第551話 特訓を経て
私がどう思おうと、この問題はアリシアとルイーゼの問題なのだろう。
ルイーゼの誕生日パーティには当然私も参加したいし、相応の格好もしたい。そもそもサプライズでルイーゼとお揃いの服も着るつもりだしな。
つまるところ、アリシアには耐性をつけてもらう他ないのだ。そのためには繰り返し私の様々な姿を見るのが手っ取り早いのである。
ルイーゼのやろうとしていることはかなり強引な手段ではあるが、同時に最も効率的なやり方でもあるのだろう。
「それで、この後はどうするの?チヒロードで撮った写真集でもあれば話は早かったんだろうけど、私もまだ持ってないんだ。ルイーゼは持ってるの?」
「残念ながらまだよ。だ・け・ど!フッフーン!そこはバッチリと考えてるわ!出番よ、ノア!」
可能な限り要望に応えるつもりではあるが、何をさせるつもりなのだろうか?
「ノアなら『転写』の魔術を応用して頭の中にあるイメージを紙に透写することもできるんじゃない?」
「うん。できるね。ああ、写真集を撮影した内容を紙に移して欲しいの?」
「大正解!どうせなら大きな紙に透写してもらいたいわね!」
「それってルイーゼが欲しいだけじゃ…」
私もそう思うが、親友へのプレゼントだと思えばそれほど拒む内容でもない。
どうせだからお近づきのしるしとしてアリシアと宰相の分も用意してもいいかもしれない。
尤も、作るつもりはないがな。必要が無いのだ。
「ああ、そうそう。作るのなら1冊だけでいいわよ?」
「ねぇ、それルイーゼが独占したいだけじゃ…」
「何冊も用意するわけにはいかない代物でしょうが!1冊あればそれで良いの!」
ルイーゼはああ言っているが、実際のところはアリシアの指摘の通りだろう。要は自分だけの特別な写真集が欲しいのだ。
まぁ、その要望には答えなくても良いだろう。どうせ作るのならもっと良い物を作って渡すとも。
手のひらに材料を取り出し、手早く作ってしまうとしよう。
「わざわざ本を用意する必要はないかな?もっと良い物があるよ」
「はい?」
「はいコレ。画像よりも動画の方が良いと思うんだ。これ1つで写真集を撮影した際の映像を全部見れるよ」
手早く作ってルイーゼに手渡したのは、魔王国の一部の街で歓迎の返礼として渡したあの結晶体だ。
チヒロードでの撮影風景をそのまま完全に動画として結晶体に移したのである。
しかも、この結晶体は過去に返礼として渡した結晶体を更に改良させてある。
以前ヨームズオームにお土産として渡した"追憶の宝珠"にも搭載してある機能も一部搭載しているのだ。
つまり、動画の再生、一時停止、高倍速再生、低倍速再生、逆再生が可能なうえ、どの角度からでも私の姿を観賞可能ということである。
結晶体の具体的な性能と使い方を説明すれば、ルイーゼだけでなくアリシアや宰相も固まってしまった。
「どう?紙媒体よりもこっちの方がずっと良いだろう?」
「「「………」」」
我ながら手早く作ったにしてはかなり良い物を作ったという自覚はある。だが、絶句して固まってしまうほどではないと思うのだが…。
「ノア?コレは流石にやり過ぎよ?」
「あの…!片手間で作って無償で渡していい品ではないと思います!」
「控えめに言って、
うんうん。性能がどうとか気軽に作って良い物ではないとか、そんなことはどうでもいいのだ。
今回に至っては宰相の意見に同意だな。速いところ起動して欲しい。早く皆の反応が見たい。
「いや、もらっちゃって良いの?って話なんだけど…」
「良いに決まってるだろう?それよりも、パーティまで時間がないのだから、早く起動しようじゃないか。アリシアの特訓を行うんでしょ?」
「分かった、分かったわよ。ホンット、片手間でとんでもないことしでかすんだから…」
不満を口にしながらもルイーゼは結晶体を起動させた。
それでいい。私としてもアリシアに頻繁に気を失ってもらいたくはないからな。特訓に付き合うのは吝かではない。
だが、やるからには手を抜くつもりもない。アリシアにも存分に写真集の撮影現場を見てもらうとしよう。
さて、大量のスメリン茶が必要になるだろうから今のうちに準備しておこうか。
7時間後。
そこには衣装を着飾った私の姿を見ても意識を失わずに目が据わった状態で体を小さく揺らし、小言を呟き続けるアリシアの姿があった。かろうじて意識は保っている状態だ。
なお、今私が着ている衣装はフウカの最高傑作だ。
結晶体の映像にある程度耐性が付いて来たので、特訓の最終段階としてフウカの最高傑作を着飾った際の姿を直接見てもらったのである。
今の状態のアリシアは決してまともな状態とは言い切れないが、この衣装の姿を見ても意識を失わないのであれば、少なくともパーティで気を失うことはないだろう。パーティでこの衣装を着ていくつもりはないからな。
「前に遠目から見たことはあったけど、本当に凄い衣装よね…。人間にもそんなとんでもない衣装を作れる職人がいただなんて…」
「ああ、私がヴィルガレッドと話をしてる時に見たんだっけ?あの時は会話に誘おうと思ってたから、逃げなくてもよかったのに…」
「無茶言わないでよ。あの時はまだ私のことが知られたら何されるか分かったもんじゃなかったんだから」
ルイーゼが言うには、あの時ほど恐怖を覚えた経験は無かったそうだ。
意外にも、ファングダムの上空で出会った時には私に対してそれほど恐怖を抱いていなかったらしい。
私がファングダムに旅行へ行く時には既に私に関する情報が世界中に拡散していたので、ルイーゼも私が理性ある存在だと分かっていたそうだ。
まぁ、今となってはいい思い出だ。
そんなことよりも、ルイーゼがフウカの作った服を褒めてくれたことが私としては嬉しい。
「自慢の配下が作ってくれた最高傑作だよ」
「アンタ、人間を配下にしてたのねぇ…」
知らなくても無理はないだろう。当事者以外に知っている者は殆どいないだろうからな。そしてその情報を
さて、そろそろアリシアを正気に戻すとしようか。
意識を失っていないとは言っても、正気を失っているのは確かなのだ。
ついでに宰相も正気に戻しておこう。
彼も今の私の姿を見た途端、跪いて神に祈るかのような行動を取り出してしまったのだ。その際、今の今まで一切言葉を発していない。
先程から穏やかな表情で大量の涙を流しながら固まってるのだ。
あれほど饒舌だった人物が一切喋っていないと却って不気味なので、せめて何か一言でも喋ってもらいたいのだが…。
「ノア。ユンには鼻から行きましょう」
「口からじゃ駄目なの?」
「さっきから何やっても反応しないんだから、それぐらいでちょうどいいのよ」
そう。先程からルイーゼは宰相の意識を取り戻すために例のハリセンで耳やら顔面やら頭頂部をしきりに叩きつけているのだが、一切反応していないのだ。
いや、違うな。僅かに視線をルイーゼに移し、特に何かを言うでもなく再び私に視線を戻すのだ。まるで、ルイーゼのことが些事とでも言いたげな表情だ。
そして宰相のその態度が、当然のようにルイーゼの逆鱗に触れることとなったのだろう。
「で、どっちがどっちに注ぐの?」
「どっちも私がやるわよ。見くびらないでよね?」
そう言ってルイーゼはこの場に幻を出現させる。『
魔王城に到着するまでに常時使い続けていたからな。流石にモノにしたようだ。
「さ、2人共。夢の時間はお終いよ。そろそろパーティの準備も始めなきゃならないんだから、ちゃっちゃと目を覚ましなさい!」
「あばーぶっ!」「ごべっばぁっ!?」
アリシアには今まで通りスメリン茶を飲ませ、宰相には宣言通り彼の鼻に器用にスメリン茶を注いでいく。
当然、反応はすぐに現れた。オーカムヅミとスメリン茶を交互に口にしていたのはちゃんと効果があったようで、最後までアリシアはスメリン茶の苦味と渋みに耐性をつけられなかった。
相変わらずルイーゼにガッチリと体を固定されているので飲み込むしかないようだ。
そしていくら爆音と衝撃を与えるハリセンにまるで動じなかった宰相も、流石に鼻からスメリン茶を注がれるのは耐えられなかったのだろう。盛大にむせ返っている。
「へ、陛下…?流石に横暴が過ぎませんかねぇ…?」
「う…うへへ…!遂に…遂に耐え切りましたよ…!これで…これで私もノア様と…!」
アリシアは私と風呂に入れると思って喜んでいるようだが、今日はやめておいた方が良いだろうな。
彼女が絶えられるのは、あくまでも私が衣服を着ている姿のみだ。半裸や全裸の状態を見ていない。
人によっては半裸や全裸よりも衣服を着ていた方が興奮を覚える者もいるのだろうが、アリシアは明らかにその類の人物ではない。
その証拠に、結晶体の映像で露出度が低い服装になるにつれて反応が酷くなっていったからだ。
つまり、今日のパーティを無事に乗り切って3人で風呂に入ろうとした場合、浴槽のお湯が真っ赤になる可能性が非常に高いのだ。
普段の服装に着替えてアリシアに声を掛けて注意しておこう。
「アリシア、悪いけど今日は我慢してもらうよ。明日、今日私とルイーゼが風呂に入っている映像を見せるから、その映像を見ても問題無いようなら一緒に入ろうか」
「あっはい…。ですよねー…」
「まぁ、それが妥当よね。下手したら今日のパーティでも倒れちゃいそうだし。私に内緒にしてるぐらいだし、相当凄いんでしょ?」
ルイーゼが言っているのは、私がサプライズで用意しているお揃いの服の話だな。
勿論凄いとも。フレミーもこの日のために張り切って作ってくれたからな。
そしてその時の私達の姿を見たアリシアがどのような反応をするか、今はまだ分かっていない。ルイーゼは無事では済まないと思っているようだ。
考えてみれば、フレミーもルグナツァリオから寵愛を受け取っている。
そんな彼女の製作した服にも寵愛の気配を感じ取れたら、確かに凄い反応をしそうだな。
一応確認しておくか。
「ところでアリシア。神々から寵愛を受けた者が何かを制作した時って、その制作物に寵愛の気配が乗ったりする?」
「物による、としか言いようがありません。ですが、丹精込めて作られた物であれば、確実に気配が宿ることでしょう」
となると、間違いなくヘルムピクトに贈呈したジオラマは寵愛の気配が乗っているな。歌や舞の映像を記録した結晶体も怪しいかもしれない。
結晶体はともかく、歌や舞自体はかなり気合を入れて行ったからな。
「ちなみに、ルイーゼにあげた結晶体は?」
「ノア様が片手間で制作したからでしょうか?気配は感じ取れません」
「あ、なんとなく察したわ」
察しても口に出さないでほしいかな?その時までのお楽しみだ。
だが、間違いなくフレミーの服には宿っているだろうな。ルグナツァリオの寵愛。これは、アリシアには耐えられなそうだ。
だが、それでも私はサプライズ計画を止める気はない。
何故ならばフレミーが楽しみにしていたからだ。あの子を、私の最初の友達をガッカリさせるわけにはいかない。
アリシアには悪いが、盛大に気絶してもらおう。その際のフォローは、ウチの子達に頼むとしよう。
「それじゃあ、そろそろパーティの準備を始めようか。と言っても、やることは衣装合わせぐらいかな?」
「余裕そうにしてるけど、着せ替え人形にされると思っときなさい。今日のために大量の衣装を用意したんですからね!」
その辺りは大量の本を読んでいる内に大体知識として頭に入っているから気にしていない。
それに、着せ替え人形にされるのは写真集の撮影でもう慣れた。
むしろいちいちポーズを取ったりしない分、あの時よりも遥かに楽だろう。私はただ用意された衣装を楽しむだけだ。
ただ、ルイーゼの誕生パーティを複数回経験しているであろうアリシアの様子が少しおかしい。
「ええっと…やっぱり、エクレーナ様も…?」
「気は進まないかもしれないけど、当然今回もいるわよ?」
「はぁ……」
パーティに向けての衣装合わせにはエクレーナも居合わせるらしい。ルイーゼの世話係をしていた名残なのだろうか?
しかし、なぜそれでアリシアが大きなため息を吐き出すことになるのだろうか?
まぁ、会えばわかるか。
パーティ会場でエクレーナがあの時のような極めて露出の高い格好をする筈もないだろうし、彼女のパーティ衣装も確認させてもらおうじゃないか。
さぁ、エクレーナと再会しよう。
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