第575話 1号機完成!そして訪れる翡翠色

 翌日。

 レイブランとヤタールに起こされて私が最初に目にしたのは、私を見つめる小さな私だった。


 「おはようノア。今日もグッスリだったね」

 「……オーカドリア?」

 「うん」


 小さな私の尻尾がオーカドリアのコアパーツを掴んでいる。

 なるほど。そうしてマギモデルとコアパーツを密着させることで小さな私を自分の身体のように操っているのか。


 「おはよう。マギモデルの調子はどう?」

 「凄く良いよ。体を自由に動かすのが楽しい!」


 小さな私は表情が動くような構造をしていない。そのため無表情のままなのだが、オーカドリアの発している声はとても楽し気で非常に弾んでいる。


 …今製作中の魔導鎧機マギフレーム、完成間近ではあるが、表情の変化はできるようになっていない。

 今からでも機能を突けたすべきだろうか…?


 いや、今は完成が第一だ。

 あれもこれもと後から機能を追加しようとしては、いつまでも完成しなくなってしまう。

 オーカドリアにも早く自在に動かせる身体を用意してあげるのだ。後から思いついた機能は次のボディに追加すれば良いのだ。


 ところで、今は卵の焼ける匂いが私の鼻孔を刺激している。ホーディが朝食を作ってくれているようだ。

 まさか朝目覚めると朝食の香りがするという体験を家でもできるようになるとは…。

 ホーディには感謝してもしきれないな。レイブランとヤタールも朝食が気になっているようだ。


 「今日はオーカムヅミは良いのかな?」

 〈食べたいわ!朝ゴハンも興味あるけどオーカムヅミは別腹よ!〉〈朝ごはんのも食べるのよ!オーカムヅミも食べるのよ!〉

 「レイブランとヤタールは食いしん坊だね」


 オーカドリアも優しげな声でレイブランとヤタールに声を掛けている。

 まぁ、そこがまたこの2羽の可愛いところだ。初めて出会った時から変わっていない。

 オーカムヅミを食べる2羽を優しく撫でながら、この娘達を抱えてホーディの待つ食堂へと移動しよう。

 


 朝食は焼き魚とスクランブルエッグ、それから炊き立ての白米だ。

 魚に関してはわざわざ川まで行って取ってきた新鮮な物を使用しているようだ。

 今日もエプロン姿のホーディが可愛らしい。


 〈『収納』という魔術は実に便利だな!足の早い魚でも腐らせることなくここまで持ってくることができる!〉

 〈塩を振ったお魚美味しい!ホーディ、お代わりして良い!?〉

 〈良いぞ!大量に作ってあるからな!〉


 ホーディはすっかりウチの料理人になっているな。

 料理を求められて楽し気に答えるホーディのなんと満足気なことか。きっと今のホーディは充実感で満たされていることだろう。


 ホーディに挨拶をして私達も朝食をいただくとしよう。


 「おはよう、ホーディ。朝から料理を作ってくれてありがとう」

 〈おう!おはよう!なに、料理という行為に目覚めて以降コレが楽しくて仕方なくてな!それで主に喜んでもらえるというのなら、我にとってこれほど嬉しいことはない!〉


 提供された朝食も昨日の料理に負けず劣らずの美味だった。火力の調整は完璧のようだな。

 こうなって来ると、やはりホーディと一緒に料理をしてみたくなる。


 そうだな…。魔導鎧機の製作も良いが、それだけで1日を使い切ってしまうのは少し勿体ない。

 折角『幻実影』という非常に便利な魔術があるのだから、使わないでどうするというのだ。


 「ホーディ、今日の昼食は私と一緒に作らない?」

 〈良いのか?願ってもない!是非共に皆を満足させる食事を作り上げよう!〉


 即答で返事をもらえた。

 では、今日は幻を用意してオーカドリアのボディ制作と並行してホーディと心行くまで料理を作っていくとしよう。



 ようやくこの時が来た。思わず手の甲で額の汗をぬぐう動作をしてしまう。

 特に汗をかいているわけではないが、何かをやり遂げると人間達は何かを達成したりすると汗をぬぐうような動作をしていたからな。私もそのクセが移ってしまったようだ。


 オーカドリアのボディとなる魔導鎧機。その記念すべき1号機が完成したのだ。

 外見は中性的な人間の形をしている。頭髪は無いし口もない。鼻も形だけだし目のパーツは虚ろになっている。


 色々と改良点はあるだろうが、とにかく動かすだけならばこの状態でも問題無い筈だ。


 「ふぅ…。ようやく完成した…」

 「おおー。コレが私の身体…」


 早速オーカドリアのコアバーツをボディに取り付けてみよう。

 ボディの胸部を開くと、そこにはちょうどオーカドリアのコアパーツが綺麗に収まる台座がある。


 「さ、どうぞ。使ってみて」

 「ありがとう。ええーっと…こういう時は…[合体っ!!]…で良いんだっけ?」


 良いんじゃないだろうか?

 小さな私の手にコアパーツを持たせ、1号機の台座に向かって投げつける。

 そんなことをせずともオーカドリアのコアパーツは自力で浮遊ができるのだが、恐らく小説の一節を再現したかったのだろう。


 自我を持った魔導傀儡ゴーレム達が合体して強力なパワーアップを果たす場面に強い影響を受けたようだな。

 アレは造形も複雑に変化するから非常に格好良かったのを私も覚えている。

 オーカドリアもあのシーンを気に入っていたようだ。


 まぁ、オーカドリアの場合は合体というよりも装着といった方が良いかもしれないが。


 1号機にオーカドリアのコアパーツが装着されると、コアパーツを装着させるために開いていた胸部が自動的に閉じられた。

 そして1号機の虚ろな目に仄かな光が宿る。


 「どう?動かせそう?」

 「………」


 声を掛けてみたのだが、返事がない。接続が上手くいかなかったのだろうか?


 いやしかし、自動的に胸部が閉じたというのなら接続自体は上手くできている筈だ。声だってコアパーツを通せば問題無く喋れのだ。


 オーカドリアの反応がない理由を考えていると、突如1号機がその場で跳ねて宙返りをした。

 問題無く着地をしたと思えば、今度は虚空に向かって蹴りを放つ。次は拳による突きだ。


 オーカドリアは本で読んだ武術の型を一通り試してみるようだ。

 私も動きを観察して1号機に不備がないか確認させてもらおう。



 一通りボディを動かし終わったようだ。オーカドリアは1号機の両手を握って開く動作を繰り返し、その様子を眺めている。


 私が見る限り、不備という不備はなかったな。ただし、1号機は完全に人間に似せた魔導鎧機だ。動きも人間と同じ動きしかできない。

 オーカドリアはその辺りをどう思っているのだろうか?


 「ノア!コレ凄い!楽しい!マギモデルよりもスムーズに体が動かせる!」

 「気に入ってくれた?」

 「うん!…ねぇ、ラビックやホーディと遊べないかなあ!?」


 オーカドリアは遊ぶと言っているが、実際のところは手合わせがしたいのだろう。普段からホーディとラビックが稽古をしている様子を興味深そうに眺めていたのを覚えている。


 武術の型を試していたのはそのためか。

 しかし、肉体的な動きだけであの子達を相手取れるだろうか?

 確かに1号機の素材はオーカドリアの樹木を使用しているため、恐ろしく頑丈だ。だが、決して破壊できないわけではないのだ。

 特に、旅行中にルイーゼに稽古をつけてもらっていたためか、"氣"と魔力を問題無く融合できるようになった最近のラビックの戦闘力は凄まじいことになっている。

 今のホーディがどれほどの強さなのかは分からないが、少なくともこの広場に皆が揃った頃のホーディよりは強くなっている。


 当然、オーカムヅミの樹木ぐらいならば容易に破壊できるのだ。

 というか、今のラビックならば自力でオーカムヅミの果実を破壊できるのではないだろうか?


 〈ぬぉおおおおおーーーーーっ!!?!〉


 ホーディの悲鳴にも近い叫びが聞こえ、そのすぐ後に凄まじい衝突音が広場に響き渡った。

 吹き飛ばされて何処かの樹木にでも衝突させられたか?


 「ノア!」

 「うん。行ってみようか」


 ちょうどいい。オーカドリアも気になっているようだし、様子を見に行ってみよう。



 衝突音の舌場所へと行ってみれば、ラビックに起こされているホーディの姿があった。

 ラビックの目がとても嬉しそうに輝いている。

 というかラビックが胴着を着ている!可愛い!


 〈ううむ、この1ヶ月で恐ろしく力を付けたな、ラビックよ。いや、我が料理にかまけ過ぎたのが原因か?〉

 〈この1ヶ月間、私はルイーゼ陛下に稽古をつけていただきましたから、その結果でしょう。改めて自分の成長を実感しています…!〉


 こ、これはまたラビックの絵を描くしか―――


 『収納』から紙と色鉛筆を取り出そうとした私の後頭部に強い衝撃と痛みが走った。

 突然のことだったので頭部が下に向けられ、視界が強制的に地面に向けられる。


 「ノア。今はラビックの絵を描くことよりもホーディ達と遊べないか聞くのが先」

 「ゴメンゴメン。ありがとう」


 どうやらオーカドリアが私の頭をはたいて暴走しそうになっていた私の正気を取り戻してくれたようだ。


 それにしても、なかなかの威力じゃないか。

 無防備だったとはいえ私の体勢を崩し、尚且つ痛みを与えられるなんて、1号機の性能は予想以上に高いようだ。


 オーカドリアが私の頭をはたいたこと、そしてそれによって私が大きく体勢を崩したことにラビックもホーディも驚きを隠せないでいる。


 〈その体は…オーカドリアなのか…?主が何か作っていたようだが…それがそうなのか…?〉

 〈…なにやら凄まじい力を感じます…。ところで、私達に用があったように見受けますが、どういったご用件でしょうか?〉

 「ホーディ、ラビック、私とも遊ぼう!」


 ラビックの質問に、オーカドリアは躊躇わずに用件を伝える。


 〈遊ぶ…といいますと…〉

 「オーカドリアと手合わせしてあげてもらって良い?ボディの性能検査もしたいしね」

 「私も貴方達みたいに体を動かしたい!」

 〈なるほど、そういうことならば大歓迎だ!自由に動かせる肉体を得たオーカドリアがどのような動きをするのか、見せてもらおうではないか!〉

 〈こちらとしても願ってもない要望です。早速始めてしまってもよろしいですか?〉


 2体とも戦うことが好きだから二つ返事で了承してくれたな。

 快諾してもらったことでオーカドリアも上機嫌である。


 「うん!それじゃあ始めるね!行くよ!」

 〈っ!?なんと!?〉


 一瞬でオーカドリアがラビックの視界から消えて彼の正面に現れる。

 驚愕する暇もなく右腕から繰り出された突きを、ラビックは"氣"と魔力を融合させ右前足に纏わせて防御する。


 だが、ラビックの重量が軽すぎたためか、地面に踏みとどまることができずに森の奥へと吹き飛ばされてしまった。


 「あははは!すごいすごい!防がれた!待って待ってー!!」


 ラビックにダメージはまったく入っていないようで、オーカドリアは称賛の言葉を送りながら吹き飛ばされていったラビックの後を追って行った。


 〈…主よ、オーカドリアの肉体はどれほどの性能にしたのだ…?〉

 「………まぁ、不自由なく動けるぐらい?」


 元の素材が素材だからか、基礎性能だけで見てもとんでもないことになっているようだ。 

 身体能力だけならばヨームズオームに次いで高いんじゃないだろうか?オーカドリアはまだ魔力による身体強化を行っていなかったのだ。

 それで"氣"と魔力を融合させたラビックを圧倒するようなら、想像を絶することになりそうだ。


 そしてその凄まじい性能を誇るボディを問題無く扱えているオーカドリアもまた、類稀なるセンスを持っているということだ。


 マギモデルによる練習をしていたとは言え、初めてでアレだけ動けるのだ。将来的にはルイーゼともいい勝負ができるようになるかもしれないな。


 「あはははははーっ!ノアーーーっ!吹っ飛んでるーーーっ!」

 〈姫様、申し訳ありません…!手加減ができそうにありません故、アレを破壊してしまうかもしれません…!〉


 今度はオーカドリアが"黒龍城"の近くまで吹き飛ばされていき、それを凄まじい速度でラビックが追っていく。


 そうか…。今のラビックが全力を出さないとならないほどの性能なのか…。


 〈………楽しそうだな…〉

 「だね。そうだホーディ、そろそろ昼食作る?」

 〈あの戦いを見届けたい気もするが…うむ!今は料理だな!〉


 1号機の最終調整もあってそれなりに時間が経過していたからな。そろそろ昼食を作り始めた方が良い時間になっているのだ。

 ホーディを料理に誘えば、少し迷いはしたものの誘いを受けてくれた。


 ホーディのエプロン姿を堪能しながら、美味い昼食を作るとしよう。

 なに、この場に幻を一体残して彼等の戦いの様子は記録しておくとも。


 『おおー。これから昼食でも作るの?いいねいいねー。僕も見学させてもらおうかな?』


 私達が城の中のキッチンに移動しようとしたところで、背後から『真言』による声が聞こえてきた。

 振り返ってみれば、翡翠色の美しい毛並みをした鳳が首をかしげて私達を見つめていた。


 来るの早すぎじゃない?

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