第544話 それぞれのエリア

 ホテルから出て早速次のエリアへと移動を開始する。

 昨日もそうだったが、この街に観光に来ているのは私達だけではないため、周囲の視線が突き刺さる。

 気にするものではない。向けられている感情に否定的なものはないし、むしろ皆して喜んでいる様子なのだ。


 彼等の視線は、私とルイーゼだけに向けられているわけでは無かったりする。

 私の因子を持ったリガロウは勿論、ラビック達にも好意的な視線が向けられているのだ。

 中にはこの子達に触れてみたいと考えている者達もいるようだ。


 今日までの間にこの子達と存分に触れ合いながら街を歩いていたから、その触り心地が気になっているのかもしれない。


 気にしていなかったので言及していなかったのだが、私達が去った後で私達がいた場所を隈なく探索する者達もいた。

 ラビック達から抜け落ちた体毛が無いか、探していたらしい。

 この子達は、今回の旅行で初めて"楽園"の外の者達に認識されたからな。少しでも情報が欲しいのだろう。


 彼等はレイブランとヤタールの風切羽を特に必死になって探そうとしている。

 2羽の風切羽はそれはもう美しいからな。しかも艶アリの純白と漆黒。この娘達が巨大なカラスと言うこともあり、その風切羽は非常に巨大だ。使用用途はいくらでもあるだろう。


 だが、彼等にとって非常に残念なことに、ウチの子達は自分の体毛を自在にコントロールできる。

 私の家の布団にはレイブランとヤタールの羽毛が敷き詰められているわけだが、アレは彼女達の意思で自分から増殖させて抜き取ったものである。自然に抜けたわけではない。

 勿論、風切羽も同じだ。自然に抜けることはない。


 そして、"楽園最奥"に住むウチの子達由来の素材は、おいそれとその辺りにバラまくわけにはいかないのだ。小さな抜け毛だけでも現状の最高級素材を上回る力を持っているだろうからな。産毛の1本たりとも落としていないとも。


 「…なんだか、必死になって探してる彼等が気の毒になって来るわね…」

 「私は勿論だけど、ルイーゼから教える気はないの?」

 「ないわね。ま、そのうち気付くんじゃない?」


 それで良いのだろうか?

 しかし、魔王国に訪れてから今日まで、既に1週間が経過しているというのにこの在り様なのだ。流石に必死過ぎやしないだろうか?


 まさか、誰かウチの子達の体毛を1本でも手に入れたのか?それで自分も手に入れられるかもしれないと考えて必死になって探しているとしたら…?

 『広域ウィディア探知サーチェクション』ですぐにこれまで訪れた街の様子を確認しようと思ったが、それはすぐにやめた。


 今私がいる場所は、街ひとつ分の広さがあるテーマパークなのだ。この場所で『広域探知』を使用したら折角の楽しみが全てパーだ。


 そこで透明状態にさせた幻をこの場に出現させて徒歩で街の外へと移動させる。転移魔術を使用しないのは、発動のために周囲の状況を把握しないようにするためだ。

 なに、出現させた幻は実態がある『幻実影ファンタマイマス』ではなく実体のない『幻影ファンタム』による幻だ。物理現象は発生しないため、思いっきり走らせられるのだ。


 幻を街の外へ出してある程度は知らせたところで『広域探知』を使用する。勿論、ヘルムピクトには硬貨が及ばない場所でだ。

 私がこれまで訪れたこの国の場所で、何らかの変化が起きていないか確認するのだ。


 ………特に大きな変化がある者はいないな。

 いや、私に対する歓迎に彼等に渡した返礼に対して今も相変わらずお祭り騒ぎになっているのだが、個人の事情で騒いでいたり興奮している者はいないようだ。

 つまり、ウチの子達の体毛を手に入れた者が過去にいたわけではなかったということだな。


 ひとまずは安心したので小さくため息が出た。


 「懸念は解消できた?」

 「うん。今のところウチの子達の体毛を手に入れた者は誰もいないし、これまで訪れた場所にウチの子達に由来する物が落ちていたりということもなかったよ」

 「そこまでする…?徹底してるわね…」


 仕方がないだろう。ウチの子達の正体は、今はまだ世に知らしめるべきではないのだから。

 少しでも正体が知れ渡る可能性があるのなら、確認だけでもしておきたいのだ。


 「で?もしもこの子達の体毛を誰かが手に入れてたらどうしてたの?」

 「すぐにどうこうするつもりはなかったよ。ただし、所在地は常に確認することになっていただろうね」


 むやみやたらに存在を広めようとするのなら、こっそりと回収してしまうつもりだったのだ。現物が無ければ広めようもないからな。

 もしもそれが原因で体毛を手に入れた者が周囲から詐欺師と言われるようならば、その魔族の人柄を確認して善良であった場合に限り、私が直接擁護するつもりだった。


 まぁ、その予定も体毛を手に入れた者が1人もいないと分かったので、杞憂に終わったが。

 さて、懸念事項もなくなったことだしそろそろ意識をヘルムピクトに戻すとしよう。





 ああ、悲しい。こんなにも悲しい気持ちになったのはいつ以来だろうか?そもそも過去に悲しい気持ちになったことが、私はあっただろうか?


 とにかく、私は今、悲しみに満ちている。この場を動きたくない。


 「んなこと言ってる場合じゃないでしょーがあああ!」


 ホテルのベッドの上で固まっている私を、ルイーゼは必死になって全力で引っ張っている。"氣"と魔力を融合させて全力全開でだ。


 だが、動いてやるつもりはない。私は私で"氣"と魔力を融合させてベッドの上で自身を固定しているのだ。


 「もう1…2日…いや、あと1週間はこの街にいたい!もう1回最初からこの街を見て回る!」

 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、そうもいかないの!んなことしてたら誕生日パーティに余裕で遅刻しちゃうわよ!?うーごーきーなーさーいー!!」


 今日は予定していた5日目の宿泊も終えて6日目の朝。本来ならばこの街を出なければなならない日である。


 何のことはない。この街がでの生活が楽しすぎてこの街から出たくないというだけの話である。



 この街での生活は本当に楽しかった。


 雲の街を抜けた先には、異常なまでに文明が発展した異世界を舞台にした物語のエリアだった。

 有機物の素材、石や砂を利用した素材、金属由来の素材、そのどれとも言えない、不可思議な素材で建てられた建築物が立ち並ぶエリアだ。


 勿論、物語の世界を再現しているだけであって実際に物語の建築物と同じ物質でできているわけではない。

 しかし、私の目に映った光景は、間違いなく小説で読んだ異世界の世界をそのまま表現したような光景だったのだ。

 なんでも、再現性を高めるために画家と小説の作者を呼んで何度も打ち合わせをして作り上げたらしい。流石としか言いようがない。


 アトラクションは小説内で実際に登場した娯楽を再現したものが多かったな。

 なんと、何も映っていない板に映像が出現し、その映像を自分で操作できたのだ。更にはその映像を操作して特定の目的を達成させる。そう、形式こそ違うがこれは間違いなくチャトゥーガ同様、遊戯の一種だ。

 対戦相手が必要というわけではないが、自分の操作で成否が分かれるため、1人で遊べる遊戯だな。


 だが、1人だけで遊ぶ遊戯というわけでもないのだ。

 なんとこの遊戯、協力して遊ぶことも対戦して遊ぶことも可能なのだ。遊びの幅が広い!

 初めて目にする光景な上、初めて触れる遊戯なことも相まり、それだけで大分時間を消費してしまった。

 ルイーゼも初めて見て触れる遊戯だったため、彼女も夢中になってしまったのである。

 昨日もそうだったが、提供される料理もまた小説の世界に合わせた料理を用意してくれた。

 見た目もさることながら味もまた大変素晴らしく、作品の世界に入り浸ることができた。


 宿泊することなく移った次のエリアは、なんと地面のない世界。もっと言うなれば星の外、宇宙と呼ばれる場所のエリアだった。

 なお、この世界の住民はこの星の重力圏から離れた場所を"星の海"と呼んでいる。宇宙という言葉は異世界人特有の言葉だ。ルイーゼは知っていたが。


 このエリアは地面が無いと言ったが、本当に地面が無いわけではない。そう見せているだけだ。

 だが、驚くべきことに重力を操作しているようで、誰でも簡単に空中遊泳が可能だった。

 むしろ、翼を所有していて普段飛行が可能な種族の方が移動にてこずっていたぐらいだ。

 行動範囲が限られているとはいえ、自力で宙に浮かび自分で街を高い位置から見落ろすのは、さぞ気分が良いことだろう。尤も、ここにいる全員、自力で空を飛べるのであまり関係のない話だが。


 このエリアのホテルもまた凄かったな。空中に設置してあるホテルだったのだ。

 外観は何と宇宙空間を移動するための船に似せられていたのだ。

 流石に推進力を持っているわけではないので移動はしないが、作品に入り浸るには十分すぎると言って良いだろう。


 その次のエリアは異世界ではなくこの世界を舞台にした小説だった。

 この世界を舞台にしたとは言ったが、あくまでも架空の物語だ。実際に起きた話ではない。

 だが、それが何だというのだ。作り話であっても良い物語は物語を読んだ者に十分な感動を与えてくれる。昨日までに移動して来たエリアがいい例だ。

 それに、この世界を舞台にしているとはいえ魔王国の話ではなかった。そのため、一般的な魔族達には新鮮な光景に見える筈だ。


 更に次とその次のエリアもこの世界を舞台にした小説だったのだが、こちらは実際に起きた史実を元にした小説を再現したエリアだった。

 1つは初代怪盗、もう1つは3代目新世魔王の話だ。この2つのエリアの凄かったところは、当時の様子の再現度だろう。

 怪盗の予告状は勿論、被害に遭った屋敷も忠実に再現されていた。

 その屋敷がそのままホテルになっていたりもするのだが、気付くと所持金から10セム消えているらしい。


 実はこの所持金紛失はアトラクションの一環で、怪盗に所持金を奪われたという経験がそのままアトラクションとして扱われているようだ。

 ちなみに、奪われる10テムは必ずホテルに宿泊される前に手渡されることになるため、本当に所持金が無くなるわけではない。

 しかもどのタイミングで奪われたかを見事的中させた場合、銅貨1枚が進呈されるのだ。

 ホテルに宿泊する予定の客から見れば10テムも銅貨1枚も大して変わらないだろうが、お金がもらえてしかもアトラクションを楽しめると考えれば挑戦してみたくなると考える者の方が多いようだ。


 なお、私達はこの宿に宿泊する予定は無かったので、泣く泣く怪盗探しの挑戦を受けずに次のエリアへと移った。つまり3代目新世魔王の活躍を再現したエリアだ。


 この世界の未曽有の危機が迫ってきた際に魔王の職務を全うするために果敢に戦った様子を再現したエリアだな。

 自分達の国の話なうえ、実際に世界を救って見せた活躍をしたため、現代でも3代目の人気は非常に高い。その3代目がいた時代を忠実に再現でされていた。

 ルイーゼが見てもその再現度は称賛に値するらしい。彼女も当時の様子は教育の一環として詳しく説明されていたようだ。


 そうして3代目のエリアのホテルに宿泊して次の日。私達は最後のエリアに移動した。

 最後に移動したエリアは再びの架空の世界を舞台にした話のエリアだった。全体的に緑色が多く、自然にあふれたエリアだ。


 だが、重要なのはそこではない。このエリアでは架空の生物達が何体も設置されていたのだ。

 それらは決して置物などではない。動くのだ。

 しかも、担当している魔族が動かしている様子もない。非常に精巧に作られた"魔導傀儡ゴーレム"だったのである。


 私はたちまち"魔導傀儡"達に魅了された。ついでにルイーゼも魅了された。

 なぜならば、"魔導傀儡"達は軒並み見たこともない可愛らしいモフモフ生物だったからだ。

 触り心地が良く、しかも逃げるどころか自分達からこちらに来るため、構いたくなってしまうのだ。


 触ることと抱きかかえることはできるのだが、抱きかかえたまま遠くまで移動はできないようで、モフモフ"魔導傀儡"達を可愛がる場合はその場に留まる必要があった。


 結果、私達はその場に長時間留まることとなり、大量の時間を消費することとなってしまった。多分、ヘルムピクトに入ってから最もあっという間に時間が過ぎ去ってしまったのではないだろうか?


 正直な話、このエリアはもっともっと堪能したかった。まだ触れていないモフモフ"魔導傀儡"達は大量にいたのである。

 しかし触れ合える時間には限りがあり、泣く泣く私達はホテルに移動することとなったのだった。



 そうして現在、まだまだヘルムピクトを楽しみたくてこの場に残りたい私と、次の街へと移動したいルイーゼとで格闘中というわけである。


 「もっとこの街を楽しみたいならまた来りゃイイでしょうがあああ!!」

 「今度来た時には別の話に変わってるかもしれないだろう?」

 「んなの何十年も先の話だっての!アンタはこの先何十年もこの国に来ないつもり!?」


 そんなわけはない。

 今後別大陸に旅行に行くことになるから、それまでの間は少し顔を見せる程度になるだろうが、少なくとも5年以内にはまた観光に訪れるつもりだ。


 「んな短いスパンでコロコロ出し物が変わってたまるかってのよ!アンタがそう思ったように、ここの利用客ってのは何度もここの娯楽を楽しみたいの!追加されることはあっても減るってことはないから安心しなさい!!」

 「ん、分かった。それじゃ、行こうか」

 「んだぁあああああ!!?」


 結局私がルイーゼに説得される形でベッドから移動してこの街を出ることになった。

 ただ、その際『入れ替え』による移動を行ったため、ルイーゼは思いっきり引っ張っていた私の体の感触が無くなり、思いっきり後方へと吹き飛んでいった。


 このままではルイーゼが壁に激突してしまいホテルを破損してしまうため、彼女が壁に激突する前に彼女の背後に回り込んで受け止める。


 「…ありがと…って言いたいとこだけど、アンタが素直に動いてりゃこんなことにならなかったからね?」

 「まぁ、せめてもの抵抗?」


 そのまま言いくるめられるのが少し悔しかったからな。ちょっと驚かせたかったのだ。


 さて、移動すると決めたからには後は早い。朝食を食べ終えたら、ヘルムピクトを出るとしよう。

 楽しい思い出をありがとう。


 また会おう、ヘルムピクト!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る