第545話 旅路の果てに

 朝食を終えてホテルから出て街の入り口まで移動する。

 今日までこれでもかというほどに楽しませてもらったのだ。ヘルムピクトにも何か礼をしなくては私の気が済まない。

 そんなわけで、実はルイーゼも知らない間に私は『亜空部屋アナザールーム』でこの街に対する返礼をこっそりと用意していたのである。


 街の入り口まで見送りに来ていた者達の前で、返礼の品を『収納』から取り出して見てもらうとしよう。少々場所を取るので、置き場所に困るかもしれないが。


 「こ、これはぁっ!!?」

 「…アンタ、いつの間にこんなモン作ってたのよ…」


 『亜空部屋』で日数を掛けてコツコツと作っていたからか、ルイーゼも今の今まで気づかなかったらしい。作戦大成功だな。


 見送りに来てくれた者達は感動と共に絶句しているし、ルイーゼも呆れながらに強い感心を示している。


 「な、なんたる再現度…。もしや、こちらの品を…!?」

 「うん、分かりやすいところに展示してみてはどうだろう?」

 「是非とも!是非とも設置させていただきます!!」


 返礼の品、とても喜んでもらえたみたいだな。受け答えをしてくれた者だけでなく、他の者達も大いに喜んでくれているようだ。


 私がこの街に返礼として用意したのはヘルムピクト全体の立体模型、ジオラマというヤツだ。

 我ながら良い出来栄えだと思っている。

 尤も、街全体の造形の把握に『広域ウィディア探知サーチェクション』を使用したわけではないので、完全に再現できているかは怪しいところだが。

 再現度に驚いているようだし、彼等から見ても良い出来栄えなのだろう。


 雲の街のエリアを体験してホテルに入った後、この街への返礼はこれしかないと考えていた。

 街の入り口を通過してからの広場の真正面にでも設置しておけば、立体地図として役に立つのではないだろうか?


 「こりゃあ、この模型見たさに客がさらに増えそうね。ただでさえ私達が楽しんだってことで客が増えてるらしいってのに…」


 客が増えること自体は商いを行う者からすれば良いことなのだろうが、客が増えすぎて供給が追い付かなくなる事態をルイーゼは懸念しているのかもしれない。


 人員はともかく、商品の数には限りがあるだろうし、アトラクションを体験するために長時間待たされることになってしまうだろう。というか、私達も多少待たされたりした。


 考えてみれば、人気の料理店や美術館なども似たようなものかもしれない。

 ダニーヤのレストランは入店まで長時間待たされるだろうし、ファングダムの王城への入城は未だに予約待ちだ。

 人気のある商売には人が集まる。これは避けられない事態なのだろうな。


 問題は、どうすれば混乱させずに収めるかだが、それは私達が関わることではないだろう。

 その辺りの仕事はこの街の経営者が行う仕事だ。私が関与すべきではない。


 仮に人が集まる要因を作った責任を取れと言われたら?

 その時は人が集まる要因を取り除くだけである。今回はジオラマの回収だな。家にでも設置して楽しませてもらおう。


 だが、この魔王国にそんなことを考える魔族はいないようだ。私達を見送りに来た魔族達は、皆体の奥底からやる気を滾らせている。


 「昨日までの5日間。本当に楽しかった。いつかまた、この街に遊びに来させてもらうよ」

 「ははっ!ノア様の御再訪を、心よりお待ちしております!」


 別れの挨拶も済ませたのでリガロウに跨り、次の街へと移動するとしよう。



 そしてヘルムピクトを発ってから3日が経過した。

 リガロウに乗って移動をして次の目的地が私達の視界に入ってきているのだが、既に凄まじい歓声が上が聞こえてきている。

 私達を迎える声だ。この速度ならば数十秒で城門まで到着するだろう。


 リガロウの足で数十秒の距離だ。つまり、相当な距離が離れているというのに歓声が聞こえてきたというわけだな。


 「アンタの聴力だから聞こえてんのよ。普通の魔族はおろか、普通の人間じゃまず聞き取れないからね?」

 「それでもああして歓迎の声を上げてくれるのだから、本当に好かれたものだね」


 聞こえてくる歓声の勢いは、これまで訪れた街の比ではない。きっとあの街の中に入ったら会話ができないほどの声量になるだろう。

 ウルミラがうるさそうにしそうだから、私達の周囲を微弱な防音結界で覆いある程度音を防ぐとしよう。



 この3日間で訪れた街もまた、記憶に残る貴重な体験をさせてもらった。


 ヘルムピクトの次に訪れた街は火山の近くにある街だったのが、その火山の熱を利用した天然の風呂、温泉とやらが湧く街だったのだ。


 これがまた非常に心地よかった。

 街の中を流れる小川がなんとその温泉であり、場所によっては足だけを浸けて体を温める足湯という施設もあった。当然私達も堪能させてもらったとも。


 …足湯として楽しめたのは私とルイーゼだけだったが。

 レイブランとヤタール達ではただの行水になるし、ラビックとウルミラではただの入浴と変わらなくなってしまうのだ。

 リガロウに至っては尻尾だけを湯につけていた。


 尤も、皆気持ちよさそうにしていたから特に文句はないが。温泉とはとても良い物なのだろう。


 勿論、その後訪れた宿で存分に温泉を堪能させてもらった。

 火山の影響でお湯に様々な成分が含まれており、その成分が生物の体に良い作用を齎すようだ。

 かくいう私も、温泉に浸かると普段とは違った感覚を覚えたのである。何というか、全身で栄養を吸収しているかのような感覚だったな、アレは。


 普通の風呂と違ってずっと入っていたくなった。

 ただ、私以外の者はお湯の温度に慣れたりのぼせてしまいそうだったので、他の皆が浴槽から上がるのと一緒に上がらせてもらった。


 ウチでも何とかして再現したいところだが、近くに火山が無いので温泉を楽しめそうにないのが非常に残念だ。

 まぁ、温泉が楽しめるようになったらなったでずっと温泉に浸かってしまいそうになるため、ある意味ではよかったのかもしれない。


 温泉の街を発った後は魔王国随一のスタジアムを所有する街に案内された。

 スタジアムの用途は多数あり、音楽のコンサートが開かれることもあれば劇を公演することもある。更にはドライドン帝国でも行われた見世物の決闘も行われる時があるようだ。

 というか、私達が訪れた日はちょうどその見世物の決闘が行われる日だった。


 決闘といっても貴族達が揉め事の解決に用いるようなものではない。見世物であり娯楽である。

 私の経験で一番近いものを上げるのならば、マギバトルトーナメントだな。アレをマギモデルを介さずに本人達で行うようなものである。


 ただ、決闘には賭け事も関与しているようで、観客達はどちらが勝つかを予測し合い盛り上がっていた。


 飛び入りの参加も許容されていたようだが、今回の参加者は軒並みジービリエでリガロウが戦った狩人ほどの実力もない者達ばかりだったので、素直に観戦だけ楽しませてもらうことにした。

 リガロウを目立たせたくないとかそういう理由ではなく、単純にリガロウが詰まらなそうにしていただからだ。


 しかも、最近のリガロウは"氣"の扱い方をラビックに教わったことによってジービリエにいた頃よりも成長しているのだ。

 参加したら対戦相手を圧倒してしまうだろう。


 なお、対戦自体は実力が拮抗している者達が多く、接戦となる場合が殆どだったため手に汗握る戦いを観賞で来た。

 この街には魔物の大量発生が無くとも三魔将が定期的に強者を求めて訪れるらしい。

 いつかまたこの国に、この街に訪れた時にはバッタリと三魔将の誰かに出会うかもしれないな。


 そうなったら、ラビック辺りにでも参戦させて"氣"の修練具合を確かめさせてもらうとしよう。


 スタジアムのある街を出て次に訪れたのは、魔力関連の技術が盛んな街だ。

 バラエナやヘルムピクトで使用されていたような最新技術を日夜開発している街である。

 流石に機密に関わることもあるためか最先端の研究施設を見学させてもらうことはできなかったが、それでも様々な魔力関連の技術を見せてもらうことができた。


 正直、ピリカやココナナをこの街に連れて来たいと思った。

 この街で活動する研究者に彼女達を会わせたら、互いに大きな発展ができると思うのだ。


 ただ、ピリカは多忙な身だしココナナは単独で行動しているわけではないので、実際には叶わない願いだろうな。少なくとも今は。

 彼女達にこの街のことを説明すれば、一度は訪れてみたいと思う筈だ。同好の士として、私には分かる。


 ティゼミアで見かけて以降、一向に見かけることのなかった魔導車両が、この街では当たり前のように走っていた。


 一般常識として、魔導車両は超高級魔術具の筈だ。

 それがこうして当たり前のように街の移動手段として使用されているということは、それだけこの街の文明が発展しているということだろう。


 そのうちヴィシュテングリンが所有するような空を飛ぶ魔術具なんかも開発してしまうかもしれないな。

 そうなったら、やはり"楽園"を越えて人間達の生活圏へ移動しようとするのだろうか?


 それは、少しだけ困るな。万が一にも広場で暮らす皆や私の姿を、今は認識されたくない。

 もしも空を飛ぶ魔術具が完成したら、ルイーゼに教えてもらうとしよう。性能や用途、その他もろもろを確認してどうするかを決めるとしよう。



 ほんの少しだけ懸念を残して街を発ったわけだが、まだ街から離れている場所から聞こえてくる歓声にその懸念は吹き飛んでしまっていた。


 「最初に言ったでしょ?こんなもんじゃないって」

 「そうだね。いよいよ、というわけだ」


 これから私達が向かう街は、これまで訪れた度の街よりも巨大であり、その街の中にはウチの広場にそびえたつ"黒龍城"に次ぐほど巨大な建築物が立っている。


 そう、ルイーゼの住居、魔王城である。

 私達は遂に今回の旅行の最終目的地である王都・インスティクに到着したのだ。


 それは、今日がルイーゼの誕生日であることを意味していた。

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