第447話 邪魔

 出された紅茶を楽しみながら、まずは2人がこの国に訪問した理由を聞かせてもらった。

 レオンハルトの場合は、予想していた通り黄金の輸出に関する話だ。

 話の内容がそれだけならば、どちらかと言えばドライドン帝国側の外交官がファングダムに訪れそうなものだが、話はそれだけでは終わらない。


 ドライドン帝国も大魔境である"ドラゴンズホール"から、大量の素材を手に入れて国益を得ている国家なのだ。

 黄金の輸出量が減ったことで、ドライドン帝国側から希少な素材の輸出が減らされてしまったのである。


 ファングダムには黄金に代わる財源、人工魔石があるものの、現在は生産が追い付いていないというのが現状だ。

 魔石製造機を建造するにも場所が必要になるし、将来を考えれば新たに建造するのならば地下に建造した方が良いだろう。

 その場合、これから地下のスペースを作ることとなる。レオスにある魔術具研究所のような場所は、今のところファングダムには他にないのである。


 龍脈付近の廃坑に魔力回収装置を直接繋げる計画も、私がファングダムを出てからすぐに始まったようなのだが、完成は数年後になる。

 現状備蓄してある黄金に加えて人工魔石の取引によって、例年とほぼ変わりない利益を得てはいるが、その一方で外国との取引が上手くいっていない国もあるのだ。


 そもそも、アインモンドが欲しているのは人工魔石よりも黄金の方だからな。

 それだけではない。ドライドン帝国は"ドラゴンズホール"が近くにあるため、魔石の入手に他国ほど苦労していないのだ。


 「その様子だと、交渉はあまり上手くいっていないようだね」

 「帝国はとにもかくにも黄金が欲しいようです。宰相殿は、城の装飾をいち早く完成させたいように思えました」


 取りつく島もなかった、と苦笑しながら答えてくれた。


 まぁ、そうだろうな。

 アインモンドからすれば、ジェットルース城の装飾が完成間近なこともあり、黄金の回収は最優先に行いたいだろう。そのため、かなり強気な交渉も許可しているように思える。


 結局、交渉はあまり上手くいかず、ドライドン帝国が保有する希少な素材は希望したほどは手に入らないようだ。


 クリストファーがこの国に訪れた理由は、帝国側から招待を受けたかららしい。

 なんでも、盛大な歓待を受けて複数の高位貴族の令嬢を紹介されたのだとか。

 つまるところ、側室を宛がおうとしていた、と言うことだな。相手の令嬢は、クリストファーの表情を見る限り、あまり良い相手ではなさそうだ。


 「獲物を見つけた時の猛獣のような目をしていましたね。彼女達が欲しいのは、国王の側室と言う肩書きなのでしょう」


 いつものことですが、と小さく零しながら自虐気味に答えてくれた。

 クリストファーも色々と苦労しているらしい。どうやら自国でも多くの貴族令嬢から言い寄られているそうだ。

 その辺りはレオンハルトも変わらないため、非常に親しみのある視線をクリストファーに送っていた。


 やはり、見目が良すぎるというのも考え物だな。

 今更自分の姿を変えたいなどとは思わないが、言い寄って来る者達には、煩わしさというものを理解してほしいものである。


 「いつも絡んでくる令嬢達がいない分、ゆっくりできるかと思ったのですが…あまり変わらないようですね。令嬢達はおろか、侍女達まで同じような視線を向けてきています」

 「どこの国も、女性の反応と言うのはあまり変わらないものだな…」


 休息は、私よりも2人の方が必要そうだな。私からも何か甘いものを提供した方が良さそうだな。

 ああ、いや待てよ?私が進んで茶菓子を食べているというのもあるが、今のところ2人は紅茶を口にはしているが、茶菓子には手を出していないのだ。


 世の中には甘いものが苦手なタイプの人間もいる。安易に出すべきではないな。

 一応、確認を取ってこう。


 「2人共、甘いものは平気?」

 「問題ありません。ただまぁ…」

 「この国の甘味は結構な数食べてしまって…」


 なるほど。つまり飽きた、と。

 それならば、私から良さそうなものを提供させてもらおう。

 どちらの国にもない甘味なら…良し。アレにしよう。


 『収納』から取り出したのは、アクレイン王国で購入した芋の一種であるヤームを加工したスイーツだ。

 2人共このスイーツは見たことがないらしく、興味を持ってくれた。


 「それは?」

 「見たことがない食べ物ですね?甘い香りがしますし、それも甘味の様ですが?」

 「スイートポテトと呼ばれる、オルディナン大陸のスイーツだよ。舌触りが滑らかで美味しいよ」

 「他大陸の菓子をこうして食べられるとは、今日は運がいいな」

 「ありがたくいただきます…!」


 勿論、私も食べる。

 スプーンで掬って口に運べば、ヤームの濃厚な甘みとバターの風味に生クリームのまろやかさが合わさり、とても美味い。

 スイートポテトは2人に好評のようだ。

 私の食べ方を真似て彼等もスプーンで口に運ぶと、目を見開いてその味に驚いている。


 「これは…!初めて口にしましたが、良いですね…!」

 「確か、ヤームと言う根菜から作られる菓子でしたか…?中央図書館にレシピは載っているだろうか…」

 「そうだね。ティゼム中央図書館に確かにスイートポテトのレシピが載っている本があったから、場所を教えておくよ。気に入ったのなら、調べさせて作ってもらうと良い。ヤームを手に入れるのは、それほど難しくないだろうしね」

 「本当ですか!?ありがとうござ……!い、ます…!」


 クリストファーが立ち上がって、私の手を取りながら礼を述べようとしたのだが、私の手を取ろうとしたところで急に固まってしまい、顔を真っ赤にさせて力なくソファーに座り直してしまった。


 まさか、私の手を取ることにすら、羞恥の感情を抱いてしまうと?

 子供ではないのだから、このぐらいは表情を変えずにやってもらいたいものだが…。クレスレイが見たら嘆くぞ?


 クリストファーの様子を見て、レオンハルトが小さく笑っている。


 「レオン殿…。私を笑える立場か?貴方にはまだ婚約者がいないと聞いているぞ?いい加減正室ぐらいは決めたらどうなんだ?」

 「クックッ…!いや、すまない、悪かった。あの"蒼の貴公子"とすら呼ばれたクリストファーが、こうまで顔を赤くするのが、おかしくてな…」

 「レオン!」


 なにやら面白そうな話だな。詳しく聞かせてくれないだろうか?

 残念ながら、クリストファーがその話は忘れたい過去らしく、"蒼の貴公子"と言う言葉が出た途端、レオンハルトを呼び捨てにしてまで話を遮ってしまった。これでは詳しい話は聞けなさそうだ。


 「真面目な話、貴方はどうするつもりなのだ?貴方もついでとばかりにこの城で令嬢を紹介されたのだろう?」

 「まぁな。しかし、そういった相手には端から期待していなかったからな…。なに、ゆっくりと考えるさ」


 ゆっくりしていられるのだろうか?レオンハルトは現在21才。本来ならば結婚しているのが普通の年齢だ。

 現に、彼の父親であるレオナルドは19才でレーネリアとオリーガの2人と結婚している。


 レオンハルトは、レオナルドやレーネリアから結婚を催促されたりしないのだろうか?


 …されているようだな。2人の名前を出した途端、先程まで明るい表情だったレオンハルトの顔に、急に曇りだした。


 「ははは…。父上や母上だけだったらまだよかったのですが…」


 どうやら、オリヴィエからも結婚を催促されているらしい。

 しかも、この話題は誰であろうオリヴィエが最も積極的なのだ。

 [次期国王がいつまでも独身など、あってはならないことです。候補者を選別して釣書を用意しましたので、目を通して下さいね?]と言われ、積み重ねれば自分の身長と同じ高さになるほどの釣書を渡されたことがあるのだとか。


 オリヴィエ、遠慮が無くなっているな。しかし、教会でレオンハルトを叱った時のことを考えると、こうなることもある程度は予想出来たことだったか?


 「ああ、そうでした。ノア殿に、渡したい物があったのでした」


 オリヴィエの話題をしだしてから、思い出したように渡したい物の話をしだした。

 渡したい物がオリヴィエ関連か、もしくはオリヴィエの話はあまりしたくないかのどちらかなのだろう。

 今のレオンハルトがオリヴィエの話をしたくないわけがないだろうから、前者だな。


 「オリヴィエからです」


 そう言って『格納』から分厚い封筒を取り出し、私に差し出してきた。

 中身は…手紙のようだな。途轍もない量だ。本にしたら、一般的な大きさの本が3冊ぐらいでき上がるんじゃないだろうか?


 「私が外交で国を出るたびに、ノア殿に会ったら渡すように言われて渡され続けまして…」


 そういうことか。相当前から手紙を託され続けていたらしい。

 私が手紙を受け取るととても安堵している様子を見るに、私に会えずに国に帰って来たら、非常にガッカリした様子を見ていたのかもしれない。

 それならば、オリヴィエをガッカリさせないためにも、私もあの娘に手紙を書いて渡さないとな。


 「後で目を通しておくよ。返事を書くから、リビアに渡してもらえる?」

 「必ずや。オリヴィエも喜ぶでしょう。ありがとうございます」


 部屋に戻ったら、早速手紙を読ませてもらおう。


 昼食までまだまだ時間はあるし、このまま会話を続けたいところなのだが、ここで招かざる者がこの部屋に訪れたようだ。


 「現在この部屋は使用中ですので、お控えください」

 「使用人風情がこの俺に指図するな!不敬だぞ!」

 「ぐあっ!」


 部屋の前で待機していた使用人(本職は騎士である)が、この部屋に入ろうとした何者かを止めたようだが、その人物は使用人を殴り飛ばして強引にこの部屋に入るつもりのようだ。


 荒事の気配に、レオンハルトもクリストファーも警戒心が高まっている。

 セリフからして、この部屋に入ろうとしているのは皇族の1人なのだろうな。足音からして非常に体格が良い人間だ。


 一応扉には鍵を掛けてはいるのだが、あまり意味は無かったようだ。

 その人物は力ずくで扉を破壊しながら勢いよく開き、ズカズカと部屋の中に入ってきた。身長2m10㎝近くある筋肉質の大男だ。多分だが、この男が長男のジェルドスだろう。

 その人物は足を止めて私を見ると、何かに満足したように頷き、大音量の声で私に語り掛けてきた。


 「お前がノアか!あまり豊満ではないが、噂通りなかなか美しい女ではないか!だが!父上との謁見が終わったのなら、次は俺のところに来るべきだろう!お前は未来の俺の嫁なのだからなぁ!!」


 …近衛騎士団長と言い、ジェルドスと言い、この国は随分と自尊心と自信に満ち溢れている者が多いようだ。

 折角先程まで楽しく歓談を行い、近衛騎士団達とのやり取りで溜まっていた鬱憤も晴れかけていたというのに、台無しにされた気分だ。


 …見たところ肉体強度は宝騎士程度にはあるし、自己再生能力もあるようだ。ならば、ジェルドスに遠慮する必要はないな。


 ジェルドスが私に近づいて顔に触れようとしたので、立ち上がって窓の方へと移動する。

 近づいて、と言っても足を踏み出す前だ。私が移動した理由がよく分かっていないのか、首をかしげている。


 窓を開け、ジェルドスを見て外の景色についての感想を述べる。


 「良い景色だね。街は勿論、街の外も見渡せる」

 「気に入ったか!いずれはこの俺のものとなる景色だぞ!!」


 嬉しそうに私の元まで近づき、今度は私の肩に手を乗せようとする。

 あまりにも突然のこと、しかも王族や皇族としてはありえないような行動に、唖然としていたのだろう。

 今になってレオンハルトもクリストファーもジェルドスを咎めようとするのだが、それは私が止めた。

 どうせ言っても聞かないだろうし、殴り飛ばされた使用人のように暴力を振るう可能性が高いからな。

 それに、すぐにこの部屋から退出する者に文句を言う必要などないだろう。


 「ジェルドス」

 「うん?へっ?」


 ジェルドスが私の肩に手を乗せようと腕を動かす前に彼の手を取り、窓の外へと放り投げる。

 そして拳に『不殺ころさず』の魔法を施してから強めに、人間達に振るう際の力では過去最高の力で、手の甲でジェルドスの尾てい骨を叩きつけた。『不懐こわさず』の魔法は使わない。


 「邪魔」

 「ぶぅぼぁあああああーーーーーっ!!!」


 肉が潰れ、骨が砕ける感触が手の甲に伝わるとともに、凄まじい勢いでジェルドスが街の外へと吹き飛んでいく。

 しかし、本当に声が大きい男だな。今の悲鳴、この城はおろか街中に響き渡ったんじゃないか?


 「うん、スッキリした」

 「「………」」


 とにもかくにも、これで静かになった。


 使用人を治療して扉を修理したら、引き続き歓談を続けるとしよう。

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