第543話 心行くまで語り合おう
ルイーゼに用意してもらった本を全て読破し終えたら、『
リガロウの読書速度はウチの子達と比べて早くはないので、この子に掛けた『時間圧縮』は他の子達のものよりも効果を高めておいた。
相変わらずレイブランとヤタールは途中で飽きて飛び去ってしまいそうになったが、紅茶とクッキーを用意したらあっさりと留まってくれた。
〈本を読みながら美味しいお菓子を食べるのって最高ね!〉〈美味しいのよ!楽しいのよ!これならたくさん本を読めるのよ!〉
〈あー!いいなー!ご主人~。ボクもボクも~!〉
〈なるほど。読書をしながら紅茶を楽しむのも、悪くなさそうですね…〉
レイブランとヤタールが紅茶とクッキーを食べながら本を読んでいる様子を確認したウルミラが、自分にも欲しいと紅茶とクッキーを要求して来た。拒む理由はないので渡しておこう。
しかし、まさかラビックまで読書中の飲食に興味を持つとは…。
私の場合、短時間で本を読み終わってしまうため、読書中の飲食を行ったことが殆どない。
精々カークス騎士団から回収した書物から、読書をしながら文字の解析を行っていた時ぐらいである。
そもそも、読書中に飲食を行って書物を汚してしまう可能性がある以上、読書をしながらの飲食を行いたくない。優れた情報源である書物と言う媒体に、私は強い愛着を持っているのだ。
尤も、他者に強要することでもないとも思っているが。
勿論、私の本を読ませる場合は極力綺麗に扱ってもらいたいと思っている。雑に扱おうものなら文句も言ってやりたい。仮に汚れたり破損したところで私ならば清掃も修繕も容易ではあるが、それとこれとは別の話である。
そして、ウチの子達やリガロウに渡した本は既にあの子達の物である。私がどうこう言う必要はないだろうし、あの子達にあれこれ言う立場でもないだろう。
まぁ、飲食をしながら読書をしていてもあの子達は本を汚さずに読書してくれているのだが。その点は非常に嬉しく思う。
そんなわけで、風呂までの時間はたっぷりとあるのだ。早速本を読んだ感想を皆で語り合うとしようじゃないか。
「いやいやいやいや、待ちなさいっての!何が起きてたのか説明しなさい!」
「ん?ああ、私はともかく他の子達はこの量の本を今日中に読み終えるのは無理だろうからね。少しズルをさせてもらったよ」
「なんか、皆物凄い速さで本を読んでたんですけど…?」
「うん。『時間圧縮』を使ったからね」
その魔術がどういった効果を持っているのかを説明すると、ルイーゼが力なくうな垂れてしまった。
『時間圧縮』は『
「はぁーっ。アンタさぁ、1回何ができるか洗いざらい私に説明しない?いちいち突拍子もないとこ見せられて驚いてたらキリがないわ」
「えー…」
「なんでそこで[えー]なのよ。なに?教えたくないの?」
そんなわけがない。教えて欲しいのならば洗いざらい説明するのも吝かではない。
しかしだ。しかし、私は今は皆と読み終えた小説の感想を語り合いたいのだ。
特に、明日見て回るこの世界とはまるで違う世界観の物語、そう、異世界の物語についてだ!
「いやまぁ、気持ちは分かるけどさぁ…」
「私に何ができるかなんて夢の中ででも説明すればいいのだから、今はこの気持ちを思う存分皆の前にさらけ出したい気分なんだ」
「あーはいはい、分かっ…て、ちょっと待ちなさい。またなんか妙な言葉が聞こえてきたんですけど?夢の中で何ですって?」
ああ、そうか。ルイーゼは『
手間ではあるが、この魔術についても軽く説明しておこう。
ちなみに、ウチの子達には私がドライドン帝国で何をやってきたのか土産話として伝えているので、『夢談』のことは知っている。
ルイーゼに『夢談』の効果を説明し終えると、呆れた表情で私に疑問をぶつけてきた。
「ねぇ、本を読み終えたかったら、夢の中で本を読めばよかったんじゃないの?」
「確かに、そっちの方が効率的だったかもしれないね。だけど、それはダメだよ」
「…理由は?」
「ここで本の感想を語り合うことができないじゃないか!」
「……あっそう…」
先程からルイーゼが私に対して呆れた表情しかしていない。
そこまで呆れることだろうか?ルイーゼだって知り得た知識を同好のよしみと語り合う喜びを知っていると思うのだが…。
「うん。その気持ちが理解できないわけじゃないのよ?ただね?アンタがウチに来てから教えてくれた魔術、ハッキリ言ってどれもこれも頭おかしいレベルの魔術だからね?『
それは勿論理解しているとも。
だが、そんなことよりも私は今のこの気持ちを、作品に対する思いを同好のよしみと時間の許す限り語り合いたいのである。
「優先順位ぃ…っ!」
「そういうわけだから、風呂の時間まで語り尽くそう。むしろ風呂に入っている最中も語り尽くそう。もしかしたら、いや、きっとそれだけでも時間は足りないだろうね。うん。夢の中でさえも語り合おうじゃないか!」
ルイーゼとしてはさっさと私が習得した魔術のあれこれを包み隠さず知りたい所なのだろうが、時間は有限なのだ。
いやまぁ、夢の中ならその時間の問題もある程度解決できるのだが、やはり現実時間で語り合うことに意味があると思うのだ。
ルイーゼには悪いが、ここは私の気持ちを優先させてもらおう。
夢の様な時間とは、まさにこういう時間のことを言うのかもしれないな。
親しい者達で集まり、好きな子と、同じ趣味について心行くまで語り合う。これが楽しくない筈がないのだ。いくらでも話していられる。
もう一度言おう。まさに、夢のような時間である!
「いや、実際にここ夢の中なんでしょ?」
「それを言うのは、野暮と言うものだよ」
楽しい時間と言うものはどうにもあっという間に過ぎてしまいがちだ。気が付いたら風呂に入る時間になっていたし、風呂に入って語り合っていたら危うくラビックが浴槽で眠ってしまいそうになっていた。
湯に浸かるのは気持ちが良いからな。そしてラビックが眠そうになったことで長い時間風呂場で語り合っていたと認識したのである。
ピリカとマギモデルについて語り合っていた時やココナナと"魔導鎧機"について語り合っていた時も、似たような経験をしたことがある。
あの時も今回ほどではないが、あっという間に時間が過ぎ去ってしまっていた。人数が多いと、余計に話が盛り上がって時間が経つのが早く感じるようだ。
そんなわけで、語り合う時間があまりにも足りなすぎるため、私は全員に『夢談』を掛けてこうして夢の中でも語り合おうとしていたというわけだ。
が、やはりルイーゼとしてはそれでは納得いかないのだろう。
「これから寝る前の続きをするのは良いけど、その前に約束したわよね?アンタが使える魔術、洗いざらい見せてちょうだい」
「しょうがないなぁ…」
語り合っていたのは私とルイーゼだけではない。ウチの子達やリガロウも思う存分語り合っていたのだ。あの子達を待たせるわけにはいかない。さっさと説明を終わらせてしまおう。
と言うか、私がルイーゼに説明している最中にあの子達だけで話を進められてしまいたくないのだ。それはきっと、ルイーゼも同じ気持ちの筈だ。
〈それでしたら、私はリガロウに稽古をつけてあげると致しましょう。リガロウ、構いませんね?〉
「勿論です!よろしくお願いします!」
うんうん。ラビックとリガロウはなかなかいい関係を築けているようだ。あの子達に心配することはないだろう。
問題は、レイブランとヤタールだな。ウルミラはこういう時、とても大人しくしてくれているから心配はしていないのだ。
が、レイブランとヤタールがとんでもないことをして時間を潰し始め出した。
〈凄いわ!こんなことができるなんて思ってなかったわ!食べ放題だわ!〉〈食べても食べてもなくならないのよ!いくらでも食べられるのよ!〉
〈君ら、ソレどっから出してんの…?〉
驚くべきことに、レイブランとヤタールは自分の収納空間からオーカムヅミの果実を取り出して食べ始めたのである。
この果実が非常に不可思議なことに、いくら食べてもなくならないのだ。
もしかしたら、夢の中だから量が変化しないからなのかもしれないし、実際に食べているわけではないからあの娘達も腹を満たされることが無いのかもしれない。
そういえば、『夢談』の中で味覚や嗅覚に関しての検証は行ったが、どれだけ食べられるかは検証していなかったな。
いい機会だからレイブランとヤタール達に検証を…するまでも無さそうだな。
食べても食べても、あの娘達の目の前にあるオーカムヅミの果肉は、一切形が崩れていないのだ。
そして果肉を貪るあの娘達の様子は、放っておけばいつまでもああして果肉をついばみ続けることだろう。
どうせだ。夢の中で語り合うのなら腹が膨れることもないようだし、とびっきりのスイーツを用意させてもらうとしよう。
そんな楽しみのためにも、さっさとルイーゼに私が使用できる魔術を全て教えてしまうのだ。
夢から覚めて朝が来る。相変わらず一番最後に起きたのが私のようだ。
皆レイブランとヤタールに起こされるのではなく自力で起床しているのだから、凄いとしか言いようがない。
自力で目覚めることのできない私から言わせてもらえば、尊敬の念を送らせてもらいたいほどである。
スイーツを食べながらの語り合いは、大いに盛り上がった。
オーカムヅミの果肉を使ったのパルフェを用意させてもらったのだが、大好評も大好評だったな。
特に、ルイーゼはオーカムヅミの果肉を用いたスイーツを食べたことが無かったので大喜びだったのだ。
"ドラゴンズホール"での飲み会でも提供していなかったからな。あそこまで喜んでいたルイーゼを見たのは、初めてだったかもしれない。
非常に可愛らしい表情だったので1枚描き起こさせてもらった。魔王城でエクレーナと再会したら見せてあげよう。
まぁ、どうせ初めて食べるなら現実で味わってみたかったと、パルフェを見た時にルイーゼは愚痴をこぼしていたが。
その点は安心して欲しい。夢の中で体験できるのは、精々見た目と匂いと食感と味ぐらいだからな。
現実で口にした場合、そこにオーカムヅミの魔力が体に宿る感覚を得られるのだ。夢での体験とはまた別の感動を覚えるだろう。
ルイーゼにそのことを伝えて楽しみにしておくように伝えれば、すぐに上機嫌になってパルフェを楽しみ始めた。
こうして私達はこのヘルムピクトの全エリアの物語を網羅し、存分に作品に対する思いを語り合った。
次のエリアで体験する内容は、昨日の体験以上に楽しくなること請け合いだろう。
では、改めてヘルムピクトを楽しもう!
ここからが本当のヘルムピクトだ!
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