第452話 脱出

 まさかジョージもこの瞬間を狙っていたというのか?怪盗が城に侵入し、警備に隙ができるこの瞬間を。

 思い切ったことをするものだ。城から抜け出したとしても、竜騎士団達に捜索されてしまえば見つかるのは時間の問題だと思うのだが…。

 そうして見つかってしまえば、ただでは済まない筈だ。この城から出る前に、接触しておくべきだろうか?


 うん?ジョージは随分と面白い魔術…いや、コレは魔法か?うん、魔法だな。ジョージは面白い魔法を使えるようだ。


 ジョージの体が、壁をすり抜けたのだ。

 あれならば、壁や扉など意味をなさないだろうな。彼の進行を阻むものは、ほぼないと言っていいだろう。

 しかし、本当に面白い魔法だ。あの魔法を用いれば、例え魔力の壁を用意しても問題無くすり抜けられてしまうぞ?


 壁をすり抜けている間のジョージは、この世界にいて、この世界にいない状態になっている。自身の次元の位相をズラしているようなのだ。


 ああ、なるほど?

 あの状態ならば一切の干渉を受け付けなくなるだろうから、ほぼ無敵と言っていいだろう。 

 しかも彼にとって非常に都合の良いことに、地面には問題無く干渉できているのだ。位相をズラした状態でも通常通りに移動が可能なのである。


 非常に強力な魔法ではあるが、勿論欠点はある。


 まず一つ目の欠点。元の位相からの干渉を受けない反面、位相がズレているジョージからも元の位相に干渉ができない。つまり、あの状態では攻撃ができないのだ。

 それと、本来ならば位相をずらした直後に重力に引きずられて地面を無視して落下してしまうようだ。

 しかし、無意識でやっているのか意識してやっているのかは分からないが、位相をズラしている最中は自分の足裏と同じ形状をした魔力板を生成しているようなのだ。それによって地面に立っているのとほぼ同じ状態になれるのだ。

 それどころか、階段を上るようにして上昇下降も可能である。

 …ふむ。意識して行っているようには見えないし、魔力板も含めて魔法の効果なのだろう。無意識で魔力板の生成と解除を行って移動しているようだ。


 当然だが、そんなことをしていれば魔力の消費は尋常ではなくなる。ジョージの魔力量や密度は年齢から考えれば相当な量ではあるが、それでもあの魔法を長時間使用することはできないだろう。それが2つ目の欠点だ。


 そして3つ目の欠点、それは―――


 それについては後だ。そんなことよりもジョージの動向である。

 彼は窓から部屋に出て上の階層に移動したら、今度は再び城内に入ってこっそりと廊下を移動し始めたのだ。その進行方向がどうにもおかしいのである。


 彼は帝国きってのワイバーン操者だと耳にしていたので、てっきり発着場からワイバーンでこの城から脱出するのかと思っていたのだが、彼の進行方向は発着場から遠のいているのだ。


 うん?待て待て待て。ジョージのこの進行方向は…まさか、彼の目的地は!?


 「良し!ここまでは誰にも見つからずにこれた!」


 薄暗くなっている部屋にジョージは飛び込むようにして入り込み、そこで魔法を解除させる。

 その時になって、周囲が暗くなっていることに気付いたようだ。


 「あ、アレ…?確か、この部屋で合ってる筈だけど…」


 まぁ、ある意味では…いや、こちらにとっても非常に都合が良い。

 だが、タイミングがあまりよろしくない。

 怪盗の行方を追って、数十人の兵士と彼等を率いる騎士がジョージが入った部屋に近づいてきているのだ。このままではジョージは見つかってしまうだろう。


 物々しい足音が聞こえてきているので、騎士達の接近にジョージも気付いたようだ。


 「ヤ、ヤバッ!?けど、もう魔力が…!」

 「騒がしくて困ったものだね、まったく」

 「っ!?」


 声のした方向にジョージが振り向けば、そこには風呂上がりの私の姿が。

 当然、風呂上がり直後なので、まだ服は着ていない。全裸である。


 「ふぎゅっ!?」

 「少し、大人しくしていなさい」


 顔を真っ赤にさせてその場で叫びそうになったので、魔力板をジョージの口元に発生させて声を抑えさせてもらった。

 その後、彼に静かにしているように伝え、彼の襟首を掴み風呂場へと放り投げる。浴槽には投げていないので、全身が濡れる心配は無い筈だ。…多少は濡れるかもしれないが。


 ジョージを風呂場に放り込んだところで、部屋の扉が強く叩かれる。騎士達が到着したようだ。


 バスタオルを体に巻き付け、扉を開けて騎士を迎える。部屋に入れない。


 「っ!?や、夜分遅くに失礼しまた!あ!いや!その…!」


 比較的若い騎士のためか、今の私の姿に対して慌てている。顔もジョージと同様赤くなってしまっているな。

 やはり人間は異性の裸を見ると極度に反応してしまうようだ。


 これで騎士はかなりパニックになったようだし、こちらにとって不都合な行動を取ろうとはしないだろう。

 仮に取ろうとしても、今の騎士の状態ならばどうとでもできそうだ。


 「なに?」

 「は、はっ!怪盗が現れましたので、彼奴の捜索にご協力願います!」

 「それで?」

 「あ、怪しい者を見かけなかったか、お尋ねしたく思います!」


 ふむ。

 このままだと部屋の中を捜索させてほしいと言い出しかねないか。それはあまり都合がよくないな。


 では、こうしようか。


 「私の姿を見て、さっきまで私がどうしていたか分かるかな?」

 「は、ははぁっ!ご入浴をお楽しみになられていたかと!!」

 「そうだね。何を隠そう、私は風呂が好きだ。良い風呂を用意してくれて助かっているよ」

 「ははぁっ!お楽しみいただけているようでなによりであります!!」


 実際、風呂は非常に質が良い。力のある国の王侯貴族の風呂と言うのは、少なくとも魔大陸では私を満足させられるだけの質があると言うことだろう。


 だが、持ち上げるのはここまでだ。


 「そのお楽しみを、今現在邪魔されている真っ最中なんだが?」

 「はひぃっ!も、申しわけ、申し訳ございませんっ!!」

 「この部屋に怪しい者の気配はない。分かったら、こんなところで無駄話をしていないでさっさと怪盗を探しなさい」

 「りょ、了解しましたぁっ!!ご、ご協力に感謝しますっ!!失礼いたしましたぁっ!!!」


 逃げるようにして私の部屋から騎士達が離れていく。その際、兵士達の視線がバスタオル一枚だけの私に集まっていたが、気にすることではない。

 私の裸を見て何を思おうが、彼等の勝手である。


 さて、体表の水分を取り除いて服を着よう。ジョージから事情を聴かせてもらうのだ。


 ジョージの様子を確認するために風呂場に顔を出せば、彼はいまだに顔を赤くして固まっていた。


 「騎士達はもう部屋に来ないよ。色々と話を聞かせてもらおうか、ジョージ=ドラグ=ドライド第五皇子」

 「えっ!?な、なんでお…じゃなかった、私のことを…!?」

 「この国の民達は、貴方のことをとても慕っているみたいだからね」


 そう言いながら『収納』からワイバーンに跨るジョージの絵画を取り出して見せる。


 「い゛っ!?そ、それは!?」

 「貴方を慕う画家が描いたみたいだね。気に入ったから購入させてもらったよ」

 「は…恥ずかしぃ…!」


 この絵画、やはりジョージのあずかり知らぬところで制作されていたようだ。が、この絵画は既に私のものだ。渡して欲しいと言われようとも排して欲しいと言われようとも拒否させてもらう。今言った通り、気に入ったからな。


 そんなことよりも、ジョージの事情である。

 彼に用があった私が言うのも何だが、彼は何の用があって私に会いに来たのだろうか?


 それを訪ねようとした直後、ジョージは土下座の姿勢を取って私に懇願してきた。


 「お願いします!お…じゃない!私をジェルドスに勝てるよう鍛えて下さい!!」

 「ほう?」


 これは、なんと都合がいいことなのだろうか?奇しくも、ジョージの目的は私の目的と同じだったわけだ。何者かに仕組まれていたことだったりとかは、しないよな?


 〈『ないない。彼も昨日思いついたことだよ』〉

 〈『ノアがこの城に来る前に決闘が始まると思っていたからなぁ…。ま、コイツにとっても渡りに船ってヤツよ』〉

 〈『ソイツ、一度死を体験してるせいか、かなり思い切りが良い』〉


 なるほど。混乱に乗じて脱出し、まさか向こうから私に接触してくるなどとは、流石に思っていなかったからな。確かに思い切りが良い。


 ジョージはジェルドスに決闘に勝ちたいようだが、それは何も自分が死にたくないから、と言うだけではないようだ。


 「このままでは、私達兄弟は長兄によって皆殺しにされてしまいます。質の悪いことに、長兄であるジェルドスは、そのことに何の忌避感も抱いていないのです」


 つまり、ジョージは自分の兄弟を死なせたくないのだ。彼自身、他の兄弟から命を狙われている立場だというのに、だ。

 不思議な感性である。これも、彼の前世が日本人で、その記憶と意思を持ったまま転生したからだろうか?


 ジョージの願いに応えることは吝かではない。と言うか、私がやろうとしていたことだ。

 ならば、早速行動に移るとしよう。


 土下座の姿勢を崩さないジョージに近づき、小脇に抱える。


 「へ?あ、あの!?」

 「鍛えて欲しいのだろう?相応しい場所に行こうか」


 そう言って転移魔術を発動させる。

 転移先はこの城の外であり、見張り塔の屋根の上である。


 「えっ…!?なっ!?て、転移魔術!?」

 「御名答。ついでだから、もう1人回収していくよ?」

 「へ?も、もう1人?」


 そう、現在この城から脱出したいのはジョージだけではないのである。

 ついでだから、その人物も一緒に連れて行くとしよう。

 騒ぎが起きてから状況は『広域ウィディア探知サーチェクション』によって常時確認していたので、そろそろこの場に現れるのが分かっているのだ。


 転移してから1分も満たない時間が経過した後、私達の傍の空間が歪みだす。

 そして歪んだ空間から、トップハットを被り、顔全体を覆う仮面を身に付けた細身の人物が現れた。

 怪盗である。


 立て続けに、それも自身で体験することと転移して来る様子を見たことで、ジョージが驚いている。


 「んなっ!?そっちも、転移魔術!?」

 「なんと…!」


 怪盗は私の姿を見て一瞬驚愕した様子を見せたが、すぐに調子を取り戻して丁寧な礼をしだした。


 「失礼いたしました。まさかこのような場所で『黒龍の姫君』様に相まみえようとは…!じっくりとお話をしたいところですが、現在私は急ぐ身ですので―――」

 「うん、どうせだから、一緒に行こうか」

 「へ?」


 つい素の口調が出てしまった怪盗を尻尾で巻き付け、その場で高く跳躍する。


 「リガロウ!」


 その状態で私の可愛い眷属の名を呼べば、あの子はすぐに行動に出てくれた。

 厩舎から飛び出し、噴射飛行によってジェットルース城の遥か上空、私達が現在いる位置まで上昇したのだ。

 そこから弧を描くように旋回した後、真正面から私の元へ突っ込んで来た。


 「えっ!?やっ!?待っ!?ぶつか―――」

 「大丈夫」


 当然、ぶつかって2人にけがを負わせる私ではない。

 適切なタイミングでリガロウに跨り、そのまま一瞬で街の外まで移動する。


 「ふびょあっ!!?」


 停滞していた状態から急激に移動を開始したことにより、ジョージが悲鳴を上げてしまった。

 ただし、特に外傷があるわけではないので、少しの間我慢してもらうとしよう。防護結界も展開したので、以降は問題無い筈だ。


 「おお…!これが噂に名高いスラスタードラゴン…!なんという速度なのだ…!素晴らしい…!」

 「は、速すぎぃ…っ!」


 ワイバーンが出せる速度を余裕で超えているからな。恐怖を感じてしまうのも無理はない。なにせ、現在のリガロウの速度は音速を余裕で超えているのだ。


 それに引き換え、怪盗の様子には随分と余裕があり、素直にリガロウの能力を褒め称えている。流石と言うべきだろうか?


 怪盗はともかく私とリガロウとジョージが城から姿を消しては不審どころの話ではなくなるため、それぞれの場所には『幻実影ファンタマイマス』でそれぞれの幻を配置しておいた。これで怪しまれるようなことはないだろう。



 ジェットルース城から脱出して噴射飛行で移動すること30分。ようやく目的地に到着した。

 リガロウから降りて、彼の働きを首筋を撫でながら労っておこう。


 「お疲れ様。助かったよ」

 「クキュルゥー…。当然のことをしたまでです…!」


 甘い声で鳴いて可愛いな。もっと構ってあげたくなってしまうが、それはもう少し後にしよう。


 周囲から響き渡るドラゴン達の咆哮に、ジョージが慄き怯えている。そして自分が予測した現在地を私に確認してきた。


 「あの…ここって"ドラゴンズホール"じゃあ…」

 「そうだね。ジェルドスに勝てるよう修業をするにはもってこいの場所だろう?」

 「そ、それじゃあ…!」

 「貴方の願いを叶えよう。勿論、対価はいただくけれどね」

 「あ、ありがとうございます!俺に支払えるものなら、何だって、何十年掛けたって支払って見せます!」


 大した覚悟ではあるが、そこまで大げさなものを対価に要求するつもりは無い。私はジョージに聞きたいことがあるのだ。それを教えてもらう。

 が、その話は少し置いておこう。今は他にやるべきことがあるのだ。


 『我地也ガジヤ』を用いてこの場所に一辺が20m、高さ5mほどの頑丈な箱を作る。当然、扉付きだ。材質は周囲のハイ・ドラゴン達に破壊されないためにも、オリハルコンとアダマンタイトの合金にしておいた。

 これだけの強度ならば、例えハイ・ドラゴンと言えども破壊は容易ではないだろう。破壊しようと動こうものなら、その前に私が叩きのめすしな。


 「えぇ…。ナニコレェ…」

 「流石は『黒龍の姫君』様。最早これほどまでとは…」

 「ジョージ、貴方は先にその箱の中に入ってて。私はこの人と話があるから」

 「あ、はい。分かりました…」


 素直に言うことを聞いて箱の中に入ってくれるのは話が早くて助かる。

 ジョージが箱の中に入ったら、箱の内部に『重力操作グラヴィレーション』を掛け、彼に重力負荷を掛けておこう。


 急に体に負荷がかかり出したので、苦悶の声を上げているが、どういうわけか嬉しそうにしている。


 ああ、ジョージにとって、重力負荷は修業として定番なのか。それでやる気を出しているのだな。ならば少しの間、準備運動がてら自己鍛錬でもしていてもらおう。


 と思ったら、リガロウがジョージの相手をしてくれるらしい。あの子も箱の中に入っていってしまった。

 ジョージはリガロウの相手が務まるほどの実力は無いのだが…。まぁ、ワイバーンやランドラン達に合わせて移動できるあの子の配慮の良さを信じるとしよう。


 さて、ジョージが箱の中に入ったら、ここにいるのは私と怪盗だけだ。ようやく彼女と話ができる。

 色々と聞きたいことはあるが、早速本題から聞かせてもらうとしよう。


 「目的の物は手に入った?」

 「おかげさまて恙無く。よもや城の脱出に助力していただけるとは思っていませんでした。改めて、これ以上ない感謝を『黒龍の姫君』様に申し上げます」

 「貴女の書く新聞は気に入っているからね。今後読めなくなってしまうのは、私としても困るんだ」

 「………」


 答えは無い。が、どれだけ正体を隠そうとも無駄である。私の目はごまかせない。


 フリーランスの敏腕記者、イネス。


 彼女こそが、世を騒がせる怪盗の正体だ。

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