第448話 外国の見知った者達

 使用人の治療も扉の修理もそれほど手間はかからなかった。どちらも魔術で解決できる内容だったからな。

 尤も、扉の方は『我地也ガジヤ』を使用するわけにもいかないので元通りと言うわけにはいかず、応急処置程度である。

 扉は私が壊したわけでもないし破壊したのはこの城の人間なのだから、その点に関しては大目に見てもらうとしよう。


 治療と修理が終わり、さて歓談を再開しようかと言ったところで、今度はアインモンドが部下を引き連れて私達の元に尋ねてきた。ジェルドスの悲鳴を聞いて駆けつけてきたのだろう。


 「ノア殿…。先程ジェルドス殿下の悲鳴がこの部屋から聞こえてきたのですが、殿下はどちらに?」

 「ジェルドスなら、アッチ」


 そう言って窓の外、小さく土煙が立っている場所を指差す。


 「……城はおろか、街の外を指しているように見えますが…」

 「うん、街の外。あそこに小さな土煙が立っているだろう?あそこ」


 流石のアインモンドも私の回答に絶句している。私がここまで思い切った行動をするとは思っていなかったようだ。


 「…何故そのようなことになったのか、説明を願えますか?」


 アインモンドからすれば、納得がいかない話だろうな。少し目を離した隙に、いつの間にか遠くに吹き飛ばされているのだから。

 部下に視線を送り、この場から離れさせている。ジェルドスの捜索にでも向かわせたのだろう。

 

 特に隠す理由もないので、先程の経緯を説明する。


 「私達がこうして歓談をしているところにジェルドスがドアを破壊しながら入室してきてね。それだけならまだしも好き勝手に振る舞おうとするものだかね…。近衛騎士団のこともあって鬱憤が溜まっていたから、思わず強めに叩きつけてしまったよ」

 「…殿下は、ご無事なのですか?」

 「それは間違いないよ。彼は貴方が自慢するだけあって相当頑丈だ。あれぐらいで死ぬようなことはないさ」


 始末してしまいたい気持ちにもなりはしたが、それは抑えた。

 別に、レオンハルトやクリストファーの前で人間を殺害するところを見せたくなかった、というわけではない。

 この場でジェルドスを始末した場合、アインモンドがこちらの意にそぐわぬ行動をすると判断したからだ。


 決闘までにはまだ時間があるのだから、生きているのならば問題無いだろう。

 私達の前なので平静を保っているように見えるが、アインモンドは内心では頭を抱えたくて仕方がない、と言った状態だ。

 改めて確認して分かったが、彼はジェルドスをあまり良く思っていないようだ。


 ジェルドスは我が強すぎるのだ。しかも人間としては破格の強さを持つため、あまり制御できていないのだ。


 「事情は把握しました。殿下に代わって失礼をお詫びいたします。ですが、あの方もこの国にとって大事な御方。可能であれば、今後はもう少しご容赦していただけると幸いです」


 頭を下げ、謝罪の言葉を語るも、やはり文句は言いたいのだろう。謝罪の言葉よりも抗議の言葉の方が長かった。

 私を咎めたい気持ちは分からないでもないが、今回の騒ぎで非があるのは完全にジェルドスだ。むしろ文句を言いたいのは私達の方である。

 治療はしているとはいえ、クリストファーの使用人は理不尽に負傷させられたことだしな。


 「それはジェルドス次第だね。大事な人物だと言うのなら、彼の動向をしっかりと見張っておくといい」


 そういった意味を込めてアインモンドに[ジェルドスの手綱をしっかりと握っておけ]といった具合の台詞を口に出させてもらった。


 「…善処いたします」


 それができれば苦労はしない。そう言わんばかりの視線を向け、もう一度深く頭を下げた後、アインモンドはこの場を立ち去って行った。


 「ようやく落ち着いたようだね」

 「随分と、思い切ったことをしましたね…」


 …良し、他に誰かこの場所に来る気配はない。ようやく歓談の続きができる。

 私は彼等の話を聞いていただけで、私の話をまるでしていないのだ。話をし足りないのである。


 歓談を再開しようとしたところで私がクリストファーの使用人を治療したことをクリストファーは思い出したようで、慌てた様子で私に礼を述べ出した。


 「あ!ぶ、部下の治療、ありがとうございました!」

 「どういたしまして。災難だったね」

 「ジェルドス皇子の噂は以前より耳にしてはいましたが…」


 まさか身分としては同格である自分達に対して、ああまで傍若無人な態度を取られるとは、2人共思っていなかったようだ。

 レオンハルトもジェルドスがどういった人間なのか、ある程度耳にしていたのだろう。クリストファーの言葉に頷いている。


 「これではリビアをこの国に連れてはこれそうもないね。外交関係なら、あの娘はかなり役に立つと思ったのだけど…」

 「父上や母上だけでなく、国民全体が反対しますよ。勿論、私も反対します」


 まぁ、ジェルドスだけでなくこの国、この城に勤める者達の態度を考えると…連れて行きたくはないだろうなぁ…。


 と言うか、それ以前の問題だろうな。今やオリヴィエの人気はファングダムだけに留まる者ではないのだ。世界中から一目彼女の姿を見ようと、様々な国の人間が首都・レオスに訪れているのが現状だ。

 そんな彼女が国務で国外へ出るともなれば、多くの者達が反対するのは容易に想像できる。


 そもそも、レオンハルトも語っていたがオリヴィエの肉親が彼女を外国へ行かせるような仕事を与えないだろうな。


 家族間の関係が修復したことによって、レオナルドもレオンハルトも、オリヴィエを隠すことなく溺愛しているようだ。

 あまり構い過ぎると雑な対応をされかねないと思うのだが…。

 しかし、オリヴィエも家族との触れ合いに飢えていたのだ。しばらくは問題無いのかもしれない。


 その後、3人でこの国に対する評価を話し合った後、今度は私が旅行で経験した話をさせてもらった。


 話はまだ途中だったのだが、昼食の時間となったので続きはまた別の機会に、と言うことで食堂へと移動した。


 昼食も2人と同じ場所で、と思ったのだが、どうやら違うらしい。


 「我々は個別に呼ばれていますので」

 「はぁ…また彼女達の相手をしなくてはならないのか…」


 クリストファーは歓談の最初の方で話していた、貴族令嬢達と食事をするらしい。彼女達の親も食事に参加するそうだが、まぁオマケなのだろうな。

 彼は紹介された令嬢達を側室にするつもりが無く、だからと言って無下に扱うわけにもいかないため、非常に辟易した様子だ。


 レオンハルトはレオンハルトで、外交官との会食らしい。そこで引き続き交易の交渉を行うのだろうが、こちらもあまり色良い返事がもらえないことは把握しているので、少し表情が曇っている。


 この2人に今私がしてやれることなど、頭を撫でて慰めてやるぐらいだ。

 そういうわけなので、尻尾で自分の体を持ち上げ、2人の頭を微弱な『癒し』の魔法を込めて優しく撫でさせてもらうとしよう。2人共私より背が高いから、こうでもしなければ頭を撫でられないのだ。


 私としても2人との会話で大分気持ちが安らいだからな。その礼としてこれぐらいはさせてもらおう。


 「んぁあえお゛っ!?」

 「…母上や祖母上以外の女性から頭を撫でられたのは、これが初めてですね」

 「そうなの?嫌ならやめるよ?」

 「いえ、存外、悪くありませんね…。ありがとうございます」


 レオンハルトには思いの他好評だったようだな。とても表情が安らいでいる。

 が、クリストファーには刺激が強かったらしい。彼が私に異性として好意を抱いているせいか、微弱な魔法では『癒し』の効果が無かったのだろう。

 顔を真っ赤にさせ、気が動転してしまっている。

 歓談中は普通に大人の男性のような雰囲気だったというのに、今では思春期真っただ中の少年のようだ。

 むしろ、歓談中は良く平静を保っていられたな?


 「クリストファー、大丈夫?」

 「は!はい!大丈夫です!今の私は、万の軍勢を味方につけたも同然です!言寄って来る貴族令嬢などもはや案山子のようなものです!」

 「一応、国交なのだから失礼のないようにね?」


 散々この国の人間達に対して好き勝手に振る舞わせてもらった私が言っても、説得力などまるでないかもしれないが、クリストファーは私と違って国交でこの場に来ているのだ。あまり度を過ぎた振る舞いをするべきではないだろう。


 やることも済んだし、私は昼食を取りに食堂へ向かうとしよう。



 そして昼食を終えて私は今、ロヌワンドの街を見て回っている。当然、外出許可は取ってある。


 用意された昼食なのだが、正直言って褒められたものではなかった。

 腕の良い料理人が調理したのは間違いないのだろう。だが、どう考えても何者かの意思が介入している料理だったのだ。


 提供された料理は、全て竜酔樹の実の味がしたのだ。それもかなり強い味だ。私を酔わせたかったのだろう。


 答えは、ルグナツァリオ達が教えてくれた。


 〈『その考えで合っているよ。料理人に指示を出したのは、城に勤める貴族の1人だね。酔わせて機嫌を取りたかったのさ』〉

 〈『ついでに、ワイバーン達に行っている使役のための儀式が通用するかも確認したかった見てぇだな』〉

 〈『ホント呆れる…。身の程知らず』〉


 とのことだ。この分だと、今晩も同様に竜酔樹の実の味しかしない食事を提供されるかもしれないな。

 別に構いはしないし全て平らげてやるが、あまりにも大量に出して来るようなら、その分文句を言うついでに脅かしてやるとしよう。


 さて、私がこうしてロヌワンドの街を歩いているのには理由がある。

 観光も勿論その通りなのだが、この街の上空を飛行していた際に確認できた、見知った人物に会いに行こうと思っていたからだ。


 既にその人物の居場所は『広域ウィディア探知サーチェクション』で確認済みである。これから食事をするのか、飲食店を探しているようだ。


 ちょうどいい。城で提供された昼食の口直しも兼ねて、私も一緒に食事を取ろう。


 驚かせるつもりは無いので、普通に目的の人物に近づいていく。

 当然、私は色々な意味で非常に目立つので、周囲の反応もあって相手もすぐに私に気付いてくれた。

 満面の笑みで私の元まで駆け寄ってきてくれたのだ。


 「久しぶりだね、フウカ。この国には旅行で?」

 「お久しぶりです!旅行と言えば旅行ですが、どちらかと言うと仕事ですね」


 先程まで素材を扱う店で商品を物色していたので、服飾の仕事で使用する素材を求めてわざわざこの国に訪れた、と言ったところか。


 立ち話をする気はないので、私好みの香りを放つ飲食店へと向かい、そこで食事がてらフウカと話をするとしよう。



 やはりフウカがこの国に来た理由は、服の制作に使用する素材を求めてのことだった。

 彼女の稼ぎならば直接この国に来なくとも素材を取り寄せることも出来そうだが、特に重要な作品を作る際には素材から自分で直接見極めたいらしい。


 「ドライドン帝国までかなり距離があるだろうに、良く足を運ぶ気になったね?」

 「フフフ、クリストファー殿下には申し訳ありませんが、便乗させていただきました」


 ティゼム王国からドライドン帝国までは、かなりの距離がある。フウカは影に潜って高速移動できるとは言え、無制限にできるわけではない。単身で移動するにはかなりの労力が必要となる。


 しかし、そこで役立ったのがクリストファーだ。彼を移送する馬車の影に、フウカは潜り込んだのである。

 フウカが自分で移動した方が速度はあるが、移動可能時間は馬車の方が遥かに早い。総合的に見れば、馬車の影に潜って移動した方が速く、そして容易に移動出来たのである。

 帰りもクリストファーの帰国に合わせるようだ。


 「素材も手に入り、後は殿下が帰国するまでゆっくりとこの国を見て回ろうかと思っていたのですが、こうしてノア様とご一緒できるとは思っていませんでした」


 食事を口に運びながら語るフウカは、とても嬉しそうな表情をしている。

 そうだ。今は城に待機させているが、彼女にも近い内にリガロウを紹介してあげないとな。折角だから、あの子に合ったスカーフなんかも用意してもらいたい。


 私の要望を伝えると、満面の笑みで快諾してくれた。


 「お任せください!このフウカ、ノア様の騎獣であるリガロウ様に相応しいスカーフをご用意させていただきます!」


 頼りになるな。思えば、私は人間達の前で着る服はすべてフウカに任せている。普段からとても世話になっているのだ。

 彼女の仕事には、相応の対価を支払うべきだ。なにか、良い物はないだろうか…。


 良し、決めた!裁縫道具を製作してフウカに渡そう!

 金銭でも良いのかもしれないが、彼女の故郷の子供達を救った際の報酬としてドレスを貰って以降、彼女は私から金銭を受け取ろうとしないのだ。


 だが、私から下賜する形でフウカの仕事に役立てるような道具を渡せば、きっと受け取ってくれると思うのだ。

 勿論"楽園最奥"の素材を使用するつもりは無いが、技術的な面では自重する気はない。存分に役立ててもらうとしよう。


 裁縫道具を作って渡すと決めはしたが、それを今伝えるつもりは無い。サプライズプレゼントというヤツだ。びっくりさせてあげるとしよう。


 フウカが驚き喜ぶ顔を想像しながら機嫌を良くしていると、それとは反対に神妙な表情となってフウカが私に報告して来た。


 「ところでノア様、何者かがノア様を監視しているようですが…」

 「ん?ああ、アレは監視ではないよ。何なら、ここに呼んで一緒に食事をしても良いぐらいには親しい人物だね。呼ぼうか?」

 「いえ、結構です。しかし、そうだったのですね…。私でも明確に正体を掴めないほどの隠形…。その人物、相当な手練れですね…」


 フウカは先程から私達の動向をチェックしている人物が気になるようだ。

 私の動向を確認するために、城の密偵がアインモンドに命じられて私達を見ているのだが、フウカが指摘しているのは彼等のことではない。

 彼女にとっては取るに足らない相手なので、密偵達に対して監視されているという認識が無いのだ。

 つまり、密偵達以外に気配を絶って私達のことを見ている者がいるのだ。


 フウカは人間達の間では超が付くほどの一流の暗殺者だ。その実力は間違いなく"一等星トップスター"級だろう。

 なにせ、マコトが本気で仕留めようとして仕留めきれなかったほどなのだからな。

 そんな彼女が認めるほどの隠形だ。手練れなのは間違いない。

 当然だな。その人物の隠形は、宝騎士ですら欺けるほどの練度なのだから。


 そう。アクレイン王国で出会った、記者のイネスだ。まさか彼女までこの国に来ていたとは、驚きである。

 今もキャメラで私達の姿を撮影し、凄まじい速度でメモ帳にペンを走らせているところを見るに、明日の新聞の内容は期待して良さそうだ。


 フウカは私との食事の時間を邪魔されたくないためか、彼女と食事をするつもりは無いようだ。

 それと、新聞にも映りたくないだろうし、後でイネスにフウカを新聞に載せないように言っておくとしよう。


 親しい者と美味い食事を味わったことで、城での昼食の口直しは十分にできた。

 フウカもこの後はこの街を見て回る予定だったというので、夕食の時間まで、一緒に街を見て回るとしよう。


 その際、イネスも呼んでフウカに紹介してあげよう。

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