第576話 モフモフでメラメラの答え

 美しい。

 一言で言って、目の前にいる翡翠色の鳳は非常に美しい見た目と色彩をしていた。

 頭までの高さは大体私と同じぐらい、体長は嘴から尾羽までを考えれば、3m近くあるんじゃないだろうか?それほどまでに尾羽が長い。


 それだけの長さがある尾羽は、不思議と地面に接地せずに宙を漂うようにして浮いている。


 煌命神・キュピレキュピヌは、アリシアが言った通り翡翠色の鳳だったのだ。炎に包まれているわけではないが。


 それにしても…。


 『やぁ!撫でたいって言うから早速お邪魔させてもらったぜ?どうだい?僕の羽毛は。なかなか綺麗だろう?存分にモフってくれて良いんだぜ?』

 「とても綺麗だしモフりたいけど、途中でメラメラしたりしない?というかロマハの言ってたメラメラって何?」

 『いきなりはしないさ。ま、メラメラすることもできるぜ?やって見せようか?』


 是非見てみたいところだが、私はこれからホーディと昼食を作るのだ。モフったりメラメラしているところを見るのは昼食の後にしておこう。


 そんなわけで"黒龍城"に移動しようとしたところでホーディから目の前の鳳の正体を訪ねられた。

 そう言えばホーディはキュピレキュピヌがどういった姿をしているのか聞いていないのだった。説明しておこう。


 〈主よ、それでは、この御方が天空神の同僚の一柱なのか?〉

 「うん。煌命神・キュピレキュピヌ。生命エネルギーを司る神だよ。魔族達からは鳳神って呼ばれてるみたい」

 〈お初にお目に掛かる。主からはホーディの名を賜った〉

 『うんうん。礼儀正しいのは良いことだね!よろしくね!それでさ、君達はこれから料理をするんだろ?邪魔はしないから僕にもその様子を見学させてくれよ!』


 まぁ、料理を見学されることに不都合はない。見たければ好きに見れば良いだろう。ホーディも同じ意見のようだ。


 「それじゃあ、何から作ろうか?折角だから沢山作りたいよね」

 〈うむ。我は火を扱う料理が好きだが、それ以外の料理でも作ってみせるぞ?〉


 頼もしい限りじゃないか。それなら、今回はスイーツをメインに作ってもらおうかな?


 〈任された。主の味に及ぶかは分からぬが、精一杯の品を作るとしよう!〉


 それでいい。その精一杯気持ちを込めて作るのが良いのだ。昼食時を楽しみにしながら料理に励ませてもらうとしよう。



 キュピレキュピヌに眺められながらも料理は問題無く完成した。

 意外なことに、お喋りなイメージを持っていたキュピレキュピヌは私達が料理を始めると、一言もしゃべらずに私達が料理をする光景を眺め続けていた。


 「お待たせ、キュピレキュピヌ。退屈してなかった?」

 『全然!良いものが見れたしむしろ充実させてもらったよ!なにせ僕達はみんな遠くから眺めるばっかりでこんなに近くで何かを眺めることなんてなかったからね!』


 確かに。仮に姿を隠せたとしてもその存在感を消すことはできなかっただろうし、そんなことをしたら巫覡ふげきが大慌てしてしまうだろうな。


 だが、作った料理は食べてこそだ!料理をしているところを眺めてハイ終わり。ではないのである!


 『え?もしかして僕にも食べさせてくれるってこと?』

 「折角こうして本体が来てくれたんだから、振る舞わないわけがないだろう?それとも、神は食事をとらないのかな?」

 『食べる食べる!もうここに来てない他の連中の分まで食べちゃうよ!』


 ……今、猛烈に嫌な予感がしたぞ?

 今の発言、多分他の神々も聞いていたよな?コレは絶対にうるさ―――


 『おいキュピィ!お前ふざけるなよ!?自分だけノアの手料理を食べるつもりか!?私の分も用意してもらわないか!』

 『ノア、今行く!』

 『こらロマハ!勝手に行動しては…!』

 『あー、ノア。ワリィんだけどよぉ、俺達の分、お供え物として用意してくんねぇ?多分ロマハはそっちに行ったから勝手に食うだろうが…』


 ああ、うん。まぁ、ロマハは来るよな。

 2柱が私の料理を食べるというのに他の神々が料理を食べられないのは確かに不公平だ。

 ズウノシャディオンは供え物として用意すれば問題無いようだが、果たしてどうやればいいのか?


 『ノア!私にも料理食べさせて!』


 っと、流石に速いな。もう来たのか。

 よほど私達の作った料理を食べたかったのか。


 『おいおーい、今回は僕が行く番だったんだろー?大人しくしてるんじゃなかったのー?』

 『ノアの手料理だよ!?直接食べたいに決まってるじゃん!』


 大小2羽の鳥が翼を羽ばたかせながら喧嘩をしている。

 その様子は可愛らしいのだが、羽毛が散って料理に掛かってしまう前に止めておこう。今のところ羽毛は散っていないが。


 2羽の頭を締め付ける思念を送る。


 「ガーッ!?」「クェーッ!?」

 『とりあえず食事にしようか。2柱とも食事をするなら暴れないように。ロマハも折角来たのなら食べると良い』

 『『はーい』』


 痛がりながらも食堂へと大人しくついて来てくれる2羽…ではなく2柱。ロマハは私の頭頂部へと止まることにしたようだ。

 構わないが、留まり辛くない?


 『平気。~♪ノアの頭~♪』

 『ノアちゃんノアちゃん、どうせ僕のことモフるのなら僕の背中に乗ってみないかい?君ぐらいの大きさなら乗せられるぜ?』


 魅力的な話ではあるがまずは食事だ。皆既に集まっているし、軽く2柱を紹介して昼食を食べるとしよう。



 私達の作った料理はどれも神々に好評だったようだ。どちらも料理を食べる速度が尋常ではなかった。


 『いやー、こうして直接誰かの手料理を食べたのはいつ以来かな?料理ってだけでも嬉しいのに、それが美味しい料理ともなれば感動も一際デッカイね!』

 『コレ、すっごく美味しい!ヒンヤリしててシャリっとしててシュワってする!』

 〈グハハハハ!ソイツは我の今回の自信作だ!凍る寸前まで冷やしたカットフルーツを同じく凍る寸前まで冷やした甘いソーダ水に投入したのである!軽く混ぜれば仄かに果肉が凍り、瑞々しさと氷菓子の両方の食感を味わえるようにしたのだ!しかもな!それだけではない!果肉の水分に直接炭酸を加えているのだ!それ故にカットフルーツを噛み締めるだけでも炭酸の果汁があふれ出すというわけだ!お気に召したか!〉

 『うん!気に入った!』


 うん。ホーディが自信作というだけあって凍る寸前の炭酸フルーツポンチは実に美味だ。食感に関してはロマハが説明してくれたから言うまでもない。1口で2度、いや3度美味しい。

 修業をして汗まみれになった冒険者達にコレを食べさせたら、一気に疲れが吹き飛ぶかもしれないな。

 まぁ、人間達に提供する時は人間達用のフルーツを使用するが。


 しかし、小さな体をしているロマハが様々な料理を飲み込むように食べていく様子はなかなかに見ごたえがあるな。

 明らかにロマハ自身の体積を超える量を食べているというのに、まるで体積に変化がない。

 彼女も私と同様、食べたらすぐに魔力に変換されるのだろうか?


 『まぁ、僕等は大体そんな感じだよねー。だからこそノアちゃんが酔えない理由が分かったってのもあるし』

 『それじゃあ、貴方達も酒に酔えないの?』

 『はっはっは!確かにそのまんまじゃ酔えないね。でもノアちゃんがやったみたいに僕らも自分の耐性を下げられるからね。酔えないわけでもないさ』


 そう語るキュピレキュピヌはどこか遠い目をしていて、何かを懐かしんでいるように見える。

 この様子では、ここ最近までずっと酒を飲んでいないのではないだろうか?


 『いやいや、酒自体はもらっているよ?人間や魔族が神酒として捧げてくれているからね。味は楽しんでるさ』

 「でも、酔ってはいない?」

 『まぁねー』


 酔うとなかなか楽しい気分になれるのだが、キュピレキュピヌはそうではないのだろうか?酔わずとも構わないと言った様子である。


 『供え物として捧げられる物ってさ、捧げた者の祈りだの想いだのがすっごく籠ってるからね。そういった思いと一緒に味わえるだけで、僕達は満足しちゃうのさ』


 不思議なものだ。瞼が少し下がっているだけだというのに、キュピレキュピヌはまるで慈愛に満ちた表情をしているように見える。

 端的に言って、美しいと思えるような表情だ。撫でても良いだろうか?


 「ガー!」


 そう思っていたらロマハに頬を突かれた。構ってほしいようだ。首の辺りを指で撫でておこう。


 「ガアアア……」

 『やれやれ、ロマハは相変わらずだねぇ。そんなだからルグにおこちゃまだって言われるんだよ?』

 『言わせとけばいい。こうしてノアに可愛がってもらえてるのは今のところ私だけ』

 『残念でしたー!これから僕もノアちゃんに可愛がってもらいますー!』

 「ガーーー!」


 あんまりケンカするようなら可愛がらずに締め付けようか。


 『『喧嘩じゃないよ!じゃれてるだけ!』』


 調子がいいことで。



 昼食も十分堪能したので神々と戯れることにした。参加者は私とオーカドリア。

 他の皆はヨームズオーム以外は近づき難いため不参加とのこと。ヨームズオームはウルミラと遊ぶようだ。


 『その子がノアの魔力を浸透させたオーカムヅミの種子から生まれた精霊ちゃんなんだね?オーカドリアって言ったかな?じゃあドリーちゃんで!』

 「ノア、私あだ名貰った。ノアもドリーって呼んでくれる?」

 「構わないよ、ドリー」

 「~♪」


 オリヴィエも喜んでいたし、親しい者からあだ名や愛称で呼ばれるのは嬉しいことなのだろうな。

 しかし、私のように元から名前が短い者はどうすればいいのだろうな?


 『そりゃあ、ノッちんとかノーちゃんかいろいろあるんじゃない?』

 「それじゃあ名前が長くなって本末転倒では?」

 『ノア、別に短くするだけが愛称じゃないと思う』


 そういうものなのか。

 しかし、私は愛称で呼ばれても呼ばれなくても今のところ何とも思わないな。

 元から私のことは好きに呼んでくれていいと思っていたのだ。そもそもそれを言ったらゴドファンスやラビック、リガロウが呼ぶ[おひいさま]や[姫様]なども愛称になるだろうし。


 しかし、キュピレキュピヌの羽毛。悪くないな。いや、悪くないどころか非常に良い。

 先程から抱き着く要領で脇の辺りを撫でさせてもらっているのだが、コレがまた柔らかく、フワフワでフサフサなのだ。それに、彼の体ではなく羽毛そのものが暖かい。やはり炎を纏った姿になれるからなのか?


 『うーん、まぁ、正解って言えば正解かな?実際には生命エネルギーを展開させているんだけどね?こんな感じだよ!』


 そう言ってキュピレキュピヌが翼を広げると、彼の全身の羽根、その羽毛の1本1本から膨大な生命エネルギーが勢いよく溢れ出した。

 そのエネルギーは目視で確認できるほどに濃密で、そして触れようとする者すべてを吹き飛ばしてしまうほどの勢いを持っていた。

 まぁ、私は吹き飛ばされずに抱き着いたままなのだが。


 『うひゃー、やるねぇー。流石はノアちゃんだ。密着された状態でコレやって吹き飛ばなかったの、ノアちゃんだけだぜ?』


 溢れ出る生命エネルギーは、彼の羽毛と同じ暖かさだ。物質を燃焼させるような熱を持っていない。


 『持たせることもできるんだけどねー。そんなことする必要は今は無いだろ?それで、どうだいノアちゃん。僕の正体、分かった?』


 まぁ、ここまでされれば分からないわけがないな。

 あの羽毛は、生命エネルギーを具現化させた姿だったのだ。今も溢れ続けているこの無限とも錯覚させるほどの膨大な生命エネルギーを圧縮し、固形化させたのがキュピレキュピヌの羽根の正体だ。


 煌命神、またの名を鳳神キュピレキュピヌ。


 その正体はつまり、意思を持った生命エネルギーそのものだったのだ。

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