第143話 親善試合

 グリューナに協力の約束を付け、彼女のやる気も回復したところで、各騎士団の騎士達も騎士舎に到着したようだ。

 数十人の人間達がグラウンドに集まってきている。

 各騎士団長に加え上位者から参加すると言うだけあって、全員が全員、高い魔力を所有しているようだ。


 「どうやら時間のようだな。そろそろ行くか?」

 「ええ!行きましょう!皆に、特にナウシスの連中に我が剣、我が魔術、我が竜の力、存分に見せてやると致しましょう!」

 「調子は戻ったようだな、宝騎士・グリューナ。今回の親善試合はただの試合ではない。ノア殿の力を騎士達だけでなく、貴族達にも知らしめるものでもあるのだ。頼んだぞ。」

 「任せてもらおう、大騎士・ミハイル!ノア様が私の全力を所望したのだ!私はその思いに応えるまでだ!」

 「気合十分だね。それじゃあ、行こうか。」


 四人揃って舎長室を後にする。

 いよいよ多くの人間達に私という存在が知られる機会が来たのだ。精々肝を抜かしてやるとしよう。ただし、派手になり過ぎないようにな。



 私はマコトの後に、グリューナはミハイルの後に続いてグラウンドまで移動する。既にグラウンドには騎士達が大魔術を掛け終わっているようだ。

 出来れば魔術を使用しているところ、もっと言うなれば魔術構築陣を確認したかったのだが、魔術の効果を精査すればそこから構築陣を導く事が出来ないわけでは無い。ホーディやラビックの稽古にとても有用そうなので、是非とも習得しておこう。



 騎士達が試合会場となるグラウンドの中心、そこから100mの四方を取り囲むように騎士達が並んでいる。

 彼等の中心に私たち四人が揃い、ミハイルが声高らかに騎士達に宣言する。


 「ティゼム王国でも特に実力を認められた栄えある騎士達よ!己が職務がある中良くこの場に集まってくれた!本日行われるは貴公等も知っての通り、登録から僅か二十日も経たぬ内に"上級"まで昇級した冒険者ノア!そして我がティゼム王国が誇る宝騎士の中でも特に優れた実力を持ったグリューナ!この二名の親善試合を行うためだ!立会人は私、大騎士・ミハイルと!」

 「冒険者ギルドテェゼミア支部、ギルドマスターのマコトだ。」

 「この二名で行う!異存のある者はいるかっ!?意義がある者は申し出よっ!」


 ミハイルの呼びかけに対し、名乗り出るものはいない。この二人が立会人で問題無いという事だ。


 騎士達へと意識を向けてみる。

 彼等は全員金属鎧を身に纏っている。金属部位の量は騎士達によってまばらではあるが、騎士団ごとに意匠自体は皆似通っている。集団の数は6。通達通りだ。


 騎士団の内の一つに意識を向けてみる。

 彼等だけは人ではなく、鎧や盾、武器や装飾品の方に強い魔力を感じられたのだ。彼等が身に纏っている鎧は金色の部分が多い。金色、と言ったが、多分金そのものだと思う。加えて、金では無い部分も鏡のように磨かれている。

 ハッキリ言って、悪目立ちするほどに派手である。いつぞやのドラゴン共を彷彿とさせる輝きだな。


 彼等がナウシス騎士団で間違いないだろう。

 実のところ、彼等からのみ、他の騎士達とは別の感情を向けられているのが分かるのだ。

 その感情は情欲と嘲り。

 そして彼等の感情を覆うように、彼等の装飾品から魔力が出ているので、感情を相手に察知させないような、特殊な効果を持った魔術具でも装備しているのかもしれないな。

 彼等は、私が思った以上に騎士として相応しくない精神の持ち主達かもしれない。


 おそらく、彼等の内の誰か、もしくは騎士団長が今回の親善試合の内容をヘシュトナー侯爵の元まで届けるだろう。

 私からは派手な動きはせず、それでいてグリューナを圧倒するところを見せてやるとしよう。そうすれば、ヘシュトナー侯爵は是が非でも私という強力な戦力を欲しがる筈だ。


 考え事にふけっている間に試合の準備が整ってしまったようだ。ミハイルが私達に指示を出し始めた。


 「双方!配置へっ!」


 試合会場には開始位置が短い白癬によって示されていたので、その位置まで移動する。グリューナとの距離はざっと15mと言ったところか。


 位置につき、グリューナが構える。

 彼女の構えは多くの騎士達が愛用している剣術、"アドモ流剣術"だ。その中でも最も一般的な片手剣と盾を用いた"清流式"だな。攻守のバランスが最も優れているタイプだ。

 アドモ流には、他にも二振りの剣で圧倒的な手数を誇る"嵐刃式"、両手で扱うような大剣を用いる"断山式"がある。

 これらの"アドモ流剣術"を用いる騎士もいる事はいるが、どちらかと言うと、攻撃的な"嵐刃式"や"断山式"は、冒険者が好んで使用している傾向がある。


 尚、私は両手を後ろに揃えて棒立ちだ。見る者が見たら、馬鹿にしていると思われても仕方が無い体勢だな。


 私達の準備は整った。後はミハイルの合図を待つばかりである。


 「それではっ!これより"上級"冒険者ノアと宝騎士・グリューナとの親善試合を始めるっ!双方っ!準備は良いかっ!?」

 「応っ!」

 「いつでもどうぞ。」

 「・・・・・・始めぇいっ!!」


 ミハイルが猛獣の咆哮を彷彿とさせるような合図とともに、グリューナが速攻を仕掛けてきた。

 相手の様子を伺うための守りの構えからの急加速だ。

 彼女の鎧は全身のほとんどを覆う所謂フルプレートメイルの類である。つまり、目視で筋肉の動きを視認する事が出来ない。


 人間の武芸の達人達は、たとえ衣服の上からであってもその布の動きから相手の筋肉の動きを読み取り、行動を予測する事が可能だと言われている。

 しかし、流石に全く動きが無い金属の上からでは、目視で筋肉の動きを確認する事は出来ない。つまり、大抵の者はこの時点で彼女の動きを事前に察知する事が出来ないのだ。


 予備動作無しでいきなりの突撃。彼女はそこから私に直剣による突きを放つつもりのようだ。

 視線は私全体を見据え、どの位置に突きを入れるか読ませようとしていない。


 大抵の者ならばこの初撃で勝負がついてしまうのだろうな。果たしてこの攻撃を凌ぐ事の出来る騎士が、この中にどれだけいるのやら。


 グリューナが突きを出したので、私も同じく突きで応えよう。『不懐』を施した尻尾カバーを彼女の剣の先端目掛けて突き出し、互いの力のベクトルが一直線になるように尻尾カバーをぶつける。まずは挨拶代わりだ。


 互いの武器(私の尻尾カバーを武器として捉えて良いのかは疑問だが)の先端がぶつかり合い、その場でグリューナの動きが抑えられる。


 「っ!?」

 「なぁっ!?」

 「直剣による突きを、剣の鞘のような物で、受け止めたのか・・・っ!?」

 「彼女は宝騎士・グリューナがどの位置に突きを放つのか、完全に見切っていたと言うのかっ!?」

 「ただ見切るだけではあのような芸当は不可能だっ!寸分違わぬ精密な動きが出来なければ、あのような事は起こらぬっ!」

 「初手から凄まじいものを見せられたな・・・っ!今回の親善試合、一体どれほど驚愕させられる事になる事やら・・・。」

 「あの"ウィステリア"殿がああまで気に掛ける人物なのだ。やはり尋常では無かったな・・・。」


 ここに来た騎士達も私に関しての情報がまったく無かったわけではないようだ。

"ウィステリア"というのはマコトの事だったから、彼が注目する人物にという事で元より興味があったのかもしれないな。


 それとも、彼等にもマコトは私の事を伝えていたのだろうか?

 有り得ない話じゃないな。だってマコトだし。


 さて、試合に意識を向けるとしようか。あまり外野に意識を向けていては、私に全力を見せてくれると言ったグリューナに失礼だ。


 渾身の突きを防がれた後はそのまま力比べ、とはならず、ほんの少し剣をずらしてから尻尾カバーを弾くと、最小限の動きで再び私に対して突きを放ってきた。

 受け止められた際の対応は初めから考えていたようだ。尤も、尻尾カバーを弾かれたところで、グリューナの突きが私に届く事は無いのだが。


 外側へと払うような動きからいかに最小限で突きを繰り出そうとしても、多少の予備動作が出来てしまうのは、避けようがない。

 何せ、一度突きを放てば腕は伸びるものだ。再び突きを放つには、もう一度腕を曲げるという動作がどうしても必要になる。


 そして再び突きが放たれるまでの間に、私の尻尾は定位置に戻っている。初撃と同様に迎え撃つ準備は出来ているのだ。再び放たれた突きを、私は初撃と同様に尻尾カバーの先端で受け止め、抑えつけた。


 「っ!?お見事っ!」

 「初動と言い、二撃目と言い、グリューナは突き技が得意なのかな?」

 「ふふっ、私の技に得手不得手などありませんっ!自分に扱える技は全て十全に扱えますともっ!ですが、もうしばらく私の突き技にお付き合い願いましょう!」

 「良いよ。好きなだけ自分の技を放つと良い。貴女の全てを見せてくれるのだろう?遠慮はいらないさ。思うままに振るってきて欲しい。」

 「ではっ!参りますっ!」


 グリューナの瞳に更なる闘志が宿った。これは、ラッシュが来るな。良いじゃないか。付き合おう。


 そう言えばラッシュを受けたのはラビックに初めて会った時以来か。アレ以降、ラビックは一撃一撃に重点を置くようになり、稽古でもラッシュを放たなくなってしまったのだ。


 あの子曰く、自分は未だラッシュを撃てるだけの技を身に付けていない。そんな状態でラッシュを放っても大した威力にはならない、との事だ。

 自分の理想の一撃を身に付け、それを連発する事こそ、ラッシュの神髄である、と結論を出したのだとか。あの子が理想とする一撃を身に付ける日が楽しみだ。


 さて、それはそれとしてグリューナの突きによるラッシュだ。

 速さに重点を置いてるためか、腕の力のみで剣を突き出している。

 本来であれば腕だけでなく足や腰も動かした方が良いのだが、彼女の膂力であれば腕の力だけでも大抵の相手に剣を貫かせるだけの威力がある。


 まぁ、私には通用しないが。彼女の繰り出された突きのラッシュも先程の二撃と同様、尻尾の突きで全て受け止める。


 今回の親善試合の目的は、どちらかと言えば見学に来た騎士達に私の実力を見せつける事にある。それには騎士の中でも有数の強者であるグリューナの技、その悉くが通用しないと言う事実を見せるのが手っ取り早いと思ったのだ。


 派手過ぎる攻撃や、解析できないような理解不能な攻撃をしてもある程度実力を伝える事は出来るだろうが、攻撃させなければ勝機がある、と思われては正確に実力が伝わらない。


 他者に『絶対に勝てない』と思わせるには、自分達では何をやってもかすり傷一つ付けられないと言う事実を突きつけた方が良い筈だ。


 「わ、我々は夢でも見ているのか・・・っ!?」

 「あの宝騎士・グリューナの連撃、しかも突きによる連撃を、同じく突きの連撃で全て受け止めるなど・・・っ!」

 「しかも本人は試合が始まってから尻尾以外は微動だにしていないっ!これではグリューナがまるで赤子だっ!」

 「これほどの実力を持った者が、今まで人と関わっていなかったとは・・・。」


 ラッシュを始めてから3分。どうやら突きは満足したらしい。今度は彼女の頭部、ドラゴンの角に魔力が集まっていく。


 「準備運動はこのぐらいで結構。本番はここからでございますっ!」

 「魔術と剣術の併用?良いね。そう来なくっちゃ。」

 「いざっ!!」


 彼女も思考の並列処理がある程度可能らしい。顔の付近に二つの魔術構築陣が形成されながらも、魔力を纏わせた直剣を私に振るって来る。


 あの直剣はマクシミリアンが所有していた物とほぼ同じものだな。剣の刀身から魔力の刃が形成されている。


 それならば私も魔力の刃を用意しよう。『成形モーディング』によって尻尾カバーに魔力の刃を纏わせてグリューナを迎え撃つ。


 「「「おおっ!」」」

 「あの同時攻撃をもう使うと言うのかっ!?」

 「早々にノア殿の実力を見極めたようだな。」

 「いやいや、アレはもう結果が分かっているのでは?竜人はドラゴンの因子を理解できますからな。先程の会話。彼女らしからぬ恭しさではないですか。どうやら試合をする前から、自分が増長していた事を理解していたようですな。」

 「ナウシス団長・・・。」

 「ああ、失礼。彼女の態度は少々目に余るものでしたからな。貴公等も彼女に頭を悩まされていたのは同じでありましょう?お互い、宝騎士・グリューナの意識を改めさせてくれたノア殿には、感謝しませんとなぁ!」

 「・・・そうだな。」


 やはりあの一際目立つ鎧を着ていたのがナウシス騎士団の団長か。台詞の端からどことなく嫌味を感じるのは、性格故か。

 少なくとも、他の騎士団の者達は今の発言を快く思っていないのは確かだな。


 魔術具で分かり辛くしているが、ナウシス騎士団長は間違いなくグリューナを見下している。魔力によって感情が読み取れる私には、それが良く分かった。


 ナウシス騎士団に対しては、騎士の礼儀というものは必要なさそうだな。だが、面倒臭い相手である事は間違いない。ヘシュトナー侯爵に雇われた後は、彼等とは必要以上に関わらないようにしておこう。


 とにかく、ナウシス騎士団長の顔、魔力、臭いは覚えた。彼に対してはその行動、振る舞いを警戒をしておこう。多分だが、放っておいたら色々と此方にとって不都合な事をやらかす気がする。


 試合に意識を戻そう。グリューナの次なる手は、私が訊ねたように魔術と剣術の同時攻撃だ。思考を並列処理できなければ到底扱えない芸当だ。人間の中でこれが出来る者は、まさしく一握りしかいないだろう。


 使用された魔術は雷撃。どうやら剣にも雷を纏わせているようだ。青白く小さな無数の稲妻が、グリューナの直剣の刃の上を、縦横無尽に走り回っている。

 彼女はその状態で、自分の放った雷撃に触れる事も構わず私に肉薄して斬撃を浴びせてくる。


 さて、斬撃を防ぐのは魔力刃を纏わせた尻尾カバーで良いとして、彼女の放った雷撃はどうしようか?

 そのまま受けて何ともない所を見せても良いのだが、実力を証明するためにも、少しは此方の手の内も見せておくべきだからな。

 ここは一つ、私ももう一つ魔術をするか。


 自分の周囲に幕を張るように『水球』を発生させる。ただし、ただの水ではなく、水の中には塩分を含ませている。

 勢いよく私に向かってきた雷撃は、水球の膜に触れた途端、勢いを失い、私まで届く事は無くなった。

 塩分が含まれている水と言うのは、電気を非常に良く通す。グリューナの放った雷撃は、私に電気が触れる前に水によってあらぬ方向へと流されてしまったのだ。

 グリューナの斬撃に関しては、予定通り『成形』で尻尾カバーから生み出した魔力刃で対応しよう。


 「っ!?私にとって最も強力な魔術だったのですが・・・そのような下級の魔術でも容易に防げてしまうものなのですね・・・!」

 「電気の性質を理解していればこそ、だね。相性の問題さ。」

 「なるほど・・・勉強、にっ!・・・なりますっ!」


 会話をしながらもグリューナの剣戟には手を抜かない。どちらかと言えば彼女の攻撃を防ぐようにしているが、油断はさせない。彼女が気を抜く事は無いが、それでも隙を見せようものなら冷や汗をかくような斬撃を放つようにしている。


 「あ、あの動きはっ!?」

 「ぬぅっ!?あの軌跡っ!間違いないっ!あの動きは"アドモ流剣術"、その"断山式"だっ!」

 「彼女はいつ、"断山式"を習得したのだっ!?」

 「分からんっ、だが、冒険者達には"アドモ流剣術"以外にも様々な武術の型を教えていたと聞いたぞ。」

 「真かっ!?」

 「うむ。彼女は図書館に足繁く通っていると聞いたぞ。何処で、というのであればやはりそこで、では無いのか?」

 「本を読んだだけでああまで見事に"アドモ流剣術"を修めたと言うのかっ!?」

 「し、信じられん・・・。」


 良し良し。周りの騎士達の反応も、なかなかに驚愕したものになってきているな。計画通りだ。このままドンドン驚かせていくとしよう。



 試合が始まってから30分。グリューナの動きに衰えはない。アレからも彼女は盾による打撃や雷撃以外の魔術、投擲武器等による攪乱まで行ってきた。

 勿論、その悉くを尻尾と最小限の魔術のみで対処したため、私は試合開始から一歩も動いていない。


 それだけでも此処にいる騎士達には私の実力が十分理解されているだろうが、まだだ、肝心なものが未だである。


 グリューナもそろそろやる気のようだ。


 「ふふふっ、流石はノア様っ!まさか、こうまで悉く通用しないとはっ!それではノア様。最後に一つ、私の最強の一撃をご照覧くださいっ!」

 「ああ。貴女の全身全霊。しっかりとこの目に収めるよ。」


 グリューナの胸、肺に大量の魔力が集中して行く。


 「遂にアレをやるかっ!?」

 「これまでは悉くを微動だにせず対応していたが、アレならどうだっ!?」

 「宝騎士・グリューナの最大の一撃。彼女はある程度の予想がついてるかもしれぬが、さて、どう受ける・・・?」

 「・・・・・・。」


 騎士達の盛り上がりも最高潮と言ったところか。では、見せてもらおうか。


 宝騎士・グリューナの、ドラゴンブレスを利用したとびっきりの攻撃を。

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