が広まらないように控えてもらっているためか、食べられるかもしれないと知って皆して喜色の感情に満ちている。
まいったな。これじゃあ提供しないわけにはいかないじゃないか。
「あー、アレですか。陛下が巫女様と共に私に黙ってこっそり食べてしまわれたという、アレですか。そうですか」
「あ、あの…ごめんなさいね?」
「いえいえ、巫女様に非は御座いませんとも。文句を言うべきは誘ってくださらなかった陛下だけですとも。ですが私、陛下からのけ者にされたからといってこれっぽっちもいじけてなんていませんとも。ええ、まったく、これっぽちも」
「思いっきりいじけてんじゃない!いつまでもいじけてんじゃないわよ!数に限りがあったんだからしょうがないでしょうが!」
宰相は食べさせてもらえなかったらしい。しかもあの様子だと味の感想自体は聞かされているようだ。
自慢になるが、オーカムヅミは美味いからな。食べられなくて根に持つのも仕方がないか。
そうだな。ここにいる者達は"楽園"や私についての真実も知っているのだし、折角だからオーカムヅミを振る舞うとしようか。
『収納』から切り分けていない果実を6つ取り出し、"氣"を鋭利な刃に変質させて人差し指に纏わせ、細かく切り分けていく。果肉は食べ易いように3.5㎝の立方体にしておこう。
ウチの子達には1個分、リガロウには1/4個分、残りは私達に均等に分けるとしよう。
ん?ルイーゼが何やら不満そうな表情でこちらを見ている。その視線は私の人差し指に向けられているな。
「…あのさぁ、平然ととんでもないことするのやめてもらって良いかしら?」
「頑張ればルイーゼにもできるようになるって」
「いやそりゃあできるようにはするつもりだけどさぁ!その技は包丁代わりに使っていいような技じゃないって分かってんの!?」
まぁ、ルイーゼがそういった反応をするのも分からないでもない。
私が行ったのは、魔王の秘伝奥義の応用だからな。
魔王秘伝奥義其二・
極限まで高めた"氣"をこれまた極限まで鋭利に研ぎ澄まし、渾身の手刀によってすべてを切り裂く秘伝奥義である。以前ルイーゼがオーカムヅミを真っ二つにした奥義だな。
かなり物騒な名前だが、天災によって相手を終わらせるという意味ではない。
むしろその真逆で天災を切り裂き退けるための奥義だ。
初代新世魔王であるテンマは武器を一切所持していなかったという話だが、それはどんなに優れた武器でも彼の鍛え上げられた手刀を越える威力を持たなかったからだと伝わっている。
何とも親近感の湧いてくる話だ。
私としても武器が必要だと思ったことは今まで一度も無いからな。ハイドラは玩具なので武器ではないし。
ルイーゼはこの奥義を習得するためにかなりの時間と努力を費やしたようだが、それを私が短時間で包丁代わりにするように扱ってしまっているため、理不尽と感じたのだろう。
私が指摘し、ルイーゼも目標としているように、彼女も頑張れば私が行ったような使用法が可能になる。
そもそもテンマはこの奥義を片手剣を扱うような感覚で繰り出していたらしい。
魔王の力を継承している努力家なルイーゼならば、できない筈がないのである。
「そんなことより、切り分け終わっているのだから、まずは食べようか」
「そうね、そうしましょうか。さ、ユン。今回はちゃんとあんたの分もあるから、ありがたく食べなさい」
「陛下が得意げにする理由は分かりませんが、至高にして究極の果実を口にする機会を与えて下さったノア様に、これ以上ない感謝を」
「い、いただきます…!」
大げさだなぁ…とは一概には言えないだろうな。"楽園"の外でこの果実を口にできた者は、ほんの極僅かなのだ。
しかし、至高にして究極と言われると、その意見には首を横に振らざるを得ない。
何故ならば、オーカムヅミを上回る果実が存在するからだ。
まぁ、アリシアと宰相のいる場所で振る舞うつもりはない。
アレを提供する時は、やはりヴィルガレッドと一緒にいる時だろう。また彼の住処で飲み会でもする時に提供しようと思っている。
さて、オーカムヅミを口にした各々の反応だが、ウチの子達以外は皆して感動に満たされた表情をしているな。
宰相など頬を赤らめて恍惚とした表情になってしまっている。
「おお…!なんという甘美な刺激!1切れ口にしただけで体中から魔力が満ち溢れる!これは食欲を満たした際の快楽だけではありません!そう!これはせ」
「それ以上は言わせないわよ!」
宰相がああしてルイーゼからハリセンによるツッコミを受けたのは果たして何度目だったか。
今回が特別多いわけでもないだろうし、何度ツッコミを受けてもめげることはないのだろう。本当に良い性格をしている。
「ああ…。本当に、何て素晴らしい味なの!1口かみ締めるだけで体中が幸せに満ち溢れる…!」
「ハーイ、アリシアはそこまでー」
「え、ちょ、ルイーゼ?」
オーカムヅミの味に感激しながらも2口目を口にしようとアリシアがフォークを器に盛っていった時だった。
ルイーゼがアリシアの器を取り上げてしまったのである。
そう言えば、アリシアに私のアレコレに耐性をつけてもらうための特訓をしている最中だったな。
そして意識を失ってしまった彼女を目覚めさせるためにスメリン茶を使用するわけだが、そのスメリン茶に耐性をつけさせないための手段をルイーゼは考え、私にオーカムヅミを提供させたのだったな。
つまり、オーカムヅミの味を覚えさせてからスメリン茶を味わわせると?
私が言うのも何だが、ひどくない?
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