第552話 ドレスアップ!
衣装合わせを行うために別室へと移動するわけだが、ここでちょっとしたハプニングが起きた。
別室への移動は転移魔術ではなく徒歩での移動だったわけだが、部屋に入る寸前、ルイーゼが無言で背後の宰相の鳩尾に肘打ちを繰り出したのだ。
不意を突いた状態での鳩尾への一撃に宰相はまるで反応できず、そのまま腹部を抑えて蹲ろうとしたのだが、宰相の頭部が下がったところに彼の顎に振り返りながらの膝蹴りが直撃する。膝蹴りの衝撃で宰相の頭部が跳ね上がった。
ルイーゼは膝蹴りを放った足を伸ばして即座に振り上げ、足の甲で跳ね上がった宰相の頭部を受け止める。そしてそのまま踏みつけるようにして宰相の頭部を地面に叩きつけたのだ。
私やウチの子達ならば見切れない動きではないが、リガロウやアリシアでは何が起こったのか分からないほどの連続技だ。そもそも突然の出来事だったので皆唖然としてしまっている。
「なんでアンタまで平然と部屋に入って来てんのよ!?乙女の着替えを覗くつもり!?」
「くっ!誤魔化しきれませんでしたか…!無念…!」
「[無念…!]じゃないわよ!大人しく部屋の外で待ってなさい!」
…まぁ、これから行うのは私達の着替えであり、そして一般常識として異性に見られながら着替えを行うのは異常なことだ。もっと言うならば犯罪行為にもなる。
室内にはエクレーナもいるので、ルイーゼが何もせずともエクレーナに叩きだされていたことだろう。
ところで、ラビックやリガロウは私達から見れば思いっきり異性なのだが、普通に部屋に入ってきている。
しかし今しがた宰相が男性という理由でルイーゼに部屋から叩き出されたため、自分達も部屋から出た方が良いのかと若干迷っている様子だ。
リガロウなど先程のルイーゼの技を見切れなかったためか怯えてしまっている。
「貴方達は別にいいのよ。私達の裸を見たって邪な感情なんて湧かないでしょ?そもそも毎回一緒にお風呂に入ってるじゃない」
「グキャア?」
〈リガロウ、人間や一部の魔族、特に女性は同族の異性から素肌を見られることを極度に嫌います〉
「それでみんな服を着てるんですか?」
〈服を着ている理由はそれだけではありませんが…。まぁ、そういうものだと思っておけばいいでしょう。現に私達は服を着ていません」
人間や魔族達が服を着るのは、確かに素肌を隠すためでもあるが、それ以外にも寒さや強すぎる日光を防いだり防具としての役割もある。
それ以外にも自分をより美しく見せるため、いわゆるオシャレ目的でもあるな。
ウチの子達やリガロウも私が様々な衣服で着飾るのを楽しんでいるし、その辺りも理解してくれている筈だ。
「彼等にとって、衣服とは我々で言うところの毛皮や羽毛、そして鱗なのです〉
「なるほどぉ!人間って不便ですね!」
まぁ、確かにリガロウの気持ちもわかるが、好みで自分の鱗や毛皮の色や形をを変えられると考えればなかなか面白いと私は思うのだ。
それはそれとして、リガロウの言葉を聞いて部屋の中で待機していた侍女達が苦笑している。彼女達もこの子が幼竜だと知っているので、可愛らしい意見だと思っているのだろう。
さて、宰相の行動でやや慌ただしくなってしまったが、実際には大した時間を取られたわけではない。
私達が部屋に入って来るのを心待ちにしていたエクレーナに再開の挨拶をしておこう。
なお、今回のエクレーナの服装は前回のような胸部と股間部分しかない極めて露出度の高い鎧ではなく、何故かメイド服だ。
スカートの丈も長く、以前会った時とは正反対に露出が少ない。あの格好、好きでやっているわけではないのだろうか?
「久しぶり、で良いのかな?また会えて嬉しいよ」
「ノア様…!こちらこそ、こうして再びお会いできましたこと、誠に喜ばしく思います!しかも今回は陛下や巫女様と共にノア様の衣装合わせにも立ち会えるだなんて…!私のこれまでの武勲が全て無価値になるような栄誉に思えます!!」
「それで良いの?三魔将」
「ハイ!フラドールやザリュアスでは決して得られない栄誉ですから!あの2人の悔しがる様子が瞼を閉じればすぐに…!」
会話の内容からして、おそらくフラドールやザリュアスというのは残りの三魔将の名前だろう。その2人が決して得られないと言うのだから、その2人はきっと男性なのだろうな。
しかし悔しがるとな?三魔将達はあまり互いの仲が良くないのだろうか?
「ああ、いえ。特にいがみ合っているわけではないですよ?競い合ってはいますがね。彼等は同志にして好敵手なのです」
「となると、やっぱりその2人のルイーゼに対する気持ちもエクレーナと同じ?」
「ええ、仰る通りです。無論、巫女様やノア様に対してもそれは変わりません」
慕われているんだなぁ…。
それにしても、私が人気があるというのはルイーゼから聞かされていたが、アリシアも相当魔族から慕われているようだな。
「それはもう!今でこそノア様と陛下のツーショットばかりが魔王国中に出回っていますが、それまでは陛下と巫女様のツーショットがメインだったのです!なにせお二方は幼い頃よりの親友同士でしたから!幼いお二方が楽し気に遊んでいる光景は、それはもう愛くるしくも微笑ましい光景でしたとも!今も私の目に焼き付いて離れません!そう、瞼を閉じればつい先ほどのことのように鮮明に…!」
「ったく、いつまでも昔のことを覚えてるんだから…」
「あ、あの…エクレーナ様?どうかその辺で…」
ルイーゼもアリシアも若干頬を赤らめている様子を見るに、幼いころの話をされるのは恥ずかしいようだ。私としては、幼いころの彼女達の姿を見てみたいものだが…。
『真理の眼』を使用すれば問題無く視聴が可能だが、流石に見られたくないものを無許可で見る気は起きない。そしてあの様子だと許可を求めても拒否されるのは目に見えている。
「陛下の幼いころの写真でしたらこのユンクトゥティトゥがふぅっ!」
私達の会話が聞こえていたのか、部屋の外から宰相の声が割って入って来た。
が、すべてを言い切る前にルイーゼの幻によって黙らされている。今度は鳩尾に膝蹴りを入れられたようだ。
「ふぅ…。悪は滅びたわ」
「そう?あの手の悪は不滅のタイプだと思うけど?」
「…腹立たしいことにその通りなのよねぇ…」
今までのやり取りを見るに、宰相は昔からあんな調子でルイーゼだけでなく歴代魔王達と戯れていたのだと思う。
学習しないのではなく、分かっていてやっているようだ。アレはもうああいう性分なのだろう。子供や孫を構い倒したい祖父の気分なのかもしれない。
宰相の方に意識を向けていたら、エクレーナを筆頭に侍女達が手早く私達の衣服を脱がしていく。
勿論、無抵抗だからこそなせる技だ。身構えていたり力んでいたら素早く服を脱がすことなど出来なかっただろう。
「あ…あの…エクレーナ様?少々、手つきが…」
「ああ、失礼しました。最近は巫女様の御身体に触れる機会も得られなかったため、成長を確かめさせていただきました…!いやはやお見事!実に御立派にご成長なさいました!」
エクレーナはアリシアの担当をしているのだが、その際に彼女の体を隅々まで触れている。
流石に同性でも見過ごせない行為だったためか、アリシアも途中でエクレーナの行動を問いただしたのだが、エクレーナに悪びれる様子はまったくない。
衣装を着せられているため動けないルイーゼが、視線だけをエクレーナに向けている。その視線は今にも魔力の光線を放出しそうな勢いだ。というか、魔力を込めたらできそうだな。少なくとも私はできる。
「ふぅ~ん、ご立派、ねぇ…。ええ、そうでしょうねぇ。誰が見てもご立派よねぇ~?」
「陛下。誤解無きようお願いいたします。陛下も巫女様もお二方とも大変お美しく成長なさっておりますとも!」
ルイーゼに胸の話は厳禁だ。寝言だろうとも一発で不機嫌になるからな。だが、エクレーナに悪気はない。彼女はルイーゼの成長も素直に喜んでいる。
エクレーナの台詞も、アリシアの胸に手を当てていなければ多少の説得力はあったのだろう。
「んな風にデッカく膨らんでるモン揉みしだきながらじゃ説得力の欠片もないわよ!」
「あ、あの!エクレーナ様!?そろそろ用意した服を着せてもらえませんか!?」
「いやぁ、本当に豊かに成長なさいました。これだけ立派なものをお持ちでしたら、フラドールもザリュアスも鼻の下を伸ばすこと間違いなしです!」
「えっ、あの、ろ、露出の少ない衣装にして下さい~!」
エクレーナとしてはアリシアに胸元を強調した衣装を着せたいようだが、アリシアはその逆で露出の少ない、もっと言えば胸元が隠れる衣装を着たいようだ。
しかし、流石はベルガモスの絹糸で作られた衣装だ。私が先程まで来ていた衣装と甲乙つけがたい着心地である。
私が旅行中に来ている衣服がほぼ全てフウカの魔力糸で作られているのだ。その衣服と同等の着心地なのだから、称賛に値すると言えるだろう。
まったく、生地をフウカに渡した時の反応が楽しみで仕方がないな。
その後20回ほど衣服の着せ替えを行い、最終的にパーティに着ていく衣装が決定したので、侍女に着付けてもらっている。
「かなり複雑な構造だね。1人で着れるような構造をしていなくない?」
「はい。元より使用人に着用させることを前提とした衣装です。富と権力を示すための衣装ですね」
だろうな。
布を巻きつけたりリボンで括り背中で縛りつけたりと、私が着せられている衣装は『
その分、着用した際の姿はなかなかに見ごたえがある。
今回着せてもらった衣装は7つの生地を重ね着したような外見のドレスだ。重厚そうに見えてその実非常に軽いし動きやすい。
また、重ねられているように見える7つの生地はそれぞれ銀を基調としながら黒以外の属性色にうっすらと染められている。銀色の虹を表現したドレス、といったところか。
ドレスが銀色を基調としているのは、おそらくルイーゼの髪色に合わせているのだろうな。
その証拠かどうかは分からないが、反対に彼女のドレスは黒を基調として七色の光沢を放っている。
私とルイーゼ、お互いの髪を意識したドレスなのだろう。
アリシアの衣装は、結局アリシアの要望通り胸元が隠れる衣装になったようだ。
彼女の魔力色に合わせて淡い青と緑、そして黄色の装飾品を取り付けられた丈の長いアフタヌーンドレスだ。
落ち着いた雰囲気を醸し出しているし、アリシアも自然体で着こなしている。好みの衣装なのだろうな。
「おお…!す、素晴らしい…!!これほどまでの絶景が、今日まで私の目に映ったことがあっただろうか!?いや、無い!!皆様方、大変美しゅうございます!!」
「あ、ありがとうございます…。あの、エクレーナ様は…?」
「私は侍女に扮して警備に当たりますので、どうかお気遣いなく!」
ああ、元からパーティでは警備の仕事に就くつもりだったのか。
しかし、警備の必要があるのだろうか?私が見てきた魔王国は、至って平和だったし、不穏な気配もなかったのだが…。
「警備って言うか防護ね。言ったでしょ?ウチの城に勤めてるのって血の気が多い連中が多いって。しかも今回はリガロウに加えてアンタが連れてきたモフモフちゃん達がいるから、今までよりも凄いことになるわよ?」
「誕生日パーティの最中に試合でも行うの?」
「お酒が入ったら大体はね」
それはまた、随分とにぎやかなパーティになりそうだ。パーティというよりも宴会と考えた方が良いのかもしれない。
「それがそうもいかないのよ。なにせお酒が入る前はみんな普通にパーティを楽しむから」
「魔王も大変だね」
「まったくよ!ママがさっさと引退した気持ちが分かるわ!」
迷惑そうにしてはいるが、母親の気持ちが分かると言った後に小さく[やめる気はないけどね]と零していたので、魔王を引き継いだことに後悔はしていないのだろう。責任感のある女性だ。頭を優しく撫でておこう。
「ん~?どうしたの?」
「ルイーゼは偉いねって思ってね」
「そ。ありがと」
どういたしまして。
さて、衣装もバッチリ着付けてもらったし、時間もそろそろパーティが開催される時間だ。
エクレーナがまだ私達の姿を見て悶えているが、気にする必要はないだろう。
パーティ会場に向かうとしよう。
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