第453話 ギュッとして解決!
考えてみれば思い当たる点はいくつかあったのだ。
いくら敏腕記者とは言え、宝騎士すら察知できないほどの隠形の使い手が、一般人である筈など無かったのだ。その時点で、イネスには何らかの裏の顔があると見て間違いなかった。
「ところで、私は怪盗の性別は男性だと聞いたのだけれど、世代交代でもしたの?」
「………」
相変わらずイネスは何も答えてくれない。現状彼女は焦りと困惑の感情で思考が固まってしまっているようだ。まぁ、構わず質問を続けさせてもらうとしよう。
「そう言えば、明日の分の新聞は大丈夫?それとも、街に帰ったらこれから記事を作るのかな?よければ街まで送るよ?」
「………」
顔を俯かせ、小刻みに震えているな。何かを堪えているようだ。
そろそろ観念していつもの口調で喋って欲しいのだが…。
うん、トドメといこうか。
「やっぱりイネスは芝居がかった喋り方よりも普段のしゃべり方の方が似合うよ?それに、その服きつくない?サイズが合っていないよ?」
「うぁあああああん!もおぉー!ノア様のいじわるぅ~!あんまりじゃないですかぁ~!」
ようやく根負けしてくれたようだ。いつもの口調で訴えながら私に飛びついて来た。
イネスに対して多少の罪悪感を覚えないでもないので、優しく抱きしめて慰めておくとしよう。
…帽子が邪魔で頭を撫でられないな。取って良いだろうか?
「自分で取りますよぅ…。悪いと思ってるならいっぱい頭を撫でて下さい!私は慰めを要求します!」
「うん、そうだね。沢山撫でてあげよう。今は私達だけだから、遠慮せずに存分に甘えると言い」
一度私から離れて仮面と帽子を『格納』に仕舞い、胸元のボタンを開けた後、イネスは再び私に抱き着いてきた。
ニスマ王国で洗髪料を購入していたのだろう。嗅ぎ慣れた洗髪料の香りが彼女の頭髪から漂っている。
髪の触り心地も良い。流石は多くの人々に親しまれているニスマ王国の洗髪料だ。
「わぁい…!はうぁ~…。コレがノア様の抱擁とナデナデですかぁ~…。フウカさんの言った通り、かなりヤバイですねぇ…」
イネスは昨日私と別れた後、フウカと夕食を過ごしたようだ。その際に、私のことをある程度聞き出したらしい。
尤も、話の内容はフウカによる私の自慢話だったようだが。
「太陽のような、それでいて海のような、そんな大いなるものに包まれているかのような安心感…。話に聞いた時は大げさな話だと思いましたが…フウカさん、貴女が正しかった…!」
フウカもイネスも、そんな風に感じていたのか。そうなると、オリヴィエやエリィも似たような感覚を覚えたのだろうか?
それは今考える話ではないか。今度会った時に抱きしめて撫でた時にでも聞かせてもらえればいいだろう。…私が覚えていたら、の話ではあるが。
「それで?新聞記事の方はいいの?」
「あっハイ、そちらはもうギルドに提出しているんで、何も問題無ければそのまま明日の新聞として販売されますよ」
それは良かった。では、明日も楽しみにしておこう。
気が済んだようで、イネスは自分から私から離れて行った。ここからは普通に会話をするとしよう。
「それにしても、良くあの城の警備を掻い潜って短時間で目的の品を奪えたね?」
「あはは…。そこはジョージ殿下のおかげですねぇ…。城の構造やら警備の様子なんかを調べて、頻繁に私に教えてくれたんですよ」
ジョージもイネスも互いに驚いていなかったのは、それが原因か…。
いや、しかし待って欲しい。どうやって2人はそんなやり取りをしていたんだ?2人は『
それとも、それに類似した効果を持つ魔術具でも所有していたのだろうか?どちらにせよ、2人は以前から交流があったと言うことだな。
「いやぁ~、実を言いますと…3年前、私が怪盗を引き継いだばかりの話なんですけどね?」
怪盗は世代交代制だったようだ。その詳しい話はまた後で聞かせてもらうとして、イネスとジョージはやはり以前より交流があったようだ。
「やー!あの時はビックリしましたよぉ!私がまだ未熟だったのもありますが、突然壁から人が出てくるんですもの!思わず素が出ちゃうところでした!」
「それは、ジョージもさぞ驚いたことだろうね」
イネスに否定は無い。お互いに盛大に驚いたようだ。
だが、イネスにとってはそこからのジョージの発言にさらに驚かされることになったのだと言う。
「いやぁ、まさか自分を城の外はおろかこの国から連れ出してくれ、なんて頼まれるとは思ってもいませんでした…。普通、そういうのってか弱いお姫様がミステリアスで頼りになる男性に頼むことですよねぇ?」
「ジョージは確かに男子だけど、怪盗の時のイネスはミステリアスで頼りになる男性を演じているんじゃないの?」
「うぐっ。痛いところを突きますねぇ…。まぁ、確かにそうですけど」
イネスが言うには、怪盗は初代からして私に対峙した時のような芝居がかった口調で喋っていたらしい。その初代の口調が素の口調なのか演技なのかまでは分からないらしいが。
イネスはジョージの頼みを引き受ける代わりに、色々と帝国の事情やジェットルース城の情報を提供していたらしい。しかも、遠距離で連絡が可能な
「よくジョージが古代遺物を所持していたね?」
「実を言うと、コレ、かなり危ない連中から盗んだみたいなんですよねぇ…。事情を知った時は、危ないから二度とやるなって注意しましたよ」
ああ、なるほど。"女神の剣"から拝借したのか。確かに連中ならそれぐらいの古代遺物を常備していてもおかしくない。
となると、イネスもジョージも連中のことをある程度把握していそうだな。
「殿下が言うには、どうもこの国の宰相がその危ない連中と繋がってるみたいなんですよねぇ…。しかも、近々兄弟同士で殺し合いをするって話じゃないですか。対策のために色々動いてみるって言いだした時は、もぅ肝が冷えましたよぅ…!」
そのやり取りをしていた時、イネスはニスマ王国にいたらしい。ちょうどデヴィッケンの屋敷に侵入し、目的の品を盗んだ直後の話だったようだ。
ジョージから決闘の話を聞いた後、彼ができるだけのことはすると語り、無茶なことをしないか心配になったそうだ。
ニスマ王国での滞在を諦め、急いでドライドン帝国に向かったらしい。
「実を言いますと、あの時にはノア様が"ワイルドキャニオン"で一ヶ月ほど冒険者達とリガロウ様に修業を付けるという情報を得ていまして…。だからこそ、もう1ヶ月ほどあの国に滞在して、ノア様に取材をしたかったんですけどねぇ…!」
そう語るイネスはとても悔しそうだ。
彼女は怪盗である以前に、根っからの記者なのだろう。私に取材ができなかったことを悔しがる様子に、偽りはなかった。
しかしそうか。あの時、私はイネスに会えていたかもしれなかったのか。それは惜しいことをしたな。
だが、既に終わった話だし、今はこうして彼女と話をしているのだ。悔やむ必要はないだろう。
「それで何とか決闘が始まる前にこの国に入国して情報収集をしていたところに、まさかのノア様訪問ですよ!?もぅ、大興奮でしたね!周りのみんなと一緒になって大騒ぎしちゃいましたよ!いやぁ、あの飛行パフォーマンスは本当に素敵でした!」
最も地上近くに降下した際のリガロウの姿が撮影されていたからな。翌日の新聞にしっかりと掲載されていた。
リガロウがとてもカッコよく撮影されていて、とても誇らしい気持ちになったものだ。つい、侍女に自慢してしまった。
「そういえば、ノア様はこれから殿下を鍛えるそうですね?その…ノア様は殿下を次期皇帝にするおつもりですか…?」
ジェルドスに勝てるようにすると言うのは、即ち皇族全員に勝てるようにすると言っているようなものなのだ。イネスがそう考えるのも当然だろう。
彼女はジョージから国から連れ出して欲しいと願っているのだから、彼が皇帝になりたくないと願っているのも当然知っているわけだ。
「心配しなくても、私もジョージを皇帝にするつもりはないよ。まぁ、それとは別に頼みたいことはあるけどね」
「えっと…それが殿下を鍛える報酬だったりします…?」
イネスも先程ジョージが[自分が支払える物なら何でも、何十年かけてでも支払う]と語っていたのを耳にしていたからな。私が何を彼に要求するのか気になるのだろう。
だが、その話はあくまでも私とジョージの間で行われるべき話だ。イネスには悪いが、聞かせるつもりはない。
「いや、修業の対価は別にあるよ。頼みたいことは、あくまでもジョージの意思を尊重させようと思ってる」
なにせ、頼みたいことと言うのがマコトの後継者になって欲しい、だからなぁ…。
正直、冒険者ギルドのギルドマスターと言う役職は、下手な国主よりも忙しいんじゃないかとマコトを見ていると思ってしまうのだ。
まぁ、それはマコトが1人で何でもやろうとして、実際に仕事をこなせてしまっているからなのだが…。
ジョージもおそらくマコトのことは知っているだろうし、何なら彼の名前が日本人特有の名前だから、マコトが異世界人だということも察している筈だ。
助手になってくれるだけでも、かなりマコトの仕事を減らしてやれるとは思うのだが…。
やはりそれもジョージ次第なのだ。彼を鍛える報酬として求めるには、過剰過ぎる要求だと思っている。
それに、彼に求める報酬は彼の秘密に迫る内容でもあるのだ。明け透けにしてイネスに語るつもりは無い。
「うーん…とっても気にはなりますが、ノア様のことですから、無茶を言うことはないと信じましょう!」
「イネスは、随分とジョージのことを気に入っているようだね?」
「え!?そ、そうですかねぇ?私としては、殿下には色々とお世話になっていたので、その分の誠意を示しているだけなのですが…」
そうイネスは語っているようだが、彼女はジョージに個人的な親しみを覚えているような気もする。
彼が無事国を脱出して冒険者にでもなったら、良い取材相手になるとでも思っているのだろうか?
まぁ、それはその時になれば分かることか。私もイネスも、ジョージを無事にこの国から脱出させようと考えていることは同じようだしな。
…ジョージはイネスの正体を知らないようではあるが。
「あっ!そうだノア様!コレ、預かってもらっていいですか!?」
話を少々強引に変えようとして、イネスは一つの金属塊を『格納』から取り出して私の前に差し出した。
金属塊は虹色の鈍い光沢を持っている楕円体で、私の手に収まらないぐらいには大きい。
表面には極めて小さな魔術言語が万遍なく刻み込まれているな。
驚くべきは、この金属塊の素材である。
「コレ、全部プリズマイト?」
「…一目見ただけで良く分かりますねぇ…。ええ、そうです。こんなに大きなプリズマイト、しかもその加工品です。価値なんて付けられないほどとんでもない代物ではあるんですけど、かなりヤバイ代物でもあるんです…」
それは、この楕円体に刻み込まれている魔術言語を見れば大体の察しが付く。
この楕円体こそ、アインモンドの真の計画のために必要な宝物なのだ。
「イネスは、コレの効果がどんなものなのか分かる?」
「何らかの儀式に使用する触媒だってことぐらいですねぇ…。ただ、殿下が言うには、この国を滅ぼしてしまうような儀式らしいんです。だったら、私が持っているよりもノア様が持っていた方が良いんじゃないかなぁって思いまして…」
なるほど、良い判断だ。そしてジョージの見立ては当たっている。
このプリズマイトの楕円体は、ある儀式の要なのだ。その儀式を成功させるために、アインモンドは10年前から貴金属を集め、ジェットルース城に悪趣味と言えるような装飾を施しているのである。
「えっ!?コレとあの城の悪趣味な装飾って関係があるんですか!?」
「儀式を成功させるだけなら、装飾は必要ないのだけどね。アレは、儀式の効果範囲を非常に広範囲にするための拡張機なんだ。その効果は、ジェットルース城からここ"ドラゴンズホール"まで届くようになる」
「あの…ノア様は、コレの効果や儀式の内容、分かっちゃってたりするんですか?」
「ああ、分かっちゃってたりするよ。アインモンドの目的は、"ドラゴンズホール"に生息するハイ・ドラゴン達の、一斉支配だ」
「っ!?」
流石のイネスも動揺を隠せなかったようだ。
"ドラゴンズホール"に生息するハイ・ドラゴン達を複数意のままに操れるようになれば、世界最強の国家になるも同然だろうからな。
まぁ、その場合人間ではどうしようもない超常の存在から不興を買うことになるから、間違いなくドライドン帝国はただでは済まなくなるだろうが。
勿論、それも込みでアインモンドはハイ・ドラゴン達を支配しようとしている。
ハイ・ドラゴン達の軍勢で世界中に攻撃を開始した後、ガンゴルードの怒りをわざと買うによって、この国を完膚なきまでに滅ぼす。
それがアインモンドの最終計画だ。
「うっわぁ…。思った以上にヤバイ代物でしたぁ…。こんなモン持ってたら命がいくつあっても足りませんよぅ…」
「うん、だからソレ、貸してもらって良い?」
「貸すどころかお譲りしますよぅ!絶対に連中に渡さないで下さいよ!?」
涙目になって楕円体を渡して来るが、そんなに深刻に考えなくても良いのだ。
こんなもの、最初から存在しなければいいのだから。
イネスから楕円体を受け取り、軽く握る。
それだけで何の抵抗を感じることもなく、楕円体は小さな破砕音を立ててバラバラに崩れてしまった。
バラバラになって儀式の触媒の効果などまるでなくなってしまった元楕円体を、イネスの前に差し出す。
「はい、コレで良い?プリズマイトは希少な金属だから、売れば相当な金になるよ?」
「ええ…?いや、コレで良い?って…。確かに最上の結果ですけど…。なんでプリズマイトの塊を平然と握り潰して砕けるんですか…?不変の象徴ですよ?プリズマイトって…」
それは勿論、プリズマイトの強度が私の膂力に耐えられなかったからだが?
まぁ、馬鹿正直にそれを言うつもりは無い。余計にイネスを困惑させるだけだからな。
そういった反応はイスティエスタで十分学んだ。余計なことを言う必要はないのである。
それはそうと、イネスは握りつぶした楕円体を受け取る気が無いようだ。
小さく首を横に振り、私に譲ると伝えてきた。
「変な形になりますが、コレが無ければあの宰相の目的は果たせないんですよね?なら、この国を救ってくれたお礼と言うことで、受け取ってもらえませんか?私が言うべきことではないですし、本来なら皇帝陛下や殿下が言う言葉ですけど」
[殿下は今、この場にはいませんしね]と小さく呟き、受け取らない意思を示したのである。
くれると言うのならもらうとしよう。光物が好きなレイブランとヤタールやフレミーにお土産としてあげれば、喜んでもらえそうだ。
そうだ、どうせならちゃんと加工したうえであの子達にプレゼントしよう。
さて、これでイネスと話すことはもうないかな?
彼女を此処まで連れてきてしまったのは私の勝手な行動だし、彼女をロヌワンドへと返してあげるとしよう。
そう思ったのだが、イネスから思わぬ提案を持ち出された。
「あのー…、折角なので、私も殿下の修業を手伝ってあげて良いですか?」
まさかの修業の手伝いの申し出である。
なんだかんだで、イネスはジョージをかなり気に入っていると見た。
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