第451話 意外と退屈しなかった
新聞は頼まずとも用意してくれた。私が毎日新聞を読んでいることを、私を知っている大抵の人間達が知っているからだ。
ありがたく受け取り、その内容を確認させてもらう。
やはり、イネスの書いた記事は面白いな。
いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように、といった内容が、簡潔且つ分かりやすくまとめられているのも読みやすくて良い。
彼女がこの街に滞在している間は、毎朝の新聞がいつも以上に楽しみになるな。
朝食を食べたら、今日もフウカとイネスと一緒に街を見て回ろうかと思っていたのだが、そうは行かなくなりそうだ。
なんでも怪盗が予告状を出したことによって、城の出入りを厳しく制限するそうなのだ。ジェルドスはまだ城に戻ってきていないようだが、彼の出入りはどうするつもりなのだろうか?
それはそれとして、私に面倒事が舞い込んで来た。
物々しい恰好をした騎士と兵士達が、大勢で私の部屋まで押しかけてきたのだ。
「何か用?」
「『黒龍の姫君』に怪盗征伐の協力を要請しに来ました!」
征伐ねぇ…。あまり気が進まないな。
オスカーから怪盗の話を聞く限り、私は怪盗に対してそれほど不快感を抱いていないのだ。捕獲ならばともかく、征伐ともなれば協力する気はない。
それに、この連中は昨日のアインモンドの話に出てきたゼッペルト伯爵とやらの手の者だ。
つまり、今朝も私に竜酔樹の実の味しかしない食事を提供した者の部下なのだ。
ならばどういった対応をするかなど、決まったようなものである。
「断る。怪盗を征伐したいのなら、自分達で何とかしなさい」
「なっ!?これは宝物管理責任者でもある、ゼッペルト伯爵からの依頼なのですぞ!?」
そうか。ゼッペルト伯爵が予告状を叩きつけられた本人なのか。
断られると思っていなかったのか、騎士が驚愕し、慌てて自分の主の名前を出して私に協力させようとしてくる。
「それで?」
「こ、高位貴族からの依頼なのだぞ!?」
だから何だというのだ。こちらは大国の姫と同等の立場なのだが?それ以前に、冒険者には依頼を拒否する自由があるのだが?
そんなことを言ったところで、目の前にいる連中には話が通用しないらしい。
こういう時のためのティゼム王国の儀礼剣であり、ファングダムの首飾りなのだろうが、多分この連中にそれを見せたとしても特に効果は無いのだろうな。
食事の件もあるし、ちょっと驚かせてやろうか?
ああ、いや待てよ?そう言えば、ちょうどこの城にはレオンハルトとクリストファーが滞在しているじゃないか。
ついでだから、彼等の名前も使わせてもらうとしよう。
『収納』から儀礼剣と首飾りを取り出し、目の前の者達に見せつける。
首飾りはともかく、儀礼剣は一応武器にもなるため、取り出した瞬間全員が身構えだした。警戒しすぎじゃないだろうか?遊び以外で私に武具は必要ないのだが…。
「コレがどういう意味を持つか分かる?この国章が入った国の国主が、私の身分を保障するという意味だ」
「うっ!?ぐっ…し、しかし…」
多少の意味はあったようだが、やはり引き下がろうとしない。駄々をこねてでも私と協力を取り付けたいのだろう。
彼等には悪いが、ますます反抗したくなる。ゼッペルト伯爵は、それだけのことを私にしたのだ。
「この城には、ちょうどこれらの国章の国の王太子が滞在しているのだし、彼等に確認を取ろうか?彼等が貴方達の態度にどのような反応をするか、この目で確かめてあげよう。今から呼ぼうじゃないか」
「いっ!?い、いや、それには及ばない!ま、また時間を置いて訊ねさせてもらう!」
流石に2大国の王太子の不興は買いたくないらしい。どうにも、彼等の私に対する評価が世間とはかけ離れている気がしてならないな。まぁ、それはこの城に来てから常々感じていたことではあるが。
負け惜しみを言いながら騎士と兵士達はこの場を後にしようとしているが、そうはいかない。こちらにはまだ言いたいことがあるのだからな。
語気を強めて騎士と兵士達を呼び止める。
「もう一つ」
「へ?」
「お前達の主であるゼッペルト伯爵とやらに伝えておけ。今後も食材を台無しにするような
「ひ、ひぃっ!し、失礼しましたぁ!」
脅しは効果覿面だったようだ。全員血相を変えて一目散にこの場を立ち去ってしまった。
私の正面に立っていた騎士など、兵士達を押しのけて逃げ出してしまう始末だ。騎士ともあろう者が、それでいいのか?
アインモンドは本当にこの国の人間達を駄目にしてくれたようだな。立て直しには苦労しそうだ。
さて、面倒臭そうな連中は追い払えたが、今日は非常に退屈しそうだ。どうしようか?
またレオンハルトとクレスレイと歓談でもするか?いや、彼等も仕事でこの国に滞在しているのだし、一日中私に突き合わせるわけにはいかないか…。
ジョージと接触…は無理だろうな。ただでさえ皇族は監視状態だと言うのに、怪盗から予告状が届けられたと言うことで余計に監視体制が強まっている。
彼と接触するのなら、予告状通り怪盗がこの城に現れて騒ぎになってからだな。
そんなジョージの様子を『
まぁ、彼にとっては関係のない話だから、慌てる理由がないと言えばその通りなのだが…。あの反応は、既に予告状が来ると知っていたかのような反応だ。
まぁ、それもジョージと接触した時に確認すればいいか。態々『真理の眼』を使ってまで確認することでもないだろう。
さて、こうなってくると本当に暇になって来るぞ?
一応、幻をこの場に残して私は街に観光に出かけるという手段が使えないでもないが、ほぼ間違いなくイネスが取材して来るだろうしな。
彼女は状況が状況とは言え、認識阻害を行っていた私に声を掛けてきたのだ。今回も声を掛けられる可能性が非常に高い。
そうなれば翌日の新聞を目にした際に、面倒臭い言及が来るに決まっている。それならば、一日ぐらい退屈を我慢した方がマシである。
…仕方がないので、読書でもして時間を潰しているとしよう。
読書に飽きたら、マギモデルにでも触れて改良を試みるのもアリだろう。
嬉しいことに、私は夜の時間までそれほど退屈することはなかった。
ハチミツ飴を譲った侍女が、私の世話と共に、話し相手になってくれたのだ。その理由が、ハチミツ飴のような甘味を求めているからなのだが。
しかし、下心ありきとは言え、本当に懐かれたものである。
再び甘味を所望しているようなので、話に付き合ってくれている礼として紅茶と共にフィナンシェでも提供させてもらった。
「貴女も一緒にどう?」
「是非いただきます!」
本来ならば、このような遠慮のない行動は侍女としては褒められた態度ではないのだろうが、私にとってこの遠慮のなさは癒しだった。純粋な喜びの感情が伝わってくるからな。
「おいひぃでふぅ~」
フィナンシェを口にして幸せそうに表情をほころばせる侍女の様子は、本当に可愛らしいと感じた。
今はテーブル越しに向かい合っているが、隣に座っていたら頭を撫でていたところだ。
勿論、話だけで時間を潰せるわけではないので、遊びにも付き合ってもらった。
チャトゥーガは知らないようだったので、マギモデルに触れさせてみたのだ。一般人がマギモデルをどの程度操れるのか、興味があったというのもある。
マギモデルが超が付くほど高級品であることは侍女も知っていたので、提供してから実際に触れるまでかなり時間が掛かった。
「だ、だってこのマギモデル、どう見たって最高級のヤツですよね…?もしも壊しちゃったら、一生かけても支払えない額を請求されそうで…」
「少なくとも、そのマギモデルはここから外に放り投げても壊れたりしないから、安心すると良い」
私が案内された部屋の高さは地上30mほどの高さがある。それだけの高さからの落下にも問題無く耐えられるのだから、一般人程度の魔力と身体能力しかない侍女がどれだけ頑張っても、このマギモデルを破壊することなど出来ないのだ。
「それに、壊れてしまったらまた直せばいいだけの話さ。それとも、貴女は悪意を持って私の玩具を壊すつもりなのかな?」
「いえいえいえいえ!滅相もありませんっ!そんな命知らずな真似、死んでもできません!」
素直なことだな。好感が持てる。いつの間にやら彼女が私の担当侍女になっているようだし、正直ありがたい話だ。
壊れる心配がないと分かってくれたようで、マギモデルに触れだした侍女の様子は、まるで子供のようだった。
私のマギモデルの外見は女性型だし、現在着せてているのは鎧ではなく普通の服なのだ。マギモデルを行わないのであれば、超高級な着せ替え人形と同じなのである。
「はわぁ~…良いですねぇ~…。コレって、着せ替えなんかも出来ちゃったりするんですか!?」
「出来ちゃったりするよ。衣装は複数作ってあるし、やってみる?」
「はい!」
多くの人間の女児は人形遊びが好きらしく、それはこの侍女も変わらないらしい。触れだすまではおっかなびっくりな様子だったが、今では目を輝かせて『収納』から取り出したマギモデル用の衣服を見定めている。
「す…凄いです~!マギモデルサイズの服がこんなにたくさん…!しかもどれも可愛いですぅ~!」
この様子だと、着せ変えているだけでかなりの時間を潰せそうだな。
見た目を色々変えて楽しもうと考え、フレミーやフウカに大量にマギモデル用の服を作ってもらって良かった。勿論、この場に出しているのはフウカの作品のみだ。
その後、着せ替えに満足した侍女はいよいよマギモデルを動かしてみたのだが、マギモデルと言うのは一般人ではスムーズに歩かせるのも難しいようだ。1m歩かせるだけでも汗を流して魔力操作を行っていた。
魔力操作に侍女が疲れてしまった後、私が動かしているところを見てみたいと望まれたので、武術の型稽古とルグナツァリオへの神楽舞をやってみせた。
型稽古も喜んでもらえたことは喜んでもらえたのだが、それ以上に神楽舞が喜ばれた。
もしかしなくとも、実際の神楽舞と同様に舞に合わせて祈祷の際に演奏される曲を、私が演奏していたからだろうな。
曲を演奏し始めてからというもの、侍女が息を呑み、真剣な表情でマギモデルの動きに見入っていたのだ。
神楽舞が終わった後、すぐに盛大な拍手を送ってくれた。
「凄かったですぅ~!!子供の頃に見た巫女様の舞を思い出しましたぁ~!!」
本当に凄い喜びようだ。心なしか、今まで以上に慕われているような気がした。
〈『あー…ノア?言い辛いのだけど、今の神楽舞、普通に祈祷として私に力が届いているよ?』〉
〈『駄龍ばっかりズルい!私の神楽舞もやるべき!』〉
〈『その意見には賛成だけどさ、僕ら全員分の神楽舞をする時間はもうないぜ?』〉
〈『私達の神楽舞は、また別の機会に舞ってもらうとしましょう』〉
なかなかいい時間潰しになったようだ。気付けば夕食の時間を少し過ぎていた。
五大神が神楽舞のことで何やら揉めているが、ダンタラの言う通りまたの機会にしてもらうとしよう。
怪盗の件もあるので、碌に行動がとれないため、昼食同様侍女に食事を持ってきてもらうことにしたのだった。
今朝の脅しが功を成したようで、今日の昼食は竜酔樹の味はしなかった。
ゼッペルト伯爵も私がハイ・ドラゴンを従えて街に帰還したという話を知っているのだろう。私の脅しを本気と受け取ったようで、騎士から報告を受けた際に顔を青くして倒れてしまっていた。
侍女から受け取った夕食も、竜酔樹の味はしない。竜酔樹の実が単体で3個用意されているが、それぐらいは普通のデザートとして見て良いだろう。昼に引き続き、今回の食事も問題無く楽しめた。やはり食事と言うのはこうでなくてはな。
そんなこんなで時間は夜の9時。現在は風呂に入る時間になるまで読書中だ。
夕食も済み、他に仕事があると言うことで侍女が私の部屋から退室していったのだが、その際非常に名残惜しそうにしていた。どうやら相当に居心地が良かったようだ。
今日は退屈もせず鬱憤も溜まらず、良い日だったと言えるだろう。それは、少なからず彼女のおかげだ。
明日も良い思いをさせてあげようじゃないか。
そう思い、読書の後、休む前に風呂に入っている最中だ。
城内の雰囲気がガラリと変わった。先程まで怪盗を警戒して緊張に包まれていた空気が、一変して慌ただしくなったのだ。
遂に怪盗が現れたようだ。
ジョージと接触するのならこのタイミングだ。
風呂から出たら、早速行動を開始しよう。
…うん?ちょっと待って欲しい。
ジョージ、貴方は何をしているのかな?
何故、自分の部屋の窓を開け、城の外に出ているんだ?
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