第450話 アインモンドの苦労
オリヴィエからの手紙を読み終わってもまだ時間に余裕があったので、ついでに彼女への返事の手紙を書いておくことにした。
ついでだ。イネスやフウカもいることだし、他の親しい者達への手紙も書いておくとしよう。
「承りました。ノア様の書き認めました各々へのお手紙、必ずや届けさせていただきます」
「わ、私はアクレイン王国に所属しているわけではないのですが…いえ!他ならぬノア様の頼みです!引き受けようではありませんか!」
記者も冒険者と同じく、一つの場所に留まる者ばかりというわけではない。
イネスのように各国を渡り歩く、フリーランスと呼ばれる記者がいるらしい。と言うか、イネスがその類の記者だ。
私がアクレイン王国で彼女に会えたのは、偶然に近いのかもしれないな。
しかし、当のイネスはそうは思っていないらしい。
「どうでしょう…?毎年あの時期は、美術コンテストが開かれている時期でしたからねぇ…。美術品に目が無い私が、あの時期にアクアンに向かわないわけがないのですよねぇ…」
「確かに、貴女と初めて会ったのも美術コンテストの最中だったね」
「その節は、本っ当にお世話になりました!おかげ様で、とても良い記事が掛けましたよ!」
イネスからしてみればあの時期にあの場所にいたのは必然であり、どちらかと言えば私があの場所に居合わせたことの方が偶然だったのかもしれないな。
"魔獣の牙"がファングダム滅亡のためにアークネイトを利用しなければ、私はアクレイン王国に向かうつもりは無かったのだ。
そしてそのおかげで私はアクレイン王国でイネスやジョゼット、オスカーと言った人物達と親しくなり、そしてホーカーと言う優れた配下を得ることもできた。
さらに言えば、オスカーと知己を得たおかげで猫喫茶の存在を知り、念願の猫と触れ合うという経験もできたのだ。
"魔獣の牙"や"女神の剣"の存在を認めるつもりは無いが、連中の活動のおかげで得られた出会いだ。そのことだけに関しては感謝しても良いと思っている。
勿論、それと連中の行動とは話が別なので始末するが。
オリヴィエ以外の知人や友人達への手紙も書き終え、フウカとイネスに渡す頃には夕食の時間が近くなっていた。
そろそろ、2人共別れることになるだろう。
「もしも滞在期間が長引くようでしたら、再びこうして街をご一緒できればと思います。その頃には、ノア様とリガロウ様へ御揃いのスカーフをお渡しできるかと思います」
「良いですねぇ!主人と騎獣のお揃いのスカーフ!しかもそれがノア様とリガロウ様でしたら、写真映えすること間違いなしです!フウカさん!お渡しする際は、是非とも私もその場に立ち合わせて下さい!」
フウカはリガロウだけでなく、私へのスカーフも作ってくれるらしい。彼女の作品に外れは無い。期待して待つとしよう。
フウカとイネスの2人と別れ、ジェットルース城へと帰城する。夕食の準備はすでにできているようだが、やはり竜酔樹の実を大量に使用しているようだな。
なお、私が街の外に叩き出したジェルドスなのだが、まだ城に戻ってきていないようだ。捜索隊がまだ彼の元に到着していない。
大体の位置は理解できているだろうから、捜索にそれほど時間が掛からないと思ったのだが、彼等はワイバーンを使用していない。竜騎士団へ捜索の協力を要請しなかったようだ。
この分だと、ジェルドスがジェットルース城に帰城するのは明日以降になりそうだ。
そして夕食も私1人で食べるらしい。
皇帝の後継者候補、即ち皇族達なのだが、互いに仲が悪い者達が多い。そのため、一緒に食事をする機会が殆どないようだ。
それどころか食事に毒を盛られる危険性が高いため、彼等の食事は自室で取ることが多いらしい。
ハチミツ飴を渡した侍女が、私に食事を配りながら説明してくれた。
ハチミツ飴の効果はかなりあったようで、随分と懐かれた気がする。
その侍女なのだが、何やら私に言いたいことがあるようだ。
「え、えぇ~っとですね…?アレから同僚達から飴をせがまれちゃって…」
「いいよ。まだまだ沢山あるから、好きなだけ持って行くと良い。100個ぐらいあれば足りるかな?」
「あ、ありがとうございます!」
前に渡した紙袋よりも大きな紙袋にハチミツ飴を入れ、侍女に渡す。この喜びようからして、嘘は言ってないようだな。
なお、100個ぐらいとは言ったが、実際にはその倍の数入れてある。
この城に勤める侍女の人数を考えると、かなりの人数が飴を要求しそうだったからな。あっという間になくなってしまう可能性があるのだ。
さて、嬉しそうに大量のハチミツ飴が入った紙袋を抱えて立ち去っていく侍女の姿を見送ったら、食事を始めるとしよう。
…予想はしていたが、やはり竜酔樹の実の味しかしないな。これでは折角良い素材を使用した料理が、全て台無しである。
うん、相手がそういうつもりなら、こちらも相応の対応をさせてもらうとしよう。
提供された食事を全て平らげたら、自室へと戻りアインモンドの動向を『
私や五大神の予測では、"女神の剣"が行動を起こすとしたら、後継者を決める決闘が終わった後になる。
もっと言えば、後継者候補がジェルドス一人になった時点で一度全員が一ヶ所、もしくは同時に連絡が取れる状態になる筈だ。
アインモンドを含め、"女神の剣"はジェルドスが勝利することを信じて疑っていないため、何事も無ければ彼等の動向はこの予測でほぼ間違いがないだろう。
だが、もしも連中の想定外の出来事が起きた場合は?
例えば、ジェルドスが決闘で敗北、もしくは死亡した場合は?しかも、その想定外の出来事に私が関与していなかった場合は?
急遽招集を掛けて対策を練ろうとするんじゃないだろうか?
私のこれからのこの城での活動方針は、ジョージに接触し、彼をジェルドスに勝たせることだ。
『広域探知』で確認してみたが、ジェルドスを除くと、彼が皇族の中で最も戦闘能力が高い。そして彼の人柄からして、好き好んで決闘相手の命を奪うようなこともしないだろう。
そうなってしまうとジョージが次期皇帝になってしまうが、その辺りも問題はない。私がジョスターの意識を彼の肉体に戻すからな。
決闘が皇帝の意思によるものではないことと、アインモンドのこれまでの行いをジョスターの口から語らせれば、今回の決闘騒ぎも無事に収まるだろう。
そのために私が行うこと。それは、秘密裏にジョージがジェルドスに勝てるように鍛えてやることだ。
とは言え、"ダイバーシティ"達のように長時間修業を付けて劇的に身体能力や魔力を成長させてやることはできない。
多少の身体能力の上昇と、初見殺しで決闘開始直後にジェルドスに勝利する技術を身に付けさせてやるぐらいだ。
秘密裏に修業を付ける方法に関しては、『
さて、未読の本を読みながらアインモンドの様子を監視していたのだが、彼もジェルドスの行動には頭を悩ませていたようだ。
自室を何度も小さく周回しながら愚痴をこぼしている。
「まったく、あの低能にも困ったものだ…!少しばかり力があるからとつけあがりおって…!貴様など、我々からすればワイバーンの糞に
誰にも聞かれていないことを良いことに、言いたい放題である。普段から外面は遜るような喋り方をしているせいか、こういった場所ではかなり口汚く相手を罵るようだ。
罵倒はジェルドスだけでなく近衛騎士団達にも向けられている。
「あの威張るだけで突っ立っているだけの、廊下の装飾にもならない無能共もそうだ!余計な手間を掛けさせおって…!元々スラムの道端に吐き捨てられた貧民共のツバにも劣る価値しかなかったのだ!時が来たらあの無能共は真っ先にハイ・ドラゴン達の餌にしてやる…!」
近衛騎士団、よほど役に立っていなかったようだな。アインモンドの言葉が言葉通りなら、彼等の仕事は謁見の間で整列して立っているだけになるが…。まさか、本当にそれしかしていなかったのか?
〈『そればかりは仕方がないよ。ただでさえ近衛騎士団は貴族の子息が名誉職として就くような職業だからね』〉
〈『近衛騎士団達の仕事は皇帝を守るってことだけど、実際はアインモンドが徹底して管理しちゃってるから出番がないんだよねぇー』〉
〈『つまり、ホントにただの賑やかし要因…』〉
容赦がないな、ロマハ。とは言え、実際に近衛騎士団は形だけの組織だったようだし、そう言われてしまうのも無理はないようだ。
アインモンドの独白は続く。
「もう少しで十重二十重と積み重ねてきた我等の計画が成就するのだ…!こんなところで失敗するわけにはいかぬ…!これ以上アレの機嫌を損ねて癇癪を起されては堪ったものではない!貴族の無能共にもくれぐれも余計な真似はしないよう、十分に注意しておかなければ…!」
既にされているんだけどな、余計な真似。
まぁ、それはアインモンドとは無関係と言うか、彼の政敵とも言える立場の者が行った行為なのだが…。
それに、彼はこの城に勤める貴族達を無能と呼び罵っているが、彼等の能力を無能と呼ばれるほどに落とし込んだのは他ならぬアインモンド本人である。つまりは自業自得だな。
アインモンドの罵倒は、遂には私にまで向けられることとなった。
「大体、あの女もあの女だ!何故、今のこのタイミングでこの国に来るのだ!?ニスマ王国で強力な移動手段を手に入れられてしまったせいで、益々行動の予測ができん…!何とかこちら側に引き込めそうな状況には持ち込めたが…。あの女は一度"蛇"と対峙してしまっている…!対応には細心の注意を払わなければ…!」
まぁ、流石に狙って来たとは思わないだろうなぁ…。
アインモンドからしたら、理不尽も良いところなのだ。尤も、だからと言って同情も哀れみも全くないが。
そうしてアインモンドの様子を確認していると、部下が何らかの報告をするために入室の許可を求めてきたようだ。
「用件は何ですか?」
「はっ!本日の『黒龍の姫君』への昼食と夕食に、ゼッペルト伯爵が大量の竜酔樹の実を使用するようにシェフ達に強要していたようです」
報告に来た人物がそれを知っているのは、私の食事に竜酔樹の実を大量に使用するよう指示を出していたゼッペルト伯爵とやらが、得意げになって周囲に自慢している様子を見ていたからだ。
私を酔わせて、自分の都合の良いように私を動かすつもりだったという計画を、自分の派閥の者達に吹聴していたのである。
余計なことをしないで欲しいと願っていた矢先にこの報告だ。
流石のアインモンドも、すぐには言葉が出なかったようだ。
「………実際に、竜酔樹の実は使用されたのですか?」
「…はっ…。『黒龍の姫君』はまったく意に介さずに昼食も夕食も完食。ただし、無言で食堂を後にしたようです。それと、昼に外で口直しをするように食事を取っていたので、おそらくゼッペルト伯爵の思惑に気付かれているかと…」
そして報告に来た人物は私が食堂から出る様子も確認している。私に対する監視者の1人だったからな。
尤も、私はおろかフウカにも容易にその存在を察知され、監視とも思われていなかったのだが。
後になってフウカにも軽く事情を説明したし、フウカも現在のドライドン帝国の情勢を考えれば納得できると語っていたので、城からの監視に関しては特に言及しなかったのだ。
それ以上にイネスの隠形が驚異的だったので、彼女の方に意識が向いていたのも理由ではあるが。
「…分かりました。ゼッペルト伯には私の方から注意しておきましょう。まぁ、無駄に終わるかもしれませんが…。ご苦労でした。もう下がって結構です」
そうして部下が退室して十分な距離離れた後、アインモンドは室内の防音結界を作動させ、『格納』から長さ110㎝ほどの棒を取り出す。
彼が取り出した棒は、4本の細い竹棒を束ねて製作された、剣の形をしている。
「キェエエエエエーーーイッ!!!」
そしておもむろに奇声を発しながら、自分の執務机を竹製の剣で思いっきり叩き出した。
使用している剣の素材と構造が、音を出しやすい構造と素材なのだろう。アインモンドの奇声と剣の打撃音が、部屋中に大きく響き渡っている。
しかし防音結界のおかげで、奇声も打撃音も部屋の外には響いていない。
加えて、執務机にも防護の魔術がかけられていて傷一つついていない。
ゼッペルト伯爵とやらのやらかしで我慢の限界が来たのだろう。鬱憤を晴らすかのように机をたたきながら叫び声を上げている。
「どいつもっ!こいつもっ!この私を煩わせるっ!!今に見ておれぇっ!!無能共がぁーーーっ!!!キョエエエーーーッ!!!」
…アインモンド、相当にストレスを溜めているんだな…。普段からああして溜まったストレスを解消しているのだろう。
〈『ああいった姿を見ていると、なんだか哀れに思えて来てしまうね…』〉
〈『同情はしなくて良いでしょ?アイツのやろうとしてることは碌でも無いことだし、ハッキリ言ってざまぁとしか言いようがない』〉
〈『自分で蒔いた種でもありますし、ああしてストレス解消も出来ているのですから、気にする必要はないでしょう』〉
そうしてアインモンドがストレス解消をしている様を確認して今日溜させられた留飲を下げた後、風呂に入って休むことにした。
良い部屋を使わせてくれただけあって、風呂もベッドも非常に良質だ。
留飲も十分に下がったことだし、今夜もぐっすりと眠れるだろう。
そうしてぐっすりと眠りについた翌日。
レイブランとヤタールに起こされて目を覚ませば、城全体が妙に騒がしい。
私を起こしに来た、昨日ハチミツ飴を譲った侍女に事情を聞けば、なんと深夜に怪盗が現れたと言うのだ。
彼女が聞いた話では、宝物庫の責任者の執務机に予告状が置かれていたらしい。
予告状によると、怪盗が現れるのは今晩とのことだ。
どうやら今晩はちょっとした騒ぎになりそうだ。
そしてそれは、私がジョージと接触する絶好のチャンスでもあるのだ。有効に活用させてもらうとしよう。
ところで、今日の新聞を一部もらえないだろうか?
昨晩から楽しみにしていたのだ。
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