第446話 謁見を終えて
羊皮紙に描かれている内容は、早い話が決闘のルールだ。その内容は、以下のとおりである。
・決闘は1日に1回行うものとする
・決闘に代理を用意することは認めない。必ず本人同士で行う
・決闘中の薬物全般の使用を禁止する。使用が認められた場合、即座に反則負けとし、その場で直ちに処刑する
・決闘に使用する装備に制限はないものとする
・決闘での魔術の使用に制限はないものとする
・決闘の勝敗は立会人が戦闘不能と判断、もしくはどちらかが死亡した場合とする
・決闘の際に当事者が現れなかった場合、国家反逆罪として捕縛し、直ちに処刑する
以上
要は、ルール無用で死ぬまで殺し合え、と言っているようなものなのだ。
しかも当事者が逃亡した場合、その時点で犯罪者として捉えて処刑するとまで記されている。
「一応聞くけど、このルールを決めたのは?」
「勿論、皇帝陛下御本人です」
アインモンドが決めた、と。平静を保っているようだが、人間の発言の真偽を見極めることなど、今の私ならば造作もないのだ。
そもそも、この後継者を決める決闘自体がこの男が行おうと考えたのだ。現在の皇帝、ジョスターは喋ることなどできないのだから。
ジョスターは今にも死にそうなほどにやせ細っていたが、アークネイトのように死霊術で操られている死体、と言うわけではない。だが、現状はかなり危険な状態でもある。生命活動をギリギリで維持できている栄養失調の状態なのだ。
今のジョスターの肉体に、彼の意思は、自我は無い。人形同然である。
これは"女神の剣"の常套手段、
アインモンドが常に所持している古代遺物にジョスターの意思を封じ込め、抜け殻になった肉体をアインモンドが都合の良いように意のままに操っているのだ。
原因が分かっているからと言って、すぐさまジョスターの意思を元に戻せないのが歯がゆいところだな。
勿論、私ならば触れずしてジョスターの意思を戻すことが可能ではある。
だが、それを行った場合、アインモンドがどういった行動をとるか。
極度の栄養失調で死に体となっているジョスターに止めを刺し、なりふり構わずこの国から逃亡するだろう。
止めを刺すことに成功しようがしまいが関係はない。自分の同胞達に計画の失敗を告げ、拠点を捨てて散り散りに逃げおおせることだろう。
それでは困るのだ。連中の始末に手間がかかる。
"女神の剣"に報告する前にアインモンドを拘束したり始末しても同じだ。
この男は定期連絡をこまめに行い、少しでも異常があれば即座に拠点を捨て、世界中に散らばる手筈になっているのだ。
そのため、ニスマ王国から移動して来た者達も含め、全員をまとめて一網打尽にするのが最適なのだ。
それは何も、全員が一ヶ所に集まった時を狙う必要はない。私には『
アインモンドを含め、拠点に集まっていない者達を一度に纏めて始末できれば、それで良いのだ。
生憎と、その機会が未だ訪れていないのだが。
話を戻そう。とりあえず、他に確認出来ることはしておこう。
「この内容だと、決闘前の薬物の使用は可能なようだけど?」
「その認識で間違いありません」
「それはつまり、決闘前に毒殺されても問題無いと?」
「それもまた、皇帝として必要な力ですから」
実際には、ジェルドスに毒が通用しないから好きにすればいい、と言うことなのだろう。
そして他の後継者が毒殺されるのなら、手間が省けるからむしろ推奨しているのかもしれない。
装備に関しても同じだな。
ジェルドスの装備はアインモンドが用意するだろうし、それ以上の装備を他の後継者候補が用意できないように手配済みだ。
そして逃亡も許さない、と。
おそらく後継者候補達は複数人から全員監視されているのだろうな。逃亡と判断したら、即座に始末するつもりなのだろう。
「決闘は総当たり戦だと耳にしたのだけど、このルールだと基本的に決闘を行ったらどちらかは死亡しそうだね」
「いえいえ、その辺りは立会人の裁定によって決まりますから」
随分あっさりと答えるものだ。アインモンドの表情は自信に満ちている。この自信の理由は何だ?
…ああ、基本的にアインモンドはジェルドス以外の決闘はどうでもいいと考えているのか。
どの道ジェルドスと決闘をすれば全員殺されるのだから、他の決闘で後継者候補が死のうが死ぬまいが関係ないのだろうな。
そしてジェルドスならば私が勝敗を宣言する前に相手を殺せると、そう考えているようだ。
見積もりが甘いとしか言いようがないが、私の実力を把握しきれていないことに加え、よほどジェルドスの強さに自身があるのだろう。
「私が勝敗は決したと判断したら、私が決闘者達を止めても構わないのかな?」
「勿論です。陛下とて、無益な殺生を望んでいるわけではありませんからな」
ならば良し。
無益な殺生は望んでいないなどと、どの口が言うのかと言いたいところだが、今は捨て置く。
その自信、粉々に打ち砕いてやろう。
「把握したよ。それで、決闘はいつから始めるのかな?」
「六日後の正午からとなります」
ここは予定通りか。
しかし、予定通りとはいかないこともある。続いてアインモンドの口から出た言葉には、眉根を動かさざるを得なかったからだ。
「最初の決闘は、ジェルドス殿下とジョージ殿下となります」
ルグナツァリオの話では、ジョージがジェルドスと決闘を行うのは先の話だった筈だが…。
私がこうしてこの国に訪れたことで急遽予定を変更した、と考えるべきか。
私をジェットルース城に呼び寄せるためにかなり派手なことをしたからな。多少の変更はあると思ったが…。
どうやらアインモンドにとってジョージは、何としても排除したい後継者候補なのかもしれないな。
アインモンドは、私がジョージの名前を聞いて反応をしたのを見逃さなかったようだ。
「おや、どうかなさいましたか?」
「ああ、ジョージはまだ成人していないというのに優秀だと耳にしたからね。まさか初日から決闘を行うとは思わなかったよ」
「両殿下とも、非常に武芸に優れていますからね。さぞ、見ごたえがある決闘となることでしょう」
随分と得意気な顔をするものだ。胸がすく思い、というものをたった今体感している、と言った具合の表情だ。
まぁいい。こうして予定よりも大幅に早くジェットルース城に入れたのだ。むしろ有利になっていると考えよう。
話はこれで終わりだろう。ならば、そろそろこの場を後にさせてもらうとしよう。
「決闘についての話はこれで終わりでいいかな?それで、私はこの後どうすればいいのかな?決闘までロヌワンドの宿で過ごせばいいのかな?」
「滅相もありません。勿論、このジェットルース城でおもてなしさせていただきますとも。部屋を用意しておりますので、案内させましょう」
そう言った後、アインモンドが手を叩き人を呼ぶと、謁見の間の外で待機していた侍女がこちらまで移動して来た。彼女に私に部屋まで案内させるようだ。
「くれぐれも失礼のないように。ノア殿に無礼を働いた近衛騎士団は壊滅同然の状態となっています」
「ひっ…!し、承知しました…!」
下卑た表情をするものだ。
わざと侍女に必要以上の情報を与えて彼女が怯えさせ、その表情を見て悦んでいる。悪趣味なことだ。尤も、怯えさせる原因を作ったのは他ならぬ私なのだが。
これ以上アインモンドと話すことも無いのだ。さっさと部屋まで案内してもらうとしよう。
案内された部屋は、アクレイン王国のアマーレで宿泊したホテルに匹敵するような豪華な作りとなっていた。一応、機嫌を取る気はあるらしい。
「で、では私はこれで…!」
「ああ、案内ありがとう。それと、コレを」
「むぐぅ!?」
部屋に案内したら自分の仕事は終わり、そう言わんばかリに私から逃げるようにこの場から立ち去ろうとする侍女に礼を述べ、『収納』からハチミツ飴を一つ取り出して口の中にねじ込む。ラフマンデーのハチミツ飴ではなく、ティゼム王国で購入した普通のハチミツ飴だ。
突然口の中に何かを突っ込まれたため困惑しているが、次第に舌から伝わる甘美な味わいに表情を緩めていく。
「あんむぁ~い…」
「緊張しすぎだよ。甘いものでも食べて落ち着くといい」
ハチミツ飴を気に入ったようなので、同じ物を30粒ほど紙袋に入れて渡しておく。1人で楽しむも同僚に振る舞うも、彼女の好きにすればいいだろう。
「ふみゅ!?あ、ありふぁほうごじゃいまふ…!」
勢いよく頭を下げて礼をした後、やはり逃げるように立ち去って行った。だが、確実に怯えの感情は弱まった。
私のせいで怯えさせてしまったのだがら、これぐらいのフォローはしても良いだろう。ハチミツ飴はまだ沢山あることだしな。
部屋で昼食までゆっくりしていようかと思い、『
現在時刻はまだ13時を過ぎたばかりだ。昼食には早い。
そもそも、昼食を知らせに来たのではないのだろう。扉をノックをしたのは、この国の人間ではないのだ。
ドア越しに、使用人が私を呼びかける。
「ノア様、失礼いたします。クリストファー殿下とレオンハルト殿下より、歓談のお誘いが来ております。いかがなさいますか?」
「応じよう。今行くよ」
用件は、両王子からの歓談の誘いだった。
レオンハルトはともかく、クリストファーがこの国に来ている理由も知りたかったし、レオンハルトは私に渡したい物があるとも語っていたのだ。
誘いが来ているのならば、応じない理由はない。
読んでいた本を仕舞い、すぐに部屋の外に出ることにした。
「久しぶりだね。こうして会えるとは思わなかったよ」
「わ、私のような末端を覚えていただけるとは…!光栄です!」
使用人は、ティゼム王国の人間だな。会話をしたこともある人物だ。
今は使用人の格好をしているが、この人物の本来の役職は騎士である。
私がアイラの家に尋ねた際に、彼女の家に良からぬ者が現れても言いように見張りをしていた騎士だったのだ。
「シャーリィはあれからどうなっているか知ってる?」
「ノア様の仰っていた通りでした!今や剣術だけならば大騎士をも下せるほどまで成長しております!かく言う私も、既に剣ではシャーリィ嬢に敵いません」
やはりシャーリィの成長速度は凄まじいな。
惜しむらくは、その成長速度が剣術に特化してしまっていることか。
「その口ぶりだと、相変わらず剣術以外は苦手そうにしているみたいだね?」
「本当は笑い事では無いのですが、アイラ様がシャーリィ嬢を叱っている光景は、微笑ましく思えてしまいます」
鼠の月にアイラの家に顔を出した時のあの母娘のやり取りを思い出し、私も愉快な気分になる。きっと、あんな光景が日常的に繰り広げられているのだろう。
「今度会った時は、剣術以外をメインに鍛えてあげるとしよう」
「シャーリィ嬢はガッカリしそうですね」
シャーリィの父、マクシミリアンを超えるという目標は、剣術だけでは達成できないからな。
あの娘の悲鳴を聞くことにはなるだろうが、我慢してもらう他ないだろう。
他にも色々と話したいことはあるのだが、それは騎士と会話をしている間に到着した扉の先にいる者達とすればいいだろう。
騎士が扉をノックし、両王子に報告をする。
「失礼します。ノア様をお連れいたしました」
「!ゴホン…!…ご苦労、通してくれ」
応答したのは、クリストファーだな。
まぁ、自国の部下への返答なのだから彼が返答するのが当たり前なのだろうが、私を前にしていた時とは随分と声色が違うな。
率直に言って、凛々しいのだ。
今の声を聴いただけならば、立派な王太子と判断できるような声色だった。
それだけに、私を前にした時のクリストファーの状態を見ると、複雑な気持ちになる。
どれだけ彼は私に惚れ込んでいるというのだ。
「それではノア様、ごゆっくり」
「ああ、案内ありがとう」
騎士が扉を開いてくれたので、私は遠慮せずに部屋に入らせてもらう。
扉が開くと同時に紅茶の香りが私の鼻孔を刺激する。香りからして、もてなしの内容には期待して良さそうだ。
当然、部屋の中には私を招待したレオンハルトとクリストファーがいるわけで、上質なソファーに座り寛いでいた。
彼等は私の姿を見るなりソファーから立ち上がり、発着場で再会した時以上に丁寧な礼をしだした。
「ジョスター陛下への謁見、お疲れさまでした。紅茶と茶菓子を用意しさせています」
「近衛騎士達に随分と無礼な態度を取られたと聞いています。どうか、好きなようにおくつろぎください」
「改めて、久しぶりだね、二人とも。昼食までにはまだ時間もあることだし、存分に話をするとしよう」
思えば、紅茶も茶菓子も相手から振る舞われるのは久しぶりな気がする。
近衛騎士達への鬱憤は彼等自身によって晴らさせてもらったが、それはそれだ。
美味い紅茶と茶菓子を味わいながら、歓談を楽しもう。
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