第574話 噛み締めて願うは配下の成長

 オーカドリアのボディなのだが、やはり当初の予定通り人型の魔導鎧機マギフレームを制作しよう。

 あくまでも間に合わせのボディだ。理想はあらゆる生物に変身できる魔導鎧機とは名ばかりのボディだからな。

 しかしそんな万能ボディを実現させるにはまだまだ知識や技術が足りていない。

 大陸中の図書館を巡り、この大陸中のあらゆる知識を取り込んだと自負している私だが、それでも私の理想を実現させるには長い開発期間を設ける必要があると判断した。


 そしてそんな長い時間オーカドリアをコアパーツだけの状態にしておくのは忍びないと思う。

 そこで、少しでも生物としての動きを楽しんでもらうためにオードソックスなボディを作ろうというわけだな。


 勿論、その間にも本来のボディの開発は進めるし、並行して別のタイプのボディの製作も行う。

 人型を作った後は鳥型、蜘蛛型、兎型、狼型、熊型、猪型、蛇型、蜂型…。

 そう、この地に住んでくれるようになった子達の順番でボディを作っていくつもりだ。


 「気分次第で色んな体を試せるんだね。楽しそう」

 「骨格が大きく変わるだろうから、始めのうちは多分慣れないだろうけどね。そうだ。ボディが出来上がるまでマギモデルでも使って遊んでみる?少しは感覚がつかめるかもしれないよ?」


 魔導鎧機を動かすのもマギモデルを動かすのもやっていることはそれほど変わらないからな。私が知る魔導鎧機はマギモデルと違って操縦桿やペダルの操作といった物理的な操作があるだけだ。原理的にやっていることは変わらない。


 そのため、マギモデルの操作が上達すれば自然と魔導鎧機の操作も上達していくことになる。

 加えてオーカドリアのための魔導鎧機には操縦桿もペダルもない。オーカドリアのコアパーツから魔力を浸透させて制御するからだ。つまり、操作方法がマギモデルとほぼ変わらないというわけだな。

 だからこそ、マギモデルの操作をしていればよい訓練になる筈なのだ。


 「楽しそうだね。やってみたい。それで、マギモデルはあるの?」

 「私のを使うと良いよ」


 すぐにオーカドリア用のマギモデルを渡せればよかったのだが、そうもいかないので、一時的に小さな私を渡しておくとしよう。オーカドリアならば問題無く操作できる筈だ。


 「これは…小さなノア?可愛いね。尻尾まで細かく再現されてる」

 「人間の友人と作った自信作だよ」


 正直、同じ素材でコレよりも高性能なマギモデルを作れと言われても難しいだろうな。おそらく人間が作れる最高峰の性能をしていると自負している。

 勿論、"楽園最奥"由来の素材やプリズマイト、七色の私の魔力を使用すればその限りではないが…。

 しかし、私だって自重という言葉を知っている。そんなものを世に出していいわけがないのだ。


 ついでだから後で皆の姿を模ったマギモデルも作っておこう。オーカドリア用と皆用、2体ずつ作って皆に配るのだ。


 早速オーカドリアが小さな私を操作する。

 意外なことに、多少のぎこちなさはあるものの問題無く操作できている。

 ウルミラ達はもっと苦労していたのだが、現状オーカドリアは決まった形の実体を持っていないからだろうか?


 「操作上手いね。初めて動かすんだよね?」

 「うん。本当にノアとそっくりに作ってあるから、ノアの動きを参考にして動かしてるの」


 だからといって人の骨格を持たないというか、骨格のある生物の体を動かしたことのないオーカドリアが初見でこうまで見事にマギモデルを動かせるのは凄いことだ。偏に才能というべきだろうか?


 とにかく、この調子ならオーカドリアに人型の魔導鎧機を用意しても問題無く操作できそうだ。完成を急ぐとしよう。



 製作作業に夢中になっていたようだ。

 オーカドリアのボディが大方完成する頃には、私の鼻孔に肉の脂と香辛料が混ざった香りが伝わって来た。どうやらホーディがステーキを焼いているらしい。

 まいったな。コレは途轍もなく美味そうな香りだ。


 〈姫様。夕食の準備が整いました〉

 「うん、ありがとうラビック。今行―――」


 ラビックが態々私を呼びに製作工房まで来てくれたのだが、呼びかけに返事をして振り向いた瞬間、私の思考は停止してしまった。


 ラビックが、燕尾服を身に纏っている。


 こうしてはいられない!すぐにこの素晴らしい光景を形に残さなければ!

 『幻実影ファンタマイマス』と『補助腕サブアーム』を総動員して様々な角度から執事姿のラビックを描き残そう!


 〈…姫様?〉

 〈ねー?だから言ったでしょ?気持ちは分かるけどご飯食べ終わった後の方が良いって〉


 なにやらフレミーの声も聞こえてくるが、今はそれどころではない!

 描いても描いても描き足りないのだ!それほどまでに目の前の光景は私の創作意欲を掻き立てている!


 私の体に"氣"と魔力を融合した糸を巻き付けられているが、関係ないな!その程度では私の腕は止まらんよ!


 〈あーだめだ。私の糸じゃノア様を止められない。巻き付けた傍から千切れてっちゃう〉

 〈えっと…どうしましょうか…〉

 〈どうもこうも無いよ。ノア様が満足するまでモデルになってあげるしかないよ。ホーディには悪いけどね。ノア様ー。私達先にご飯食べてるからねー?〉


 フレミーはこの場を去ったようだがラビックはこの場に残ってくれるようだ。

 ならば引き続き絵を描こう!描き続けよう!



 いやぁ、描いた描いた。我ながらいくつもの名作を作ってしまったな。この素晴らしい名画達をすぐにでもルイーゼに自慢したいところだ。

 とは言えルイーゼとは今日別れたばかりだし…。


 どうにかしてこの感動を彼女にも伝えたい…。

 そう言えば、以前ヴィルガレッドと『通話』で会話をしている時に私のイメージを彼に伝えたことがあったな。 

 ルイーゼにも同じようなことをして執事姿のラビックのイメージを送ってみるか…。


 いやいや!それもいいかもしれないけど!私がやりたいのは私の描いた絵の自慢である!

 ああ、だから私の描いた絵をそのままイメージとしてルイーゼに伝えれば良いのか?

 でもルイーゼにも現物を渡したいという願望が…。


 〈あの、姫様?とりあえず食事にいたしませんか…?〉

 「っ!?ラビック…。ごめん。気にしてなかった」

 〈いえ、それは構いませんが、そろそろ食堂に参りましょう。今もホーディが待ってくれています〉


 うん。ラビックにたった今呼び掛けてもらった瞬間にそれは理解した。

 皆は既に食事を終えて入浴すら終っているというのに、私のためにホーディは食堂で待ってくれているのだ。


  そしてすでに遅い時間だというのにラビックも眠らずにこうして私の我儘に付き合ってくれている。


 参ったなぁ…。流石に暴走が過ぎるぞコレは。

 ルイーゼがいてくれればすぐにでも私の頭をはたいて止めてくれてた気がするが、ここにいない人物を当てになどできるわけがない。

 『自律幻形オートドリュージョン』を使用すれば防げたことかもしれないが、予め魔術を使用していなければ意味がない。


 …今は考えるのを止めよう。堂々巡りだしこれ以上ホーディやラビックを待たせるわけにはいかない。今は食事をして風呂に入ってゆっくり休むのだ。



 長時間待たせてしまったというのに、ホーディは快く私達を迎えてくれた。


 〈おう、主よ!フレミーから聞いたぞ!ラビックの絵をひたすらに描いていたようだな!名画が大量にできたか!?〉

 「まぁね。すぐにでもルイーゼに見せてあげたいと思えるような作品が山ほどでき上がったよ」

 〈それは結構だ!では、満足できたようだし、そろそろ食事としようか!〉

 「ああ、待たせてしまって悪かったね。待っていてくれてありがとう」

 〈元はといえば私が服を着て姫様を呼びに行ったのが原因なのです。あまり思いつめる必要はないかと…〉


 確かにその通りなのだが、それを言ったらラビックが私を呼びに来る必要があった時点で既に問題があるんだよなぁ…。

 熱中していたのはラビックの絵を描いていただけではないのだ。

 その前。オーカドリアのボディ制作に熱中してしまったのがそもそもの始まりなのだ。


 今回に関しては完全に私のミスである。

 以前にも似たようなことがあって皆と一緒に風呂に入れなかったじゃないか。

 そしてその時決めていたじゃないか。熱中するような作業をする時は幻を1体用意しておこうって!


 折角『自律幻形』という便利な魔術を開発したのだから、作業を始める前に使用しておくべきだったのだ。


 「というわけだからね、ラビックに非はないんだよ」

 〈…それでは、今回はそういうことにしておきます〉


 駄目だなぁ。

 これ、私の言い分を受け入れてはくれていないぞ?私が非が無いと言ったから引き下がっただけでラビックは自分を責めている。


 ああ、しかし良い香りだなぁ…。

 肉の脂と香辛料。それとガーリックの香りも加わっているのか?物凄く食欲が促進される…。


 〈どちらも思うところはあるだろうが、まずは美味い物を食うと良い。大抵の悩みはそれで大体吹き飛ぶ。主が教えてくれたことだぞ?〉


 目の前には特大のステーキが乗せられた皿が。

 焼き加減はレアか。1㎏はあるな…。皆にも同じ量振る舞ったのだろうか?


 〈くっくっく…!ゴドファンスとヨームズオームはこの3倍食べたぞ?ガーリックと香辛料の組み合わせが気に入ったようだ〉

 「確かに。これは暴力的と言って良いぐらいに魅力的な香りだ。早速いただくとするよ。ラビックも食べようか」

 〈はい。いただきます〉


 ナイフをステーキに宛がえば刃が容易に肉に沈み込んであっさりと肉が分断される。

これは口に入れずとも美味いと分かるヤツだ。たった2週間足らずでよくぞここまでの技量を身に付けた!


 切り分けたステーキ肉を口の中に運べば、香辛料や塩だけでなく、肉の脂の旨味と甘味も口の中で広がっていく。

 肉の味が最大限引き出されているな。実に美味い。

 私の場合歯が非常に頑丈でかつ顎の力も強いため肉の柔らかさを正確に推し量ることはできないが、ラビックが非常に満足気にステーキを口にしているのだから、この肉も柔らかく絶品なのだろう。


 〈肉を食べてこれほど幸福を噛み締めるのは、ドラゴンの焼き肉を皆で食べた時以来でしょうか…。私も何か、新しい道を見つけたくなります…〉

 「無理をしなくても良いよ?」


 と入ったが、難しいのかもしれないな。

 聞けばホーディも料理を作るという発想をするまでは強い焦燥感に苛まれていたようだし。今のラビックも似たようなものだろう。


 その焦燥感を取り除くのに、私は無力だ。

 あの子達が自分で自分の心に折り合いをつけていくしかない。


 ラビックは努力家で読書家だ。もしかしたら旅行の経験も参考に新しい何かを見つけるのかもしれない。その兆しはあったような気がする。


 もしもラビックが新しい道を見つけたら、勿論応援させてもらう。そうしてよりこの広場での生活を豊かにしていくのだ。


 ホーディの焼いたステーキに舌鼓を打ちながら、私はウチの子達の成長を願った。

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