第449話 2人の手練れ

 フウカと共に飲食店を出て、街の観光を開始する。

 が、その前に同行者をもう一人増やそうと思う。その人物は、勿論先程から私達を陰ながら取材していたイネスである。


 現在彼女がいる場所に視線を向ける。フウカもある程度の気配は掴めているため、私が視線を送れば相手の位置を把握できたようだ。


 「あそこにいるのですね?私が呼んできましょうか?」

 「いや、こうして視線を送り続けていれば、その内根負けして自分から私達の所に来てくれるよ。それに、貴女の実力はあまり知られたくないんじゃないかな?」

 「私のことなど、ノア様の都合に比べればどうでも良いのですが…。お気遣いありがとうございます。それでは、相手が根負けしてくれるのを待つとしましょうか」


 と言うわけで、イネスに視線を送りながら観光を開始していく。時には手招きを織り交ぜて、だ。これだけやっておけば彼女も気付かれている上に呼ばれていると分かるだろう。


 そういった行動が功を奏してか、三回目に視線を送ったところでイネスが私達のところまで移動してきた。


 「降参、降参ですよぉ!本当に、ノア様の前だと自信無くしちゃいますよぉ…」

 「いや、大したものだと思うよ。それよりも久しぶり。会えて嬉しいよ」

 「こちらこそ!お久しぶりです!こうして再びノア様の取材ができると思うと、嬉しさで舞い上がってしまいそうになりますよ!」


 相変わらず、快活な女性だ。姿を現した時は気落ちしていたような表情をしたというのに、そのすぐ後には満面の笑みで私との再会を喜んでくれているのだ。

 ジョゼットがイネスのことを可愛らしいと言っていたが、こういった姿を見れば納得できる言動だ。


 こうして直に会話をすれば、当然イネスが私に聞きたいのは傍にいるフウカのことだ。遠慮なく私に尋ねてきた。


 「ところでノア様、そちらの妙齢の女性は…」

 「彼女はフウカ。普段はイスティエスタで服飾店を経営しているよ。そして、私が普段着ている衣服の制作者でもある。フウカ、彼女は記者ギルドのイネス。非常に高度な隠形の使い手でもある敏腕記者だよ」


 イネスにフウカを紹介するとともに、フウカにもイネスを紹介しておく。

 自分達を観察続けていた人物が害意や悪意が無いと知ると、フウカも態度を軟化させたようだ。礼儀正しくイネスに対して礼をして挨拶しだした。


 「初めまして。ノア様の御召し物を仕立てさせていただいています、フウカと申します」

 「こちらこそ初めまして!イネスです!いやぁ、ノア様が着ている服はどれも素晴らしい品質だとは思っていましたが、まさかその制作者がこれほど美しい女性だったとは…!」


 イネスも失礼にならない範囲で気さくに自己紹介をする。ただ、彼女の興味は今のところ、私の衣服を製作していると言う点に向けられているな。その点に関しての取材をしたくてたまらないのだろう。


 「取材をするのなら落ち着いた場所で行おうか。イネス、私達はこれからこの街を見て回るのだけど、貴方も一緒にどう?」

 「勿論ご一緒させていただきます!これはノア様の密着取材再び、と言うことでよろしいのでしょうか!?」

 「よろしいよ。それじゃあ、行こうか」


 飲食は今しがた十分堪能したので、今度は装飾関係を見て回ろう。色々な店を見て回っている内に、2人の小腹もすいて来るだろう。

 そうしたら小休憩も兼ねて喫茶店で紅茶でも楽しみながら、イネスの取材に応じるとしよう。



 時刻は午後3時過ぎ。今は予定していた通り喫茶店に立ち寄り、紅茶とスイーツを注文してイネスの取材にフウカが返答しているところだ。


 この街で流行っている高級な装飾品は、強い光沢を放つ品が非常に多かったな。

 確認してみて分かったのだが、素材にハイ・ドラゴンの鱗を使用している品が非常に多かった。


 ハイ・ドラゴン達の鱗は、基本的に"楽園"に襲撃して来た連中のようにギラついた光沢を放つ鱗が多い。

 "蘇った不浄の死者アンデッド"となってしまう前の生前のヴァスターも、連中ほどではないが光沢を放つ鱗の持ち主だった。


 勿論、この街に商品として並んでいる鱗は、ハイ・ドラゴン達を討伐して入手しているわけではない。

 私やヴィルガレッドはどうか分からないが、ドラゴンの鱗とは、基本的に自然に生え変わるのだ。剥がれ落ちた鱗を回収して、それを素材として扱っているのである。


 魔物からしたら、自分の剥がれ落ちた鱗や羽毛、体毛などに興味を持つ者は少ないからな。欲しければ好きに持って行けばいい、と言うスタンスなのだ。


 "ドラゴンズホール"に生息している大半の魔物がドラゴンでありハイ・ドラゴンであるため、彼等の機嫌を損ねない限り、ドラゴン関係の素材は比較的容易に、そして大量に手に入る。

 そうして大量に手に入ったドラゴン関係の素材は、自国の戦力増強に用いたり国外へ輸出することで、この国は国力を強めているのだ。


 で、私が見てきた装飾品なのだが、質自体は価格通りの良い物だったのだろう。

 だが、悲しいかな。私の好みには合わなかった。光沢が強すぎるのだ。

 眩しいほどに光を反射するような鏡のように磨き上げられた光沢が、私はあまり好きではないのだ。


 慎ましやかながら自己の主張を損なわないような、そんな輝きが私は好きなのである。

 そのため、今回の装飾品はあまり大量には購入しなかった。

 何も購入しないのは、それはそれで旅行をした気になれなかったので、少数は購入させてもらった。光物だから、レイブランとヤタールやフレミーなら喜んでくれるとは思うのだ。


 「ほうほう!つまり、ノア様が最初に購入なさった服も、フウカさんが手がけた物なのですね!?」

 「ええ、あの時はまさかこれほどまでに敬うべき御方だとは思っていなくて…。大変な失礼を働いていたのではないかと思う時もあります…」

 「私がフウカに対して失礼な対応をされたと思ったことは、一度もないよ」


 あの時は今のような扱いをされるなど、私自身が思っていなかったからな。

 尤も、フウカが私に対して恭しい態度を取り出したのは、私が姫扱いされる前からではあるのだが。


 「はぁーっ!これほどまでに見事な服なのですから、フウカさんのお店の服も、やはり結構お高い品だったりするのでしょうか?」

 「私が最初に購入したフウカの服は、どれも上下のセットで銀貨2枚分だったよ」


 尻尾のための穴を開ける値段も込みではあるが。

 それでも、銀貨2枚は一般的な人間からしてみれば大金だ。あの店の服を普段着として購入できるものは、間違いなく裕福な人間と言えるだろう。つまり、フウカの店は一般市民からしたら間違いなく高級店なのだ。


 "中級インター"冒険者の稼ぎならば購入できない額ではないのかもしれないが、実際にはなかなか購入できるものでは無かったりする。

 私は武器防具や冒険のための道具を一切必要としないが、本来の冒険者達はそうはいかないからだ。

 そして、冒険者達が使用する武具を含めた道具は軒並み高額だ。装備や消耗品を整えていたら、自由に使える資金はほとんど残らないのである。


 その後も取材は続き、喫茶店を出るころには1時間が経過していた。


 さて、次の目的地なのだが、フウカやイネスには悪いが冒険者ギルドに顔を出そうと思っている。


 新しい街に着いたら、冒険者ギルドに立ち寄ると決めているのだ。

 図書館のある街では、私に本の複製による指名依頼を発注していると分かっているからな。

 ついでに何か面白い依頼があれば受注しようと思っている。


 ありがたいことに、2人共私の我儘に付き合ってくれるようだ。


 「我儘だなんてそんな…。私はノア様とこうしてご一緒できるだけでも嬉しいのです。どうぞ、お好きなように振る舞ってください」

 「そうですよ!それに、ノア様が本を複製する様子を間近で見られるんですから、良い記事のネタになりますよ!」

 「ありがとう。それじゃあ、冒険者ギルドに向かおうか」


 冒険者ギルドに顔を出せば、時間が時間だったこともあり、依頼を終えてギルドに顔を出してきた冒険者達が結構な数確認できた。


 ギルド内の至る場所から視線が突き刺さる。余程私は注目を集めているのだろう。

 と思ったのだが、今の私は1人ではない。注目を集めた理由は、私以外にもあるのだ。


 そう、フウカとイネスである。

 彼女達も、人間の美醜感覚からすれば間違いなく器量が良いと判断される顔立ちなのだ。

 つまるところ、ギルドの扉が開かれたと思えば、器量の整った見慣れない女性が3人いっぺんにギルドに入ってきたのである。


 しかも、現在ギルドにいる冒険者達は男性が多い。この状況で、注目されない筈がないのだ。


 冒険者達はフウカやイネスのことはともかく私のことは当然のように知っているためか、道を作るように受付カウンターまでのスペースを開けてくれた。


 「ありがとうございまぁ~す!」


 冒険者達の態度に、フウカは静かに頭を下げ、イネスは明るく礼を述べている。その様子に、多くの冒険者達が表情を柔らかくしている。

 美しい女性から愛想よくされて、気分が良いのだろう。

 望んで道を開けてくれたのだから、遠慮なくカウンターまで移動して依頼を確認させてもらうとしよう。


 特に目を引くような依頼は発注されていなかったので、本の複製依頼を受注したら、すぐに冒険者ギルドを後にする。

 その際もイネスは冒険者達に愛想よく振る舞っていた。

 そのためか、イネスがすぐに立ち去ってしまうことに落胆している者達も多いようだ。


 改めて思うが、本当にイネスが凄いのはこういうところだと思うのだ。

 彼女は非常に優れた隠形でその存在を隠し通せるうえ、自身の存在感を希薄化させることも可能だ。そうすることで、仕事中は自分の姿を見る者への印象を残さないようにしているのだ。


 しかし、一度愛想を振り撒けば御覧の通りである。他者から受ける自身への印象を自在に操れるからこそ、彼女の隠形はより効果を発揮するのだ。


 その手腕は、超が付くほどの一流暗殺者でもあるフウカすら舌を巻くほどだろう。彼女も内心、イネスが冒険者達に愛想よくしている様子を見て驚いていた。



 図書館で複製依頼が終わったら、そのまま夕食の時間近くになるまで読書に勤しむことにした。

 流石に首都と言うだけあって新しい書物も見つけられたので、複製もしておいた。

 やはりドラゴンやワイバーン関係の本が多く蔵書されていたな。

 人間達がドラゴンやワイバーンに対してどのように思っているのか、理解を深められる書物だ。時間に余裕がある時に目を通させてもらおう。


 すぐに目を通さないのは、他に読みたい書物があったからだ。オリヴィエからの手紙である。


 手紙にはオリヴィエの思いがこれでもかと込められていて、私としても目を通したくて仕方がなかったのだ。


 手紙の内容は、日常的なものから人工魔石に関する内容や国全体の様子など、様々だ。ほぼ毎日日記のように書き連ねていたため、本当に量が多い。

 というか、内容が非常に細かい。

 中には、私が『通話』でオリヴィエに連絡してリナーシェに手紙を書いて欲しい旨を伝えたことまで書かれていた。


 自分の経験したあらゆることを、私に報告したかったようだ。今のオリヴィエには、目に映るすべてが今までとは違って見えるのかもしれない。

 家族と会話する機会が非常に増え、それが苦痛ではなくとても楽しいものだと感じている様子が、とても伝わって来る。


 手紙を読んでいる際の私の顔が、フウカとイネスの目には印象的に映ったのだろう。手紙の内容を尋ねられた。


 「ノア様、とても幸せそうな表情をしていますね」

 「すっっっごく良い表情でした!ええ、それはもう、ブロマイドなんか出したら即日完売してしまうほどの良い表情でしたとも!あ、すみません。思わず確認を取らずに写真撮っちゃったんですけど…大丈夫でした?」


 いつの間にか写真すら取られていたようだ。減るようなものでも無いので、好きなだけ撮影すればいい。


 そうイネスに伝えたら、フウカから注意されてしまった。


 「いけません。ノア様はお気になさらないかもしれませんが、本人のあずかり知らぬところで自分の姿が撮影されることを極度に嫌う者もいるのです。というか、大半の人間はそういった行為に忌避感を持ちます」

 「そうなの?」

 「い、いやぁ…ははは…。ええ、まぁ、ハイ。国によっては罰せられる場合もあったりします」


 本人の許可なくその姿を撮影したりする行為は盗撮と呼ばれ、一般の人間達からは忌み嫌われる行為らしい。

 まぁ、私もフウカの写真は新聞に記載しないよう、イネスに伝えるつもりだったのだ。盗撮という行為が忌避されるというのも、理解ができる。

 ついでだから、フウカの写真の件もこの場で伝えておこう。


 「あ、やっぱり駄目ですか?美しい方なので、非常に映えるのですが…」

 「イネスさん?」

 「あひゃい!ええ!モチロン!モチロン本人の許可なく記載はいたしませんとも!」


 フウカからただならぬ圧力を感じ取ったのか、慌てて了承してくれた。

 フウカの実力をある程度見抜いているイネスからしてみれば、慌ててしまうのも無理なかったのかもしれない。


 やや騒がしくなっているが、一応は防音結界を施している中での会話だ。周囲に私達の声は漏れていない。

 まぁ、だからと言ってそれを良いことに騒ぐつもりは無いが。


 引き続き夕食の時間になるまで手紙を読むとしよう。

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